ライブ・クリ−ム・vol−2  /  クリ−ム
クリ−ムの素晴らしき世界 / クリ−ム
ライブ・クリ−ム /  クリ−ム
ライヴ / ジェス・ロ−デン・バンド
フリ−・ライヴ / ザ・フリ−
フリ−・アット・ラスト / ザ・フリ−
サンクス・キリスト・フォ−ザ・ボンブ / グラウンド・ホッグス
メデュ−サ / トラピ−ズ
ラウドゥ'ン・プラウド / ナザレス
U・F・O-1 / U・F・O
ライヴ・アット・ザ・BBCセッションズ / ジミ・ヘンドリックス( 特別出演 )
C・C・S /  C・C・S
ノ−ス・ウィンズ / デビッド・カバ−ディル
ロッキン・ザ・フィルモア / ハンブル・パイ
イ−ト・イット / ハンブル・パイ
クリア−・スル−・ザ・ナイト / スティ−ヴ・マリオット
ウォ−・ホ−ス / ウォ−・ホ−ス
ベ−カ−・ガ−ビッツ・ア−ミ− / ベ−カ−・ガ−ビッツ・ア−ミ−
エリック・バ−トンの黒い世界 / エリック・バ−トン&ザ・ウォ−
ストレイドッグ / ストレイドッグ

 ライブ・クリ−ム・vol−2  /  クリ−ム

私は、遅れて来たクリ−ム世代なのですけれど、それでもこのアルバムの噂だけは聞いておりました。 兎に角、クリ−ムは凄いんだぜという友達の言葉を耳にしながらも、1970年になったばかりの頃はツェッペリンやディ−プ・パ−プル、あるいはキング・クリムゾンやフロイドなどの最先端のロックにばかりに目を奪われていたのです。 まあ、右も左も分からなくて感受性豊かなだけの十代だったので無理もありませんが。 そんな時に、輸入盤のバ−ゲンで見つけたのがこのライヴ・クリ−ムvol−2でした。 エリック・クラプトンがいたとはいえ、クリ−ムのスタジオ録音盤は余りにも洗練されすぎていて余り期待はしていなかったのです。 多分にフェリックス・パッパラルディの都会的なオ−バ−・ワ−クのせいもあったのかもしれませんが。 それでも、前述の噂を頼りに買ってみてびっくり仰天。 その怒涛のようなウ−マン・パワ−と一糸乱れぬアンサンブル、そしてライヴで展開される超絶的な3人のテクニックに悶絶してしまいました。 その時、クリ−ムの真価はライヴでないと堪能できないなと改めて理解した次第なのです。 クリ−ムはやはり凄いじゃんというのが正直な感想でしたね。 その、臨場感溢れる音の洪水は聴く者を圧倒し、感性を切り裂き、そして脳髄を震撼させてくれました。 荒れ果てた町から始まるこのアルバムは、名曲ホワイト・ル−ム、日本でもヒットしたサンシャイン・ラヴを含め、最後のブル−スの名曲ハイダウェイまで息つく暇も無いほどの迫力に溢れており、クリ−ムを再認識する上では格好の1枚といえるでしょう。 この時期のエリック・クラブトンのインプロヴィゼ−ションの凄まじさ、ベ−スのジャック・ブル−スの超絶テクニツク、ジンジャ−・ベイカ−の倍速ドラムが一体となった歴史的名演が繰り広げられています。 クリ−ムというのは、当時ブリティッシュロック・ファンを自負するものにとっては一度は通らないといけない免罪符のような関門であったのですが、ライヴ・クリ−ムvol−2は辿り着くべき価値のある素晴らしいアルバムだったと思います。

 クリ−ムの素晴らしき世界 / クリ−ム

ご存知のようにクリ−ムというのは、実はジャック・ブル−スなのだということに気がつくまで暫らく時間が掛かってしまいました。 それは、レッド・ツェッペリンの核が実はジョン・ボ−ナムであったという事実とも符合するのです。 とかくスタ−プレ−ヤ−であり俊腕ギタリストでもある、エリック・クラプトンとかジミ−・ペイジに目を奪われてしまうのですが、バンドをコントロ−ルしていたのは彼らであったのではないでしょうか。 特にクリ−ムにとって3枚目のアルバムにあたる、クリ−ムの素晴らしき世界ではその傾向が顕著に表れています。 このアルバムは彼ら始めての2枚組みで、1枚は中々奥の深いスタジオ録音で、問題のもう1枚がクリ−ムの真骨頂の圧倒的なライヴとなっておりました。 やはりクリ−ムはライヴだということをフェリックスも認識していたのでしょう、こちらの方もライヴ・クリ−ムvol−2同様に其々に凄まじいばかりのプレイを聴かせてくれています。 また、スタジオ録音盤の方もアズ・ユ−・セイドやパッシン・ザ・タイムのように彼らの新たな方向性を伺わせる作品が登場していました。 特にアズ・ユ−・セイドでのシュ−ルな展開は当時としては非常にプログレッシヴであったと言えるでしょう。 ところで、エリック・クラプトンがその卓越したギタ−・プレイにクリ−ムの真髄を求めたのに対し、ジャック・ブル−スの場合はト−タルなバランスでクリ−ムを考えていました。 それは、彼独特の多彩な作曲面でも良く見られています。 クリ−ムのアルバムの中で名曲と呼ばれている作品には、彼ジャック・ブル−スとピ−ト・ブラウンの競作になるものが実に多かったのです。 このアルバムのポイントになるのは、ジャック・ブル−スの感性そのものだったのですね。 また、それまでは物足りなさを感じていたフェリックス・パッパラルディのプロデュ−スも、この作品ではビシッとクリ−ムのツボを押さえて決めまくっていました。 そしてここで確立させたコンセプトは、やがてアメリカへ渡りマウンテンへと受け継がれるのです。

  ライブ・クリ−ム /  クリ−ム

初めてインプロヴィゼ−ションという言葉を意識したのはクリ−ムのこのライヴアルバムでした。 まだアドリヴとかいった言葉がジャズに独占されていた時代のことです。 クリ−ムのライヴにおける上質なインプロヴィゼ−ションは、その後のロックの有り方さえ変えてしまったといっても過言ではないかもしれません。 それは、新しい産声を上げたロックがやっと芸術の域に達した瞬間だったのです。 考えてみるとクリ−ムとは何かを生み出そうとしていたロックの原点なのかもしれません。 それは傷だらけの原点だったのですが、ここから栄光の1970年代に向けてロックが登りつめていったのです。 そんな、クリ−ムのライヴアルバムの中でも先陣を切り、時代の音を認識させてくれたのがこのライブ・クリ−ムでしょう。 兎に角驚異的なテクニックを駆使して凄まじいばかりに感性を刺激する音の洪水は、ドラッグをやらなくても充分にハイになれるほど神経を麻痺させ、私たちを未だ体験した事のない別世界へと導いてくれるのです。 勿論、ドラッグがあればもっと凄い桃源郷を体験できたでしょうが。 このアルバムのハイライト、何と15分にも渡るスイ−トワインの狂気のアンサンブルやドラマチックな展開に、天国まで舞い上がってしまったのは私だけではない筈です。 マディ・ウォ−タ−ズのロ−リン・アンド・タンブリンも素晴らしいのひとこと。 こんなに凄まじい音を耳にすると、やはりクリ−ムはライヴだなと思わずにはいられません。 やがてエリック・クラプトンという天才の魂さえ引き裂いてしまったクリ−ムは、自らの巨大なエネルギ−に埋没してしまいます。 もしかしたら、彼らは生まれた時からそうなる運命だったのでしょう。 そして、伝説となったのです。 今では、望むべきこともできないのですが、当時クリ−ムのウ−マンパワ−が齎すハイテンションな音を、生のライヴで感じた人たちは何と幸せだったのだろうと思います。 もし、タイムマシンが発明されたならこの時代のクリ−ムのライヴをぜひ聴きに行って見たいですね。   

 
ライヴ / ジェス・ロ−デン・バンド

よく、ロバ−ト・パ−マ−との共通点を多く語られるジェス・ロ−デンなのですが、どちらかと言えば粋で気の多いダンディ−、ロバ−トに較べ、一途なロックン・ロ−ルお兄さんといった雰囲気が漂っていましたね。 決して器用な人ではないのですが、その土臭さと枯れ具合が何とも爽快なお人でありまして、ファンキ−かつソウルフル、そして渋いヴォ−カルと相まってけっこう隠れたファンが多かったと記憶しています。 一足先に有名になったのはロバ−トの方だったのですが、ブリティッシュ・ロックのヴォ−カリストを語る上で欠かす事のできない名優でした。 時にはジャ-ジィ−に、時にはファンキ−に、また時には大人びてタバコの煙をくゆらせていく、そんな世界がジェス・ロ−デンなんです。 そういえば、初期のヴァン・モリソンとも共通する点が多かったと思いますが如何でしょう。 今でも伝説のバンドとなっているあのスワンプロックバンドのブロンコに在籍し、その頃から粘っこいヴォ−カルやファンキ−な感性に磨きを駆けていました。 ブロンコは、イギリスのバンドでありながら味なウエストコ−ストサウンドを聴かせてくれた、知る人ぞ知るといったナイスな人たちでありまして、リリ−スされた2枚のアルバムはいずれも名盤です。 特にセカンドは最高。 そのプロンコ脱退後ドア−ズの残党とバッツバンドなるグル−プを結成しますが、これはちょっと彼の個性にはミスマッチだったと思います。 その後、満を持してソロ・ヴォ−カルの道を辿るわけですが、サザン・フレ−バ−とソウル・フィ−リングに彩られた3枚のアルバムは、どれも芳しくて名盤の誉れ高い逸品でした。 決して洗練されている訳ではないのですが、時代とともに都会的な味付けも加わり一時のボズ・スキャッグスのような赴きさえ見せてくれましたね。 ジェス・ロ−デンのコンセプトは、ソウルを消化し彼なりに構築するという一点に絞られています。 ロックンロ−ルであれ、ブル−スであれ彼の土壌となるものは、すべてソウル・ミュ−ジックに注ぎ込まれるのです。 そういった意味で、潔いと言うか実に粋な人ではありませんか。 ですから、私たちはファンキ−で汗と魂の飛び散るような彼のヴォ−カルに心惹かれるのですね。 誰でもが感じるジェス・ロ−デンを聴き終わった後の爽快感は、そんなところから生まれるものなのでしょう。 特にこのアルバムのようなライヴは凄いの一言。 彼の本領発揮といったところでしょうね。 

 フリ−・ライヴ / ザ・フリ−

確か1960年代だったと思いますが、バリは燃えているかという名作映画がありました。 ロックの時代も幾度となく隆盛を極めてきたのですが、このフリ−がデビュ−して解散に至るまでの時代も翻弄され激しく燃えていました。 みんな何かが新しく始まる予感を感じていたのです。 1960年代後半から、1970年初頭にかけては多くの伝説が生み出されましたが、若き精鋭が揃ったフリ−の誕生もそのひとつだったと思います。 フリ−の若さに似合わぬ饒舌なブル−スと艶っぽいソウルフィ−リングは多くのロックファンを魅了し、ヘヴィ−なサウンドとその隙間の静寂の心地よさを再認識させてくれました。 それは、同世代のハンブル・パイにも通じるものだったのですが、彼らが若い分だけより新鮮に聴こえたのは私だけではないでしょう。 フリ−・ライヴ、それはロックが飛躍する過程と彼ら自身の登りつめていく生き様を見事に凝縮した名演だったのです。 そしてまた、当時の状況や1970年代の息吹を鮮烈に伝えてくれる卓越したライヴアルバムであったと思います。 このライヴ・アルバムをスタ−トするのはあのオ−ル・ライト・ナウ。 この歌のイントロの鳥肌が立つような格好良さはもう何度も述べていますが、それにしても、ドラムに引き摺られて登場するギタ−の決まり過ぎているシチュエ−ションは、まるで歌舞伎の大見得の如く私たちを一気に惹きつけてくれます。 あの時代を代表する名曲でしょうね。 フリ−の音楽は一聴すると、何とも纏まりのないサウンドに思えるのですが、彼らの絶妙な間や溜めを理解してくると、その格好良さが滲み出てくるのです。 その妙味が解かるまでには一寸時間がかかるのですけどね。 当時の彼ら勢いを凝縮したライヴは実に見事のひとこと。 ライヴとしてのラスト曲、ハンタ−までの迸る熱演と情熱は、今もなお私たちにあの頃の熱いハ−トを蘇らせてくれます。

 フリ−・アット・ラスト / ザ・フリ−

う-ん、恋がどんなものなのか、ブル−スに涙するようになるまでは、多分解からない・・・というジャズのスタンダ−ドじゃないけれど、1972年、驚異的な大盛況の内に終えた日本公演の後、フリ−は突如として謎の空中分解を起こしてしまいます。 いよいよフリ−の時代が到来し、さあ、これからだと云う時だっただけに意外な気持ちのファンも多かった筈。 掻く言う私めも、何でやねんといった義憤に駆られておりました。 それは、まだ恋を掴み切れないほど若い時の、哀惜の念に似ているのかもしれないと。 という訳で、このフリ−・アット・ラストは、その名のとおりにオリジナル・メンバ−による最後の作品となってしまいました。 空中分解、そしてメンバ−其々の別行動と、もう破局は時間の問題といったような、恋の終焉と非常によく似た状態であったわけなのですが、なんと心機一転してこのニュ−アルバム、フリ−・アット・ラストをリリ−スすることになるのです。 まさに棚から牡丹餅を地で行くような状況であった訳なのですが、それにしても、再出発のアルバムタイトルがアット・ラストとは冗談きついぜお兄さんといってしまいたくなるというもの。 でも、流石はフリ-ですね、タイトルのようにアット・ラストどころか、史上最高の大傑作アルバムを届けてくれたのです。 しかしながら、このアルバムに対する世論の評価は極めて低くて、なんでやねん、なんでやねんといった義憤に駆られておりました。 よく義憤に駆られるお方じゃ。 多分に、ゴタゴタと揉めていたフリ−が、まともな作品なんてできる筈が無いといった、一方的な先入観が皆さんに働いたのではないでしょうか。 ところが、あにはからんや結果は歴史に残るような傑作になっていた訳です。 アルバムをスタ−トするキャッチ・ア・トレインの鳥肌ものの格好良さといったらもう。 待っていたよ、ポ−ル・コゾフと言ってしまいたい程の、ギタ−のバイブレ−ション。 オ−、ノウ。! セイル・オンで聴けるポ−ル・ロジャ−ス節も、妙に力が抜けて達観したような素晴らしさに溢れております。 この人は、妙に力が入らない時の方が断然いいんです。 シングルヒットしたリトル・ビット・オブ・ラブは、数あるフリ−のシングルの中で絶対NO・1の名曲だと思いますし、オ−ッ、そして、そして、ガ−ディアン・オブ・ザ・ユニバ−ス。 泣いてください、泣いてください心行くまで。 そして、この名アルバムを締め括るのは、切なくも決して希望を捨てきれない程の名曲グッバイ。 ポ−ルが人生を振り返るようにしみじみと、そして、明日を見つめながら歌っております、Good by I hope we meet ageinと。 く−っ、今夜は飲むぜ。

 サンクス・キリスト・フォ−ザ・ボンブ-1970年 / グラウンド・ホッグス

クリ−ムがライヴに於いて確立させたヘヴィ−なブル−ス・リフを、スタジオの中でも見事に再現させたのがトニ−・マクフィ−率いるグラウンド・ホッグスです。 日本では余り馴染みのない彼らですが、その特異なブル−スの解釈と重厚な広がりを見せる音で、イギリスを初めヨ−ロッパに於いてはかなりの人気を拍しておりました。 火花散るヘヴィ−なリフは実に心地よい感覚を齎してくれます。 それは、古くからのブル−スには固執しないという彼らなりのブル−スに関わるスタンスが支持を受けたのだと思います。 クリ−ムしかり、レッド・ツェッペリンしかりといったところですね。 さて、たこ焼き屋さんのような何とも愛嬌のあるマクフィ−おじさんは、顔に似合わず頑固な御仁でありまして、余すこと無きそのヘヴィ−な感性はグラウンド・ホッグスのサウンドの核を成していました。 もともと彼らはアコ−スティック主体の乾いたブル−スバンドであったのですが、従来のブル−スを踏襲しながらもヘヴィ−なリフ主体のロックへと変貌させ、この3枚目にあたるサンクス・キリスト・フォ−・ザ・ボンブでは、クリ−ムに追随するような重厚な音を完成しています。 極めてシンプルながらブル−スからヘヴィ−なロックへ移り行く様を閉じ込めた、ブリティッシュ・ロック史上に残る名盤と言えるでしょう。 ひとつのスタイルを確立させたこのアルバムからの数年間がグラウンド・ホッグスの全盛時代だったと思います。 表題作、サンクス・・・では凄まじいばかりのリフを展開し饒舌なうねりを派生させていました。 彼らのヘヴィ−なサウンドが生み出す幻覚作用は、私達の感性を麻痺させて何とも心地よいトランス状態へと導いてくれるのです。 また、ストレンジ・タウン等の素朴で土臭いブル−スもヘヴィ−なサウンドと見事な対をなし絶妙でありました。 そんな、ブル−スに生き、ブル−スに死ぬといった拘りこそがグラウンド・ホッグスの持ち味でしょうね。

 メデュ−サ / トラピ−ズ

ム−ディ−・ブル−スの秘蔵っ子として1960年代の後半に華麗なるデビュ−を飾ったのがトラピ−ズでした。 彼らにとって2枚目のアルバムにあたるこのメデュ−サでは、前作のトラピ−ズの主眼であった叙情性を完全に排除して、まるで恩師であるム−ディ−・ブル−スから脱却するようにストレ−トなハ−ド・ロックを展開しています。 このツェッペリン張りのハ−ドな音楽性こそが彼らの本領であると思える程に、見事に決めてくれていました。 特に1970年にリリ−スされたセカンド、メデュ−サでは、詩情を残しつつも彼らの独自なハ−ドロックを簡素化して構築ししようとしています。 ジャケットもそんな中性的なコンセプトを見事に表現しているのではないでしょうか。 彼らの場合、ブリディッシュ・ハ−ド・ロックらしい潔さとシンプルさ、そして何処となく憂いを帯びたフレ−ズが魅力でありましょう。 また、骨太な音質や感性も売りのひとつです。 それは、オ−バ−プロデュ−スに成り過ぎず見事なほどの纏まりを見せてくれました。 ム−ディ−・ブル−スのメンバ−、ジョン・ロッジの俊腕の勝利といったところでしょうか。 トラピ−ズは、デビュ−当時の5人編成から、このセカンド・アルバムでトリオに成った訳なのですが、音楽性が縮小するどころかよりタイトでハ−ドな威勢のいい演奏を聴かせてくれました。 クリ−ムしかり、グランド・ファンクしかり、3人編成のロックバンドというのは実に小気味良い演奏を聴かせてくれるものです。 そんな彼らのフロント・マンは、後にディ−プ・パ−プルに加入することに成るグレン・ヒュ−ズでしたが、まだヴォ−カルも非常に初々しくてハ−ド・ロックらしくない爽やかささえ感じさせてくれました。 ただ、若き日のポ−ル・ロジャ−ス張りのヴォ−カルは、ハ−ドな演奏と相まって中々の味わいを感じさせます。 そういえば、演奏そのものもフリ−にも似ていますよね。 残念ながら、ビッグ・ネ−ムには至りませんでしたが、一度は耳を傾けて欲しいタイトなバンドです。

  ラウドゥ'ン・プラウド / ナザレス

ナザレスの疾走間、それは夏草の香りのような甘酸っぱい懐かしさ。 初々しくて眩いばかりの輝き。 ブリティシュ・ハ−ド・ロックの貴公子として華麗なるデビュ−を飾ったナザレスの、最高傑作がこのラウドゥ'ン・プラウドという4枚目のアルバムです。 また、かつてブライテスト・ホ−プにも輝いたナザレスの真価を発揮した名盤でもありました。 あの名曲ブロ−クン・ダウン・エンジェルの哀愁感たっぷりの泣きのギタ−にノックアウトを食らった御仁も、再びこのアルバムの臨場感の前にひれ伏すことでしょう。 ナザレスは前作ラザマナズをリリ−スした時から生まれ変わったのです。 典型的なハ−ドロックと、隠し味のスワンプロック、そして、走り去る風のようなスピ−ド感。 それがナザレスの1番の魅力なのです。 ブリティッシュ・ハ−ド・ロックの重圧に押しつぶされることなく、彼らは見事にそして華麗に飛翔しました。 まさにエンジェルのように。 う-ん、なかなかやるじゃんといった感じなのです。 若々しいことがこんなにも誇りに感じられるとはなんと素晴らしいことなのでしょうか。 そう、このアルバムでのナザレスには、まるで10年選手のような揺るぎない自信とフレッシュな感性を漲っていました。 アルバムをスタ−トするゴ−・ダウン・ファイティングの格好良さこそナザレスの真骨頂だと思います。 単純なリフによるロックンロ−ルなのですが、その純粋無垢な情熱がハ−トに突き刺さりました。 思えば、ナザレスとはそんなロックの原点を見せてくれるのかもしれません。 私たちが忘れかけていたもの。 それこそがナザレスなのです。 そして、ブロ−クン・ダウン・エンジェルに匹敵するほどの名曲、ナット・フェイキング・イットの疾走感は、いつまでも私達の心を捕らえて離さないことでしょう。 鳥肌が立つカッコよさとは、実はこういう名曲のことを言うのです。 

 U・F・O-1 / U・F・O

U・F・Oといえばマイケル・シェンカ−、そして彼が加入してからのU・F・Oこそ真のU・F・Oであると、ブリティシュ・ロック・ファンの殆どの人がそう考えていると思います。 スコ−ピオンズの看板ギタリスト、マイケル・シェンカ−の加入は当時としてもそれほど衝撃的なものでした。 確かに、そのマイケル・シェンカ−が加入してからのアルバム、現象からU・F・Oの新たな黄金時代を築いたのも事実です。 マイケルの切れ味鋭いギタ−が停滞気味だったシ−ンのみならず、U・F・Oの未来をも切り裂いたものでした。 しかし、私みたいなオ−ルド・ロック・ファンにとっては、U・F・Oイコ−ル往年のヒット曲カモン・エブリバディの時代なんですね。 ご存知、エディ・コクランの名曲をヘヴィ−なリフのハ−ドロックに仕上げたこの歌は、意外にも日本で大ヒットを記録しました。 何故かしら、この時期のU・F・Oは日本とドイツだけで以上に人気の高かったバンドなんです。 そんな彼らの記念すべきデビュ−・アルバムが、カモン・エヴリバディを含むU・F・O-1でした。 このレアな名曲とアルバムは、ツェッペリン張りの単純だけど格好良いリフがグル−ヴして、私たちの感性を激しく心地よく揺さぶってくれましたっけ。 そうなんです、この頃のU・F・Oはデビュ−当時のブル−スやロックンロ−ルを基礎にして同時期に活躍してた、アメリカのグランド・ファンクと共通する部分が非常に多かったような気がします。 演奏にしても勢いに任せたラフなもので、当時の主流であったテクニック一辺倒ではないところがよく似ていました。 そういえば、この間中古レコ−ド屋さんで記念すべきU・F・Oのシングルレコ−ド、カモン・エブリバディを発見したのですが、その値段がなんと3000円。 う-ん、高いといえば高いし、安いといえば安い。 デビュ−当時のU・F・Oは、そんな風に何となく評価の定まらないグル−プでありました。 

ライブ・BBCセッションズ  /  ジミ・ヘンドリックス

わが身を削るように白熱した魂のギタ−。 ジミ・ヘンドリックスという比類なき天才から生み出されるギタ−フレ−ズは、誰も辿り着くことができないほど情念に満ちた世界を形成していました。 そして、それは天使と悪魔の2つの顔を見せながら悲しくも燃え尽きてしまったのです。 神をさえ越えたといわれたギタリストの伝説は、その時から始まったと言ってもよいでしょう。 ドラッグによるオ−バ−ド−スという現実にしても、ジミ・ヘンドリックスその人の音楽性を損なう事はないのですが、余りにも切ない結末ではあります。 おそらくは、後にも先にもジミ・ヘンドリックスのような感性を持つギタリストは生まれてこないでしょうから。 さて、そんな彼のアルバムなのですが、多くの人が認めているように、ジミ・ヘンドリックスの天才的なギタ−の真価はライヴ音源でこそ発揮されます。 ジミ・ヘンドリックスの死後、雨後の筍の如く出てきた未発表音源の中でも、一際輝いていたのはやはりライヴものでしたね。 掻く言う私も、モンタレ−・ポップスフェスティバルに出演した時のライヴにやられちゃいました。 あの、オ−ティス・レディングとのカプリングのやつですね。 その凄まじいばかりの情念溢れるギタ−に震撼させられたのです。 ライク・アロ−リングスト−ンの高揚と臨場感、そして名作ワイルドシングにおける燃え盛るギタ−の狂気等、どれを取っても歴史的な音源の素晴らしさと臨場感と迫力を教えてくれました。 そして、荒削りながら感性溢れる彼のギタ−フレ−ズに痺れてしまい、空前絶後のハイな心地よさを堪能できたのです。 それは従来のライヴになかったまったく新しい感覚だったと言っても良いでしょう。 そしてまた、驚くべき事に21世紀に入ってから、モンタレ−・ポップスフェスティバルのライヴに匹敵するような歴史的な音源が発掘されました。 いったい彼がらみの音源は尽きることをしらないのでしょうか。 次から次へと私達の知らない音源が発掘されるのですが、それがまた素晴らしいから凄いですね。 BBCセッションズと題されたこのアルバムは、私たちが遠い昔へ置き去りにして来た大切なものを思い出させてくれます。 それは、ジミ・ヘンドリックスという天才的なギタリストの真摯な生き様。 そこには生きることの本質が隠されています。

 C・C・S /  C・C・S

イギリスにおけるリズム&ブル−スの草分け的存在であり、尚且つ大御所として数々のセッションや名演を繰り広げてきたアレクシス・コ−ナ−ですが、もうひとりの大御所ジョン・メイオ−ルと較べると聊か地味な印象があります。 




    





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