ビ−トルズの旋律は、まるで薔薇の香りのような芳しさ。 それは、霧に包まれた永遠の謎を解き明かしてくれます。 時代を任せられた者の宿命と対峙しながら、彼らは驚くほどの傑作を披露し続けてくれたのです。 おそらくは、モ−ツァルトやベ−ト−ベンに匹敵するほどの才能を持っていたビ−トルズ。 そして、そのビ−トルズの素晴らしさは、彼らのグル−プとしての輝かしい活動にとどまらず、その鮮烈で超人的なソロ・ワ−クスの数々だと思います。 ここでは、良くも悪くもビ−トルズという巨大な過去を背負いながら、個々の才能を触発させたジョン・ポ−ル・ジョ−ジそしてリンゴの名作を追って見たいと思います。 


  ラム

ポ−ル・マッカ−トニ−のソロ・ワ−クスとしては最高傑作の作品それがラムです。 1971年、ビ−トルズへの決別を決めた彼自身にとって、非難の嵐を受けながらリリ−スされたにも関わらず、まさにマッカ−トニ−・ミュ−ジックの真髄が凝縮されている大傑作と言ってもよいでしょう。 アメリカを主とする当時のメディアは、このアルバムに対して冷酷なまでの酷評をしましたが、私にはこのアルバムの何処が駄作なのだという憤懣やるかたない気持ちが鬱積しておりました。 ここには、天才ポ−ルの私生活の中での最高レベルの音楽と、ビ−トルズで熟成されてきたメロディ−・メイカ−としての才能が余すことなく結実されているからです。 私たちは、そんなポ−ルの天才的な資質を感じ取り、優雅で、軽快で、上質で、豊潤な時間を堪能することができました。 幕開けのトゥ・メニ−・ピ−プルからザ・バックシ−ト・オブ・マイ・カ−まで、溜め息が出るような捨て曲なしの素晴らしい世界が披露されてます。 ですから、ポ−ル・マッカ−トニ−のコンポ−ザ−としての才能を理解したいと思うなら、このアルバムを聴けば十分に事足りるでしょう。 ある時は、アヴィ・ロ−ドのB面を想いおこすような展開があり、また、ある時は、ラバ−・ソウル以降の中期の名曲のような歌が宝石のように並んでいるのです。 これを名作と呼ばずして何が名作なのでしょう。 幸いにも、その後のバンド・オン・ザ・ランの大成功で再評価を受けるようになり、正当な名声をやっと確立し得たと思います。 

  バンド・オン・ザ・ラン

遠いアフリカの地ラゴスから吹く風は、爽やかでダイヤモンドのような輝きに満ちていました。 天才ゆえに凡人達との不協和音に悩まされながらも、ポ−ル・マッカ−トニ−&ウィングスは最悪の条件のもと最高の作品を創り上げたのです。 それが世紀の大傑作バンド・オン・ザ・ラン。 当然ながら、後にも先にもウィングス名義では、このアルバムを越えるような傑作は出ておりません。 流れるような旋律と饒舌なまでに培われたリズム。 時代が、運命が、そしてポ−ルの情熱と反骨精神がこの名作を生んだのです。 神の如き才能をすべて出し尽くしたアルバム。 そう呼んでも差し支えないでしょう。 おそらくは、ポ−ルの数ある名曲の中でも10本の指に入るであろうバンド・オン・ザ・ランとジェットへの流れるような展開は眩暈を覚えるほどです。 アフリカのリズムを見事にポ−ル流に消化したマム−ニアやポ−ルお得意いのボ−ドヴィル風なミセス・ヴァンデビルド等も俊逸だと言えるでしょう。 しかし、こんな傑作でも、ラム同様に発売当初は正当な評価を受けられずにいましたから、実に驚きです。 どうも、このお方の場合は、傑作であれば傑作であるほど後から評価が追いついてくるようなところがありますね。 サ−ジェント・ペッパ−にしても当初はなんじゃこりゃみたいな評論もありましたし。 しかし、この作品においては、ジェット、バンド・オン・ザ・ラン、愛しのヘレン−当初日本版にはアルバム未収録−と大ヒットを生んだお陰で、アルバムとしての評価も次第に高まり、今では当然ながらポ−ル及びウィングスの最高傑作と呼ばれ輝かしい名声を受けています。 その意味ではラムほど不遇ではなかったと言えますね。 

  オ−ル・ザ・ベスト

ご存知のように、ポ−ル・マッカ−トニ−は天才でありながら、あるいは天才で在るが故に、そのむらっ気の多さが災いして、天上の音楽のような大傑作をリリ−スしたかと思うと、何でこんな駄作をというような落胆するような作品をも届けてくれました。 本気でやりゃあ彼以上の作曲家は存在しないのですが、どうも本気を出す前に安易に水準以上の曲が書けちゃうみたいで困ったものです。 という訳で、ポ−ル及びウィングスの1970年代のアルバムに関しては、前述の大傑作ラムとバンド・オン・ザ・ランを除けば、これといった名盤が見当たらないのも事実なのでした。 もちろん、ソロではマッカ−トニ−、ウィングスではレッド・ロ−ズ・スピ−ドウェイやヴィ−ナウ&マ−ス、スピ−ド・オブ・サウンド、それにロンドン・タウンもなかなかの出来ではあり、それなりの名曲も収められてはいました。 また、バック・トゥ・ジ・エッグ等はト−タルなアルバムとしての評価が高くも在りました。 しかし、彼の才能からすると物足りなさを感じてしまうのは私だけではないでしょう。 という訳で、このペ−ジでは在り得ないようなことなのですが、ベスト・アルバムを選出してしまいました。 その名もオ−ル・ザ・ベスト。 天才ポ−ル・マッカ−トニ−だからこそ相応しいネ−ミングだと思います。 何といっても、アルバム未収録の名曲アナザ−・ディが入っている。 変拍子をものともしない優雅な旋律に心温まる歌声と軽快なリズム。 ここにはポ−ルのビ−トルズで花開いた天才的な才能が煌めいています。 おそらくは1970年代のベストシングルの1枚に数えられるでしょう。 また、バンド・オン・ザ・ランとジェットが繋がっているのもいいですね。 アイルランドに平和をやメアリ−の子羊、それにジュニア−ズ・フア−ム、そしてハイ、ハイ、ハイ等のレアな名曲が入ってないのは残念ですが、すべてを要求しては酷というものです。 何かしら物足りなさを残してくれる、それがポ−ルの魅力でもあるのですから。  

  back in the U.S

時代は変わると、かつてボブ・ディランは歌いましたが、消えることのない永遠の輝かしい記憶。 それがビ−トルズともに凝縮されたあの時代の素晴らしさだと思います。 ジョン・レノンが凶弾に倒れ、ジョ−ジ・ハリスンも病気でこの世を去った今、ポ−ル・マッカ−トニ−の胸に去来するものは果たして何なのでしょうか。?栄光のビ−トルズのメンバ−のうちの2人までもがもはや存在しないというまぎれもない事実。 それは、過去の確執はあったにせよ、ポ−ル・自身にとっては、大切な想い出ともに仲間を失ってしまったという耐えがたいことだったと思います。 そして、そんな様々な葛藤とともにビ−トルズの看板を背負って行くんだという決意がこの back in the U.S というライヴアルバムに現れていました。 リヴァプ−ルから飛び立って花開いたアメリカでの成功。 あの時代こそがもちろんポ−ルの原点であることは間違いありません。 だから、back in the U.Sなのです。 そして、40年ほど前世界を震撼させたビ−トルズのナンバ−が何と21曲も。 信じられない選曲ですが、それは取りも直さず偉大なビ−トルズへの愛情とプライドと失った仲間への敬意なのではないでしょうか。 ライヴをスタ−トする名曲、ハロ−・グッドバイの懐かしい調べに涙が止まらないような想いを感じました。 ハロ−・グッドバイ、それは過去への決別というよりも想い出を共にした友への鎮魂歌新しい門出なのです。 だからこそ、この歌をライヴの冒頭に持ってきたのでしょう。 ポ−ルとはそういう優しき人間なのです。 時には天才的な才能や態度が鼻につくこともありますが、今でも無邪気でイタズラ好きの純粋な永遠の少年だと言えるでしょう。 ジェット。 何という素晴らしい選曲。 そして、ウェスト・サイド・スト−リ−を思い浮かべる往年のファン達。 私自身、30数年間ほどもロックを聴きつづけてきましたが、ビ−トルズともに時代を歩んだという誇りに勝るものはないような気がします。 ビ−トルズとはそれだけ偉大で魅力的な存在なのでした。 オ−ル・マイ・ラヴィングの素晴らしい旋律は40年近く経った今でも新鮮に心に響きます。 ポ−ルは自分の子供に注ぐような愛情を込めて力強く歌い上げていました。 とても還暦に近いお方とは思えませんね。 そして、この素晴らしいライヴ・アルバム、back in the U.Sはもうこの3曲で決まりだといっても良いでしょう。 もちろん、後半のレット・イット・ビ−からのビ−トルズナンバ−も筆舌に尽くしがたい素晴らしがありますが。 これはポ−ル自身のビ−トルズ物語。 過去とは決して決別するものではなくて、いつまでも心に留めて育むもの。 ポ−ルがそう教えてくれました。

 ジョンの魂

悲しくなると人は何かに縋りたくなる。 そんな時、私は決まって通り過ぎてきた想い出を懐かしむようにひとつのアルバムに手が伸びてしまうのです。 ジョンの魂とはそんな免罪符のようなもの。 時には屈託なく、あるいは少年のようにイタズラっぽい目で陽気に振舞いながらも、いつも悲しみを隠すためにおどけて見せた。 人は誰でも心に傷を負っているということを、解かり過ぎるほど解かっていたから彼の歌声には優しさが溢れている。 ジョン・レノンとはそんなナイ−ブな人間。 雨の雫のように永遠を感じさせてくれる。 時には心優しき哲学者のようにはにかみながら。 そして、安らぎを求め続けていたジョン・レノンが、まるですべてを告白するかのように綴った私小説とも言える逸品が、この屈指の名作ジョンの魂だと思います。 ビ−トルズの解散を巡るゴタゴタや盟友ポ−ルとの確執など、当時の状況はとても名作を生み出すような環境ではなかったのですが、最愛なる小野ヨ−コの支えと反骨精神の助けもあってか、ジョン・レノンの最高傑作となりました。 ジャケットの素晴らしさも彼のアルバムの中では1番と言えるでしょう。 やはりワイドなLPで持っていたい1枚ですね。 名曲マザ−の切ないまでの叫び声は音楽を飛び越えて、私達の感性を激しく揺さぶり続けます。 全編を通して言えることなのですが、まるでせせらぎのようにシンプルでタイトな演奏が歌の臨場感や情念を高めていました。 私はこの歌を始めて耳にした時の衝撃を決して忘れません。 痛々しいほどの情念が切々と魂に語りかけてくるのです。 ジョンの悲しみ、ジョンの喜び、ジョンの苦しみ、そしてジョンの安らぎ。 それらすべてを包括して永遠の扉に閉じ込めた。 それがマザ−なのです。 また、神では彼の人生観や世界観、そして過去への決別がかつてないほどリアルに描かれています。 私たちは偉大なるビ−トルズの一員としてではなく、独りの孤独な人間ジョン・レノンと初めて対峙したような気がしました。 共感できる存在としてのジョン・レノン。 それはとても新鮮な出会いだったと思います。 言い換えてみるとジョンの魂とは、彼自身が傷つきやすい独りの人間であったという事の証だったのかもしれません。 だからこそジョンの赤裸々な叫びは私達の感性を優しく包んでくれるのではないでしょうか。

  オ−ル・シングス・マスト・パス

1970年、初頭、世界の音楽シ−ンは新しい息吹に燃えていました。 あの時代の多くの人々が、何かが変わって行く実感を感じ取っていたのです。 音楽とその時代を懐かしむ−それは音楽に与えられたある部分の使命だといえるでしょうか。 否、そのこと事態、あえて答えを見出す必要はないのです。 音楽とは、人それぞれに其々の接点を求めればいいのではないでしょうか。 画一化する必要は何もない。 それが音楽なのです。 しかしながら、オ−ル・シングス・マスト・パス。 ジョ−ジ・ハリソンの実質的なソロ・デビュ−作にして、彼の最高傑作。 私は、このアルバムを聴くたびに、あの時代の郷愁に胸を焦がさずにはいられません。 それは単なるセンチメンタリズムではなく、あの時代を実感できる旋律が散りばめられているからなのです。 曖昧だけど、甘く、切ない響き。 雨の日のマイ・スウィ−ト・ロ−ド。 もう、戻れない時間。 高校生だった当時この素晴らしい歌は、日本のヒットチャ−トはおろか、世界中のヒットチャ−トを賑わせていました。 ジョ−ジ・ハリソンらしい泣きのギタ−と切なくなるほど優しい旋律。 心の本質を垣間見て、もう、それだけで懐かしい時代にタイム・スリップしてしまいそうです。 彼の歌はそんな優しさと信念に包まれているのではないでしょうか。 だからこそ、当代きってのエリック・クラプトンやデイブ・メイソンやボビ−・ウィットロック、それに、盟友リンゴ・スタ−やボビ−・キ−スやジム・プライスなどが応援に駆けつけ、この素晴らしいセッションに参加しているのです。 もちろん、アップルの秘蔵っ子バッド・フィンガ−も顔を覗かせていました。 そんなオ−ル・シングス・マスト・パスは、時の流れの中に、人としての優しさと、郷愁と、彼の感性を閉じ込めた名盤だと思います。 マイ・スウィ−ト・ロ−ドや美しき人生、それにイフ・ナット・フォ−・ユ−を始めとする至玉の歌の数々。 それは、彼が初めてビ−トルズから独り立ちしたことを証明するものでした。      






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