
エルヴィス・コステロ
マクギネス・フリント
プリンズレ−シュワルツ&ニック・ロウ
グラハム・パ−カ−
サザ−ランド・ブラザ−ス&クウィバ−
ル−・ルイス
ビリ−・ブレムナ−
デイヴ・エドモンズ
カ−サル・フライヤ−ズ
イアン・デュ−リ−&ブロック・ヘッズ
ドクタ−・フィ−ルグッド
ジョ−・ジャクソン
X・T・C
ストラングラ−ズ
ブラインドX
ポリス
マイ・エイム・イズ・トゥル− / エルヴィス・コステロ
1977年、某FM放送のロック番組から突然流れ出してきたエルヴィス・コステロはとても新鮮で衝撃的なものでした。 それは、それまでのロックが感じていた何ともいえない閉塞間を一気に吹き飛ばすような煌めきがあったのです。 短い間に頂上を極めてしまった1970年代前半のロック・ミュ−ジックも、自らの思想の罠にはまり込んだプログレッシヴ・ロックの行き詰まりを始めとして、グラム・ロックの終焉、ハ−ドロックの停滞等、かなり暗い状況が続いていました。 それは、イギリスの冬空のように暗く重たいものだったのです。 ただ、レッド・ツェッペリンの健在やブル−ス・スプリングスティ−ンの登場など明るい材料もあったのですが、全体としてはまるで大きな岩が崩れ落ちるように崩壊して行った感は否めません。 そんな中で、1977年のシ−ンを切り裂いたエルビス・コステロの登場は、ある意味でロック・ミュ−ジックの方向性を示唆していたと思えました。 そして、それは彼の思惑通りのことだったのでしょう。 その閉塞した状況を力で打破したのがパンクロックなら、もう一度原点に立ち返ろうとしたのがパブロックやニュ−ウェ−ブだったのではないでしょうか。 そして、それは音楽の本質を見つめなおす事から始まりました。 パブロック自体は、1970年代前半からもニック・ロウ率いるブリンズレ−・シュワルツを中心にしてささやかな動きを見せていたのですが、一気に花開いたのはエルヴィス・コステロやグラハム・パ−カ−やドクタ−・フィ−ルグッド等がが登場して来てからでしょう。 さて、エルヴィス・プレスリ−とアボット・コステロから名前を拝借したというこのコステロおじさんは、軽快なビ−トとタイトなリズム、そして、単純なメロディ−と熱いハ−トだけで、充分に音楽として成功しうるということを証明して見せた人でもあります。 また、キ−ボ−ドが奏でるチ−プな音色も見事に嵌っていました。 ロックン・ロ−ルをシニカルに一寸捻っただけで素敵な音楽になってしまうという魔法を見せてくれ、私たちが忘れかけていた衝動を再び呼び覚ましてくれたのですね。 まさに、ウェルカム・トゥ・ザ・ワ−キングウィ−クということになるのかなあ。 エルヴィス・コステロの登場は1977年の奇跡と言えるのかもしれません。 時代が変わるときはいつもそんなもの。 そして、カリフォルニアの歌姫、リンダ・ロンシュタッドさえ歌った名曲アリスンは、そんな風にして時代の中で歌い継がれていくことになります。
ディス・イヤ−ズ・モデル / エルヴィス・コステロ
耳に心地よい薔薇色の刺激。 それは気持ちよくさせてくれる代わりに棘もあるといった緊張感の上に支えられていました。 エルヴィス・コステロの声はそんな風に私達を虜にするのです。 1977年、彼は突然私達の前に現れて、いかにもイギリス的なイントネ−ションとスマ−トな歌で、瞬く間にイギリスはおろか世界を席巻してしまいました。 属に言うニュ−・ウェ−ブの台頭です。 それはパンクロックが破壊し尽くした既成路線からの新しい息吹のように感じられました。 私たちが胸につかえていた閉塞間を見事に振り払ってくれたのです。 琴線に触れる声、エルヴィス・コステロの歌を聴いた人は誰しもそう感じるに違いありません。 デビュ−アルバムのマイ・エイム・イズ・トゥル−では多少のぎこちなさも見受けられましたが、このセカンドアルバム、ディス・イヤ−ズ・モデルではすっかり熟成したワインのように自信に溢れています。 このアルバムに於いて、既に彼のロックン・ロ−ルを復興するというコンセプトは確立されたといっても良いでしょう。 アルバムをスタ−トするノ−・アクションにはそんな意気込みが充分感じられました。 デビュ−アルバムの1曲目ウェルカム・トゥ・ザ・ワ−キングウィ−クといい、このノ−アクションといい実に聴衆を心を意識した名曲を配置する当たり、流石はエルヴィス・コステロといわざるを得ないでしょうね。 また、ジャケットも古さの中に新しさが感じられて俊逸です。 彼の表情も実にいい。 デビュ−アルバムにしても、このセカンドにしても、エルヴィス・コステロの膨大な作品の中でも5本の指に入る名作と言っても過言ではないでしょう。 この時彼はニュ−ウェ−ブという時代の流れを感じていた筈です。 俊敏なビ−トとタイトなリズムのことのみが語られることの多かったエルヴィス・コステロなのですが、彼の創るメロディ−ラインも英国ロックの伝統を引き継いでいて非常に素晴らしいものがありました。 その優れた才能は、後年、ジレンマに陥っていたポ−ル・マッカ−トニ−を再生させた事でも証明されています。 実に、スマ−トな旋律と軽快な曲を奏でる人なんですね。 また、よく言われることですが、エルヴィス・コステロの少し神経質そうな風貌は充分に計算し尽くされたものとして捕らえた方がいいでしょう。 彼自身は、あのク−ルな瞳の奥でニュ−ウェ−ブ隆盛という燃えるような野望を抱いたいた筈なのです。 次なる時代へと向って
ハッピ−・バ−スディ・ル−シ−・ベイビ−/マクギネス・フリント
緩やかな陽射しに照らされて、お昼寝をしてしまいそう。 そんなマクギネス・フリントの土臭くて優しくて心地よい音楽の世界は、私たちを夢の中へと誘ってくれます。 彼等の場合は単にア−シ−でトラディショナルな感覚だけに留まらず、イギリスらしさを感じさせる優雅なメロディ−ラインが爽やかさを醸し出していました。 その耳に馴染んでくる旋律には、何となくポ−ル・マッカ−トニ−の雰囲気に近いものがあります。 時は1970年のこと、もとマンフレッド・マンのトム・マクギネスに、才能豊かなギャラガ−&ライルのコンビを加えたマクギネス・フリントは今にして思えばパブ・ロックの元祖のようなバンドでした。 おそらくパブ・ロックの原点を辿っていけば、マクギネス・フリントやブリンズレ−シュワルツが活躍したこの辺りの時代に行き着くと思います。 アメリカのザ・バンドやアメイジング・リズム・エイセス風の音楽にビ−トルズやポ−ル・マッカ−トニ−のセンスを注ぎ込むと、多分こんなマクギネス・フリントのように茫洋としてポップな歌になるのではないでしょうか。 緩やかで、まどろんでいく歌の何と素朴なこと。 ふわふわふわとまるで綿帽子のように歌が漂っているのです。 時間の流れを忘れてしまいそうな素敵な旋律は、名作曲であるコンビギャラガ−&ライルの力に拠るところが大きいのではないでしょうか。 そう、彼等こそすべての意味に於いてマクギネス・フリントのを中核をなすような存在だったのです。 蛇足ながら、ギャラガ−&ライルの名コンビはマクギネス・フリント脱退後も、コンビで音楽活動を続けて5枚の名アルバムをリリ−スしていました。 さて、マクギネス・フリントは4枚のアルバムをリリ−スしていますが、最高傑作はやはり2枚目のこのハッピ−・バ−スディ・ル−シ−・ベイビ−でしょう。 デビュ−アルバムも名曲レット・イット・ライドやフ−・ユ−・ゴット・トゥ・ラヴなどが素晴らしい輝期をみせており、中々味わい深い逸品だったのですが、このセカンドは、程よい渋さと気だるさ加減や土の香りと俊逸な旋律が絶妙でした。 特に表題作ハッピ−・バ−スディ・ル−シ−・ベイビ−の蕩けそうな感覚といったら、もう溜まりまへんといった感じ。 ジャケットも時代を感じさせてよろしゅうおます。 旦那はん、人生には休息が必要やで、何もせんでいいから黙ってマクギネス・フリントの歌を聴きなはれと、天の声が聞こえてきそうです。 一度は体験してほしいマクギネス・フリントなのですが、残念ながらアナログアルバムはご多分に漏れず非常に入手困難な状態なので、何とか一刻も早く全作品である4枚ともCD化して欲しいですね。
プリンズレ−シュワルツ
風にそよぐ草原のように爽やかで、それでいて土臭い香りも漂わせている。 そんな、イギリスのパブロックやスワンプロックの草分け的存在がこのブリンズレ−シュワルツだと思います。 明らかにアメリカを目指しているその音楽性はニュ−オリンズやナッシュビル等のル−ツ・ミュ−ジックの雰囲気を見せながらも、一方ではイギリスらしい透明感や乾いた心地よさがありました。 この辺りが、いかにもブリティッシュですね。 非常にポップでいて聴き易いメロディ−ライン。 そして、温かみ溢れるコ−ラス。 何時までも心に残り続ける歌。 大平原を疾走するような爽快さと夕暮れ時のような哀愁を絶えず感じさせてくれます。 そう、ブリンズレ−シュワルツはパブロック界のビ−トルズのように俊逸な才能を披露してくれました。 彼等の音楽は、ホッと一息つきたい時に聴きたくなるような優しさに溢れています。 時代が少しだけずれていたなら、相当なビッグネ−ムになっていたのかもしれませんね。 彼等の場合ビッグヒットとなるようなアルバムはリリ−スしていないのですが、世界中に今でも根強いファンがいる事を見ても、いかに卓越した音楽性であったかが解かると思います。 彼等は1970年のデビュ−から1975年の解散までに6枚のオリジナルアルバムをリリ−スしていますが、そのどれもが牧歌的な歌に彩られた素晴らしい内容と充実振りでした。 ここに掲載しているのは3枚目のアルバム、銀の銃という名盤です。 リ−ダ−はギタ−のブリンズ−・シュワルツだったのですが、その柔軟な音楽性にもっとも影響を与えていたのはニック・ロウでした。 彼はブリンズレ−解散後もデイブ・エドモンズらと共にパブ・ロックの旗手として大活躍をする訳なのですが、その原型はこのブリンズレ−シュワルツ時代に確立されたといっても良いでしょう。 また、サ−ド・アルバムから参加したイアン・ゴムのキ−ボ−ドも、ブリンズレ−シュワルツにピッタリの素敵な味わいと古きよき時代を感じさせてくれました。 この手のバンドには渋くてロ−リングするキ−ボ−ドプレイヤ−が欠かせませんよね。 セカンドアルバム、デェスパイト・イット・オ−ルの1曲目の名曲カントリ−・ガ−ルや4枚目のナ−バス・オン・ザ・ロ−ドのサレンダ−・トゥ・ザ・リズムのように、伸びやかで牧歌的なブリンズレ−シュワルツの歌は、もしかしたら疲れきった現代にこそもっともふさわしい音なのかもしれませんね。
ニック・ロウ
どこかで見かけれたことのある気のいいおじさん。 ニック・ロウはそんな親しみやすさと誰でもが好きになりそうな面持ちのロック・シンガ−です。 その類稀ない溢れ出るような才能は,パブロックの草分けブリンズレ−シュワルツ時代から定評があったのですが、1977年、パブ・ロックとニュ−ウェ−ブが脚光を浴び始めると、再び注目の人として活躍を始めます。 一時はロック業界から遠のいていた彼にまた天使が微笑んだのではないでしょうか。 中でも彼が極めて重要な役割を担ったのは、エルヴィス・コステロやグラハム・パ−カ−などの新進気鋭のア−ティストのプロデュ−スを行った事ではないでしょうか。 その後のこの2人の目覚しい活躍はいうまでも無いでしょう。 言って見れば、パブロックとニュ−ウェ−ブの立役者ということになるのかもしれません。 特に同じ時代を生きてきた、あのアイ・ヒア−・ユ−・ノッキングの大ヒットでお馴染みのデイヴ・エドモンズと、1978年に結成したロック・パイルでパブロックのみならずニュ−・ウェ−ブに目覚めてからは、長い時を経た現代に至るまでコンスタントにソロアルバムをリリ−スしています。 ロックパイルとのアルバムであり、ニュ−・ウェ−ブの代表作でもあるジ−ザス・オブ・ク−ルも名盤だったのですが、ソロとしての第1弾として1979年にリリ−スされたラバァ−・オブ・ラストは、また違った意味で印象深い名盤でした。 先天的なメロディ−メイカ−としての才能をいかんなく発揮したこの名作は、並み居るパブロックのア−ティストのアルバムの中でも飛びぬけており、1970年代のロック史に残るような良質の作品といっても良いでしょう。 私自身、今でも天気の良い日曜日などには思わず聴きたくなってしまうナイスな1枚です。 まるで、フレンチポップスのように軽快な旋律と爽やかさ、そしてブリンズレ−シュワルツの流れを汲む土の香りが何とも素敵で心地よいものでした。 それは、映画の中の一場面を想像させてくれるような懐かしさ。 彼の音楽には恒にそんな感情を包んでくれる優しさがありました。 もしかしたら、ポ−ル・マッカ-トニ−に匹敵するくらいの才能と言っても良いのかもしれません。 近年、日本にもライヴ・ハウスを中心としたツァ−に訪れて、元気な姿を見せてくれたことはまだ記憶に新しいことですね。 私としては、ニック・ロウを中規模のライヴハウスで観れるなんて信じられない事でしたが。
グラハム・パ−カ−
エルヴィス・コステロと時を同じくしてというよりも、ドクタ−・フィ−ルグッドと並んで、より早くパブロック・シ−ンを開拓したのがグラハム・パ−カ−でした。 そんな彼のデビュ−アルバム、ハウリン・ウィンドは1976年のリリ−スですから、パブロックの大御所であり先駆者ということになるでしょう。 デビュ−・アルバムのハウリン・ウィンドとセカンド・アルバムのヒ−ト・トリ−トメントは、当時毎晩のように聴きまくった覚えがあります。 どちらも甲乙つけがたいパブロックの名盤でしたね。 ところで、良くも悪くも好き嫌いのはっきりする個性(アク)の強い歌声が彼の持ち味でしたが、リズム&ブル−スのベ−スをちゃんと会得しているグル−ヴ感も特筆されるべきだと思います。 それはキャリアの違いが歴然としたグル−ヴとでも言いましょうか、小ちゃなパブのライヴで夜毎鍛えられた軽快なリズム&ブル−スのフィ−リングこそが彼の命なのですね。 ワン・ナイト・スタンドの粋なノリこそがグラハム・パ−カ−の音楽の原点だと言えるでしょう。 でも、確かにそのアクの強い声が災いして、日本では実力はありながら敬遠されがちでしたね。 私はそんな彼の声の味わいが何とも言えず大好きだったのですが。 パブロックのア−ティストのすべてに言えることなのですが、グラハム・パ−カ−の場合も、当然ながら悲壮感とか緊迫感とかいったブリティッシュ・ロック伝統のダ−クなお家芸は見当たりません。 もともと、標準的なというか中産階級というかそんな人達のイギリス人気質というのは、サッカ−の試合を見て御ひいきのチ−ムが勝っても負けてもパブへ繰り出してビ−ルを飲みながら音楽に饗するという図式が成り立つと思います。 そんな愛すべき人々の心を癒してくれるのがパブロックなのではないでしょうか。 軽快に夜毎繰り広げられるロックンロ−ルショ−。 考えてみるとパブロックとは、時を同じくしてイギリス中を席巻したパンクの対極的なアンチテ−ゼなのかもしれません。 パンクが破壊する事から始まったのに対し、パブロックは伝統と慣習を踏まえて新しい波を意識しながらスタ−トしたのです。 グラハム・パ−カ−はそんなパブロッカ−の星として輝いていました。 あの流れ行く時代の中で。
サザ−ランド・ブラザ−ス&クウィバ−
これはもう凄いですわ。 サザ−ランド・ブラザ−ス&クウィバ−のビ−ト・オブ・ザ・ストリ−ト。 デビュ−当時は爽やかなフォ−ク・ロックを聴かせていたサザ−ランド・ブラザ−ス&クウィバ−も、このアルバム辺りからパブロックの香りのする好盤を届けてくれるようになりました。 グラムロックが全盛で煌めくように華やかだった1974年のことです。 並み居るパブロックの名盤の中でも、私はこれほど自然に体が動いて、リズムが輝いていて、ビ−トが跳ねて、ロックンロ−ルする軽快な音楽を聴いたことがありません。 おまけにブリティッシュ・トラディショナルの香り高き旋律と、サザ−ランド・ブラザ−ス&クウィバ−らしい疾走感や爽やかさも忘れていないし。 まさにパブロックの至宝と言っても差し支えない程の傑作だと思います。 納められている10曲すべてが溜息が出るくらい素晴らしく、全編捨て曲なしの大名盤。 しかし、こんなに言葉を尽くしても、1曲目のワ−ルド・イン・アクションを聴いただけで、どんな誉め言葉さえ色褪せてしまうような気がいたします。 軽かつ陽気なメロディ−でありながら何処か霞のかかったような哀愁を感じさせ、そこはかとなくブリティッシュ。 そして、明日しか見ていないような脳天気な人生。 彼らのロックンロ−ルの楽しさって、やはりこれなんですよね。 理屈は何も要らない。 まだ聴いた事がない人は是非ともご一聴を。 このアルバムを聞き逃すと一生の損失だと思いますよ。 彼らの素晴らしいパブロックにたちまちノックアウトされてしまうこと請け合いです。 そうですね、彼らの楽しい音楽を一言で表現するならば、エルヴィス・コステロとニック・ロウとブリンズレ−・シュワルツのいいところをすべて内包していると言ったらちょっと言い過ぎでしょうか。 しかしながら、どういうわけか当時日本では殆ど売れていませんでした。 どうもプロモ−ションに問題があったのではないでしょうか。 レーベルだってアイランドだから名門なんですけどね。 確かに1974年という年は、パブロツクが脚光を浴びるには少し早すぎた感があります。 マクギネス・フリントだって、ブリンズレ−・シュワルツだって、一部のファンの間では騒がれていたものの、時代の寵児とはなっていなかった頃のことですからね。 まっ、しかしそんなことはどうでもいいか。 私にとってのこのアルバムは、おそらく一生手放せないほどの名盤であり、何かほっとしたい時に聴きたくなる愛しい作品なのです。
ル−・ルイス
いかにも、悪いんだろうねぇといった風貌のロックン・ロ−ルお兄さんこと、ル−・ルイス。 実際、楽屋で大暴れしたためにエディ&ザ・ホットロッズを首になっています。 ロックン・ロ−ルがまだ不良の音楽と思われていた、1950年代や、60年代ならいざ知らず、パブロック全盛時代に突入しようとしていた1976年のことですから、何とも前時代的なエピソ−ドの持ち主ではありますなあ。 でも、悪かったんだろうね本当に。 しかし、ブル−スハ−プを吹かせたら右に出るものはいないんだぜと凄まれそうでもあります。 確かに、ル−・ルイスのハ−プは、小気味のいいリズムといい、グル−ヴ感たっぷりな乗りといい、燃え滾るような情熱といい、R&Bファンならずとも必聴ものの素晴らしさがありました。 理屈じゃあないんですよね、この格好良さは。 彼が尊敬するJ・ガイルス・バンドのマジック・ディックにも匹敵するような熱さと刺激があります。 また、リトル・ウォ−タ−の曲をさりげなくカバ−するようなセンスの良さもありました。 普通はよっぽどの通でもない限り演りませんよねリトルウォ−タ−は。 演奏もタイトでキュ−トなロックン・ロ−ルやちょっと捻ったア−バン・ブル−スと来ているから悪かろう筈がありません。 ドクタ−・フィ−ルグッドにしろこのル−・ルイスにしろ、イギリスからは時々B級バンドの中から格好いいハ−プを吹く御仁が出てきますなあ。 そんな彼、エディ&ザ・ホットロッズ退団後は、暫らくの間、シングルしかリリ−スできない不遇の時代を迎えます。 もし、かのスティッフ・レ−ベルがなかったら、そのまま歴史の彼方に消え去っていたのかもしれませんね。 しかし時は訪れます。 満を持して1979年にリリ−スされたのがセイブ・ザ・ウェイルといわれるこの超名作アルバム。 なんでも、マニアの間ではアナログ盤が目の玉が飛び出るような高額な値段で取引されているとか。 もともと、発売された絶対数が少なかった筈ですから高額になるのも仕方の無い事なのかもしれません。 ル−・ルイスご本人が耳にしたら、そんな法外な値段冗談じゃあないぜくらいのタンカを切っていたかもしれませんね。
ビリ−・ブレムナ−