

リック・デリンジャ−とその仲間達
リック・デリンジャ−
エドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュ
エドガ−・ウィンタ−・グル−プ
ジョニ−・ウィンタ−
ジョニ−・ウィンタ−&エドガ−・ウィンタ−
デリンジャ−
オ−ル・アメリカン・ボ−イ / リック・デリンジャ− 1974年
いかにも、アメリカの中産階級のギタ−少年がロック・スタ−を目指して栄光を手に入れた物語。 それが、オ−ル・アメリカン・ボ−イという素敵なアルバムを聴いた時の印象です。 リック・デリンジャ−のこのソロデビュ−アルバムのことは日本の雑誌のレビュ−ではほとんど気にも留めていなかったのですが、その当時、一目置いていたロ−リング・スト−ン誌( 日本語版 )の批評で、かなり好意的に書かれていたので、即買いの1枚となったアルバムなのでした。 あの辛辣な批評で有名なロ−リング・スト−ン誌が褒めちぎるのだから悪かろう筈が無いというのが私の思惑だったのです。 そして、それは見事に的中しました。 リック・デリンジャ−の名作このオ−ル・アメリカン・ボ−イは、キッチュなジャケットが示しているように、アメリカのギタ−少年が軽快に繰り出す煌びやかなパワ−ポップの玉手箱となっておりました。 リック・デリンジャ−は、ジョニ−・ウィンタ−のように超バカテク・ギタリストというわけではないのですけれど、実にナイ−ブで洗練されていて、そして味わいのあるスマ−トなギタリストです。 このソロアルバムをリリ−スした時には、既にエドガ−・ウィンタ−・グル−プの看板ギタリストでありまして、2人はエドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュ時代からの親友でもありました。 また、当時からエドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュやジョニ−・ウインタ−のブロデュ−スで裏方としても名を馳せていましたね。 ロックンロ−ルが心底好きなんだろうなあと思わせるようなグッとくる数々のフレ−ズは、アイドル・グル−プ、マッコイズ時代に培われたもの。 このオ−ル・アメリカン・ボ−イでも、ロックンロ−ルの歴史を詰め込んだような極上のポップスを披露してくれます。 ティ−ン・ネイジ・ラブアフェア−やアンコン・ブリケイテッド、それにスライド・オン・オ−バ−・スリンキ−の格好よさは何ともいえないものがあります。 ロックンロ−ルの真髄を極めている人だなあといった感じでしょうか。 キ−ス・リチャ−ドやロン・ウッドが乾いたロックンロ−ルサウンドを聴かせてくれているような、職人気質に彩られた爽やかさがありました。 不思議なものでアメリカのギタ−少年は、このリック・デリンジャ−にせよ、ニルス・ロフグレンにせよ、みんなアメリカらしい軽快な感性を纏っていますよね。 そんな中で、ジョニ−・ウィンタ−も歌っているカントリ−・バラ−ド、チ−プテキ−ラがやけに心に染みます。
スプリング・フィ−バ− / リック・デリンジャ− 1975年
初めてこのアルバムジャケットを見たときに、少しイメ−ジを変えたス−ジ−・クアトロかなと思った御仁も多い筈。 何を隠そう、不覚にも私めも実はそうでありました。 なんか一寸目にはどう見ても女の子ですもんね。 リック・デリンジャ−って中性的なイメ−ジが恒に漂っていますが、どっこい音楽の方はビシッと気骨のあるところを見せてくれます。 アメリカ音楽の普遍的な伝統を引き継いだいなせなロックン・ロ−ルお兄さんと言ったところでしょうか。 この時期の彼はエドガ−・ウィンタ−・グル−プと並行してソロ活動を行っておりまして、スプリング・フィ−バ−と題されたこの素晴らしいジャケットの作品は、リックのセカンド・ソロ・アルバムにあたります。 このアルバムの頃のリック・デリンジャ−は、ご覧のとおりに厚顔の美少年といった趣なのですが、最近ではちょび髭を生やしてしまって、何処から見ても風体の上がらないようないいおっさんになっておりますぞ。 時の流れとは残酷なものです。 さて、このスプリング・フィ−バ−ですが、前作オ−ル・アメリカン・ボ−イに較べると、妙に大人びてしまった寂しさも感じてしまいました。 確かに、あの燃え滾るようなギタ−・ワ−クとロックンロ−ル・ハ−トが気薄になっておりまして、正直言って、名作オ−ル・アメリカン・ボ−イの世界を期待すると肩透かしを食らってしまうかもしれません。 しかしながら、観点を変えればAORとしても聴けてしまうしなやかさに包まれているということでもあります。 たぶん、エドガ−・ウィンタ−・グル−プでは出来なかったことをこのソロアルバムで試してみたかったのではないでしょうか。 2曲目のトゥモロウにおける爽やかな疾走感は、まさにアメリカンロックの醍醐味と臨場感を味あわせてくれます。 このアルバムきっての名曲といって良いでしょう。 懐かしいところでは、マッコイズ時代のハング・オン・スル−ピ−を再演しております。 リックのソロ・アルバムでどちらかひとつ押さえるとなるとやはりオ−ル・アメリカン・ボ−イでしょうが、時間とお金に余裕のある方はこちらも買って損はないかもしれません。
エドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュ 1971年
こんなファンキ−でロックンロ−ルしてるアルバムは、そう簡単にはお目にかかれませんぜ旦那と、密かに闇ル−トを通じて渡されたのがこのエドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュのセカンドアルバムでした。( というのは嘘です、レコ−ド屋さんで買いました。 ) まあ、ファンキ−なロックンロ−ルの名盤と言うのは、スト−ンズのスティッキ−・フィンガ−ズを初めとしてエリック・バ−トン、ジェスロ−デン、ボズ・スキャッグス等数多くありますが、このホワイトトラッシュのセカンドは極めつけの1枚といっても良いでしょう。 この時代のエドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュは、スライ&ファミリ−スト−ンに匹敵するほどのファンキ−なノリとディ−プな魂がありました。 兄のジョニ−・ウィンタ−がブル−スの本流にドップリと漬かっていたのに対し、弟エドガ−はソウルやゴスペルに根ざしたロックンロ−ルや、ソリッドなファンキ−・ミュ−ジックを目指そうとしていたのでしょう。 このアルバムはまるでブロ−ドウェイのミュ−ジカルのように多様性を見せるソウルミュ−ジックの宝庫となっていました。 おそらくは、エドガ−ウィンタ−の永いキャリアの中でも出色の1枚に数えられる名作でしょう。 のっけからのギブ・イット・エブリシング・ユ−・ゴットの凄まじいこと。 少しぶっ飛んでるんじゃあないのと思える壊れ具合は、それだけで充分な迫力を感じさせます。 ブラスセクションの激しい息吹やワウワウを効かせたギタ−が、奥深さの見れるファンキ−な世界を作り上げていました。 そう、このアルバムでは後年のロックンロ−ル一色の世界からは考えられないようなディ−プなソウルを展開しているのです。 何も知らずに聴いたら、多分、アメリカ南部辺りの非常にファンキ−なソウルグル−ブと思ってしまうかもしれません。 レッツ・ゲット・イット・オンのジャズとソウルが一体となったインプロヴィゼ−ションも素晴らしいの一言。 凄まじいほど卓越したテクニックを感ぜずにはいられません。 異色なのは、アル・ク−パ−とブル−スプロジェクトの名曲フライ・アウェイでしょうか。 この歌だけは原曲の良さも手伝ってか一服の清涼剤のような爽やかさが感じられます。 良質のフォ−クロックといったところですね。 いずれにしても、このアルバムには、会う筈の無い場所で出会ってしまったような不思議な違和感と、感性を擽ってくれる心地よさが混在していました。 それも飛びっきり上質の。


スティル・アライブ・アンド・ウェル / ジョニ−・ウィンタ− 1973年
もし、イギリスのアルヴィン・リ−に匹敵するアメリカのブル−ス・ギタリストを選べと言われたら、私は躊躇無くこのジョニ−・ウィンタ−をピックアップすることでしょう。 アルヴィン・リ−の超人的な16連譜早弾きギタ−に対抗できるのは、アメリカ広しといえどもこのジョニ−しか見当たらないからです。 もちろん、創造性豊かなジミ・ヘンドリックスや情感溢れるマイケル・ブル−ムフィ−ルド、若き天才シュギ−・オ−ティス、南部の大御所デュアン・オ−ルマンも中々良いのですが、ことアルヴィン・リ−のライバルとなるとこのジョニ−・ウィンタ−を挙げずばなりますまい。 何せ、彼が本気で弾き出したらアルヴィンだって吹っ飛ぶくらいなのですから。 そのことを見事に証明して見せてくれたのが、久々の復帰作このスティル・アライブ・アンド・ウェルだったのです。 2年間という悶々とした日々を払拭するような、躍動感溢れるジョニ−・ウィンタ−のギタ−は、鳥肌立つほど凄まじいのひとこと。 キャント・ユ−・フィ−ル・イットには頭が爆裂するくらい感激しました。 炎がメラメラ、心ワクワクといった感じなのです。 彼の場合もギタ−を弾くことがすべてであるというようなギタリスト症候群に侵されていました。 それにしても、アメリカには凄いギタリストが山ほど居るものだ。 ジョニ−・ウィンタ−・アンド時代からの旧友リック・デリンジャ−も応援に駆けつけて、素晴らしい作品に花を添えています。 そういえば、名曲チ−プ・テキ−ラはリックの作品ですよね。 兎に角、鬼気迫るほどの勢いで弾きまくるジョニ−・ウィンタ−のギタ−は素晴らしすぎる。 この人が本気を出しちゃうとこれほど凄いのかということを改めて実感いたしました。 迸る熱気のロックン・ロ−ル、そして、燃え出すかのような激しいブル−ス。 ジョニ−・ウィンタ−は情熱を剥き出しにして私たちに迫ってきます。 驚愕的な彼のギタ−・テクニックばかりに目を奪われてしまいますが、実はこの作品アルバムとしても非常に良くて出来ていました。 躍動感溢れるブル−スやロックン・ロ−ルと、静かなるバラ−ドの対比も実に良く考えられていてト−タルな作品として位置付けられています。 前述したチ−プ・テキ−ラやシルヴァ−・トレインといった作品がその静かなるジョニ−・ウィンタ−の代表的な例でしょう。 このあたりが、ただ闇雲にギタ−を弾きまくっていたジョニ−・ウィンタ−・アンド時代から成長した証なのでしょうね。 リック・デリンジャ−のツボを押さえたプロデュ−スも実に素晴らしい。 一皮剥けたジョニ−には、もう怖いものなしさといったところでしょうか。
