
黄昏の街を揺られていくような、そんな優しさに溢れたロニ−・レインの音楽は、私たちに爽やかな安らぎを与えてくれました。 不幸にも難病により1997年にこの世を去ってしまったロニ−ですが、彼を取り巻く素敵な仲間達と創り上げた名曲の数々は、今でも暖炉の明かりのように私たちを暖めてくれています。 このペ−ジでは、そんなロニ−を中心に土の香りと郷愁を誘う音楽たちを集めてみました。 私たちは何時までも語り継ぐことでしょう。 ロニ−・レインよ永遠に、そして素敵な音楽をありがとうと。
フェイセス
ロニ−・レイン&スリムチャンス
ロン・ウッド
イアン・マクレガン
ロニ−・レイン&ロン・ウッド
スティ−ブ・マリオット
ピ−タ−・フランプトン
ロニ−・レイン&ピ−ト・タウンジェント
ウ−・ラ・ラ フェイセス
ここを過ぎて悲しみの街。 ロニ−・レインが在籍した愛すべきロックンロ−ル・バンド、フェイセスのラストアルバムであり最高傑作がこのウ−・ラ・ラでした。 スティ−ブ・マリオットとのスモ−ル・フェイセスから、ロン・ウッドやロッド・スチュワ−トのいたフェイセスへと、恒にリズム&ブル−スやロックンロ−ルの素敵な音楽を届け続けてくれたのですが、ロニ−・レインが本当にやりたかったのはア−シ−なロックンロ−ルだったのかもしれません。 それもアメリカ南部のように粘り気のあるものではなくて、イギリス北部の荒野のように乾いた風の音こそ彼が求めていた音なのでしょう。 それはトラディショナルやケルティック・ミュ−ジック等の伝統的な音楽にも通じるものなのかもしれません。 ですから、スモ−ル・フェイセス時代からスティ−ブ・マリオットの粘っこくて重いロックンロ−ルとは、恒に対極的なところにあったのです。 ロニ−はウ−・ラ・ラや馬の耳に念仏等のフェイセスの4枚のアルバムの中でも、そんな茫洋とした雰囲気や土臭い香りの歌を時折見せてくれていました。 たとえば、このウ−・ラ・ラに納められていたフラッグス・アンド・バナ−ズやグラッド・アンド・ソ−リ−そして、名曲ジャスト・アナザ−・ホンキ−やイフ・アイム・ザ・レイト・サイド等もそんなロニ−お得意のカントリ−ロックンロ−ル。 懐かしさとほろ苦さが入り混じって、思わず胸が熱くなるような素晴らしい歌でした。 特にアコ−スティックギタ−とロッドのヴォ−カルが切ないイフ・アイム・ザ・レイト・サイドは出色の名曲でしょう。 ロッドの侘しげな声が心に染みちゃうなあ。 それは、どこかに置き忘れてきた想い出を街角で見つけた時のように心に灯りをともしてくれます。 こんな素晴らしい音に触れるたびに、音楽と共に歩いてきて良かったなとつくづく思いますね。 このウ−・ラ・ラこそはロニ−のみならずフェイセスのアルバムの中で最高傑作と言えるでしょう。 ロニ−・レインは、世紀のヴォ−カリスト、ロッド・スチュワ−トや渋いロックンロ−ルギタ-、ロン・ウッドやイアン・マクレガン、そしてケニ−・ジョ−ンズ等とのフェイセスでの活動の日々の中で、本当に自分の求めている音を探し当てたのだと思います。 やがて彼は自分の音楽を追及するためにフェイセスを脱退したのでした。 当時若かった私はロニ−・レイン脱退の報にとても驚いた事を憶えています。 それは1973年のことでした。 そして、その後念願であったロニ−・レイン&スリムチャンスを結成し、彼の求めていた土臭い音楽を展開することになります。 蛇足ながら、その後フェイセスに加入したベ−シストこそ我等が日本代表テツ山内です。 彼もロニ−・レインに負けないような格好良いベ−スを聴かせてくれましたね。
ロニ−・レイン
ロニ−・レインという人は、本当に優しい顔をしていますね。 仄々とした彼の音楽は彼の人生そのものであり、培ってきた暖かな人間性の現れなのでしょう。 だから、どんな時にでも聴く人の心を捕らえて離さない。 そんな気がするのです。 このアルバムは彼が最後のソロ・アルバムをリリ−スしてから、およそ20年の年月を経た1997年に発表されたベストもの。 表題のとおりに1973年から1980年にかけて発売されたシングルを中心に構成されています。 思えば彼がこの世を去ったのも1997年。 これはそんな彼への追悼の作品でもありました。 このアルバムの素晴らしいシングル達は、時代を追って並べられていますが、どの歌をどんな風に並べてもそれはロニ−・レイン&スリムチャンスの優しくて俊逸な世界となっており、時の流れなどは無意味な気がいたします。 いいものは時に左右されない。 古くから言い伝えられてきた名言ですが、彼の優しい歌にこそ与えられて然るべき言葉なのかもしれません。 それは、彼自身の豊かな感性とノスタルジックな想い出の証なのです。 さて、このベストアルバムは、記念すべきソロシングルデビュ−作、ハウ・カムを筆頭に最後のソロ・アルバムとなった幻のシ−・ミ−の逸品、ワン・ステップに至るまでの人生を羅列するように輝いていました。 そして、彼の代表作の殆どが納められていますので、初心者の方の入門編としてはもっとも最適な1枚と言えるのではないでしょうか。 古きよき時代を髣髴とさせるハウ・カムやドント・トライ・アンド・チェンジ・マイ・マインドはロニ−・レイン&スリムチャンスの原点のような名曲です。 彼自身が主催し実行した旅芸人達とのツア−のテ−マ曲のような気さえいたしますね。 また、フェイセス時代の名曲テル・エブリワンやド−ン・ディス・ワン・ビフォ−やロ−ル・オン・ベイブは胸の詰まるような淑やかなバラ−ド。 この何とも素晴らしすぎるロニ−の世界こそ、多くの人の心を捕らえて離さない魅力なのでしょう。 郷愁や想い出や様々な人生の流れの凝縮された歌の数々は、感涙を誘い爽やかな気持ちで満たしてくれます。 こんなに朴訥で優雅で切ない歌は、ロニ−・レインのような優しい人でないと作り出せないのかもしれませんね。
エニィモア・フォ−・エニィモア-1974年-ロニ−・レイン&スリムチャンス
暮れなずむ街を歩いたことがある。 それは誰にでもある幼かった遠い日の想い出。 何もかもが幻のような黄昏時は、空ろな心の想いやささやかな情感さえも揺らいでしまいます。 そう、彼等のこのデビュ−アルバムのジャケットのように。 ロニ−・レイン&スリムチャンスのこの素敵なデビュ−アルバムは、時代の流行り廃りとか、革新的なサウンドコンセプトや先進的な感性とはまったく無縁のところで、その類稀なく優しい人間的な世界を形成していました。 彼の音楽を語るときには、彼の人生そのものを語らないといけないのではないでしょうか。 人は過ぎてゆく時代の中で立ち止まり、感慨耽り、そしてまた歩き出す。 人の生業とは泡沫の夢のようなもの。 私たちは、そんな夢のような人生の中でささやかな幸せを探そうとするのです。 このエニィモア・アンド・エニィモアという彼等のデビュ−作は、スリムチャンスのアルバムの中でも、もっともアコ−スティックな味わいのある清楚な名作でした。 彼が演りたかったのはこういう風と土に満たされた音楽なのだという想いが詰め込まれていると思います。 それは、私たちをカントリ−・ミュ−ジックというほのかな光で包んでくれました。 それにしても、このエニィモア・アンド・エニィモアは大人の落ち着きと渋さや味わいが感じられる、溜息の出そうな名盤ですよね。 また、ロニ−・レイン&スリムチャンスと同じような香りを持つバンド、マクギネス・フリントのフロント・マンであったギャラガ−&ライルも応援に駆けつけて、豊かな包容力のあるカントリ−・ソングを披露してくれています。 思えば彼等がデビュ−したあの頃は、グラムロックが隆盛を極め、プログレッシヴロックが我が世の春を謳歌し、ハ−ドロックが燃え尽きる前の輝きを増していました。 あんな時代にこんな素朴なアルバムを作ってしまうロニ−・レインという人は、なんと純朴で素晴らしい人なのでしょうか。 先程も申しましたようにフェイセス時代の名曲テル・エブリワンを再演し、こちらの方もぐっと落ち着いた大人の雰囲気に仕上げてありました。
その他にもバイ・アンド・バイ、ロ−ル・オン・ベイブ、ザ・ポ−チャ−等名曲は数知れずで、ロツク・ファン必聴の1枚だと思います。
スリム・チャンス-1975年-ロニ−・レイン&スリムチャンス
ロニ−・レイン&スリムチャンスのセカンド・アルバムは、よりアット・ホ−ムな雰囲気を醸しだして和気藹々とした風情のアルバムに仕上がっていました。 大好きな仲間達が集い会って、気ままなセッションを仄々と繰り返した。 ロニ−・レイン&スリムチャンスの作品には、どのアルバムであってもそんな風な優しさと暖かさに包まれています。 このアルバムのリリ−スは1975年ですから、思えばロックがその過渡期を迎えていたころであり、多くの70年代を代表するバンドが行き詰まりを感じていたのですが、彼等はそんな事など何処吹く風と我が道を行く潔さと強さがありました。 どんな時でも原点に近いものほど強い。 そんな気にさせられるロニ−・レイン&スリムチャンスです。 古くからのロニ−・レイン・ファンに言わせると、もう、どのアルバムであっても神の啓示の如きありがたさに包まれていると思いますが、特にこのセカンド・アルバムなどは茫洋として伸びやかで温かみのある彼の姿を、もっとも素直に写していたと思います。 まあ、それでも3枚のアルバムの中では1番地味な拭えませんでしたけど。 相変わらずの時間が止まってしまったようなロニ−・レイン&スリムチャンスの緩やかな音楽は、少しばかり落ち着きが出て来てからでないと退屈に感じられるかもしれませんが、実はその退屈さの妙味こそが彼の魅力となっているのです。 そこには、たかがロック・ミュ−ジックと簡単に片付けられない奥の深さがありました。 でも、若いうちはなかなか馴染めないかもしれませんね。 驚くべき事にこのアルバムでは、ロックン・ロ−ルの大御所ファッツ・ドミノの名曲ブル−・マンディ−やチャック・ベリ−のユ−・ネバ−・キャン・テルを取り上げており、見事なロニ−・レイン色に染め上げていました。 また、ギブ・ミ−・ア・ペニ−では涙を誘うほどの哀愁と情感豊かな旋律に彩られています。 多分、毎日聴きつづけるような種類のアルバムではないと思うのですが、人生の節目節目で必ず必要になってくる、そんな素敵な作品でした。 それは、実のところ音楽としてとっても大切な事なのです。
ワン・フォ−・ザ・ロ−ド-1976年-ロニ−・レイン&スリムチャンス
さあ、素敵な仲間といかした音楽を携えて旅に出よう。 水先案内人は我等がロニ−・レイン&スリムチャンス。 きっと夢の続きを探し出せる筈です。 ロニ−・レインご自慢のオ−ト・モ−ビル・スタジオで、自らの音楽を求めつづけた素敵な面々は、思い出の轍の中で踊りつづける。 そう、生まれたばかりの天使のように。 彼等の場合、特筆すべきヒット曲も見当たらないのですが、私達の心を捕らえて離しません。 このサ−ド・アルバムで、ロニ−・レイン&スリムチャンスに終止符を打つことになる彼等は、まるで有終の美を飾るように素晴らしい作品に仕上げていました。 スリムチャンスとの3枚のアルバムの中ではもっとも入手困難な1枚でありましたが、今ではCD化されており簡単に手に入ります。 本当にいい時代になったものですね。 思えば彼等は、ファ−スト・アルバム、エニィモア・アンド・エニィモアをリリ−ス後、旅芸人一座や踊り子達とツア−を共にして大衆の中の音楽の奥義を極めようとしたことがありますが、その時に触発された旅心や感性や土の香りの作風がこのアルバムに生かされていると思います。 つまり、旅イコ−ル人生という古典的な縮図が原点でした。 何か日本人の心情にグッと来るものがありますよね。 つまるところ、私たちが感銘を受けるのは、その音楽はもとよりミュ−ジシャンの生き様や人生観ではないでしょうか。 そういった人間的な魅力こそがもっとも私たちを惹きつけ、その結果としてその人の音楽に惹かれていくこともあり得るのです。 この、ワン・フォ−・ザ・ロ−ドと題された素晴らしいアルバムで語られるのは、そんな何処にでもあるけれどささやかな幸せに包まれた人生の数々。 私たちはエニィモア・アンド・エニィモアで始まったロニ−・レイン&スリムチャンスとの旅を、このワン・フォ−・ザ・ロ−ドで終えなければいけませんが、彼が求めつづけていた夢と旅は決して終わることはないのです。 遠い彼方へと旅立つ日には、ロニ−・レイン&スリムチャンスの素敵な音楽を友として出発しましょう。 そうすれば、まるでグレイハウンドに揺られるような大らかな気持ちになれること請け合いです。
俺と仲間たち-1974年-ロン・ウッド
フェイセスのギタリストだったロン・ウッドが、そのアルバムタイトル通りに素敵な仲間達と作り上げた名盤が、この俺と仲間達と題された作品でした。 このセッションにはロニ−・レインは参加しておりませんが、その代わりにキ−ス・リチャ−ドやミック・ジャガ−そしてミック・ティラ−などのロ−リングスト−ンズの面々や、ロッド・スチュワ−トとイアン・マクレガンのフェイセスの仲間達が応援に駆けつけていました。 思えば、このときのセッションが後にロンがスト−ンズに加入するきっかけを作ったのではないでしょうか。 そうなると、このアルバムは極めて歴史的な1枚ということになるでしょう。 それにしても、一連のフェイセスやロニ−・レインやスト−ンズを巡る仲間達の作り出す、音楽の素晴らしさや優しさや格好良さはいぶし銀のような味わいに満ちています。 それは、意識して構築したものでは決してなく、彼等の体から滲み出てくる体臭のようなもの。 そう、彼等の体からはブル−スとロックン・ロ−ルという汗が流れ出ているのです。 さて、このロン・ウッド初のソロ・アルバムも、先ほどのようなハ−トを擽ってくれるブル−スとロックン・ロ−ルに満ち満ちていました。 ウ−ン、大人の雰囲気という奴ですね。 この時期のスト−ンズやキ−ス・リチャ−ドはレゲエに興味を持っていまして、事実ブラック・アンド・ブル−という名作や、キ−スも幻のシングル、ハ−ダ−・ゼイ・カムなんかをリリ−スしたりしていました。 というわけで、ロン・ウッドもレゲエっぽいナンバ−、アイ・キャン・フィ−ル・ザ・ファイヤ−やシャ−リ−を納めています。 コイツが実に格好良い。 蕩けるようなレゲエを本流にしてロックン・ロ−ルやスカでシャキッと味付けがしてありました。 この辺りの跳ねるような雰囲気はどう見てもスト−ンズだよね。 また、ファ−・イ−スト・マンやミスティファイズ・ミ−は一転してブル−ジィ−なバラ−ド。 どよんとした趣が格好良すぎる、フェイセスの雰囲気そのままといった感じの名曲です。 私などは、何かしらウッド・ストックのアルバムたちにも通じるような香りがしました。 お得意のフェイセス風ロックン・ロ−ルナンバ−、テイク・ア・ルック・アット・ザ・ガイも俊逸。 このアルバムは、何というか異国の渋さとブル−スとロックン・ロ−ル魂に彩られていて、昼下がりのモロッコ辺りで聴いた日には最高でしょうねと思ってしまいます。 何のこっちゃ。 何はともあれ、とにかく名盤です。 まるで、ロン・ウッドがみんなで楽しくやろうよと言ってくれているようですね。 そう、煩わしいことはすべてキャンセルという訳でした。
ギミ・サム・ネック-1979年-ロン・ウッド
やはり何といってもボブ・ディランのセブン・ディズに尽きるでしょうこのアルバムは。 哀愁のあるメロディ−に渋い歌声、そしてタイトなリズム。 う-ん、ロックンロ−ルの極みのように格好良すぎる。 それにしても、ロン・ウッドは味わい深くそしてブル−ジィ−に決めてくれたものです。 数あるボブ・ディランのカバ−の中でも至宝の逸品であることは間違いないでしょう。 スト−ンズに正式加入し、ソロ3作目となったギミ・サム・ネックの中でも、この1曲だけでアルバムを購入する価値は十分にあると思います。 また、アルバム・カバ−をミック・ジャガ−が描いている事でも随分と話題になりました。 ミックには絵心なんてあったんやろうか。 でも、結構このジャケ味はありますよ。 ところで、この頃の奥さんはまだビアンカ・ジャガ−なんですよね。 ジャケットにも彼女の絵が載っていましたっけ。 さて、1979年という70年代の終わりに届けられたギミ・サム・ネックという素敵な作品は、70年代を総括するといったような重々しさは当然ながら微塵もありませんでした。 その代わりに、飛びっきりのロン・ウッド流ロックン・ロ−ルに彩られて、時代の流れなどまったく気にしない程の自信と情熱がみなぎっております。 全体的に霧のかかったようなロンのヴォ−カルは相変わらずなのですが、いきなりピアノがロ−リングするウォリ−・ノ−・モア−での洒落た滑り出しにノックアウトされます。 う-ん、まるで酒場でのギグみたい。 そして、ミック・ジャガ−の声も聞かれるブレイキン・マイ・ハ−トでは皆酔っ払っているような酩酊ぶりのロックンロ−ル。 本当に酒飲んでレコ−ディングしてんだろうなこの人たち。 ヴァリ−ド・アライブやカム・トゥ・リアライズでのギタ−もやたらカッコイイです。 まあ、1960年代からのロックン・ロ−ル一筋の素敵な悪ガキドリンカ−の面々の事ですから、その板についたロックンロ−ラ−ぶりは当然といえば当然なのですが。 中でも彼、ロン・ウッドの場合は上手に年を重ねたなという感が強いですね。 それは、ロッドやロニ−そしてミックを初めとする、周りのミュ−ジシャンに恵まれた事にもよります。 それにしても、ロン・ウッドが醸し出す独特な空気は、何ともいえない心地よさがありました。 それは、ロックン・ロ−ルやブル−スやカントリ−を煮込むだけ煮込んで出来上がった、濃厚で饒舌な味わいのシチュ−のようなものです。 そう、一度食べたら忘れられないといったような。
トラブル・メイカ−-1980年-イアン・マクレガン
何処の世界にも月見草のように密やかに佇む人がいる。 ブリティッシュ・ロックを語る上で決して欠かせないキ−ボ−ド・プレイヤ−、彼、イアン・マクレガンもまたそんな奥ゆかしい人の一人でした。 ブギウギやロックン・ロ−ルからロッカ−バラ−ド、そしてブル−スに至るまで、彼のロ−リングしてスウィングする軽快なピアノは、まるで鍵盤の上で音やリズムが優雅に踊っているようでした。 そんな彼も60年代から続く永遠のロックン・ロ−ル少年の一人といってよいでしょう。 スモ−ル・フェイセス時代からフェイセス時代へと、恒に裏方さんに徹していたイアン・マクレガン。 しかし、彼なくしてはフェイセスのロックンロ−ルは考えられないほど、音楽的ベ−スでの影響力は大きなものがありました。 これは、そんな実直な彼のファ−スト・ソロアルバムなのです。 タイトルがトラブル・メ−カ−とは何とも絶妙なのですが、それはイアン・マクレガンや彼の周りの人たちのいい意味でのはちゃめちゃな人生を象徴しているようですね。 もちろん、スト−ンズの面々を含めてのことなのですが。
そんな、飲んで騒いで歌おうよといった飲み会風な人生の、情緒満点のロックンロ−ルアルバムに仕上げてくれています。 新しさとか時代の先端とか先進的なものとかはまったく意に介さずにわが道を行く。 そうなんですね、こんな趣のある作品は、何時の時代にも決して風化する事の無い定番の音楽だと思います。 いきなり、スト−ンズ風あるいはフェイセス風の軽快なロックンロ−ル、ラ・ディ・ラで幕を開けるこのアルバムは、ギタ−にロン・ウッドやキ−ス・リチャ−ド等のお馴染みのメンバ−に、ドラムがリンゴ・スタ−そしてベ−スがスタンリ−・クラ−クとそうそうたるものでした。 おっと、忘れちゃいけないホ−ンセクションはあのボビ−・キ−スでした。 そういえば、全体を流れている雰囲気がロン・ウッドのファ−スト・ソロアルバムによく似ていますね。 レゲエ調の名バラ−ド、トゥル−リィ等も心なしかロン・ウッド風に聴こえてしまいます。 まあ、彼等も盟友ですからね。 そんな彼に敬意を表してか、ロンがファ−ストで歌っていたミスティファイズ・ミ−を取り上げていました。
マホニ−ズ・ラスト・スタンド-1977年-ロニ−・レイン&ロン・ウッド
何時の時代になっても男達の友情は生き続けている。 ロニ−・レインとロン・ウッドもそんなフェイセスの頃からの渋いお兄さん同士の2人連れ。 ロッド・スチュワ−トとは余り馴染めなかったロニ−・レインも、ロン・ウッドとは非常に馬があったようで、フェイセス脱退後も永い間に渡って友情が続いていました。 それは彼が難病に冒されてからも変わることなく続き、ロン・ウッドやスティ−ブ・マリオットやイアン・マクレガンといった昔の仲間達が彼を支えつづけていたのです。 さて、そんなロニ−・レインがまだバリバリだった頃-つまりスリム・チャンスを解散した後にロン・ウッドと競作で発表したアルバムが、このマホニ−ズ・ラスト・スタンドという作品でした。 もともとは映画のサウンドトラックという触れ込みでしたが、誰もその映画の存在を知らなかったといういわくつきのアルバムでありました。 でも確かに映画はイギリスで作られたらしいですね。 さて、そんなことはさておき久しぶりにジョイントしたお二人ですが、長年のブランクを感じさせないほどの息の合ったプレイを展開しています。 何か、音だけ聴いているとあの格好良いフェイセスが蘇ったように感じるのは私だけではないでしょう。 独特のうねりが非常に心地よく感じられますよね。 渋いロックンロ−ルやア−シ−なブル−スや素朴なトラディショナルに彩られた歌の数々は、妙な懐かしさに包まれており思わず心弾みます。 そう、歌の端々からフェイセスらしい息吹や感性が感じられてきて、今にもロッド・スチュワ−トの声が聞こえてきそうな錯覚に陥るのです。 やっぱりフェイセスは良かったなあ。 あの時代の最高のロックン・ロ−ルバンドだったと思います。 ところで、このアルバム、サウンド・トラックということなので味のあるインストルメンタルが多い事も特徴になっていました。 また、フロム・ザ・レイト・トゥ・ザ・ア−リ−はロニ−、トゥナイツ・ナンバ−は絶対にロンといったように、はっきりとその個性や趣味性や感覚が分かれており楽屋落ちの面白さがあります。 このマホニ−ズ・ラスト・スタンドは、久しぶりの盟友の再会が齎した粋な名盤といったところでしょうか。
ティン&タンバリン ロニ−・レインの素晴らしきアウト・テイクス集
最近になって、ロニ−・レインの数々の発掘音源がリリ−スされるようになり、ファンとしては喜ばしくもありながら、何となく切なくもありといったところが正直な気持ちでしょうね。 このティン&タンバリンと題された至玉の作品もまたそんなアウト・テイクス集です。
クリア−・スル−・ザ・ナイト-1975年-スティ−ブ・マリオット
スティ−ブ・マリオットの格好良さというのは、このホ−ムペ−ジのあちこちでも書いているように、もう、ちょっと言葉では言い表せないくらいの格好良さですよね。 ハンブル・パイ時代からのあのディ−プでソウルフルな歌声には随分とゾクゾクさせられたものでした。 実に粘着力あるフィ−リングは、明らかにコ−ル・タ−ルのようでありコテコテの関西系。 ロッド・スチュワ−トやミック・ジャガ−やロバ−ト・プラントとは明らかにル−ツが違っていました。 スティ・マリの人間臭さや心の息吹やソウルに対する独特なスタンスが彼の音楽の原点なのでしょう。 ご存知のようにロニ−・レインとはスモ−ル・フェイセス時代からの古い仲間でありまして、キンクスやヤ−ド・バ−ズやザ・フ−等のブリティッシュビ−ト・バンド台頭の時代に既に一世を風靡していました。 金は稼いでいたのです。 やはり関西人やなあ。 タコヤキやなあ。 それにしても、今年の阪神タイガ−スはめちゃめちゃ強い。 どうしたんだろう。 やはり星野監督の力量だろうなあ。 という訳で、話が変な方向に進んでしまいましたが、実はこのお二方の音楽性は似ているようで実は似ていないのです。 そう、スティ・マリの歌を聴いていただければお分かりだと思うのですが、ロニ−・レインとは音楽に対するディ−ブな姿勢は同じであっても、その感性が明らかに違っている。 スティ−ブ・マリオットの場合はもう重いソウルオンリ−なんです。 その辺りがスモ−ル・フェイセス時代に一度袂を別った理由なのかもしれませんね。 さて、このクリア−・スル−・ザ・ナイトと題された未発表音源を集めた、マニアにとっては涎の出そうな逸品は1999年になってやっとリリ−スされました。 但し、このアルバムのうちミッドナイト・ロ−リンを初めとする何曲かは、別バ−ジョンで1970年代に発表されています。 しかし、殆どの歌はそれまではお蔵入りだったわけです。 ああ、もったいない、もったいない。 それにしても、21世紀間際になってやっとリリ−スされるとは何とも切ないですね。 ロニ−・レインにしてもスティ−ブ・マリオットにしても、天国へ行ってしまってから随分と歳月が過ぎてしまった。 こんな名盤はもっと早くリリ−スすべきだと思います。 でも、確かに商業ベ−スには乗らなかったでしょうね、多分。
オフィシャル・レシ−ヴァ−ズ-1987年-スティ−ブ・マリオット
オフィシャル・レシ−ヴァ−ズというタイトルのこのアルバムは、スティ−ブ・マリオットの数少ないライヴ音源の中でも、つい最近のものなのでとてもリアルなスティ−ブ・マリオットが感じられます。 とはいっても1987年だからそんなに新しくはないですかね。 この素晴らしい2枚組みに納められているのは、ライヴとスタジオ・セッション。 年輪を重ねてもロックン・ロ−ルとソウルに燃えるスティ−ブ・マリオットの息吹が感じられる名盤だと思います。 大体スティ−ブ・マリオットという人は、その永いキャリアにしては自身の作品が極端に少なすぎるという欠点がありまして、1960年代以降内心ヤキモキしているファンは多い筈。 そんな中でリリ−スされたこのライヴと未発表のセッションの音源はマニアにとっては非常にあり難いものですよね。 それも、晩年の脂の乗り切ったというよりは、枯れた味わいの出てきたスティ−ブ・マリオット。 うん、いい、実にいい。 まさに渋さの極みと言ったところでしょうか。 テンプテ−ションズのマイ・ガ−ルやサム・クックのシェイム・シェイム・シェイムなんかも実にいい味で歌っています。 この辺りのリズム・アンド・ブル−スが彼の音楽家としての原点なのでしょう。 燃える想いが真摯に伝わってきます。 熱いぜスティ−ブ。 また、この日のライヴではなんと、オ−ル・オァ・ナッシングやウォッチャ・ゴナ・ドゥ・アバウト・イット等のスモ−ル・フェイセスのナンバ−も沢山歌っており、まさに涙なくしては聴けない懐かしい内容になっていました。 こうやって聴いてみるとスモ−ル・フェイセス時代の歌も名曲が多かったなあと思います。 当時のシ−ン中でもリズム・アンド・ブル−スを歌わせたらピカイチのセンスを持っていたのではないでしょうか。 そう考えてみると、スモ−ル・フェイセスは第2のスト−ンズに成れたのかもしれないですね。 できれば、あの名曲シャ・ラ・ラ・ラ・リ−も歌って欲しかったと思います。 イントロが格好良いんだこの歌は。 嗚呼、でも、できることならばスモ−ル・フェイセスのオリジナル・メンバ−で歌って欲しかったなと思うのは私だけでしょうか。 それは、ロニ−・レインが亡くなり、スティ−ブ・マリオットが天国に行ってしまった今となっては叶わぬ夢なのですが。 もしかしたら、天国で2人してギグっているのかもしれませんね。