アンデッド / テン・イヤ−ズ・アフタ−
Ssssh / テン・イヤ−ズ・アフタ−
 クリックルウッド・グリ−ン / テン・イヤ−ズ・アフタ−
 
イン・ロック / ディ−プ・パ−プル
ファイヤ−・ボ−ル / ディ−プ・パ−プル
マシ−ン・ヘッド / ディ−プ・パ−プル

ライヴ・アット・リ−ズ / ザ・フ−
トミ− / ザ・フ−
フ−ズ・ネクスト / ザ・フ−
四重人格 / ザ・フ−


ロング・ブレイヤ− / フェイセス
ウ−・ラ・ラ / フェイセス
リアル・グッドタイムス / フェイセス

ロッキン・ザ・フィルモア / ハンブル・パイ
スモ−キン / ハンブル・パイ
イ−ト・イット / ハンブル・パイ




アンデッド / テン・イヤ−ズ・アフタ−

いつも思うことなのですがこの時期のアルヴィン・リ−を凌駕するようなギタリストは、世界広しといえども皆無だったのではないのかとさえ考えてしまいます。 実際にはそんなことはないのですが、彼はそれ程多を圧倒するようなテクニックと、類稀ないブル−スやジャズの情感を兼ね備えていました。 ですから彼の全盛時代には、エリック・クラプトンやジェフ・ベックをも越えていたのではないかと、そう感じてしまうのは、私だけではないでしょう。 それだけ、凄まじいほどの早弾きと圧倒的なテクニックが爆裂していたのです。 それは、アンデッドと題された素晴らしい臨場感の、このライヴ・アルバムを聴いていただければ一目瞭然というもの。 彼らの初期の最高傑作というだけでなく、1960年代後半から1970年代にかけてリリ−スされたブル−ス系ロックのライヴ・アルバムの中でも郡を抜いていると思われます。 事実、歴史的なライヴと賞賛されている、ライヴ・クリ−ム・ヴォリュ−ム・2やオ−ルマンブラザ−スのフィルモア・ライヴ、更にはレッド・ツェッペリンの狂熱のライヴやジミ・ヘンのモンタレ−、それにスト−ンズのナスティ−・ミュ−ジック等と較べても何の遜色ありません。 テン・イヤ−ズ・アフタ−の場合、典型的なブル−スバンドとの評価が確立されていますが、実際にはジャズの知的なインプロヴィゼ−ションの影響もかなり強く受けていました。 この作品でもジャズのスタンダ−ド、サマ−タイムを演奏していますが、4ビ−トの軽快なシャッフル感とジャズに対するアルヴィン・リ−の真摯なスタンスが感じられて、思わず心地よくさせられてしまいます。 また、クリ−ム在籍時のエリック・クラプトンの演奏で一世を風靡したスプ−ンフルやクロスロ−ド等も、エリックに1歩も譲らないどころか、むしろそれ以上の白熱した素晴らしい演奏とテクニックを披露してくれていました。 スプ−ンフルやクロスロ−ドは何故だかオリジナル盤には収録されていないのですが、最近リリ−スされたリマスタ−盤には入っていますので要チェックです。 この2曲を聴いていると、まだ無名に近かった彼の鬱積したような欲望を感じてしまいますね。 そんな彼とテン・イヤ−ズ・アフタ−も、やがてはウッド・ストックで衝撃的なライヴを行い世界に認知されることになるのですが。

  Ssssh / テン・イヤ−ズ・アフタ−

ブリティシュ・ブル−ス・ロックの最高峰、テン・イヤ−ズ・アフタ−の最高傑作の1枚がこのSssshです。 そんな彼らが新しい時代の波に乗って、ブル−スのみならず、ブル−スとロックの融合を試みようとした試金石のアルバムといっても良いのではないでしょうか。 アルヴィン・リ−はテクニックの凄まじい古典的なブル−ス・ギタリストのように思われがちですが、実はジミ−・ペイジに匹敵するような斬新な感覚の持ち主でもあります。 見かけはモロブル−ス一辺倒のギタリスト然としていますがね。 兎に角あの早弾きギタ−テクニックが凄まじくも驚異的な技術なので、そういう典型的な職人肌のイメ−ジが付き纏っていました。 それでも、彼の中では恒に時代の潮流を意識して、作品の方向性を決定づけていたのです。 ブル−スは命だけれども、それだけではないぞといった気骨さえ感じられてしまいますね。 ですから、アルバムを飾るバッド・シ−ンなんかは、そのシュ−ルなテン・イヤ−ズ・アフタ−の典型的な作品でしょう。 まるで時代の先端を行くツェッペリンばりのハ−ドなリフが、彼らの新しい幕開けを暗示していました。 また、イフ・ユ−・シュッド・ラヴ・ミ−はウエストコ−スト風のア−シ−な作品で、後年のマイロンとのスワンキ−なジョイントアルバムを予感させる名曲です。 もちろん、ギンギンのブル−ス、夜明けのない朝やグッド・モ−ニング・リトル・スク−ルガ−ルも筆舌に尽くしがたいほど素晴らしい。 特に圧巻は夜明けのない朝で、この典型的なスロ−ブル−スの名曲を聴くに及んでは、誰が何と言おうとアルヴィン・リ−の右に出るギタリストは居ないのではないかと思える程。 もたろん、私の神様のジミ−・ペイジは別格ですが。 テン・イヤ−ズ・アフタ−は日本でも、成功と実力に見合う評価を受けた数少ないブル−ス・ロック・バンドだったと思いますが、それもアルヴィン・リ−という天才的なギタリストの存在があったからこそなのです。 

 クリックルウッド・グリ−ン / テン・イヤ−ズ・アフタ−

イギリスにおけるブル−スロックの隆盛は様々な展開をみせており、とてもアメリカのようにブル−スはブル−スだといった単純な構図は当てはまりません。 お国柄という事もあるのでしょうが、発祥の地ではないという気楽さあってかブル−スに対する極めて柔軟な姿勢が心地よくもあります。 もちろん、徹底的にブル−スに拘ったジョン・メイオ−ルを初めとする数々のミュ−ジシャンも存在するにはしますが、例えばレッド・ツェッペリンのように、一旦ブル−スを解体した上で独自の解釈を始めた新世代も沢山輩出していました。 テン・イヤ−ズ・アフタ−がどちらのグル−プに属するかといえばもちろん前者なのですが、単純にそれだけのバンドでは決して無かったのです。 アルヴィン・リ−もジミ−・ペイジほどではないにしろ、先進的で斬新な感覚やトラディショナルな気風をブル−スに挿入していましたから。 とかく、アルヴィンお兄さんは、驚異的なギタ−の早弾きばかりが脚光を浴びておりましたが、どうして、どうして、その曲作りの才能も目を見張るものがありました。 例えば、このイギリスのブル−スロック史上に輝く名作クリックルウッド・グリ−ンにしても、A−1のイントロなんかはかなりシュ−ルな味付けです。 A−3の50000マイルス・ベネス・マイ・ブレインも、異国風で不思議なメロディ−ラインが強調された非現実的な心地よい作品。 彼もまた、従来のスリ−・コ−ドブル−スに新たな命を吹き込もうとしていたことに間違いないですね。 ただ、そこはそれ、ブル−スを敬愛していたアルヴィン・リ−なればこそといった程度のものなのですが。 名曲ラブ・ライク・ア・マンにスロ−・ブル−スの素晴らしい妙味は、そんな彼だからこそ成しえたものでしょう。 ここには、ブル−スを愛し、ブル−スと対峙してやまない真摯な姿があります。 ブル−スがすべてではないけれど、ブル−スが無ければ生きてはいけないぜといった潔さが、彼の身上ではないでしょうか。 そんな訳で、このクリックルウッド・グリ−ンは、ブル−ス・ロックのみならず当時台頭しようとしていた新感覚のロックとしても充分楽しめる1枚ではないかと思います。   

  イン・ロック / ディ−プパ−プル

ディ−プパ−プルの黄金時代の幕開けを飾る名作イン・ロックは、R&Bやブル−ス主導であったブリティッシュ・ハ−ドロック主流派のコンセプトを、根底から覆すほどの独創性とかつてない衝撃がありました。 そもそも、ジョン・ロ−ドというインテリジェンスに溢れ、クラシックに精通し、リリカルで叙情性のある思想を、自らのロックの主としていたのがディ−プパ−プルなのです。 だからこそブル−スの呪縛も関係のない世界で、独創的なハ−ドロックを開拓できていたのではないでしょうか。 そして、それが結実したのがこのイン・ロックということになります。 彼らの作品には、ブル−スに対する劣等感は必要ないようでした。 僅かにス−パ−ギタリスト、リッチ−・ブラックモアという例外を除いては。 一世を風靡したディ−プパ−プル節とは、クラシカルでリリカルな旋律とハ−ドロックを融合させるという対極的な試みだったのです。 それはブル−スの主流派から見れば異端児としか捉えられない危険性を孕んでいました。 しかし、新たな幕は引かれたのです。 彼らは、このイン・ロック以降リッチ−ブラックモア主導のハ−ドロック色を強め、ブリティッシュ・ハ−ドロックの王道を歩んでいくことになります。 この作品は、そんなジョン・ロ−ドとブル−スの陰りを唯一纏っていたリッチ−・ブラックモアが、新旧交代を果たすべくせめぎ合い火花を散らして完成させた、新生ディ−プパ−プルの生まれるべくして生まれた名作と言う事になるでしょう。 イン・ロックというタイトルはそういった決意表明なのです。 そして、アルバム、イン・ロックの成功とブラック・ナイトの大ヒットが、彼らの進むべき道を決定付けたと言えるでしょう。 当時、シングルのみでリリ−スされたブラック・ナイトによって、初めてディ−プ・パ−プルを認知したファンも多かったのです。 ディ−プパ−プル史上最強と言われるメンバ−の圧倒的なアンサンブルと卓越したテクニックは凄まじいほどの迫力があり、私自身もこのイン・ロックにノック・アウトされてしまいました。 あの時代のロックファンは、圧倒的なパワ−と臨場感で迫るスピ−ド・キングにひれ伏し、衝撃的なブラッドサッカ−に酔いしれてしまったのです。 そして、世紀の名曲チャイルド・イン・タイムにこそ彼らが目指した、ネオ・クラシカルロックとブル−スを融合した新しい思想の息吹を感じたのは私だけではないでしょう。 以後ディ−プパ−プル第2期黄金時代の終焉まで、この思想は受け継がれていく事になります。 揺るぎない名声を築きながら。

 ファイヤ−・ボ−ル / ディ−プ・パ−プル

燃え盛る炎のような勢いと、揺るぎない自信を秘めてリリ−スされたのが、ディ−プパ−プル黄金期の第2作ファイヤ−・ボ−ルでした。 前作イン・ロックの路線を継承しつつ、ディ−プパ−プルならではのドライヴ感と哀愁を帯びたハ−ド・ロックを展開していますが、よりポップな方向性が見えています。 そして、残念ながらイン・ロックほどの衝撃や臨場感は感じられなくなっていました。 それは穿った見方をすれば大衆へのアプロ−チと取れるのでしょうが、次なる目標としてのカリスマ性からの脱却ということだったのかもしれません。 もはや、チャイルド・イン・タイムを越えなければならない時期に来たということでしょうか。 彼らの場合、そういった意味でシングルヒットの重要性もちゃんと理解しており、このアルバムからもストレンジ・ウ−マンという大ヒットを記録した名曲が生まれています。 群雄割拠した英国のシ−ンでも、イン・ロックの大成功によりディ−プパ−プルの名前は認知されていました。 しかし、大御所ツェッペリンやフ−の後塵を拝していたことも事実なのです。 ですから、この快作ファイヤ−・ボ−ルによって、次なる飛躍を期する気持が充分に感じられました。 勿論、単にコマシャ−リズムに迎合しようという訳ではなく、その資質やコンセプトは並み居るハ−ド・ロックバンドの追随を許さない程のものがあります。 単なる売れ線狙いではないぞとプライドがいかにもブリティシュですね。 相変らずリッチ−・ブラックモアのギタ−も閃光のように炸裂して、ジョン・ロ−ドのインテリジェンス溢れるキ−ボ−ドもリリカルで圧倒的です。 また、イアン・ギランのヴォ−カルも最高に脂が乗りきっておりますね。 このアルバムでは、ディ−プパ−プルのディ−プパ−プルたるサウンドに溢れ、史上最高のプレイが展開されています。 ライヴでもよく演奏されるダイナミックな名曲ミュ−ルもこのアルバムに含まれていますし、タイトル曲ファイヤ−・ボ−ルも心地よい疾走感に包まれておりました。 初心者にとってはイン・ロックよりもこのアルバムか、次回作マシ−ン・ヘッドの方がより取りつき易く最適だと思います。    

 マシ−ン・ヘッド / ディ−プ・パ−プル

ご存知ディ−プパ−プルの頂点を極めたメガ・ヒット・アルバムであるばかりか、日本でも彼らが大ブレイクするきっかけになった名作と言えるでしょう。 ロックにとっては黄金の1970年代であったのですが、このアルバムがリリ−スされた当時ハ−ド・ロックやプログレッシヴ・ロックというのはまだまだ一部の熱狂的なファンのものであり、一般的には根強く浸透しているとは言い難い状況だったのです。 勿論、レッド・ツェッペリンやスト−ンズは別格だったのですが、洋楽といえばポップスタ−に比重が置かれていました。 そんな中でのハイウェイ・スタ−の登場は、保守的な日本の既成概念を打ち破るほど衝撃的なことであり、待ち焦がれていたものにやっと出会えたような喜びと感覚に包まれたのです。 当然ながら日本でもシングルカットされ大ヒットを記録しました。 それにしても、ハイウェイ・スタ−はスピ−ド感に溢れ、ハ−ドロックの魅力を凝縮したカッコイイフレ−ズの連続ですよね。 この曲に於けるリッチ−・ブラックモアのギタ−は神がかり的でさえありました。 鳥肌が立つとはこんな風な演奏のことを言うのだと思ってしまいます。 また、イン・ロックに較べると明らかにリリカルな旋律が影を潜め、ハ−ド・ロックバンドとしての風格や感性が感じられるようになりました。 ディ−プパ−プルはハ−ド・ロック・バンドへと変貌したのです。 それは取りも直さず主導権がジョン・ロ−ドからリッチ−・ブラックモアへと移行したことを示唆していました。 また、この名作が後のヘヴィ−メタルブ−ムの道筋になったことは言うまでもありません。 ジャケットを見ても解かる通り、よりシンプルに、よりタイトに演奏されているこのアルバムは、私たちがハ−ド・ロックへ求めうるすべてのものを内包しています。 ハ−ドでタイトなリフに、ダイナミックなアンサンブル、そして疾走感。 そう、まるで午後8時のテレビ番組のように、大人から子供まで楽しめる内容になっているのです。 その分古くからのファンには戸惑いがあったのも事実なのですが、明らかにファン層が拡大したディ−プパ−プルは、その後歴史的なジャパン・ライヴを行うことになります。 ライヴ・イン・ジャパンと題されたそのアルバムは、彼らの集大成となりながらも第2期黄金時代の終焉を告げていました。 ディ−プパ−プルは紫の闇の中、新たな大地へと旅立ったのです。      

ライヴ・アット・リ−ズ

ザ・フ−といえば、誰が何といっても世紀の名作フ−ズ・ネクストなのですが、このライブ・アット・リ−ズは彼らが日本で認知されるきっかけになった歴史的なアルバムといえますし、ロックのライヴ史上にも燦然と輝く、熱気溢れる最高傑作と言えるでしょう。 その圧倒的な音の洪水の前に、私たちの感性は激しく高揚させられてしまいます。 これこそが、ザ・フ−の誇るライヴ・パフォ−マンスなのだといえるでしょう。 それまでの彼らは、若い世代の代弁者、あるいはファッショナブルな観点からのモッズ族のリ−ダ−という地位や、ピ−ト・タウンジェントのステ−ジ上の奇行や破壊的なイメ−ジが先行していたのです。 ところが、このライブ・アルバムはそんなイメ−ジを払拭して余りあるほどの名盤となりました。 ロック世代のメッカ、イギリスのリ−ズ大学で録音されていることもあるのでしょうが、何といってもその音楽性の高さや、若い観客が一体となった臨場感が素晴らしい音となって凝縮されています。 このアルバムを聴いてつくづく思うのですが、やはり、ライヴこそザ・フ−の真骨頂なのです。 ライヴステ−ジに関しては異常に人気の高かったという彼らの伝説も頷けるというもの。 彼らがまだ若かったということもあるのでしょうが、そのタイトかつワイルドな演奏は燃え上がるような興奮を呼び起こしてくれます。 ヤング・マン・ブル−スの破壊的な演奏とインプロヴィゼ−ションは、おそらくザ・フ−の歴史上最高のものかもしれません。 ある意味では、破壊と対極的な位置にある創造性をも感じさせてくれるのです。 この歌は全盛期のクリ−ムに匹敵するほどのパワ−とグル−ヴ感を生み出していました。 また、シングルヒットもしたアイ・キャント・エクスプレインやサブスティテュ−トのポップでありながらハ−ドな演奏も新鮮です。 そして、極めつけはサマ−・タイム・ブル−ス。 おそらくはこの時代の名演として、永く語り継がなければならないほどの名曲と言い切って良いでしょう。 97年になって、オリジナルリリ−スの時には収録されていなかった8曲を加えたデラックス・エディションもリリ−スされ、彼らの全盛時代の凄まじいライヴの全貌が明らかにされました。 







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