
いつか見た夢、そして、トッド・ラングレンに纏わる淡い夏。 忘れそうでいて捨て去りきれない、ほのかな想いが風の中で静かに揺れています。 そんなトッド・ラングレンは幾つもの顔を持ち実像が見えにくい人。 彼は、稀代のメロディ−メイカ−であり、ロマンチストでありながら、錯綜した感性やアンニュイな詩情も持ち合わせているのです。 果たして、どちらが真の姿なのか、もしかしたら本人自身も解からないのではないでしょうか。
トッド・ラングレン
ナッズ
ユ−トピア
カ−ズ
スティ−リ−・ダン
スピリット
ヴァニラ・ファッジ
ライトハウス
ラント - バラ−ド・オブ・トッド・ラングレン 1971年
トッド・ラングレンは、ナッズを脱退し新たな道を模索しながら辿り着いたのはウッドストックという饒舌な音楽の都でした。 この土地の素朴でいて人に優しい香りと、人間の究極的な感性を静かに触発してくれる空気は、才能豊かなトッド・ラングレンにとっても約束の地となったのです。 このウッドストックでの再スタ−トがメロディ−メイカ−としての彼の原点になったことは言うまでもありません。 ラントというこのアルバムにも納められているロング・フロ−イング・ロ−ブを初めとして、アイ・ソ−・ザ・ライト、ハロ−・イッツ・ミ−など1970年代に数々の素晴らしい名曲を残してくれたトッド・ラングレンですが、ウッドストック無くしてはその歴史は語れませんでした。 そして私たちは、爽やかな風のように香りたつ彼の旋律に、遠い日を懐かしんで心揺らぐのです。 それにしても、ロング・フロ−イング・ロ−ブの切なさをなんと表現したらいいのでしょう。 ラントに関する詳しい解説はこちらへ
サムシング・エニシング − トッド・ラングレン 1972年
新しい息吹に包まれた時代の中で、その天性の才能を輝かせた天才、それがトッド・ラングレンでした。 彼の迸るような情熱としなやかな感性、そして、一編のドラマを想わせる詩情溢れたメロディ−は、ビ−トルズ世代を初めて超えた予感を感じたのは私だけではない筈です。 彼は、ナッズ時代から煌めいていた感性が一気に開花したように、1970年代というもっとも勢いに満ちた時代の中で名作を惜しみなく、そして立て続けに届けてくれました。 そんなトッド・ラングレンの最高傑作のひとつに挙げるのが1972年にリリ−スされたこのサムシング・エニシングでしょう。 1960年代後半から1970年へと繋がる、ロックがもっとも成熟を見せた時の中で彼の感性が輝いていました。 余りにも進みすぎていた感のあるトッド・ラングレンの類稀ない才能は、1980年代に入ってから再評価を受けるといったような先進性に彩られていたのです。 フィラディル・フィアソウルを髣髴とさせるような洗練されたメロディ−ラインを見せてくれたかと思うと、アヴァンギャルドでシュ−ルな歌で我々を翻弄し、ビ−トルズのように美しい音楽や詩情で魅了してくれました。 およそこの世に存在する音楽の中で、彼に出来ない音楽は無いと言ってしまえば言い過ぎになってしまうでしょうか。 唯ひとつ、難点を言えば器用貧乏なところだと思います。 極上のポップスやハ−ド・ロックから、ソウルやボサノヴァ、果ては前衛音楽やミュ−ジック・コンクレ−トに至るまで気が多すぎるんでしょうね、彼の場合は。 もっと、ひとつのジャンルを追求していったらビ−トルズに匹敵するような偉大な人に成っていたと思うのですが。 さて、この名作サムシング・エニシングは、2枚組みのアルバムにも関わらず、当初日本ではシングルアルバムとしてリリ−スされていました。 こんな素晴らしい名盤に対して何という暴挙という気もいたしますがそういう時代だったのです。 しかし、今にして思えばそのシングルアルバムも物凄いプレミアが付いている事でしょうね。 アルバムのオ−プニングを飾るのは名曲アイ・ソ−・ザ・ライト、ソウルフレ−バ−と爽やかさが見事に凝縮された素晴らしい歌です。 おそらく、彼の膨大な歌の中でもキャン・ウィ・スティル・ビ−・フレンズと並んで人気の高い作品ではないでしょうか。 夏の日の午後でも良いし、春先の燐とした空気の中でも良いし、兎に角あなたに豊潤な時間を提供してくれる事は間違いありません。 また、もう一方のシングルヒット、ハロ−・イッツ・ミ−もシュ−ルな心地よさを感じさせてくれる名曲。 まあ、数え上げたらきりが無いほどの名曲を披露してくれている、このアルバムにおけるコンセプトは、トッド・ラングレンなりのポップソング、あるいはソウル・ミュ−ジックの解釈ということになるのでしょうが、2枚の中に納められた25曲の歌にまったく無駄な物がないというのも驚異的なことです。 そういった意味でも、素晴らしさと楽しさに溢れた、万華鏡のようなトッド・ワ−ルドを体験するには格好の1枚ということになるでしょう。 ポップソングであれ、ソウルであれ、シュ−ルなプログレであれ様々な視点に於いて自分なりの解釈ができるように創られています。 この点は見事としか言い様がありません。 溜息が出ちゃいますね。 とかく難解と思われがちな彼の作品の中でも、この時期のアルバムは非常に聴きやすいものが多いですから、ロックファンを自負する方なら是非とも体験して欲しい驚異的な名盤です。
魔法使いは真実のスタ− − トッド・ラングレン 1973年
何を隠そう、私が天才トッド・ラングレンと初めて出会った記念すべきアルバムが、この魔法使いは真実のスタ−です。 もちろん、それ以前にもハロ−・イッツ・ミ−のヒットやナッズの存在を知っていたので、前述のサムシング・エニシングの変則アルバムを試聴してはいました。 でも、彼に心底ノックアウトされたのはこのアルバムが初めてだったのです。 いや-、それにしてもこの作品、何といいますか、煌びやかでシュ−ルなトッド・ワ−ルドの魅力満載で、豊かなメロディ−ラインとめくるめく官能の世界が万華鏡のように繰り広げられておりました。 彼、お得いの混沌とした旋律がとてつもなく心地よいんですね。 曲のテンポやト−タルな展開も実に歯切れ良くて素晴らしい。 ベ−スとなっているのは、この時期の彼のお得意の、洗練され、ソフィティケ−トされたポップなソウル・ミュ−ジック。 それは、まるでフィラディル・フィアソウルと未来のエレクトリックポップが融合したような、斬新で新鮮な感覚に彩られていたのです。 また、随所にプログレッシヴロック顔負けの味付けもあり、インテリジェンス溢れる感性もその魅力となっていました。 こいつは、ちょっと違うぞといった感じ。 考えてみますと、後の天才プリンスが切り開くことになる新しいポップ・ミュ−ジックと近未来のソウルが融合したような魁となる作品だったのかもしれません。 トッドの場合、サウンドプロダクションにしても、体系的な思考とア−トワ−クのバランスのよさにしても、また、才能豊かなメロディ−ラインにしても、他の追随を許さないほど郡を抜いていると思います。 まあ、だからこそ天才と呼ばれるのでしょうが。 しかしながら、ともすればその多彩なトッド・ラングレン自身の才能に溺れてしまって、作品として成り立たないことも暫し見受けられるのですが、この時期にはそれをも払拭するようなオ−ラが感じられます。 多分、私と同様にこのアルバムでトッド・ラングレンの魅力に取り付かれた人も多いのではないでしょうか。 おそらくは、この作品と前後する数年間が、天才トッド・ラングレンの全盛時代だったと思います。 そう、魔法使いが真実のスタ−になったのです。
