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ジプシ−
ファイヤ−フォ−ル
ジョン・スチュワ−ト
クリスティ−
パパ・ジョン・クリ−チ
ホット・ツナ
オハイオ・ノックス 

ジョイ・オブ・クッキング
ワ−キング・マンズ・デッドのグレイトフル・デッド 以下近日登場
イッツ・ア・ビュ−ティフル・ディ
マザ−・ア−ス
サンタナとカルロス・サンタナ
タワ−・オブ・パワ−
ジェファ−ソン・エアプレインとジェファ−ソン・スタ−シップ
スティ−ブ・ミラ−・バンド
ヤング・ブラッズ
キング・フィッシュ

  ジプシ−

夢を忘れないでいたと思う時、私たちは切ないほど素直になれると思います。 例えそれが二度と戻れない日々と分かっていても。 歴史の本流に流されてしまったとはいえ幻のグル−プの幻の名盤と呼ばれてもいい名作、それがジプシ−のこのアルバムなのです。 彼等は1970年代初頭のウェストコ−スト・ミュ−ジックのあらゆる良質の要素を内包し、西海岸の風のような爽やかさとラテンの燃え滾るグル−ヴ感と、そして俊逸な演奏力と豊かな旋律に溢れていました。 その迸る音楽は渇いた喉を潤すように私達の心を満たしてくれたのです。 ジプシ−こそもっともカリフォルニアらしいバンドだったのかもしれません。 運命が少しだけずれていなかったら、イ−グルスよりもビッグネ−ムになっていた筈です。 しかし、それは過ぎ去った夢。 私たちは遠い想い出の中で彼等の美しいメロディ−に出会いましょう。 ジプシ−に関する詳しい解説はこちらへ

ファイヤ−フォ−ル

時として、涙が溢れるほどの名曲に出会うことがあります。 そんな時、流れてきた日々の中で音楽とともに過してきて良かったとつくづく想うのは私だけではないでしょう。 ファイヤ−フォ−ルが奏でるイッツ・ダズント・マタ−を聴いた事がありますか。? その切ないほどに胸を焦がすメロディ−ラインと哀愁を帯びた歌は、すべての人を虜にしてしまうほど素晴らしいものです。 それは、稀代の名曲クロスビ−&ナッシュのサウスバウンド・トレインやトム・ウェイツのオ−ル’55にさえ匹敵するほど。 もともとは、スティ−ヴン・スティルス率いるマナサスの持ち歌でしたが、彼等がデビュ−・アルバムで取り上げて以来、まるでファイヤ−フォ−ルのレパ−トリ−のように思われるほど、彼らの情感や感性とマッチしていました。 マナサスのそれも情熱的でサザンフィ−バ−溢れる名曲でしたが、彼らの場合はもっと風のようにピュア−で朝の空気のようにシンプルに味付けされています。 この名曲をひっさげて現れたファイヤ−フォ−ルは、カリフォルニアの夢を忘れないでいるために訪れてくれた天使のようなものでした。 それは1976年の事。 ヴェトナム戦争も終わり、自由の意味も変わり始めていました。 そして、花のカリフォルニアの幻想も崩れ去り、夢が夢でしかないように思われていた時代のことだったのです。 しかし、彼らの登場に、私たちは忘れかけていた何かをもう一度想い出さずにはいられませんでした。 名曲イッツ・ダズント・マタ−を始めとして、ラヴ・イズント・オ−ル、リヴィン・エイント・リヴィン、ドルフィン’ズ・ララバイ等感涙の歌が並んでいます。 素晴らしいアルバム・ジャケットを含めた透明感と哀愁に彩られた全体のト−ンといい、新人とは思えないほどの完成度の高さといい、彼らの中にもう一度カリフォルニアの夢をみてしまったのは私だけではないでしょう。 素晴らし過ぎるメロディ−や透明感溢れるハ−モニ−の中に、何処となく、CSN&Yの面影が見え隠れするのは愛嬌というものでしょうね。

 ジョン・スチュワ−ト

唐突ですがモンキ−ズのヒット曲の中で何が一番好きかって質問をしたなら、多分大多数の人はデイドリ−ム・ビリ-バ−を真っ先に挙げるのではないでしょうか。 胸を切なくするような甘酸っぱさとそよ風のような爽やかさかが交錯する歴史的な名曲だと思います。 あの心を擽るピアノのイントロが何ともいえないですよね。 私がまだ中学生の時にモンキ−ズというドラマ仕立てのテレビ番組があって、当時は洋楽を簡単にテレビで聴けるなんていう時代ではなかったので、その番組の中で流れるモンキ−ズのヒット曲の数々を食い入るように見つめそして聴いていました。 そんな歌のなでも1番感動し気に入っていたのが当然ながらこのデイドリ−ム・ビリ-バ−だったのです。 デイビ−がピアノの前に座っている、ピ−タ−とマイクとミッキ−はピアノに寄りかかるように立っていて4人の何気ない会話の後にあのビアノのイントロでこの名曲が始まっていきました。 何でこんな話をしたのかというと、実はこの名曲デイドリ−ム・ビリ-バ−の作者こそがこのジョン・スチュワ−トだったのです。 カリフォルニアで生まれた彼自身はウェストコ−スト・ミュ−ジックというよりも、幼年期はご多分に漏れずロックンロ−ル、そしてプロのミュ−ジシャンになってからは、どちらかといえばフォ−クやカントリ−畑で名を馳せた人でした。 もうかなり昔のことになりますが、1960年代の前半キングストントリオというフォ−ククル−プで一世を風靡した人でもあります。 私は正直言ってキングストントリオ時代の彼のことはほとんど知りませんでした。 ジョン・スチュワ−トとの接点はソロになってからですね。 そして、このロンサム・ピッカ−・ライズ・アゲインという名盤は彼のソロ3作目に当たるものでした。 まさにアメリカの男だねといった感の強い骨太で艶のあるの声と、驚くほど繊細で美しいメロディ−との対比が素晴らしい音楽を形作っている傑作です。 ちょっとだけカントリ−がかった歌い口もカッコイイ。 彼の最大のヒット曲といえるデイドリ−ム・ビリ−バ−を除けば、素朴ながらも何処となく哀愁を感じる歌の数々は非常に味わい深い余韻をいつまでも残してくれました。 旅心を擽るとはこういう歌のことをいうのでしょう。 彼の音楽に対する生き様がひしひしと伝わってきます。 もしかしたらアメリカが生んだ最後のロックンロ−ルカウボ−イかもしれませんね。 フォ−ク、カントリ−、ロックンロ−ル、ブル−スといったあらゆるル−ツ・ミュ−ジックの原点を感じさせてくれる名盤だと思います。

 クリスティ−


黄色い川を下りながら、通り過ぎて行く風景と胸にしまった想い出を携えて夢を見よう。 それは疲れきった日々を癒してくれる束の間の幸せ。 バッド・フィンガ−やラズベリ−ズと並んで1970年代のもっとも良質なポップバンドのひとつに挙げられるクリスティ−。 残念ながら前者二つのバンドに較べると知名度から行っても作品の量からいっても遠く及ばないのですが、イエロ−・リバ−を初めとする類稀ない名曲の数々は決して前述の2つのバンドにも見劣りすることはありませんでした。 また、CCRに通じるような泥臭さやスワンキ−なフィ−リングと、心を擽ってくれる軽快なカントリ−・ロックのフレ−バ−も持ち合わせています。 不思議なくらい心を高揚させてくれる軽快な彼等の音楽は、粋なポップセンスもあって都会的なCCRといえるのかもしれません。 クリスティ−はあの時代の最高のポップバンドと成り得る才能と資質と土臭さを持っていたと言えます。 また、遠く離れたアメリカやそのル−ツへ繋がる音への傾倒も相当なもの。 よほどのことでもない限り、ここまでアメリカの風土に合った音楽を奏でることは難しいのでしようが、クリスティ−の場合はごく自然にマッチしていたしアメリカの風土と同化していたと思います。 それは爽やかな風のような贈り物。 実は彼等はイギリス出身のバンドだったのですが、そのサウンドは先程も申したように飛びっきりのカリフォルニア・ミュ−ジックを奏でていたのです。 CCRにビ−トルズやバッド・フィンガ−の素晴らしい旋律を注ぎ込むと彼等のような饒舌な作品になるのではないでしょうか。 クリスティ−の歌を聴いていると旅心を刺激されて、遠い彼方のまだ見ぬ地へと旅立つ郷愁を感じてしまいそうです。 彼等のヒット曲であり名曲でもあるイエロ−・リバ−は、私自身1970年代初頭のもっとも想いで深い歌のひとつに数えられます。 あの当時は日本はおろか世界中で大ヒットしましたよね。 明るくて軽快な雰囲気に歌も良し、コ−ラスも良し、そして、何といっても哀愁のある旋律も良しと、どれをとっても名曲の条件を満たしています。 それは、彼等のセカンドヒットとなった想い出のサンバ−ナディ−ノにも通じるものでした。 ヴォ−カルも最高にいいんだよね。 また、ニュ−ヨ−ク・シティ−や囚われの日々、カントリ−・サム、マン・オブ・メニ−・フェイセスといった歌も、心に染みる非常に素晴らしい作品となっています。 

  パパ・ジョン・クリ−チ

このにこやかな叔父さん、見かけはまるでミシシッピィ−のデルタ・ブル−スの御大ように感じられますが、実は何を隠そう素敵なパパ・ジョンはホット・ツナのヴァイオリニスト。 ホット・ツナのヘヴィ−でブル−ジィ−な音楽に大人の粋でファンキ−な味付けをしてくれました。 ヴァイオリンが泣くなんて、このパパ・ジョンに出会ってから初めて感じたこと。 1960年代後半からのグル−ヴ感とサイケデリック、そしてブル−ス。 西海岸の名物ホット・ツナはアメリカ音楽の根源的な部分とサイケデリックな側面と共に生き続けてきたような不思議な魅力があります。 その特異なホット・ツナの中でも際立ったいてのがこのパパ・ジョン叔父さんですね。 考えてみると、ヴァイオリンという楽器はとてもシュ−ルですよ。 アメリカ南部から生まれたブル−スには無くてはならない楽器であり、また、カントリ−&ウェスタンやカントリ−・ロックではフィドルと共にギタ−を凌駕していますし、深遠なる ブリティッシュ・トラディショナルでは荘厳で神聖な気配を漂わせています。 そして、何よりもプログレッシヴロックではシュ−ルな味付けをする立役者でした。 というわけで、このパパ・ジョンはその不思議なヴァイオリンを縦横無尽に操ってアメリカの伝統的な音楽を聴かせてくれます。 ブル−スやリズム&ブル−スやカントリ−は勿論の事時折1960年代の香りを見せてくれる事も忘れていません。 そのヴァイオリンの響きの中には、何かしら古き良きハリウッドの懐かしさも感じられて胸が詰まります。 驚いた事に、軽快なカリプソ風の曲やシナトラ風バラ−ドもあって思わず嬉しくなってしまいました。 ウ−ン、最高。 カクテルかなんかを飲みたくなってしまいそう。 そう、素敵なパパ・ジョンにかかれば、どんな音楽だって見事に花開くのです。 こういうのをやはり大人の音楽というのでしょう。 こんなん、相当なキャリアがないとできませんわと若輩者達のぼやきが聞こえて来そうですね。 彼のアルバムはどれをとっても名盤ばかりなのですが、1974年リリ−スのズ-ル−と競演したパパ・ジョン・クリ−チ&ズ−ル−がお薦めです。   

  ホット・ツナ

という訳で、パパ・ジョン・クリ−チが登場したら当然ながらホット・ツナも紹介しないと怒られてしまいそうですね。 このホット・ツナは、アメリカは西海岸のブル−スバンドと簡単に言ってしまうには、余りにも多様で柔軟な音楽性を持っておりました。 何といってヨ−マ・コ−コネンのヴォ−カルがいいんだよね、実に。 味わいがあるというか、何というか、あのディ−プでダルな感じ。 白昼夢というか、思わずドラッグでトリップしながら歌っているんじゃないのかと、疑ってしまいそうな不思議なト−ン。 重いけど軽やか。 なんのこっちゃと怒られそうですが、1960年代後半の夢の続きを見ているような、トリップ感が実にいい。 まあ、あの伝説のバンド、ジェファ−ソン・エアプレインから派生したバンドなので当然といえば当然なのかもしれませんが。 西海岸らしいシュ−ルな香りが実にいいです。 あの、サンフランシスコやロスのサイケデリックの時代はそうだったんですね。 これがホット・ツナの根幹をなす魅力なんです。 そして、勿論パパ・ジョンのヴァイオリンも。 また、トラディショナル・ブル−スに敬意を表したような味のあるアコ−スティックな作品たちやウ−マン・パワ−全開のヘヴィ−なブル−スサウンドも非常に対極的でありながら心地よいものでした。 彼等自身難しいいことは何もやってない。 基本はブル−ス、そしてファンキ−なロックン・ロ−ル。 そんな拘りがあって、聴衆の側で解釈ができるようになっている。 つまり、その日の気分によって感じ方が違ってくるというヤツですな。 まるで、1960年代の残党のように思われがちですが、彼等の基本はただブル−ス、そして、ブル−ス。 ブル−スを彼等なりのスタンスで演奏しているだけだと思うんですね。 でも、それが心地よく、また新しく聞えてしまうのは何故なんでしょう。 そんな、不思議な魅力がホット・ツナのコンセプトなのかなあ。 代表作はこのバ−ガ−ズでしょうが、ファ−スト・アルバム、ホット・ツナで見せてくれたトラディショナルなブル−スも非常に味わい深い物がありまして名盤のひとつに数えられると思いますし、エレクトリック・ブル−スの極地であったイエロ−・フィ−バ−もお薦めですよ。 名作イエロ−・フィ−バ−には大好きなパパ・ジョンはいないのですが、3人編成になって開き直ったような大音響と潔さがとても心地よい傑作だと思います。 あの全身が麻痺してしまうような大音響は溜まりません。 それにしても彼等のアルバムは、このバ−ガ−ズとファ−スト・アルバムを除けばジャケット・デザインがあまりにもイケていない。 音は最高に格好良いのに一体何故なんでしょうね。  

  オハイオ・ノックス

東海岸で生まれた風がウエスト・コ−ストまで吹いてきた、そんな爽やかな気持ちにさせてくれるアルバムがオハイオ・ノックスの最初にして最後の作品でした。 オハイオ・ノックスことピ−タ−・ゴ−ルウェイは、余りにも素晴らしすぎた伝説のフィフィス・アベニュ−・バンド解散後、そのライムのような香りを残しつつも西海岸らしい乾いた音楽を完成させたのです。 それは1971年のことでした。 フィフィス・アベニュ−・バンドの夢を追いかけていた数多くのロックファンは、もう一度あの懐かしい響きに誘われて幸せをかみ締めたのです。 それは幸運以外の何ものでもありませんでした。 永い間隠れた名盤としてファンの羨望の的であったオハイオ・ノックス、それはフィフィス・アベニュ−・バンドの伝説を引き継いだものなのだと思います。 何とも切なく甘い想いと時間の流れですね。 時流とか最先端のコンセプトとかまったく気にもならない、本当に素敵なこんな音楽こそ真の名盤と呼ぶべきでしょう。 それにしても、聴いていて何時の間にか懐かしさに包まれてしまう、不思議で落ち着いた音楽達でした。 グリニッジ・ヴィレッジの青春を中心とするあの時代のあの音楽たちは彼、ピ−タ−・ゴ−ルウェイとその仲間達の原点だったのです。 それはカリフォルニアという遠くはなれた異郷にあっても変わり得ないのかもしれません。 あの凛とした音の流れやピュア−な旋律は何度聴いてみても、シティやフィフィス・アベニュ−・バンドなんですよね。 アルバムの1曲目を飾るテイキング・イット・イ−ジ−は東海岸からのカリフォルニアに対する素敵な返答だと思います。 不思議なものですね、いくらハリウッドでレコ−ディングしたとはいえ根底に感じられるのはニュ−ヨ−クの研ぎ澄まされた清楚なささやき。 フィフィス・アベニュ−・バンドの幻影を感じるのは私だけではないでしょう。 ランド・オブ・ザ・ミュ−ジックはボブ・ディランのライク・ア・ロ−リング・スト−ンに敬意を表した続編。 イントロの軽快なメロディ−の部分が見事にライク・ア・ロ−リング・スト−ンから繋がっていました。 また、フィフィスでも演奏していたカラミティ−・ジェ−ンを再演してくれて、私たちを喜ばせてくれています。 このアルバムでバックを努めるのはポ−ル・ハリス、デレク・ティラ−を初めとする西海岸のそうそうたる面々たち。 また、旧友のジョン・セバスチャンも駆けつけて花を添えていましたね。 時間とは無情なものですが、果かないからこそ、その優しさを秘めているのです。 ピ−タ−・ゴ−ルウェイはそのことを熟知していたのでしょう。 私たちはただ、ラストのノ−ス・カントリ−・ロ−ラの美しさに戸惑うばかりなのです。

  ジョイ・オブ・クッキング

サンフランシスコのバンドらしく心地よく乾いた爽やかな音とパッショネイトな旋律、ジョイ・オブ・クッキングはウエスト・コ−ストらしい風を感じさせてくれるグル−プだったと思います。 彼らは、トニ−とテリ−という2人の女性ヴォ-カルリストを中心にして、情熱的で卓越したリズムとこの時代のバンドの質の高さを証明するテクニック、そして完璧なアンサンブルやソウル溢れるフィ−リングを聴かせてくれます。 まるでコンピュ−タ−が演奏しているように一糸乱れぬアンサンブルと重厚な音は見事としかいいようがなく、とても5人だけのグル−プとは思えないほどのズシッとくる質感や満腹感がありました。 ジョイ・オブ・クッキングのテクニックは本当に凄い、そんな言葉も空しくなるほど演奏力の高い次元で勝負できる人達なのでしょう。 彼らの場合西海岸のカントリ−・フレ−バ−は勿論のことなのですが、ソウルフルな香りやゴスペル色の強いメロディ−も彼らの特徴です。 特にトニ−とテリ−の女性ヴォ−カルはジャニス・ジョップリンの面影を忍ばせてくれるほどパワフルで、このバンドのゴスペルやソウル・フィ−リングの核を成していました。 それは、心を抉られる秀逸な歌声なのです。 太陽の下で花開いた純白の花びらのように。 爽やかさと重厚感、それも彼女達の特質だと思います。 多分、フィルモア・ウエストあたりでは毎夜の情熱的な夜を演出してくれたのでしょうね。 そういえば、デラニ−&ボニ−&フレンズに共通するような雰囲気をもっているのですが、コンポ−ザ−としての資質やヴォ−カルの素晴らしさ、そして類稀ないテクニック等、どれをとっても彼らよりもワンランク上を行っているように感じてしまうと言ってしまえば言い過ぎでしょうか。 同じ時代のカリフォルニアのバンドの中で、ジプシ−やマザ−・ア−ス同様に大ブレイクするようなことはなかったのですが、聴けば聴くほど味わいの出てくるジョイ・オブ・クッキングの音楽は、まるで豊潤なワインのように私たちを魅了してくれます。 

  ワ−キング・マンズ・デッドのグレイトフル・デッド

シスコの御大グレイトフル・デッドは別のペ−ジでも書いているように、実に不思議で捕らえどころの無いシュ−ルなロックバンドだと思います。 あの茫洋とした感覚は、日本人にはもしかしたら理解不能なのだと思えるくらい独特な時間の流れを形成していました。 心底好きになった人に言わせると、あののんびりとした感覚が何ともいえないらしいのですが。 ジャンルは違いますが桂子雀の漫才のような時間が止まってしまう独特な味わいがあるのです。 まるでせわしい私たちに、人生そんなに急ぐなよと言ってくれているようですね。 愛すべき音楽野郎達と言うことになるのでしょうか。 特にデビュ−当時のシスコが燃えていたサイケデリック時代はその感が強く、正常な感覚からはかなり飛んだところにその音楽のポイントがあり、彼らの本質はアルコ−ルやドラッグがないと解からないんじゃあないかとさえ思います。 と言う訳で、いい意味でも、悪い意味でもヒッピ−・ム−ヴメントやフラワ−・ム−ヴメントの中心的な存在でしたが、どういう心境の変化があったのか1970年リリ−スのこのワ−キング・マンズ・デッドでは、バ−ズやポコに通じるような正統派のカリフォルニア・サウンドを展開しています。 いきなりのカントリ−・ロツクなんですよ。 爽やかなコ−ラスなんて1番デッドに似合わないような気がするのですが、中々どうしてベテランのカントリ−シンガ−のようにいい線いってました。 この変化は当時アメリカでも随分と話題になりましたが、一部の酷評もあったにせよ全般的には極めて好意的に受け入れられています。 その証拠にこのワ−キング・マンズ・デッドは彼らにとって初のゴ−ルド・ディスクとなりました。 もともと、リ−ダ−のジェリ−・ガルシアは流れ者のバンジョ−弾きをやっていたわけですから、原点に回帰したということになるのかもしりません。 時には、CSN&Y張りのコ−ラスもあってびっくりさせられますが、茫洋とした時間の流れは相変わらずですねぇ。 やはり、このあたりがデッドらしいと言えばデッドらしいところでしょうね。









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