

マンフレッドマン・ア−ス・バンド
ア−ジェント
エレクトリック・ライト・オ−ケストラ
ウィザ−ド
フラッシュ
マン
ゴ−ドレィ&クレ−ム
メッシン / マンフレッドマン・ア−ス・バンド
不思議な風が吹いている、荒涼とした未来の都市に。 それはマンフレッドマン・ア−ス・バンドのシュ−ルな調べ。 彼等のサウンドには遠い昔に置き忘れてきた想い出を蘇らせる力があると思います。 マンフレッドマン・ア−ス・バンドは、ジャズのコンセプトやジャズ的な感性の影響を強く受けていたチャプタ−Vからすると、再びロックの現場に戻ることを決意したバンドだったのではないでしょうか。 チャプタ−Vは非常にプログレッシヴでアヴァンギャルドな音の展開を身上としていましたが、カンタベリ−系のミュ−ジシャンを初めとして彼等もジャズに傾倒しすぎていたために、商業的な成功が望めるようなサウンドではなかったのです。 何よりもまた、ロックの時代が急速に進み始めていたので、彼等としても遅れをとる訳にはいかなかったのでしょう。 マンフレッドマン・ア−ス・バンドとしてのデビュ−アルバムやセカンドでは、進むべき方向への迷いや躊躇が感じられたものの、このサ−ドアルバム、メッシンでは見事に吹っ切れて爽やかなプログレッシヴロックと未来派ポップが融合した見事なサウンドを聴かせてくれました。 彼等の辿り着く目的地が決まったのです。 自意識過剰になり過ぎずちゃんと聴き手側の思惑を考えているところが成長の証でしょうか。 この時代のロックの中でも限りない透明感に彩られた名盤の1枚に数えられてよい作品でしょう。 マンフレッドマン・ア−ス・バンドは、程よくポップな楽曲や心地よい旋律の良さもさることながら、何といっても情感豊かなギタ−とマンのシュ−ルなキ−ボ−ドが素晴らしいと思います。 その感性を心地よくしてくれる類稀ない真摯な響きには思わず溜息が出てしまいそうですね。 特に泣きのギタ−のクラウディ・アイズはこのアルバムの中でもブッダやサッドジョイと並んで1,2を争う名曲でしょう。 そして、プログレ系のアルバムには珍しく、聴き終わった後に何ともいえない爽快感が残ります。 美し過ぎるものこそもっともシュ−ルであるというパラドックス。 それは彼等の望むべきことだったのでしょうか。
グッド・ア−ス / マンフレッドマン・ア−ス・バンド
よく、マンフレッドマン・ア−ス・バンドは1970年代後半でないと、という話を聞きます。 確かにブル−ス・スプリングスティ−ンの光に目もくらみの大ヒットでブレイクした後は、サウンドもぐっとセンスを増して洒落た大人の雰囲気と都会的な幻想性を漂わせてきました。 初期のプログレッシヴロックをやりたいのかシュ−ルなポップをやりたいのかドラマチックなロックをやりたいのか、良く解からなくて焦点が曖昧で吹っ切れなかった頃に較べると、随分解かりやすくなったことは事実です。 でも、何故ブル−ス・スプリングスティ−ンだったのか良く解からないところはありますが、それだけアメリカの市場を意識していたということなのでしょうか。 さて、このグッド・ア−スの頃のマンフレッドマン・ア−ス・バンドも、ご多分に漏れず進むべき道が見当たらない試行錯誤の後は見て取れますが、それでも中々の名作を立て続けにリリ−スしていました。 彼等の場合基本的にはプログレッシヴバンドとの位置付けで良いのでしょうが、前進がポップバンドであったこともあり曲の合間にキラリと光るポップセンスは中々のものだと思います。 心地よいフレ−ズが爽やかな風のように感じられますね。 バンドも1970年代から80年代へと続いく息の長い活動を行っていますが、どのアルバムも平均点以上の出来を示しており、その意味ではもっと評価されて然るべきではないでしょうか。 リ−ダ−のマンはキ−ボ−ド奏者なのですが、そのキ−ボ−ドには余り拘っていない控え目なところが彼等の世界を広げていると思います。 叙情性と幻想的な旋律が交錯して創り出された、マンフレッドマン・ア−ス・バンド独自の世界は、派手さはないものの一度でもその良さが解かりだすと病みつきになりそうな魅力がありますね。 このグッド・ア−スも名作と呼んでいい1枚でしょう。
ナイチンゲ−ル&ボンバ−ズ / マンフレッドマン・ア−ス・バンド
マンフレッドマン・ア−ス・バンドにとって6枚目のアルバムになるこのナイチンゲ−ル&ボンバ−ズは、彼等の転換期となった1975年の重要な作品だと思います。 実力はありながら、開花できていなかった彼等の躍進がこの年に始まったのです。 ご覧の通りジャケットはご多分に漏れずいまいちなのですが、サウンドの方は円熟の域に達した柔らかさと爽やかさが感じられました。 考えてみると10年選手以上のキャリアですもんね。 また、彼等の場合、ミドル・オブ・ザ・ロ−ドというかその捉えどころのないサウンド・プロダクションが、不思議な魅力のひとつだったと思いますが、このアルバムでは明確なリズムと流れるような旋律に彩られて、従来よりもシャキッと抜けきった爽快感があります。 そして、あの独特なグル−ヴ感も健在で、マンフレッド・マンのキ−ボ−ドも何時になく弾んでいるように聴こえるのは気のせいでしょうか。 ブル−ス・スプリングスティ−ンの名曲スビリット・イン・ザ・ナイトで始まるこのアルバムは、プログレッシヴ・ロックとも少し違うし先進的なハ−ド・ポップでもないという極めて曖昧な作品も残していたのですが、マンフレッドマン・ア−ス・バンドの個性と方向性が明確に示された名盤でした。 それは、プログレッシヴ・ポップとでも呼んでいいようにメロディアスでシュ−ルでありながら心地よさを内包した優れものの逸品だったのです。 まさにブリティッシュ。 このナイチンゲ−ル&ボンバ−ズは、従来の壮大なコンセプトを一掃して歌としての原点に立ち返ろうという思惑が成功した好例でしょう。 こういっちゃあ何ですが、彼等の場合日本のみならず欧米に於いても過小評価をされ過ぎているきらいがありまして、極めて不遇な活動を行っていた訳ですが、このアルバムあたりからセ−ルス的にも納得の行くものになっていったと思います。
ロ−リング・サイレンス / マンフレッドマン・ア−ス・バンドはこちらへ
このロ−リング・サイレンスという1976年リリ−スのアルバムは、マンフレッドマン・ア−ス・バンドの評価を決定付けた名作だと思います。 この作品以降、彼等のサウンドはプログレッシヴ・ロックだけに拘らない姿勢を見せるようになりました。 それは、商業主義やアメリカ志向ともとれるのですが、もともとはポップセンスに秀でていたマンフレッドマンのことですから、原点に近付いて行ったということになるのかもしれません。 彼等のシュ−ルで爽やかなサウンドは乾いた趣があり実に心地よいものでした。 プログレッシヴ・ロックの香りや思想を見せているのですが、彼らの場合構えずに気楽な気持ちで聴けるというのがいいですよね。
ウォッチ / マンフレッドマン・ア−ス・バンド はこちらへ
遥か彼方から吹く風に心誘われて、マンフレッドマン・ア−ス・バンドへの旅に出かけましょう。 彼らのアルバムの中でもっとも優れたデザインの詩情溢れたこのアルバムを携えて。 それは、アメリカの作家、ポ−ル・ボウルズの小説コラソン寄港のように、不思議な解放感とセンチメンタリズムに彩られた旅になること間違いありません。
オ−ル・トゥゲザ−・ナウ / ア−ジェント
同じ時代を共に生きてきた証。 それは、風のように爽やかな世界。 彼らは叙情性に彩られたスペイシ−なサウンドを身上とし、詩情溢れる幻想性を持っていました。 そんなふうに、マンフレッドマン・ア−ス・バンドと非常に良く似た個性や感性を見せてくれたのが、ロッド・ア−ジェントとラス・バラ−ド率いるア−ジェントだったと思います。 こちらも、いかにもブリティッシュ然とした透明感と、ゾンビ−ズ時代から見せていたソウルフルなリズム、そしてシュ−ルな旋律や詩情が煌めいていました。 それは、心の奥深く入り込む音。 ゾンビ−ズ時代の、あの超現実的なメロディ−ラインとブル−・アイド・ソウル風の歌は、私達の意識下の深層心理を静かに擽ってくれます。 確かにその感覚は同世代のビ−トグル−ブとは明らかに相違していました。 その不思議な感性を進化させ、より先進的な香りを持たせたバンドがこのア−ジェントということになるのではないでしょうか。 そして、ダイナミックなサウンドやスケ−ルの大きい展開を構築することにより、よりシュ−ルでプログレッシヴな彼等の世界を完成させました。 ア−ジェントのプログレッシヴ・ロックとリズム&ブル−スを融合させた不思議なサウンドは、彼等独自の非日常的で優美な音楽を築き上げていたのです。 ゾンビ−ズ時代のヒット曲、2人のシ−ズンの第2章である大ヒッ曲、ホ−ルド・ユア・ヘッド・アップを例に出すまでも無く、プログレッシヴ・ロックとも言い切れない、かといって単純なロックやリズム&ブル−スでは勿論無い。 そこにはア−ジェントだけのソウルフルで幻想的なロックン・ロ−ルが展開されていたのです。 2人のフロント・マン、ロッドとラスの異なった個性と調和の取れた作品が彼等の魅力だったと思いますが、ラス・バラ−ドのポップなメロディ−が、ロッド・ア−ジェントのプログレッシヴなサウンドに見事にマッチして彼等の歌が異彩を放っていました。 ですから、ラス・バス−ドの俊逸な感性がア−ジェントのポップな方向性を決定づけていたのではないでしょうか。 当然ながら、ラス・バラ−ド脱退後のロッド主流のア−ジェントになってからは、プログレッシヴ・ロックに傾倒しすぎて今までの親しみやすが薄れてしまったのです。 ですから、ラスの脱退はア−ジェントにとって決定的な痛手であったと思います。 そんな事も災いしてか、ひとつの時代を築き上げた彼等なのですが、その実力のわりには決して評価は高くありませんでした。 私はシュ−ルでポップな香りがブリティッシュ・ロックバンドらしくて、大好きなグル−プのひとつだっんですけどね。 最高傑作はラス在籍時の、この3枚目のアルバムにあたるオ−ル・トゥゲザ−・ナウか、1973年リリ−スの4枚目、イン・ディ−プでしょう。
エルドラド / エレクトリック・ライト・オ−ケストラ
優雅なメロディ−ライン、そして懐かしい日々へと導いてくれる詩情豊かな音。 エレクトリック・ライト・オ−ケストラの醸し出す世界は単なるポップソングというよりも、前時代的な夢や懐かしい想い出を蘇らせてくれる泉のようなもの。 そんな、失われた夢を永遠に求めつづけた男、それがジェフ・リンだと思います。 彼は最先端のテクノロジ−と類稀ない感性と古典的な管楽器を駆使して、1970年代にビ−トルズを再生しようとしたのではないでしょうか。 それは誰もが抱いていたロマンチックな夢のかけら。 もちろん、ジェフ・リンにとってビ−トルズは想い出のひとつではなかったのですが。 それにしても、全編を通して管楽器とシンセサイザ−の見事な調和がこれほどの心地よい世界を作ってくれるとは、流石は名匠ジェフ・リンと言わざるを得ないでしょう。 たとえばビ−トルズがマジカル・ミステリ−・ツア−で完成させた管楽器とロックの融合を、ジェフ・リンが輝きを増すように磨きを駆けたといってもよいと思います。 ジャケットも物語りのプロロ−グを感じさせてくれる優れたデザインとなっていましたね。 1970年代を通じてずっと、完成度が高く素晴らしい旋律に包まれたアルバムをリリ−スし続けてくれたエレクトリック・ライト・オ−ケストラですが、私は世紀の名作エルドラドやフェイス・ザ・ミュ−ジックを作り上げたこの時期の彼等が1番気に入っています。 何故なら、この時代のエレクトリック・ライト・オ−ケストラには秀逸なロマンが感じられるからだと言っておきましょう。 大正ロマンではないけれど、彼等が管楽器を使って見せてくれる感性豊かなメロディ−ラインは、イギリスらしい伝統的な香りを湛えていました。 もちろん、2枚組みの大作アウト・オブ・ザブル−や後期の脂の乗り切った豊潤の極みともいえるディスカバリ−も大名盤だったのですが。 何といってもこの時代のエレクトリック・ライト・オ−ケストラは、ドラマチックでかつ壮大な抒情詩の如く高貴な香りに包まれて、私たちを泡沫の夢の世界へと誘ってくれるのです。 さて、このエルドラドは彼等にとって4枚目のアルバムに当たりますが、もうこの頃になるとロイ・ウッドの幻影もすっかり払拭されておりました。 それは、名曲キャント・ゲット・イット・アウト・オブ・マイ・ヘッドが、すっかりジェフ・リンのカラ−染まっていたことをみても明らかでしょう。 また、ひとつの物語を追って行くト−タルなアルバムに彼等自身初めて挑戦していましたが、それは見事な結果を生みだして、エレクトリック・ライト・オ−ケストラの新たな方向性を示唆するものとなっています。 まあ、ビ−トルズが解散していなかったら、きっとこの時代にはこんな風なアルバムを仕上げたであろうというコンセプトがこの作品の核となっていたんですね。 そんなエルドラドは、これ以降先駆的な名盤を数多くリリ−スしていく彼等の、新たな出発点となった名作と呼んでよいでしょう。



ウィザ−ドブリュ− / ウィザ−ド
奇抜なロイ・ウッドおじさんは、この名作ウィザ−ドブリュ−において壮大なロックン・ロ−ル・オペラを試みたのではないでしょうか。 相変らずのフィル・スペクタ−もぶっ飛ぶほどのウォ−ル・オブ・サウンドと、ごった煮ス−プのようなメロディ−の連発で、重厚なウィザ−ド流ロックン・ロ−ル・サウンドは健在なのですが、従来からの作品と較べても非常に複雑な構成とプログレッシヴ風の香りが随所に散りばめられています。 アルバム全部で6曲というのも異例といえば異例で、らしくないと言えばらしくないのですが、もともとライバルであったエレクトリック・ライト・オ−ケストラ張りの、スペイシ−でエレクトリックなサウンドが彼らの特徴でしたから、こんなスペ−ス・オペラ風アルバムをリリ−スしても一向に不思議なことではないのかもしれません。 もちろん彼らなりのチ−プな味付けも忘れてはいませんでしたが。 彼らの最大のヒット曲、シ−・マイ・ベイビ−・ジャイブでさえ、もう少しスマ−トなアレンジで贅肉を殺ぎ落としたら、とてつもない名曲になったのではないかと思います。 でも、この一見イ−ジ−で猥雑にも見えてしまう時代錯誤のチ−プさ加減というのが、何といってもロイ・ウッド及びウィザ−ドの面々の一番の魅力なんですよね。 しかし、このおっさん本当に一筋縄では行かないし、万華鏡のように変幻自在で実態が見えません。 そういえば、かのロキシ−・ミュ−ジックからニヒリズムやアンニュイさを取り除いてしまえば、彼らのようなサウンドになってしまうのかもしれません。 このアルバムだって本心はジョ−クのつもりだったのかもしれないのです。 まっ、彼はロックン・ロ−ルが生まれたあの1950年代から1960年代にかけての、混沌として輝いていた黄金時代をとても大切にしているんだと思います。 もしかしたら、永遠に夢を見続けている十代の心をいつまでも持っているのかもしれません。 顔を拝見するととてもそうは思えませんがね。
フラッシュ / フラッシュ
シュ−ルな風に乗って新しい時代が動いていました。 それは革新的な音楽業界においてさえかつてない程の魅力的で衝撃的な時の流れであったのです。 まるで天空から何かが舞い降りたような。 そして、その本流に乗り遅れまいとして、数多くのバンドが群雄割拠し競い合っていたのが1972年のプログレッシヴ・ロックシ−ンだったと思います。 そんな時代の中、初期のイエスの中核を成していたギタリスト、ピ−タ−・バンクスがイエス脱退後に満を持して結成したバンドがこのフラッシュでした。 なんともセクシ−でセンスの良いジャケットはご存知ヒプノシスの作品。 サウンドは兎も角も、このジャケットだけは欲しいと思った御仁もかなり多い筈。 私なんかも、ロキシ−・ミュ−ジックの一連のジャケット同様、とても気に入っている1枚ですね。 ジャケットよければサウンドも良しというのが1970年代の鉄則でしたが、ご多分に漏れずこのフラッシュのデビュ−アルバムも素晴らしい作品でした。 イエスのファ−ストとセカンドで、ジャズのフィ−リング溢れるシュ−ルなギタ−を聞かせてくれたピ−タ−・バンクスが、その感性を継承するように緊張感溢れる音を展開しています。 いい意味でも、悪い意味でも、彼の個性そのものがフラッシュの核心。 どちらかといえば、プログレッシヴな思想というよりも、ジャズなどのインプロヴィゼ−ションやテクニック重視の作品となっていました。 それは、一流のテクニシャン故のジレンマだったのかもしれません。 ピ−タ−のジャズ的なアプロ−チ意外は、サウンドコンセプトに極めてイエス的な構築を見せていたとはいえ、決してイエスを越えることはできなかった悲劇のバンドでもあります。 私なんかは、もっと売れても良かったのではないかと思いますけどね。 その後のイエスが次第にクラシックへと傾倒していったことを考えると、もっとジャズの視点に拘らない作品で勝負すればよかったのではないでしょうか。 いずれにしても、このファ−ストアルバムは名盤には違いないのですが、CD、アルバムともに廃盤となっているので、なかなか手に入らないのが難点ですね。 是非とも再発をしてもらいたい1枚です。
バック・イントゥ・ザ・フュ−チャ− / マン
黄昏時には不思議な時間の歪が存在するといいます。 それは、流れ行く壮大な時間の中の回り道のようなものなのかもしれません。 少しだけ寄り道をしたような。 そんな曖昧な感性とシュ−ルな味わいを持っていたマンは実に不可思議なグル−プです。 実をいいますと、1969年から現代まで活動している息の長いバンドなのですが、その時代、時代の時流に応じて変貌を遂げるという掴み所の無い個性が彼らの個性というバンドでもありました。 初期のコンセプトは明らかにプログレッシヴロックでありましたが、やがて渋さをましたパブロックやスワンキ−なロックへと変わっていきます。 1973年にリリ−スされたバック・イントゥ・ザ・フュ−チャ−は、そんな彼らの変換期にあたる名盤でした。 その幻想的な香りのする曲想や迸るようなテクニツク、そして情感を刺激する旋律が絶妙でありまして、全盛時のイエスやEL&Pに匹敵するような質の高い演奏や、ピンクフロイドのようにシュ−ルリアリスティックな詩情を披露してくれます。 また、ジャズに通じる卓越したインプロヴィゼ−ションの凄まじさは、ただ圧倒されるのみでほんまに凄いんですわのひとこと。 20分もの大作をまったく飽きることなく聴かせてしまうのですから、その比類なきテクニックにも脱帽です。 コ−ラスもブリティッシュらしく乾いていて爽やかでしたね。 彼らは、怒涛のように押し寄せる激しいリズムと縦横無尽に飛び回るアンサンブル、そして豊かな感性と、あの時代のプログレッシヴロックに求めうるすべての情念を内包していたのかもしれません。 おそらくは、並み居るプログレッシヴロック・バンドの中でも、あの四天王と並んで最高の部類に属することは間違いないでしょう。 また、テクニックを主体とした、極めて秀逸なサウンド・プロダクションにも彼らなりの一貫性が感じられ、マンならではの壮大な交響詩を展開していました。 そんな、一流のプログレッシヴロック・バンドの資質に加え、ア−シ−な雰囲気も纏っておりまして極めて庶民的な暖かさもマンの特徴。 後期のパブロック路線もこのバック・イントゥ・ザ・フュ−チャ−でスタ−トさせて、プログレッシヴロックなのに妙に安心感を誘うという、不思議な心地よさを演出していたのです。 何かしら、何度でも聴き返して見たくなるという素晴らしさに溢れているのですね。 壮大でかつ繊細という全体の雰囲気が、ジュリ−・ドリスコ−ルとブライアン・オ−ガ−&トリニティ−の大名盤、ストリ−ト・ノイズに似ている点も私のお気に入りの理由でした。 至玉の名盤バック・イントゥ・ザ・フュ−チャ−は、彼らの豊かな才能が結晶したあの時代の最高傑作と呼んでもよいでしょう。 まだ聴いたことがない人は是非とも聴いて欲しい1枚です。
イズミズム / ゴ−ドレィ&クレ−ム
彼らの実験的な大作キズモ・ファンタジアは、キズモというマシ−ンを使って人間の内面を鋭角に掘り下げていくようなコンセプトだったと思いますが、このイズミズムでは一転してその視点が外へと向けられていました。 実験段階での機能を掌握したら、後は応用に移らなければならないとでも言うように、歌への拘りが随所に現れていたのです。 前作フリ−ズ・フレ−ムに於いてもイングリッシュマン・イン・ニュ−ヨ−クという名曲を披露し、その傾向を見せてくれていたのですが、このアルバムではソウルミュ−ジックやファンキ−な音楽への方向性が随所に感じられました。 確かに彼らが開発したギズモという楽器は、メロディ−を奏でるよりもリズムを刻む方が似合っているように思います。 アルバムをスタ−トするスナック・アタックなどは、まるでファンカデリック一派の音楽のように非常にファンキ−で、この歌だけを聴いた人たちは誰も彼らが元10CCの人たちとは思わないでしょう。 まあ、歌詞はゴ−ドレィ&クレ−ムらしい一流のユ−モアとウィットに彩られていましたが。 このあたりのセンスは10CCから引き継がれた伝統ですね。 次なるアンダ−・ユア・サムはもろペット・ショップ・ボ−イズ風の歌。 意図したことは訳も無く出来るという彼らなりのプライドが強く感じられる作品です。 このあたりの特異な感性はアメリカの奇才トッド・ラングレンとよく似通っていますよね。 彼らの目的は虚構の世界を構築することなのか、それともマジで音楽をやろうとしているのか良く解からないのですが、ただ作り上げたものはどのジャンルの音楽にしてもその道のオ−ソリティ−のような一流の香りがあります。 夢を夢として捉えて感じれば良いのでしょうね。 私たちはウェディング・ベルズのトロピカルな調べに乗って夢の中へと旅立つことにいたしましょう。