人は彼を気難しい孤高の哲学者と呼ぶ。 また、ある人は悲痛な吟遊詩人とも呼ぶ。 およそロックミュ−ジックの世界とはかけ離れたような彼に対する表現さえも、彼を知る人ならば納得する筈なのです。 決して、妥協する事無くわが道を行きながら、歴史的な名作を次々と発表する姿は神々しくもありました。 私たちが立ち入る事の出来ない世界を持つ彼なのですが、そんな彼の作品が私達の心を捕らえて離さないのは一体何故なのでしょう。 それは生きることの源流を認識させてくれるせいなのかもしれません。 そう、ヴァン・モリソンの孤独な魂は荒野を巡りながら叫び続けているのです。 祈りを続けなさいと。 



 ブロ−イン・ユア・マインド

荒野を流離う彼の魂は私たちの心を激しく揺らします。 そう、ヴァン・モリソンこそ20世紀が生んだもっとも偉大なア−ティストといっても差し支えないのかもしれません。 孤高の吟遊詩人ヴァン・モリソンの記念すべきデビュ−アルバムは1967年にリリ−スされています。 私が1960年代で最高の歌だと豪語する、あの稀代の名曲ブラウン・アイド・ガ−ルを含むこのアルバムは、どちらかと言えば散漫な印象も拭えないのですが、どうしてどうして既に彼の類稀ない才能の一端が伺える出来栄えとなっていました。 確かに、この作品以降の神がかり的なアルバムに較べると極めてノ−マルな作りなっていますが、ゼム時代からリズム・アンド・ブル−スに対する天才的な感性を見せていたヴァン・モリソンの基礎がこのアルバムで形作られたと言っても良いかもしれません。 まさに彼の魂の源流と言う事になります。 そして、ここで歌われるリズム・アンド・ブル−スも既に時代の遥か彼方を見据えているかのように輝いています。 これはもう天才としかいいようがない。 感性云々のレベルで語れる事ではないのではないでしょうか。 T・B・シ−ツの乾ききった雰囲気と粘着力の素晴らしさをなんと表現したら良いのでしょう。 ブル−スを歌う彼にしても、ハ−プに思いを込める彼にしても、この当時の様々なミュ−ジシャンが束になっても敵わないような確固たる姿と自信を曝け出しています。 私たちは彼の偉大な才能の前にただひれ伏すだけしかないのでしょう。 名曲ブラウン・アイド・ガ−ルはもう筆舌に尽くしがたいですよね。 私は春先になるといつもこの軽快な名曲を聴きたくなってしまいます。 特にドライヴをしている時などは兎に角最高でありまして、それは私が生きている限り続けられる儀式のようなものなのかもしれません。 天才ヴァン・モリソンは天使のように私達の前に現れました。 まるで、スバニッシュ・ロ−ズの軽快なリズムが輝ける未来を暗示しているように。 

  アストラル・ウィ−クス

1968年、この年ヴァン・モリソンの後見人であり彼をニュ−ヨ−クへと導いたバ−ト・バ−ンズが不幸にも他界してしまいます。 それは彼にとって大きな転機であったのかもしれません。 何故ならば作風が明らかに違ってきたのです。 そして、そんな折新たな天地を求めワ−ナ−・ブラザ−スからリリ−スされたのが、この名作アストラル・ウィ−クスでした。 天才ヴァン・モリソンはこの名アルバムをたった2日で創り上げたという。 信じられない事である。 まるで天地創造みたいだ。 何故なら、ここには、万人が半年かかっても創り上げられないような優れた作品が凝縮されているからです。 それを経った2日という期間でやり遂げてしまうのだから、やはり天才と呼ばねばなりますまい。 そして、その作品も名曲というだけには留まらず、ジャズやブル−スやソウルやゴスペルミュ−ジックを超越してしまっており、神の領域へと踏み込んでしまった気がするのは私だけではないでしょう。 この名アルバムに匹敵する1960年代のアルバムは、ビ−トルズやスト−ンズ、ツェッペリン、それにキングクリムゾン等僅か数枚程度しかないと思われます。 それ程の歴史に残る名盤なのです。 真摯な魂が飛び立ったというべきか、彼自身が現実から離れたところに音楽の観点を置いたということは、ある意味では非常にシュ−ルな取り組みだったのかもしれません。 それは、当時としては珍しいほどの大作マダム・ジョ−ジに良く現れていると思います。 これはジャズでもない、ましてやロックでもない。 切々と歌う彼の姿はまさに神の伝導師ようなのです。 また、このアルバムは孤高なる旅路の出発点と位置付けられるでしょう。 何故なら、この作品において既に近寄りがたい畏怖の念を抱いてしまう人も多い筈ですから。 そして、もうひとつ宗教への傾倒もこのアルバムから始まったといえるでしょう。 それは、誤解を受け易い言葉なのですがけっして観念的な宗教に近付いたという訳ではなく、魂の根源というか、情念というか、人としてのすべてを曝け出すということに尽きると思うのです。 この時代の彼には遥かな未来が見えていたのでしょう。 困難ではあるが希望に満ちた未来の姿が。

  ム−ンダンス

おそらくは、多くのヴァン・モリソンファンが彼の最高傑作のひとつに数えるのがこのム−ン・ダンスでしょう。 このアルバムは、輝ける1970年代の幕開けを象徴するように素晴らしい出来栄えとなっておりまして、万人が音楽に求めうるすべての欲求を内包しているかのような気さえいたします。 前作、アストラル・ウィ−クスに較べるとアルバム全体のト−タル性は希薄なのですが、ひとつひとつの歌が其々の輝けるような個性を持ち独立した世界を築き上げていました。 言葉を変えればム−ンダンスの中の歌1曲だけでアルバム1枚分の価値があるのです。 特に1曲目のアンド・イット・スト−ンド・ミ−からイントゥ・ザ・ミスティックまでの流れるような旋律とコクのある味わいは、何といいますか饒舌の極みとでも言わせて頂きましょう。 もう、ここまでで勝負あったと言う感じですね。 この時代にしてこんな傑作を創ってしまうヴァン・モリソンという人は、神格化されて然るべき才能と技能を持ち合わせていました。 ジャケットで伺える彼の風貌も数年前から較べると、より一層の慟哭の憂いを帯びています。 う-ん、まるで宗教家のようですなあ。 表情が深すぎます、年齢のわりには。 淡々と歌われるアンド・イット・スト−ンド・ミ−には、そうジャクソン・ブラウンやブル−ス・スプリングスティ−ンの原点を見る思いがします。 歌が始めて思想となりえた瞬間がここにはありました。 それはボブ・ディランの心を引き継ぐもの。 表題曲ム−ン・ダンスは4ビ−トの軽快なジャズに乗って恋心が歌われていますが、その後のジャズをロックに取り入れた多くのミュ−ジシャン、例えばスティ−リ−・ダンやスティングやスタイル・カウンシル等が束になっても敵わないような重厚さと気品があります。 クレイジ−・ラヴについてはもう申すまでもないでしょう。 切ないほど胸に染みるこのバラ−ドは、多くのミュ−ジシャンか取り上げておりますが当然ながら彼のオリジナル敵うものは、古今東西見渡しても見当たりませんでした。 極めてソウルフルなブラン・ニュ−・ディも同じく魂を揺らすバラ−ド。 圧倒的な情念の前に言葉を失ってしまいます。 ヴァン・モリソンに一度でも関わってしまうと、とことん地の果てまでもという気持ちにさせられるのはこういった出会いの素晴らしさがあるからでしょう。 そして、多くの人がこのアルバムからヴァン・モリソンをスタ−トし、またこのアルバムに帰り着くと言う原点回帰の重要な作品なのではないでしょうか。

  テュペロ・ハニ−

若くして既に悟りを開いたような神々しい作品と、苦悩を自分ひとりで背負ってしまったような赤裸々な歌が続いたヴァン・モリソンのアルバムの中で、本作ほど自然体で実に爽やかな印象を与えてくれるアルバムもかつてなかったことだと思います。 テュペロ・ハニ−と題されたこの名盤には人間として生きる喜びを見出したかのような明るさと仄々した空気が満ちていました。 それは、彼自身の愛につつまれた日々とけっして無縁ではありますまい。 人間誰かを愛するとやはり優しくなってしまうものなのですね。 前作までは、ウッドストックや東海岸を中心とした内証的で哲学的とさえ思える程の音作りをしていた彼も、心機一転してウェスト・コ−ストへと移り西海岸の爽やかな風土に似合ったような軽快な作品を届けてくれたのです。 ただ唯一、ウッドストックの想い出を偲ばせる歌、オ−ルド・オ−ルド・ウッドストックを除いては。 ヴァン・モリソンがニュ−ヨ−クとは対照的なウェスト・コ−ストへとやって来たその理由は知る由もないのですが、彼の作風とアルバムの流れている空気にとてもいい作用を及ぼしたことだけは確かでしょう。 軽すぎると思っている方も多いかもしれませんが。 アルバム・タイトルにもなっているテュペロ・ハニ−はそんな彼の素晴らしいラブ・ソング。 おそらくは、ジャケットの裏側に一緒に写っている恋人のことを歌ったのでしょうが、それにしても新しいスタ−トを祝福するような真摯なラヴ・バラ−ドだと思います。 愛に関するフレ−ズやウェスト・コ−ストの牧歌的な歌さえもヴァン・モリソンに似合っていると知り、私たち自身意外な戸惑いと当惑を覚えましたが、そんな迷いを払拭するような情熱的な姿は何となく微笑ましくもありました。 ここには、あの思いつめたように見つめるヴァン・モリソンの姿は見当たりません。 重厚なこと、あるいは深遠なることがすべてでは決してないのですが、それまでの彼の姿はそれがすべてだと思い込んでいましたので。 また、このアルバムの中からはワイルド・ナイトというシングルヒットも生まれています。 何かこの歌、イントロが南沙織の歌に似ているんだけど、逆なのかなあ。 ところで、彼自身の変化としてもうひとつ考えられるのは、彼自身のカレドニア・プロダクションを立ち上げるという現実的な側面も影響を及ぼしていたということ。 彼の人生の中でこれほど順風に満ちていた時期も珍しい事です。 たまには、微笑が似合うこんなヴァン・モリソンもいいものですね。





 ヴィ−ドン・フリ−ス

そこには苦悩した時代の跡形も迷いも見られないほど、爽やかで優しい響きに満ちていました。 このアコ−スティックな調べに彩られたヴィ−ドン・フリ−スで、ヴァン・モリソンが見せてくれた静しずとした自然体はいったい何なのでしょう。 アストラル・ウィ−クス以来かもしれないジャズとフォ−クの醸し出す美しくも燃えるような世界。 彼は自然な面持ちに立ち返って情感豊かな音楽を作り出そうとしたのでしょうか。 多くのヴァン・モリソンのファンたちはこの驚くべき変化を好意的に受け止めた筈です。  彼の生まれ故郷のアイルランドの地で原点に立ち返るような作品をリリ−スしたことは、取りも直さず混迷を深めていた彼自身の活動を打破する意味合いもあったのでしょう。 そこでは、大衆的なアプロ−チが災いし逆に宗教的過ぎるとの批判を受けた前作の迷いも払拭されていました。 考えてみますと、彼の根源的な音楽体験はブリティッシュ・トラディシヨナルやケルティック・ミュ−ジックなのではないかと思われます。 多くのトラディシヨナルの名曲を生んだアイルランドの地は、ヴァン・モリソンにとっても感性を触発される故郷だったのではないでしょうか。 あの静寂で清楚で魂を洗われるようなトラディショナルの調べは、ヴァン・モリソンにとっても充分心を揺らすものであった筈なのです。 彼の歌声はアイルランドの荒涼とした原野を渡る風のように、爽やかに私達の心を捕らえているのです。









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