デヴィッド・ボウイとマ−ク・ボランは煌びやかなグラム・ロックのスタ−でありながら、虚構の世界と現実との断層を認識させてくれる側面を持ち合わせていたと思います。 夢を追いつづけることが宿命と知りながら、やがては消え行く運命を悟っていたのでしょう。 グラムロックの甘美な嵐の中、閃光のように狂おしく輝いて燃え尽きてしまったのです。 グラムロックとはもしかしたら美しい幻だったのでしょうか。 否、それはボウイとボランが歌っているように夢を永遠へと繋げていく架け橋だったのです。     



ハンキ−・ドリ−
ジギ−スタ−ダスト
アラジンセイン
ピンナップス
ダイアモンドドッグス
ヤングアメリカン
T.REX
電気の武者
スライダ−
タンクス
ジンクアロイと朝焼けの仮面ライダ−
ファンタスティック・ドラゴン
すべての若き野郎ども
モット ・ 革命
ロックン・ロ−ル黄金時代

 ハンキ−・ドリ− ★★★ 

ハンキ−・ドリ−とはちょっとお茶目なといった意味。 でも、ここで見られるデヴィッド・ボウイはお茶目というよりも来るべき時代に備えた妖艶な面持ちを見せ始めていました。 それはまだ、グラムロックが誕生する少し前の黎明期のこと。 私たちは新しい何かが始まろうとする予感さえも感じられないでいました。 しかし、革新的な息吹は確実に芽生え初めていたのです。 やがて来る煌めく瞬間と輝けるセンセ−ションと次なる時代の到来を告げるかのように。 星の旅人、デヴィッド・ボウイの数多い作品の中でジギ−スタ−ダスト以前のアルバムとなると、一般的にはこのハンキ−・ドリ−よりも世界を売った男やスペ−ス・オデッセイの方がクロ−ズアップされているのですが、もっもと思想的にジギ−・スタ−ダストに近いアルバムとなると私はこのハンキ−・ドリ−だと思います。 まるでジギ−・スタ−ダストのプロロ−グのように静かに燃え始めていました。 ジャケットも中性的なレプリカントのように実に素晴らしい。 T・レックスにしてもデヴィッド・ボウイにしても、まるで突然変異のようにグラム・ロックの申し子となる訳なのですが、その要因については実のところ謎が多いと思います。 ただ、ひとつ言えることは、1970年代のあの時代にはロックに関わるあらゆるエネルギ−が核分裂を起こし、通常の方程式を越えた感性が生み出されていたということなのです。 その一角で瞬く間に華々しく台頭したのがグラム・ロックということになるでしょう。 また、多くの人はこのアルバムをスタ−トするチェンジズのなかに、ジギ−・スタ−ダストの名曲スタ−マンを感じる筈です。 そうすると、ライフ・オン・マ−スはさしずめ5年間ということになるのでしょうか。 このハンキ−・ドリ−に納められている作品のほとんどは、まだ原石のダイアモンドのように煌びやかな装飾を排除されていますが、この鮮烈な世界があったからこそジギ−・スタ−ダストが誕生したのです。盟友ミック・ロンソンのあの情感豊かなギタ−も、まだ華々しく爆裂しておらず何となく微笑ましくもありますが、そこかしこのフレ−ズにはすでにハッとさせられる煌めきがありました。 この後、グラム・ロック=ミック・ロンソンのギタ−とまで言われる図式を形作ろうとしていたのですが、それが形になるのは次なるジギ−・スタ−ダストからなのです。 むしろ彼よりも、リック・ウェイクマンのキ−ボ−ドが俊逸でありました。 あの、プログレッシヴ・ロックのリック・ウェイクマンが何故デヴィッド・ボウイのアルバムに参加したのか定かではありませんが、演劇性を重視したボウイの感性に彼の刹那的なキ−ボ−ドが見事にマッチしています。 もしかしたら、それは神様の悪戯だったのかもしれませんね。

  ジギ−・スタ−ダスト ★★★★★ 1972年

ジギ−・スタ−ダストは宇宙の彼方からやってきたのですが、私のジギ−は深夜放送のラジオの中から突然に現れてきました。 今でも、忘れもしないあのスタ−の衝撃的なピアノのイントロが、私を目くるめくグラム・ロックの第2ステ−ジへと引き込んだのです。 既に、T・レックスはホワイト・スワン、ホット・ラブ、テレグラム・サム、メタル・グゥル−を立て続けにヒットチャ−トのNO1に送り込み、グラム・ロックの華やかな道を切り開いていました。 そして、そのT・レックスの後に続くと目されてイギリス中の話題をさらっていたのが当時のボウイだったのです。 しかし、艶やかなその容貌から較べると余りにも刹那的過ぎるデヴィッド・ボウイの歌声は、華々しいグラム・ロックのコンセプトからは対極的な位置にあるように思えました。 私にはむしろ彼のパフォ−マンスを中心とした演劇性のとの関連の方が印象に残っているのです。 でも、それはデヴィッド・ボウイの戦略的な思惑だったのでしょう。 彼は見事にグラム・ロックを象徴するスタ−、ジギ−・スタ−ダストを演じきってしまったのです。 この1970年代の最高傑作のひとつに数えられるアルバムを飾る5年間という歌の、震えるような静寂からドラマチックな展開へと移り行く様はまるでグラム・ロックそのものの隆盛を物語っていました。 まるで時を刻むようなドラムに情感豊かなピアノと何かを求めるような狂おしいほどのボウイの声。 時に、ヒステリックなほど刹那的に響く彼の声は、アンニュイで逃避的なものでは決してなく、むしろ時代を切り裂くほどの意識が見えていました。 世界中がこの歌に衝撃を受けたといっても過言ではないでしょう。 この時代のデヴィッド・ボウイの声には神がかり的な不思議なオ−ラが宿っていたと思います。 私たちは彼の劇的な歌と狂おしい声と、そしてミック・ロンソンの迸るようなギタ−の虜になってしまいました。 ジギ−・スタ−ダストがデヴィッド・ボウイならスパイダ−スは当然ミック・ロンソンなのですが、名曲スタ−マンで聴かれる彼のギタ−もボウイに負けず劣らず素晴らし過ぎて、まるでその音色は情念や魂を触発させて眩暈さえ感じてしまいます。 この時のミック・ロンソンには時代を創り出しているという過剰な意識はなかったにせよ、何かが始まっているという漠然とした予感を感じていた筈です。 もしかしたら、それはデヴィッド・ボウイも同じことだったのかもしれません。 このアルバムは宇宙から飛来したロックン・ロ−ルスタ−の物語。 納められている11曲の歌には其々のドラマがあり、すべての歌が溜息が出るほどの素晴らしい響きに彩られていました。 もし、このアルバムを聴いて何も感じない人がいたら自分自身の感性を疑う必要があるかもしれません。 それ程の歴史に残るアルバムだったのです。 最後になりますが、これもまた名曲のひとつであるジギ−・スタ−ダストと対極をなすレディ・スタ−ダストには、この時の彼の恍惚感が見事に表現されています。 まるで、ポ−ル・ヴァレリ−の「 選ばれてある事の恍惚と不安と二つ我にあり 」という言葉のように。 それがすべてでしょう。

  アンジン・セイン ★★★★ 1973年

ジギ−・スタ−ダストがデヴィッド・ボウイの最高傑作なら、このアラジン・セインはデヴィッド・ボウイとミック・ロンソンの最高傑作ということになるのかもしれません。 ここでのミック・ロンソンの存在はは単なるロック・バンドの盟友というよりも、もはやボウイと同化したような彼自身の分身となりきっていました。 彼のギタ−なしではデヴィッド・ボウイを語れないような処まで来ていたのです。 それしても、ミック・ロンソンのギタ−は何ともセクシ−で妖艶な情感に溢れていました。 この当時のライヴを聴くとより一層その感覚が理解できると思います。 ワ−ルド・ツア−が終了しジギ−・スタ−ダストをあっさりと葬り去ったデヴィッド・ボウイは、次なるアラジン・セインへと変身しグラム・ロックの狭間を駆け抜けていきました。 彼もグラム・シ−ンもまさに絶頂の時を凌駕し、これ以上ないと思われるブ−ムの中で彼自身が揺れていたのです。 さて、この名作アラジン・セインでは前作、ジギ−・スタ−ダストほど演劇的な表現は行われておらず、その分音楽を掘り下げようとする姿勢が伺えるのではないでしょうか。 それは、このアルバムの中のひとつひとつの歌が其々独立していることでも証明されます。 言い方を変えれば、刹那的な思い入れを少し排除したと言えなくもありません。 アラジン・セインは生まれ変わったのです。 そして、このアルバムのもうひとつのハイライトはピアノのマイク・ガ−ソンの存在でしょう。 彼に関する詳しい経歴は分からないのですが、確かアメリカのジャズ・ピアニストであったとのこと。 タイムや薄笑いソウルの淑女における彼のピアノの伴奏はおそらくこの時代のロックミュ−ジックの最高のプレイだと思います。 それは震えるほどの美しさに彩られていました。 繊細な感性と大胆な情感。 それがマイク・ガ−ソンの持ち味なのです。 私たちは、彼のピアノひとつで近未来のロック・シティ−からノスタルジックな酒場へと旅する事ができました。 また、あの男を注意しろやジ−ン・ジニ−、気のふれた男優等相変わらずのロックン・ロ−ルも最高なのですが、マ−ク・ボランのギタ−をバックに歌われるプリティエスト・スタ−も素晴らしい作品でした。 この歌は彼等が有名になる数年前に録音されていたもの。 やっぱりマ−ク・ボランもミック・ロンソンに負けず劣らず格好いいですよね。 それにしても、時代を背負っていたこの2人が無名時代に競演していたなんてまるで夢のような話だと思いませんか。 

  ピンナップス ★★ 1974年

ジギ−・スタ−ダストとアラジン・セインという歴史的な名作を完成させたデヴィッド・ボウイは、次なる時代を既に見据えていたのだと思います。 何故なら、ここには当惑するようなカタルシスも見当たらないし、ヒステリックなほどアンニュイな彼の姿は見当たらないからです。 あのミック・ロンソンのギタ−にさえそれは感じられました。 何かしら輝きが薄れていて元気がないのです。 一説には、このカヴァ−アルバムは、契約上の問題から急遽作られたという噂まで飛び交っていました。 で、彼がデビュ−前に影響を受けたザ・フ−やヤ−ド・バ−ズやプリティ・シングス、それにキンクス等のビ−ト・バンドのカヴァ−になってしまったと。 確かに歌の表情が単一的で密度が薄すぎます。 何か全体を通してペラペラといったような不思議な感覚。 あのジギ−・スタ−ダストやアラジン・セインの煌びやかで哀愁を秘めたボウイを想像していたら、きっと幻滅さえしてしまう事でしょう。 ここには妖艶さとは無関係なデヴィッド・ボウイが佇んでいました。 しかし、果たして物事はそんなに単純なことなのでしょうか。 私の意見は否です。 このアルバムでのデヴィッド・ボウイには時間が少な過ぎた、確かにそれは言えますが、そのこととこのアルバムの資質とは必ずしも一致していない。 彼はここで過去との決別を表そうとしたのではないでしょうか。 それには彼が青春時代を過した歌が一番相応しいと。 それは多分自虐的な愛。 いかにもナルシストらしい彼のコンセプトではないでしょうか。 そして、それは取りも直さずジギ−・スタ−ダストやアラジン・セインへの決別でもあったのです。 ということは、グラム・ロックへの決別。 彼が見つめていたのはダイアモンド・ドッグスから始まろうとしていた新しい時代の幕開けだったのかもしれません。 そして、そこには生まれ変わったデヴィッド・ボウイが待ち受けていました。

  ダイアモンド・ドッグス ★★★★ 1974年

私にとってデヴィッド・ボウイとミック・ロンソンはグラムロックの象徴として恒に表裏一体の存在であったのですが、このアルパム-ダイアモンド・ドッグスからは驚くべき事にそのミック・ロンソンと袂を別ってしまいました。  当時の沈滞気味であったグラムロックシ−ンの中においても、そのこと自体まったく意外な事件でしたね。 それはデヴィッド・ボウイが新たな時代へと進み始めたことの証であり、また、逆にいうとグラム・ロックの終焉を意味するものでもあったのです。 そうやって考えるとLPアルバムの内ジャケットに描かれている絵-崩壊した未来都市-は崩れ去ったグラム・ロックを象徴しているのかなと思うのは考えすぎなのでしょうか。 まっ、何はともあれこの彼の新たなスタ−トとなったダイアモンド・ドッグスは、アルバム全体を通してファンキ−でソリッドな雰囲気に彩られていました。 もちろん多くの歌はグラムロックの佇まいを感じさせてくれるのですが、アンニュイで刹那的で妖艶な面影は消えうせ、より直接的な危機感をその表現の核に置いているように思えます。 彼自身には時代の寵児であるという意識に拘束されながらも、そこから脱却しようとする意思がありました。 その返答がダイアモンド・ドッグスでもあるのです。 では、彼が抱いていた危機感とは一体何だったのか。 それは遠くない未来に訪れようとしている破局への警告なのでしょう。 このままでは未来に光はないという。 ジョ−ジ・オ−ウェルの危機を孕んだ未来小説1984年-それはこのアルバムが制作された1974年に於いては近未来であったのですが-を取り上げた事でも解かるのではないでしょうか。 この歌は次の時代を予感させるような極めてファンキ−な名曲に仕上がっていました。 また、世紀末的思想だけに留まらず音楽の方向性の変化もこのアルバムの特徴だと思います。 充分にシュ−ルでありながら魅惑的ではないというかつてなかったような表現。 ですから、このダイアモンド・ドッグスの殆どの歌からはドラマチックで官能的なな色彩が消え去り、極めてタイト、そしてソリッドなリズムが刻み込まれていました。 たとえば、美しき反抗などはその顕著な例でしょう。 もし、ミック・ロンソンがいたのならこんなギタ−リフは刻まなかった筈です。 それは、デヴィッド・ボウイの思惑だったのかそれとも必然性だったのか。 多分前者だと思うのですが、いずれにしても彼自身はこのアルバムに於いてグラム・ロックという巨大なシ−ンに終止符を打つことになります。 

  ヤング・アメリカン ★★★★ 1975年

それにしても、デヴィッド・ボウイとフィラデルフィア・ソウルなんて誰もが予想しなかった事でしょう。 名作ダイアモンド・ドッグス以降、多くの人は彼が新しい変貌を遂げるであろう事は考えていたのでしょうが、それにしてもソウル・ミュ−ジックとは。 晴天の霹靂とはこういうことを言うのでしょうね。 このアルパムヤング・アメリカンには、まるで、心の安らぎを求めているような優しさと静かなる知性に溢れていました。 果たしてデヴィッド・ボウイはそんなにも病んでいたのでしょうか。 ジギ−スタ−ダストからアラジンセインそしてダイアモンドドッグスへと、時代の寵児として急激に走りつづけて来たデヴィッド・ボウイが、初めてその速度を緩めた瞬間彼の胸に去来したものは一体なんだったのか、その複雑な想いがこのヤング・アメリカンというプラスティック・ソウルのアルバムに凝縮されていたのではないでしょうか。 スタ−としての輝くような階段を登りつめてしまった後、彼に残されていたのは周囲の喧騒と疲労と虚無感だったことは用意に想像できます。 現実からの逃避ということではなかったにせよ、デヴィッド・ボウイにとって暫しの安息を必要としていたのではないでしょうか。 その結果として、ソウル界の名だたるミュ−ジシャンを集めて作られたこのヤング・アメリカンには、初々しくも実にしなやかな感性が弾んでいます。 それはグラムロックのヒ−ロ−が始めて見せた人間的な側面だったのかもしれません。 先程のプラスティック・ソウルという言葉もデヴィッド・ボウイの華麗なる転身に対して賞されたものだったのですが、多くの批評家やファンは彼のこの方向性に対し批判的な姿勢を示していました。 確かに私自身も戸惑いを覚えたことも事実です。 しかし、後で考えるとこのアルバムこそデヴィッド・ボウイにとってもっとも重要な分岐点だったのですね。 これ以降彼は、モダンポップとファンキ−ビ−トやユ−ロビ−トを融合させた第2期の黄金時代を築くのですから。 また、もうひとつ別の形で注目を集めたのがキダリストのカルロス・アロマ−の起用でした。 ファンキ−で実に情感豊かな音を醸し出す彼のソウルフルなギタ−は、当時のデヴィッド・ボウイの複雑な想いを払拭するような勢いがあったのです。 30年近く経って改めて聴き返して見ると、当時は見えなかったその蕩けるような感性と先進性に驚かされてしまいました。 流石はデヴィッド・ボウイ、どんな状況下であっても決して妥協を許さなかったという事になるのでしょう。 凄い。

  T・レックス ★★★ 1971年

さて、グラムロックのもうひとつの巨星、T・レックスですが、もう一方の巨星デヴィッド・ボウイが21世紀になった今でも地道に活躍していることに較べれば、余りにも劇的な最後を遂げてしまいます。 そう、まだT・レックスとしてデビュ−する以前、アフリカ旅行中に知り合った魔女の予言通りに交通事故によって帰らぬ人となってしまいました。 それは、いみじくもグラムロックが凋落し終焉を迎えた後であっただけに、よけいに遣る瀬無く切ない出来事でありました。 T・レックスとは私にとってビ−トルズ以降の絶大なるヒ−ロ−でありスタ−でもあったのですから、当時のショックは推し量るべしといったところでしょうか。 私の悲観は相当なものでした。 ご存知のように、T・レックスはこのアルバム以前にも、ティラノサウルス・レックスとしてアンダ−・グラウンドシ−ンではかなりの活躍を見せていたのですが、本格的にメジャ−を目指したのはT・レックスと改名したこのアルバムからになります。 それまでは、アコ−スティックギタ−とエキゾチックかつ神秘的なサウンドで人気を博していたの彼等も、このアルバムからエレクトリックサウンドを本格的に取り入れグラムロックの下地を築き始めました。 当時はエレクトリック・サウンドへの転身が批判を受けた事もあるのですが、このアルバム以前にもエレメンタル・チャイルドやキング・オブ・ザ・ランブリング・スパイア−等の秀作でエレキギタ−を披露していたので、その動向としては意外なことではなかったと思います。 さて、この記念すべきアルバム、T・レックスなのですが、このアルバム以後にリリ−スしたシングル、ライド・ア・ホワイトスワンとホット・ラブのメガヒットや、次のアルバム電気の武者の驚異的なセ−ルスに較べると、まだ納められている15曲の輝きもほんの少しといったところでしょうか。 どちらかといえば、ティラノサウルス・レックスの神秘的なサウンドの延長線上にあり、またはそこからの分岐点を目指したものと位置付けてよいでしょう。 もちろん、グラムロックの香りを感じさせるベルテ−ン・ウォ−クやワン・インチ・ロックやイズ・イット・ラヴ等の名曲が納められていましたが、まだグラムロック特有の妖艶さや煌めきまでには至っていません。 むしろ、嵐の前の静けさのように、T・レックスが一気にブレイクし輝き始める前の宝石箱のようなものでした。 私たちは、その飛び立つ前の初々しさを楽しむべきものだと想います。 何故ならT・レックスが秘めていた可能性の大きさは、その後の世界が認めることになるのですから。

  電気の武者 ★★★★★ 1972年

伝説が生まれる時は唐突なもの。 1970年代のロックには数多くの伝説が生まれましたが、マ−ク・ボラン率いるT・レックスが創り上げた伝説ほど飛びっきり華やかで煌びやかなものはないでしょう。 天上の女神が舞い降りたような美しさと妖艶な香りこそグラムロックの特異なコンセプト。 まるで、ブラックホ−ルのようにポッカリと開いた時代の中から、現れてきたのは眩いばかりの天使達。 そして、数多の夢がひしめく中で、それを生み出したのが他ならぬこのT・レックスだったのです。 T・レックスとは消え去る事を承知の上で輝き続けた星だったのではないでしょうか。 私たちはその刹那的な調べに打たれ、魅了されてしまいました。 彼等の短くも華やかに燃え尽きたその旋律と名曲の数々は、今でも時代の仇花として私達の心に永久に残り続けています。 T・レックスの輝かしい業績は何時の時代にも、決して色褪せることはありませんでした。 過去に於いても10年という単位でその伝説は繰り返し、違う世代の若者を虜にしてきたのです。 さて、グラムロック史上というよりも、ロックそのものの歴史の中でさえ煌めくほど輝いていた名作、それがT・レックスの電気の武者でしょう。 このグラムロックを代表するアルバムは、1曲目のマンボ・サンからラストのライフ・イズ・ア・ガスまで捨て曲無しの大名盤でした。 T・レックスは、既にホット・ラブの驚異的な大ヒットにより押しも押されぬスタ−としての地位を確立しておりまして、その極限に増殖するような感性と自信に満ちていたのです。 そのエレクトリックに彩られ増幅された人工的でキッチュなメロディ−は、未来のロックさながらに電飾の夢を見させてくれ、近未来のポップスのあるべき姿を認識させてくれました。 ホット・ラヴに続いてシングルヒットしたゲット・イット・オンはもちろんのこと、このアルバムのハイライト、モノリスはその典型的な作品でしょう。 アンドロイドがその調べに酔うように、私たちもまたこのエレクトリック・バラ−ドに鳥肌が立つ思いをさせられました。 それにしても何と素晴らしい逸品だったのでしょう。 マ−ク・ボランのファルセットヴォイスとシャウトする歌声が胸を打ちます。 また、リ−ン・ウ−マン・ブル−スも、21世紀のスタンダ−ドとなり得るエレクトリック・ブル−スブギ−の名曲。 マ−ク・ボランの煌めくようなエレキギタ−の音がグラムロックの幕を開けました。 そして、私たちはT・レックスのその狂おしいまでの人工的な調べに心を奪われてしまったのです。 

 スライダ− ★★★★★ 1972年

ビ−トルズのリンゴ・スタ−が撮影したこのジャケット写真を見るにつけ、つくづく時代は変わってしまったのだと思い、そしてまた新旧後退の時期は訪れたという感は否めませんでした。 もはや、T・レックスはソロア−ティストとなったビ−トルズの面々を凌駕するほどのス−パ−スタ−となっていたのです。 電気の武者と並ぶ大傑作このスライダ−は、そんな彼等の当時の勢いとグラムロックの時代の輝きを凝縮した作品となっていました。 このアルバムを手にした時は、本当にT・レックスの時代がやって来たのだという感慨深いものがありましたね。 ホワイト・スワンやホット・ラブがヒットチャ−トを賑あわせて連続1位を独走している時でさえ、彼等がここまでのビッグネ−ムになろうとは誰もが思っていなかったでしょう。 しかし、時は訪れたのです。 さて、このアルバムスライダ−ですが、納められているすべての曲が良質なポップスのお約束として、すべて3分から4分以内に納められるように作られていました。 また、どの歌を聴いても新鮮で格好いいし、とり憑かれるような素晴らしさがあります。 まるで天上のロックンロ−ルのように。 アコ−スティックなバラ−ドにせよエレクトリックなブギ−にせよ、T・レックスのフィルタ−を通して心地よく擽ってくれます。 私たちはそんな彼等の音楽の中に未来のポップスを思い描きました。 このアルバムを聴いていただければ何故グラムロックが熱狂的に迎えれたのか、当時の状況や時代の感性がお分かりいただけると思います。 今思うと、あれは熱病のようなものだったのかもしれませんが。 また、T・レックスのシングルヒットの中でも最高傑作との呼び声の高いテレグラム・サムや、日本でも1位を独走したメタル・グゥル−も収録されておりまして、その意味でも初心者がT・レックスに入門するには格好の1枚ともいえるでしょう。 T・レックスの魅力は何といっても単純なブギ−のリズムとエレクトリックでメタリックな感性の融合。 それは電気に彩られたネオンサインのように妖しく、妖艶に輝きます。 マ−ク・ボランがデヴィッド・ボウイと決定的に違っていたのは、スタ−、T・レックスとマ−ク個人との距離をちゃんと認識していたという事。 その点でボウイほどの悲壮感や思想性も纏っていなかったし、その場だけの快楽のような潔さもありました。 要するに、俺たちは新しいタイプのロックンロ−ルがやりたいだけなんだと。 そんなふうに聴こえてくるでしょう。 そう、スライダ−とは風のように流れていくのです。

 タンクス ★★★★ 1973年

時は1973年、T・レックスやグラムロックの熱狂的なブ−ムは、彼等がこのタンクスというアルバムをリリ−スした頃からその頂上を極めてしまい、これ以降は夢のような日々やフィ−バ−も少しずつ下火になっていきます。 同じ時期にはデヴィッド・ボウイがアラジン・セインを、ロキシ−・ミュ−ジックがフォ−・ユア・プレジャ−を、そしてモット・ザ・フ−プルが革命をリリ−スし、スウィ−トはブロック・バスタ−の大ヒットを飛ばしていました。 また、スレイドはスレイド?を発表し、ニュ−ヨ−ク・ド−ルズとシルバ−・ヘッドがやっとデビュ−をした頃で、コックニ−・レベルやスパ−クスは間もなくデビュ−を果すという過渡期のことでした。 こうやって見ると、この1973年という年もグラムの時代が燃えていたなあという感がありますが、やがて来る終焉へ向って進み始めていたのです。 そんな中でリリ−スされたこのタンクスは、電気の武者やスライダ−と較べてみてもその作風やコンセプトが従来の延長線上にあり、そういった意味でもマ−ク・ボランがT・レックスの集大成を成し遂げようとしたアルバムであると思います。 そして、グラムロックのみならず様々なポップスが閉じ込められたおもちゃ箱のような趣がありました。 ラメとメタリックに彩られた電飾のおもちゃ箱、それはまだ充分に魅力的なT・レックスだったのです。 ジャケットを見てもお分かりのように、マ−ク・ボランにはまだ攻撃的な姿がありました。 ただし、そんな中でも彼自身は次の時代の新しいT・レックスを見据えていたのではないでしょうか。 なぜなら、前作までに見られなかったソウルフルでディ−プな味付けが顔を覗かせています。 名曲レフト・ハンド・ル−ク等はソウルフルな魅力満載の趣があり、そのリズム&ブル−ス路線の最たるものでしょう。 グラムからソウルへというこの方向性は、このアルバム以降のT・レックスの重要なコンセプトになっていきます。 また、アルバムの中から1枚のシングルヒットも生まれていないことも、アイドルのような扱いを受けたデビュ−当時から考えると彼等としてはかってない異例のことでした。 そして、この時期から次第にT・レックスは、アルバム勝負の時代へと入っていくことになります。 

  ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダ− ★★★★ 1974年

栄華を極めたバビロンの如く、T・レックスにもついに衰退の日々が訪れます。 考えてみると1974年という年はグラムロックにとっても大きな転換の年でした。 グラムの創世記を飾り、その誕生の源となったT・レックスやデヴィッド・ボウイは、自らの華麗な時代を閉じるように次なるステップへと向い始めたのです。 T・レックスに、いやマ−ク・ボランとってその意思表示の作品となったのが、このズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダ−でしょう。 何でアルバムタイトルが仮面ライダ−なのかというと、T・レックスの日本公演の際にテレビで観た仮面ライダ−をいたく気にいったからだとのことですが、当時は彼らが急に身近な人になってしまったみたいで、妙にこそばゆかったことを憶えています。 というわけで、このズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダ−ですが、前述のとおりマ−ク・ボランにとって極めてレアで趣味性の強い作品となっていました。 すでにT・レックスは、商業的な成功は手中に収めていたので、やりたいことをやっているそんな感じの雰囲気が満載なのです。 まあ、確かに自分の我がままを通してもいいようなア−ティストにまで登りつめていましたからね。 前作から取り入れたディ−プでソウルフルなコ−ラスも、一層斬新で個性的な音作りに拍車をかけていますが、聴き込んでいくうちに不思議な魅力の虜になってしまう自分に気がついたものでした。 およそ、コマ−シャリズムから対極的な位置へと進んでいる筈なのに、シュ−ルな香りが新しいT・レックスを作り始めています。 リリ−ス当時は日本でも結構批判されもしましたが、こうやって聴き込んで見るとなかなかどうして魅力的なアルバムではないでしょうか。 琴線を裏側から擽ってくれるような。 それは、T・レックス伝統のブギ−と新感覚のソウルが見事に融合して独自な世界を形成しているからでしょう。 まるでプログレッシヴなT・レックスを見ているような不思議な感覚。 古くから付き合ってきたファンにはまるでおもちゃ箱の中を覗いているようなたまらない作品なのです。 ですから、あえて申し上げますが、この作品こそT・レックスの裏名盤と言っても過言ではないでしょう。 名曲ティ−ン・ネイジ・ドリ−ムが心に染みます。

 ファンタスティック・ドラゴン ★★★★★ 1976年

T・レックス久々の快作にして、電気の武者やスライダ−に匹敵するほどの名作といっても差し支えないでしょう。 グラムロックを超越し、ソウルミュ−ジックさえも凌駕した、第2期T・レックスの黄金時代を予感させる作品でありました。 グラムロックの煌びやかで妖しげなコンセプトとファンキ−なフィ−リングが一体化して見事なT・レックスワ−ルドを展開しています。 もう、蕩けてしまって失神してしまいそうと言う感じなのですよ、ホント。 ブギ−のリズムが進化して天上より舞い降りた感があります。 私たちにしてみれば、久々にあの黄金のT・レックスが帰ってきてくれたという感じなんですね。 この後マ−ク・ボランは、不遇な事故死を遂げてしまう訳ですから、こんな名作をもっと届けてくれたのではないかと考えると、う-ん返す返すも残念でなりません。 そんな悲しみを閉じ込めて、私みたいに根っからのT・レックスファンには、まさに延髄ものの神々しいアルバムでありました。 何といっても全編を通してT・レックスらしい歌のオン・パレ−ドなのですが、これ一つということになるとニュ−ヨ−クの貴婦人につきるでしょう。 私、初めてニュ−ヨ−クの貴婦人を聴いた日には恥ずかしながらぶっ飛んでしまって、ホット・ラブやテレグラム・サム以来の歴史に残る大傑作だあと、近所中を叫んで走り回っておりましたぞ。 25年ほど前の話です。 (嘘ですよ) ホット・ラブを始めて聴いた時のあのわくわくした感覚を久しぶりに想いだしてしまいました。 兎に角このアルバムは、涙なくして語れないT・レックス史上有数の名盤なのですが、発売当時はグラムロックが終焉を迎えていた事もあり、日本やイギリスでは極めてク−ルな反応であったことに腹立たしささえ憶えてしまいました。 ブ−ムは去ってしまったからと言っても、何と冷たい奴等じゃあと一人でぼやいておりましたね。 美しき偽善者の-その名はジュピタ−の妖しげな美しさや、シタ−ルは星空の調べなどシュ−ルな感覚は、グラムロックを再興するだけの力強さがあります。 おそらくは、マ−ク・ボラン自身もその思惑だったのでしょうが、それは叶わぬこととなってしまいました。 今頃は、天国であのT・レックスブギ−を優しく奏でてくれていることでしょうね。 マ−ク・ボランよ永遠に。 そしてありがとう。


     




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