

レオン・ラッセル&シェルタ−ピ−プル
マ−ク・ベノ
アサイラム・クワイヤ−
ドニ−・フレッツ
ダン・ヒックス&ヒズホットリックス
ジェス・ロ−デン
グリ−ス・バンド
グリン&ニルス・ロフグレン
ポコ
ドクタ−ジョン
リトル・フィ−ト
エッグ・オ−バ−・イ−ジ−
J・J・ケ−ル
ジョン&ビバリ−・マ−ティン
アンドウェラ
ダグ・サ−ム&バンド
レオン・ラッセル&シェルタ−ピ−プル
ひとつのム−ブメントが生まれる時というのは、実に奇跡的なタイミングと運命的な出会いが齎すもの。 ウエスト・コ−ストのベテラン・スタジオミュ−ジシャンでありスワンプロックの重鎮、このもっともアメリカらしい豊潤な音楽をイギリスへと橋渡ししたドン、そして、比類なきロマンチストでありながらミステリアスな雰囲気を持つプロデュ−サ−、それがレオン・ラッセルでした。( ちょっと長過ぎるじゃん )少し突拍子で風変わりな風貌から覗かせる鋭い瞳の奥くには、私達の知りえない真実が隠されているような気がいたします。 サ−ド・アルバム、カ−ニ−のジャケットで見せる錯綜したシュ−ルな目つきはどう考えても尋常ではないですよね、ご本人には悪いのですが。 シェルタ−・ピ−プルを率いて一世を風靡しその頂点にまで登りつめた人なのですが、そのわりには実に謎の多い人でもありました。 甲高くて独特なダミ声は非常に個性が強いのですが、まるで場末の酒場のような哀愁を感じさせてくれます。 しかしながら、好き嫌いのはっきりと別れるタイプの声でもあるでしょうね。 今でこそ彼はスワンプロックを語る上で欠かせない人なのですが、レオン・ラッセルの成功の影の仕掛け人はデニ−・コ−デルその人だったのです。 当時、デニ−は売り出し中であったジョ−・コッカ−のアメリカツア−のバック・バンドとしてマッド・ドッグス&イングリッシュメンを結成しようとしますが、このサウンド・プロデュ−スをレオン・ラッセルに任せようと考えていました。 かつて、デラニ−&ボニ−&フレンズにも関与し、ウエスト・コ−ストからサザンロック、そしてスワンプロックにまで幅広い人脈を持つ彼なればこそ、格好のプロデュ−サ−と考えたのでしょう。 そして、このプロジェントは予想以上の成功を納め、一躍レオン・ラッセルの名を世に知らしめることになるのです。 この成功で自信を深めた彼は自らのレ−ベル・シェルタ−を立ち上げる事になりました。 1970年のことですね。 そのシェルタ−レ−ベルの記念すべきデビュ−アルバムが、彼自身の初のソロ・アルバム-レオン・ラッセルでした。
1970年にリリ−スされたこのアルバムは、何とイギリスで録音されておりエリック・クラプトンやジョ−ジ・ハリソンを初めとする、当時スワンプロックに傾倒していたイギリスのミュ−ジシャンが多数参加していて話題にもなりましたね。 このアルバムの中では、レオン・ラッセルのあのダミ声で時には悲しげに、また時には切々と歌うソング・フォ−・ユ−が何といっても圧巻でしょう。 カ−ペンタ−ズも取り上げたこの名曲は、スワンプロックとは対極的な歌のように思われますが、彼の原曲は非常にア−シ−な香りに包まれている素晴らしい名曲でした。 スワンプロックに留まらず、ゴスペルやソウルミュ−ジックの要素まで取り入れた彼の音楽は、正にアメリカン・ミュ−ジックの縮図といえるのかもしれません。 続いて1971年にレオン・ラッセル&シェルタ−ピ−プル、1972年に名作カ−ニ−をリリ−スしてその基盤を揺るがないものにします。 特にカ−ニ−は、スワンプロック、ゴスペルのみならず旅芸人の一座ような哀愁と、いいしれようのない焦燥感と猥雑さや南部の香りが入り混じった名盤でした。 このカ−ニ−までの初期3部作が彼のもっとも輝いていた時代だと言ってもよいでしょう。 その後、ここに掲載しているライヴをアルバムを集大成として発表し、スワンプロックを中心とした活動に終止符を打ちます。 その後の活動も中々味のあるものでしたが、やはりレオンはこの初期3部作でしょうね。
雑魚 マ−ク・ベノ
淡い水彩画のような空気に包まれて朝もやの湖に佇むマ−ク・ベノ。 数あるロックミュ−ジックのジャケットデザインの中でも、飛びっきりの美しさと限りない情緒を湛えている逸品、それが彼の2作目になる1971年にリリ−スされたソロ・アルバム-雑魚でした。 雑魚という意味の深いタイトルが示すように、流れ行く時代の中でのこの時期の彼の心境が静々と語られています。 そして、この写真のジャケットを見る度に、名画のような美しさを感じてしまうのは私だけではないでしょう。 さて、スワンプロックの雄レオン・ラッセルとの共同ユニット、アサイラム・クワイヤでの華々しい成果が得られなかったマ−ク・ベノは、その後、静かにソロ・ミュ−ジシャンとして活動を始めます。 これは、そんな彼が辿り着いた至宝のようなセカンド・アルバムでした。 旅路の果てにやっと安息の地を見つけ出した喜びと言ってしまえば少し大袈裟でしょうか。 思えばこの素晴らしいジャケットのアナログ盤を求めて、あちら、こちらと日本全国を随分と探し回ったものです。 ( これもちょっと大袈裟だったかな。 )今ではCDもリリ−スされていますが、この美しさの質感はやはりアナログでないと伝わって来ませんね。 さて、このアルバムなのですが、内容はたおやかなブル−スを中心にして、私小説的なバラ−ドや、味わい深いスワンプロックを集めた作品集となっています。 彼のこれまでの活動と同様に極めて地味な印象を与えてくれますが、聴きこんで行くとまるでいぶし銀のように落ち着いた雰囲気に満ちていました。 程よく乾いた空気と時折見せてくれるカントリ−フレ−バ−は、やはりテキサス州の出身故のことなのでしょうか。 ディ−プなブル−ス系の歌にせよ、心を揺らすゴスペルにせよ、スワンプロックにありがちな重さをグッと押さえた爽やかさに包まれています。 この爽やかさを感じさせてくれる距離感が、実を言うと彼のスワンプロックの魅力なのかもしれません。 マ−ク・ベノの渋い声も深く心を揺すってくれる筈。 バックを努めるのは、ジェシ・エド・デイヴィスを初めとして、クラレンス・ホワイト、ボビ−・ウ−マック、リタ・ク−リッジなどのお馴染みの面々でした。 少し変わったところでは、名プロデュ−サ-、ニック・デ・カロがアコ−ディオンで参加して優雅でほっとするような優しい音色を聴かせてくれます。 夕暮れ時などに一人静かに聴きたい1枚ですね。 やはり名盤でしょう。
アサイラム・クワイヤ−
山々より沸き出でる水は、小川を通り、やがては大河へと流れて行く。 その大きな本流は、時として幾つもの支流を生み出しますが、到達する場所は皆同じ大海。 スワンプロックという大きな流れもまた、同じような運命を辿って行きます。 レオンラッセルとマ−ク・ベノの素敵な出会い、それがアサイラム・クワイヤ−というユニットで見事に昇華しました。 ロックがその頂点に一気に登りつめようとしていた1968年の事です。 まだ、マ−ク・ベノは初々しくて新緑のように若かった。 レオン・ラッセルにしても、まだシェルタ−を立ち上げる前であり、デラニ−&ボニ−&フレンズやマッド・ドッグス&イングリッシュメンとの活動よりも以前のことなのです。 彼のダミ声もとても新鮮で、濁りきるまでには至っていません。 何か、タイムスリップしたようなとても不思議な違和感が感じられますね。 というわけで、ここで展開されている音楽はスワンプロックというよりも、ブル−スやフォ−キ−なラグタイムやカントリ−、それにアメリカのトラディショナル音楽に包まれていました。 彼らは、それらをひっくるめて融合し実験的なロックを作り出そうとしていたのです。 西海岸のサイケデリックな香りを加えながら。 その方向性が、やがてはスワンプロックを生み出そうとは誰も知る由もなかったでしょう。 そういった意味で、ラストを飾るレディ−・イン・ウェイティングには、スワンプ・ロックの原点が内包されていると思います。 蕩けるように混ざり合ったバックの演奏が、混沌として新しいロックの誕生を示唆しているようでした。 アルバム全体を通して散漫な印象は拭えませんが、ひとつひとつの歌は独立した魅力を持っています。 商業的には成功しなかったようですが、この時代の記念碑的な作品ではないでしょうか。 6曲目のイントロ・トゥ−・リタで登場する素敵な声は、多分、後年シェルタ−の歌姫になるリタ・ク−リッジでしょう。 この頃から透き通った爽やかな声だったんですね。 まるで、天使のようです。
ドニ−・フレッツ
サザンロックあるいはスワンプロックの隠れた名盤として、遅れて来たマニア羨望の的となっていたドニ−・フレッツのプロ−ン・トゥ・リ−ン。 こっち系の音に興味が無くても、幻の名盤紹介本等で一度は目にした御仁も多い筈。 アナログ盤は、まるで、サム・ペキンパ−の映画の一場面のような素晴らしいジャケットとも相まって、相当な高値をつけていた時代もありました。 そんな伝説も今や昔、今ではめでたくCD化となり、多くのファンに親しまれるようになったことは実に有難いことです。 それにしても、セピア色に包まれた何と味のある情景なのでしょう。 いいなあ、この色合い。 いったい彼は、何を見つめているのでしょうか。 もう、これだけでもドニ−・フレッツの音世界は保証されたようなもの。 彼の世界は、クリス・クリストファ−ソンなしでは語れないのですが、大先生の踏襲ということだけには終わらず、スワンプロックやロックン・ロ−ル、カントリ−にブル−スやカリプソ、レゲエという軽快な音が混在し、ドニ−・フレッツというフィルタ−が通されている独特なものでした。 それも飛びっきりの情感と渋さを味付けにして。 そして、もう1人の隠れた逸材ジム・ディッキンソンやライ・ク−ダ−先生にも通じるようなア−シ−なサウンドと、少し軽めの粘っこさは、西部の風を感じさせてくれるように乾いています。 旋律が決して重たくならないのは、彼の優しさや人間性故でしょう。 また、その一方で、一連のウッドストックサウンドにも繋がる、哀愁を帯びた響きも内包していました。 まるで、ザ・バンドがバックを努めているような、ウィナ−・テイク・オ−ルやホエン・ウィア−・オン・ザ・ロ−ド、ユア−・ゴナ・ラブ・ユアセルフ等は絶品だと思います。 クリス・クリストファ−ソンやリタ・ク−リッジを始めとする素晴らしい仲間に囲まれて創られたこのアルバム、やはり原石のダイアモンドのように輝きを秘めた名盤ですね。
ジェス・ロ−デン
イギリスから旅立ってきたサザンフレ−バ−とスワンキ−な味わいのするバンド。 今や伝説と化し知るひとぞ知るという隠れた逸材。 そんな形容詞が似合ってしまうナイスな人達、それがジェス・ロ−デンが在籍したブロンコでした。 不思議なもので、イギリスからもヴィネガ−・ジョ−やアンドウェラを初めとして、ウエストコ−ストやスワンプロックの香り高いバンドが、まるで突然変異のように輩出してきます。 ブロンコも遥かなイギリスの地よりアメリカを目指した土臭いブリティッシュのお兄さん達でした。 ヴィネガ−・ジョ−にはロバ−ト・パ−マ−がいて、このブロンコにはジェス・ロ−デン。 2人の運命的な絆は決して交わることは無かったのですが、時流に翻弄されながらも其々の時代を自らの力で築き上げていきます。 ロバ−ト・パ−マ−が都会的で洗練されたスワンプ・ロックを目指したのに対し、ジェス・ロ−デンは土ぼこりの中にその活路を見出していました。 私たちが70年代の音楽に浪漫の調べを求めるように、ジェス・ロ−デンもまたアメリカのスワンプロックの中に自分のあるべき場所を感じていたのでしょう。 イギリス人らしからぬ粘っこさとファンキ−でソウルフルな歌が格別でありました。 掛値なしという言葉がありますが、ジェス・ロ−デンもまた駆け引きなしのストレ−トな感性を持つロックン・ロ−ラ−として存在感を示してくれたのです。 ジェスはまるで火花のように歌う。 ある時は魂を込めて、またある時は軽やかに。 そして、そんな一途な姿が私達の胸を打つのでしょう、一度でも耳にするとその真摯な姿と飛びっきりファンキ−な調べに囚われてしまいます。 また、何処となくウエストコ−ストからサザンソウルを目指した時のボズ・スキャッグスの姿と重なってしまうのは私だけではないでしょう。 1977年、ジェス・ロ−デン・バンドの3枚目のアルバムとしてプレイ・イット・ダ−ティ・プレイ・イット・クラスという歴史に残る名盤をリリ−スしますが、その後は目立った活動がなく何時の間にか伝説の人と化してしまいました。 ロバ−ト・パ−マ−がコンスタントに活躍していったことを考えると、少しばかり不運な感は否めませんが、もともと商業的な成功など望んでいなかった人。 彼は、彼のスタンスで魂と交わっていければそれで幸せなのでしょう。 それは、彼の名曲ブロ−ウィンのように自由気ままな人生だったのかもしれません。
グリ−ス・バンド
イギリス人であってもこれだけ見事で粘っこいスワンプロックが出来るんだぞと証明して見せた1971年の名作。 グリ−ス・バンドは、後にウィングスに加入する事になるヘンリ−・マカラックを中心に、ニ−ル・ハバ−ドなどイギリスではかなり名の売れたスワンプロッカ−が集まった実に泥臭いバンドです。 デレク・アンド・ドミノスにしてもそうなのですが、スワンプロックに対する彼らなりの解釈が実に柔軟で、一般のロックファンであってもすんなりと聴ける重厚な1枚になっていました。 フェイセスがウ−・ラ・ラで見せてくれたようなファンキ−なロックン・ロ−ルとストレ−トなスワンプロックの融合がここにはあります。 まるで、それは東から吹いてくるかぜのように。 グリ−スバンドのこの名盤は、素朴で地味なだけではなく様々な味わいのあるスワンプロックということになるのでしょうか。 ご多分に漏れずこの人たちもレオン・ラッセルと関わりのあった人たちで、そもそもはジョ−・コッカ−のバックバンドを努めていたのでした。 で、この秀逸なスワンプロックの名盤を作り上げてしまう訳ですが、そこはかとなく凛とした透明感が感じらるのはやはりブリティッシュ故か。 また、ロニ−・レインに通じるような哀愁感たっぷりのライトな感覚もありました。 そういえば、この人たちロニ−・レインとも親交があったんですよね。 オ−プニングのラフ・アット・ザ・ジャングルはCCR張りのスワンキ−なロックン・ロ−ルで、重厚かつ豊潤なスワンプロックを堪能させてくれます。 ミステイク・ノ−・ダウトで奏でるマカロックのスライド・ギタ−も、深い味わいがあって、なかなかいいじゃんと思わせるものがありました。 それは、神様ライ・ク−ダ−に負けず劣らず秀逸なスライド・ギタ−だったのです。 そもそも、ライ・ク−ダ−がスト−ンズにスライド・ギタ−の奥義を伝授( ライ自身はスト−ンズにテクニックを盗まれたのだと言っているようですが )した時から、英国のよりディ−プなスワンプロックの歴史が始まったのではないでしょうか。 英国に於いて静かに培われてきたスワンプ・ロックの蕾を一気に開花させたロック・バンド、それがこの素晴らしきグリ−ス・バンドと言うことになるのです。
ご多分に漏れず、古くから名盤との評価を受けながら、中々手に入れることの難しかったアナログ・アルバムだったのですが、今やCD化されておりますので簡単に入手できます。 ありがたや、ありがたや。
グリン&ニルス・ロフグレン
時は流れても、ある瞬間の記憶が鮮烈に焼き付けられている事があります。 30年程昔、ふと立ち寄ったレコ−ド店のタ−ン・テ−ブルから流れていたディレクションという歌。 当時は、名前も知らなかったバンドのこの歌が何故か気にかかり、そしてまた、ギタ−の余りのカッコ良さにノックアウトされ、ジャケットを見せてもらったら、そこに写っていた人がニルス・ロフグレンでした。 これが私と彼の最初の出会い。 以後、21世紀にまたがって延々と続くフェイバリット・ギタリストの一人となるのです。 ロ−リング・スト−ンズのキ−スに捧げた名曲キ−ス・ドント・ゴ−の、鳥肌が立つような煌めきと官能的なギタ−・ワ−クは彼ならではのもの。 また、彼が作り出す比類なきメロディ−・ラインの美しさも特筆すべきことでしょう。 奔放で陽気なロックン・ロ−ラ−に似合わずに、彼の持ち合わせた絹の糸のような繊細な感覚は、グリンのもうひとつの魅力を形作っていました。 いかにもアメリカ的なシチュエ−ションといったものが存在しますが、小粋で快活なロックンロ−ル小僧、ニルス・ロフグレンもまたそんなアメリカを感じさせてくれる音楽の遍歴を重ねてきました。 その永いキャリアの記念すべきスタ−トなったのが、このグリンという格好良いアメリカン・ロックンロ−ルバンドだったのです。 デビュ−アルバムは1972年リリ−スのグリン。 彼の代表曲のひとつとなるライク・ア・レインや前述のディレクションを含んだ名盤でした。 まだ初々しさの残る演奏の中にキラリと光るものを感じたのは私だけではないでしょう。 後年、ブル−ス・スプリングスティ−ンが、彼をバックバンドのギタリストとして招聘したのも頷けると言うもの。 そして、そんな彼の才能が一気に開花するのはグリンのセカンドアルバム1+1でした。 この1+1は、グリンのワイルドでハ−ドなロックン・ロ−ラ−としての側面とアコ−スティックで清楚なサウンドが見事に調和した、名作の誉れ高いアルバムだったのです。 朴訥として決して上手いとはいえないニルスのヴォ−カルも、一度好きになるとなると病み付きになりそうな不思議な魅力がありました。 多分、彼はビ−トルズやスト−ンズにもっとも影響を受けた世代の一人でしょう。 ニルスの生み出す優れたメロディ−ラインは、ビ−トルズの香りやスト−ンズの情熱が漂っているからです。 ム−ン・ティア−ズは、そんな彼の原点を感じさせてくれるような名曲。 まだ若々しくて、そして、希望に燃えて旅立とうとするニルスの姿が眩しく輝いています。
ポコ エピック時代の名作 - フロム・ザ・インサイド
忘れかけていた素晴らしい想い出が本棚から転げ落ちてきたような、そんな幸せな一時を約束してくれる名作、それがエピック移籍後のアルバム、フロム・ザ・インサイドです。 1971年リリ−スのこの作品は、ポコの長い歴史の中でもア・グッド・フィ−リン・トゥ・ノウやシマロンの薔薇と並んで3本の指に入るほどの名盤だと思いますが、そのわりにはウェスト・コ−スト・シ−ンの中での評価は驚くほど高くありませんし、ポコを語る時にも取り上げられることの少ない不遇な名作だとも言えます。 事実このフロム・ザ・インサイドがあったからこそ、ア・グッド・フィ−リン・トゥ・ノウというポコ史上最高のスワンプロックの作品が生まれたのですから。 何を隠そう、私にとってのポコの原点はこのアルバムからなのです。 まだ、カントリ−・ロックやウェスト・コ−スト・サウンドの右も左も解からない頃に出会ったこの作品は、当時ハ−ドロックやプログレ、それにグラム一辺倒だった私にとって不思議な魅力を輝かせていました。 考えてみると、ここからCSN&Yやジャクソン・ブラウンの素晴らしい世界に入り込んでいったのですね。 私にとっての夏への扉という事になりました。 という訳で、このフロム・ザ・インサイドはポコがカントリ−ロックからスワンプロックを含めた、ア−シ−な音楽への展開を計ろうとする時期の、極めて重要な位置にあると思うのです。 このアルバムで展開されるカリフォルニアらしい明るさと、現実から逃避しない陰りの交差した旋律がポコの本質なのでしょう。 それは、カントリ−・ロックに新しい夜明けを告げるものでした。 デビュ−当時からの爽やかなカントリ−ロックに加えて、実に土臭くて重厚なサウンドが顔を覗かせているのです。 そのことは、ジャケットの渋さや落着き具合にも象徴的に現れているのではないでしょうか。 このアルバムのハイライト、A−5の名曲太陽へ向っては後のイ−グルスのお得意とする、カントリ−・ロックンロ−ルの先駆的作品でした。 この名曲からウェスト・コ−ストの神話が始まっていったといっても過言ではないでしょう。 残念ながら、このアルバムにはジム・メッシ−ナの姿は見当たらないのですが、その穴は後にイ−グルスに加入することになるティモシ−・シュミットが見事に埋めてくれていました。 もちろん、結成当時からのポ−ル・コットンやラスティ−・ヤング、それにリッチ−・ヒュ−レイも脂の乗り切った潤沢な演奏やコ−ラスを聴かせてくれています。 やはりポコの頂点を示す作品ですね。
ドクタ−ジョン
ドクタ−・ジョン、懐かしさと郷愁。 私たちが遠い昔に置き去りにしてきたものを再び想い出させてくれる心温まる旋律。 彼の音楽にはなんか淡い夢を感じさせてくれる優しさが満ちているんですよね。 それは新鮮なときめきとノスタルジックな夢が出会ったような不思議な瞬間。 ドクタ−・ジョンの音楽は、スワンプロックという括りだけでは収まりきれないほど、多種多様に渡って私達の感性を刺激し続けてくれます。 時に妖しげな宗教的香りや捉えどころのない奇天烈な個性から敬遠されがちなのですが、これほどリズム&ブル−スやラグ・タイムミュ−ジックに根ざしたシンプルなスワンプロックはありません。 特にこのガンボは、彼の数多いアルバムの中でも傑作の誉れ高い逸品だと思います。 また、敬遠されがちな彼のアルバムの中でも、すんなりと入り込める1枚ではないでしょうか。 ジャケットもグッドです。 そんなアルバムの中の絶品は何といってもトラディショナルのスタッカ・リ−。 かつて、これほど優雅で、これほど情熱的で、これほど楽しいピアノ演奏があったでしょうか。 私たちは遠い昔の夢に包まれて懐かしい時代に戻ったような、幸せな気持ちになってしまいます。 こんな風に素晴らしい作品を届けてくれるドクタ−・ジョンとは一体何者なのでしょう。 ニュ−オルリンズ音楽の黒幕、風のような永遠の放浪者、はたまた、宗教を司る教祖、もしくはただの音楽好きの陽気なおっさんなのかもしれない。 でも、すべてが当たっていそうで、そう、すべてが当たってない。 こんな不思議な人そうザラにはいやしないと思います。 彼の奏でるラグタイムピアノに誘われて、私たちはまるでタイムスリップをしたような時代へと旅立てるのですから。