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グランド・ファンク・レ−ルロ−ド
J・ガイルス・バンド
カクタス 

ア−ス・クウェイク
スピリット 
ジェ−ムス・ギャング&バ−ン・スト−ム
フリジド・ピンク 
ステッペン・ウルフ 
ジプシ− 以下近日登場
ヴァニラ・ファッジ
ブラック・オ−ク・ア−カンソ−
エアロ・スミス
キッス


    グランド・ファンク・レ−ルロ−ド

数年前ににオリジナル・メンバ−で再結成されて元気な姿を見せてくれたグランド・ファンク・レ−ルロ−ド。 確か日本公演もあったはずです。 え-、パ−ト1でもまず最初に書いているので余り続けて書きたくは無かったのですが、それでもねぇ良いんですよやはり。 デビュ−アルバム、オン・タイムは当時としても充分に衝撃的な作品だった思います。 彼らの場合そんなに難しいことは何もやっていない、曲も端から端まで知っていてもう何度も聞き返している。 初めて聴いたのが高校生の時だからもう30年近く聴いている事になるのだなあ。 例えばア−・ユ−・レディにしても、マ−ク・ファ−ナ−のギタ−がここでこうなって、こうしてと次パタ−ンが簡単に読めてしまう、それがまた良いんですねぇまったく。 不思議なものです。 何か最近つくづく思うのですが歌舞伎の世界に近付いているような気がします。 予定調和というか古典芸能というか、そういったお決まりの素晴らしさの域に達してきたのではないのでしょうか。 もちろんそこまで到達したのは私達の感性のほうなのですが。 もう、次のパタ−ンを待っている自分が居るんですよね。 確かに、レッド・ツェッペリンやキング・クリムゾンにしても、何十時間も聴きこんで端から端まで知り尽くしてはいるのです。 しかしながら、レッド・ツェッペリンやキング・クリムゾンの場合はその時の感性によってまったく違った雰囲気を感じてしまう。 心の状態によって様々な音に変化してしまうのです。 多くの70’Sロックはそんな多面性の上に成り立っていたと思いますがいかがでしょう。 ところが、このグランド・ファンク・レ−ルロ−ドの場合は、そういう意識をもしかしたら意識的に排除しているのかもしれないですね。 つまり、ロックン・ロ−ルの本来持っていた素晴らしさを継承していると。 頭で聴くというよりも体で聞くというあの感じ。 こんな普遍的な魅力を持っているのは彼らとロ−リング・スト−ンズぐらいではないでしょうか。 1970年代の初頭にとてつもなく成熟してしまったロックも、自らの作り出した思想の迷宮にはまり込んでしまい、衰退の道を辿るのですがグランド・ファンク・レ−ルロ−ドやロ−リング・スト−ンズにとってそれはどうでもいいこと。 音楽とは複雑でもあり単純でも在るのです。 最近、ハ−ト・ブレイカ−を聴くと思わず泣けてきちゃいますねぇ。 これって、もしかしたら郷愁なのでしょうか。  

  悪魔とビニ−ルジャングル / J・ガイルス・バンド

それは、ある晴れた冬の日のこと、私は当時良く行きつけだったライヴ・ハウスで伝説のバンド、サン・ハウスの衝撃的なライヴを堪能し情熱と錯綜とその余韻に浸りながら、待ち時間にかかっていた気になるレコ−ドのことを考えていました。 淡いブル−のト−ンで統一された一寸都会的なセンスのジャケットで、渋いロックン・ロ−ルや粋なブル−スを演奏していたのです。 たった今しがた聴いてきた鮎川誠のギタ−や菊ちゃんのヴォ−カルもカッコよかったのですけど、あいつらもカッコよかったよなあと思いながら探し当てたのがこのJ・ガイルス・バンドでした。 そして、あらためてその音にぶっ飛び、ダミ声のヴォ−カルのピ−タ−・ウルフは女優フェイ・ダナウェイと浮名を流し、ニュ−ヨ−クの夜を闊歩していたと聞くに及んでは、ロックン・ロ−ル以上にカッコイイ奴らだなあと思っておりました。 彼らの場合、原点はロックン・ロ−ルでありながらその長いキャリアを感じさせる余裕あるフレ−ズ、タイトな演奏、時としてファンキ−なリズム、そして、ブル−スフィ−リング豊かな歌が大人のロックを感じさせてくれたものです。 彼らのバックグラウンドである多彩なアメリカン・ミュ−ジックのツボを心得た音作りは、まさに粋と言う言葉が相応しいものでした。 当時、同世代ではJ・ガイルス・バンドを聴いている奴なんて余り居なかったですもんね。 また、傷だらけの愛やジェラス・ラブに代表されるようなポップなセンスも持ち合わせており、彼らが育ってきた1950年代のロックン・ロ−ルの香りを届けてくれました。 そう、彼らだってロックン・ロ−ル黄金時代の申し子達なんですね。 ピ−タ−・ウルフのヴォ−カル、J・ガイルスのギタ−はもとより、マジック・ディックの味わい深いブル−スハ−プも燦然と光っておりました。 正統派ブル−スハ−プのこの御仁はJ・ガイルス・バンドにとって根幹をなすものであり、実にア−シ−でブル−ジ−な彩りを彼らの旋律に添えているのです。 ピ−タ−・ウルフのダミ声とマジック・ディックのブル−スハ−プが激しく絡み合う様は圧巻でしたね。 そして、自らの信じる音楽のように極めて自由でいる事。 まるでブル−スのような生き方それが彼らの原点。 それに音楽に対する熱い想い。 ブル−スやロックンロ−ルを始めとして彼らが演リたい音楽を好きに演奏している、それがJ・ガイルス・バンドの魅力なのかもしれません。

ホット・ライン / J・ガイルス・バンド

アメリカのリズム&ブル−ス史上に燦然と輝く金字塔。 そう、言わずと知れたJ・ガイルス・バンドの名作中の名作がこのホット・ラインだと思います。 アルバム全体のブル−スに彩られた、痛好みの独特な臨場感や、J・ガイルス・バンドらしい粋な香りのするセンスでは、前作、悪魔とビニ−ルジャングルに一歩譲ると思うのですが、何といってもジェラス・ラブ、愚かな愛やイ−ジ−・ウェイ・アウトを始めとするエネルギッシュな名曲が揃っているという点ではこの作品でしょう。 私たちがブル−スに沈めてくれよと欲する感性を鋭く刺激され、腰を振り出してしまいそうなホットなナンバ−のオン・パレ−ドなんです。 ニュ−ヨ−クをフランチャイズにした都会派のリズム&ブル−スバンドらしく、メロディ-ラインも意外なほど洗練されていて、そのくせ湯気が立ちそうな熱々のロックン・ロ−ル、これこそがJ・ガイルス・バンドの真髄でしょう。 また、典型的なシカゴブル−ス、オレンジ・ドライバ−やビ−・ケアフルも半端じゃなくカッコイイ。 ウ−ン、最高。 ブル−スにおけるリズムの質感や感性が俊逸なんですよね。 こんな風に熱くて、そのくせ生活感が感じられるようなファンキ−なフレ−ズは、やはりスト−ンズやフェイセスには出せない質のものだと思います。 この時代のアメリカのバンドって、何て言うか本当に脳天気なくらいストレ−トって言うか、ブリティッシュ系のバンドのように妙に捻じれていない無邪気さがありますよね。 お国柄でもあるのでしょうが、そのブル−ス・やロックン・ロ−ルバンド然とした一途さが心地よくもあります。 こんな風にタイトなリズムや感性は、生まれた時からシカゴ系のブル−スや沈み込むような黒っぽい音に触れていないと決して出せないのではないでしょうか。 環境が思想を支配する。 そんな哲学の一節が思い浮かんで来ました。 そして、俺等はこんなに素晴らしいリズム&ブル−スを、死ぬまで演り続けるんだぜといった潔さ。 J・ガイルス・バンドとは、生き方そのものが彼らの音楽の原点なのだと思います。 ご多分に漏れず日本でバカ売れしたバンドではないのですが、決して忘れ去ってはいけない最高のナイスガイ達ですね。  
 カクタス

ヴァニラ・ファッジのカ−マイン・アピスとティム・ボガ−ドこそ最高のバンドメンバ−と考えていたジェフ・ベックは彼らを引き抜いてス−パ−グル−プを結成しようと画策します。 しかし、ジェフ・ベックの不幸な事故により済んでのところで計画は頓挫してしまいました。 そこで、彼らのつなぎの意味で結成されたのがこの
カクタスという最高にイカしたハ−ドロックバンドでした。 しかし、いざ蓋を開けて見るとつなぎという言葉がとても失礼に思える程格好いい演奏を聞かせてくれます。 初期のツェッペリンやハンブル・パイを髣髴させるようなまさにブリティッシュで重厚な音は、流石にジェフ・ベックの目に止まっただけのことはあるなと納得させられたものです。 圧倒的にたたみ掛けるサウンドには無条件で降伏してしまいそうです。 予備知識がなかったらとてもアメリカのバンドとは思えないでしょう。 もちろん、アメリカらしさが滲み出ているブル−スフィ−リングも素晴らしいものがありまして、泥臭や渋さの中にカクタスの想いが際立っていました。 そして、思わぬ収穫はギタ-のジム・マッカ−ティ−。 カ−マイン・アピスとティム・ボガ−ドという最高のメンバ−が居たとは言え、実に情感豊かで伸びやかな彼のギタ−はカクタスサウンドの根幹を成していました。 ブル−スからツェッペリンのようなハ−ドドライヴィング・ロックまで卒なくこなし、テクニックも息を飲むような鮮烈な印象を感じます。 結局4枚のアルバムをリリ−スしてくれるのですが、最高傑作はこのデビュ−盤とセカンドではないでしょうか。 ジェフ・ベックの心配をよそに着実なヒットと名声を得てカクタスの時代を築くのではないだろうかと思っておりましたが、その後、念願かなった彼らとジェフ・ベックは待望のベック・ボガ−ド&アピスを結成する事になります。 

 ア−ス・クウェイク

ア−ス・クウェイクの格好よさはバ−クレ−サウンドの青空の下に霧のかかったような不思議なサウンドを理解しないと面白くないかもしれません。 名前だけ聞いてしまうとバリバリのヘヴィメタル系かと感じるのですが、いえいえどうして、ちょっとばかり違う大人のロックなんですよこの人達。 例えれば、ドゥビ−・ブラザ−スをもっと爽やかにした感じとでもいいましょうか。  バ−クレ−というカリフォルニアの特異なレ−ベルは実に風変わりなコンセプトを持っているように思います。 時としてマジなのかなと疑問に感じるのですが、どう考えても策略的に曖昧なレ−ベルカラ−を打ち出そうとしているふしが伺えるのです。 もう1つのコンセプトは爽やかさ。 やはり、カリフォルニアには爽やかな風が良く似合います。 そう、だからこそこのア−ス・クウェイクを始めとして、グレッグ・キ−ン・バンドやルビナ−ス、それにもっともポピュラ−なジョナサン・リッチマン&モダンラヴァ−スも実に一筋縄ではいかない多面性を持ち合わせていました。 この人たちはどのジャンルに属するのかなあと戸惑いながらも、何時の間にかその不思議な魅力の虜になってしまうのです。 中途半端がこんなにも心地良いとは意外な事で、もしかしたらファジ−ブ−ムの走りだったのかもしれません。 彼らは実に1つのカテゴリ−では収まりきれないのですね。 さて、このア−ス・クウェイクですが前述したようにギタ−がカラッとしていて実にカリフォルニア的だし、サウンドにもすっきりとした透明感があります。 ところがヴォ−カルはヒステリックなほどブリティシュ。 その意図的でないギャップが素晴らしいんですよ。 本当に不思議な印象を持ってしまうハ−ドロックなんです。 その都会的でミスマッチな感覚が何ともいえなく心地よい、まさにカリフォルニアらしいバンドでした。 

 スピリット

映画ストレンジ・ディズではバ−チャルな空間と現実が一体化する近未来の世界が描かれていましたが、1970年代には音楽の世界でも仮想現実を追求するミュ−ジシャンが数多く誕生しています。 バ−クレ−の一連のミュ−ジャンも相当なものでしたが、こいつらもかなり風変わりやでと思わず関西弁になってしまいそうなバンドが
スピリットでした。 ジャケットに目を落とすとスキンヘッドのお兄さんがいる、ウ−ンやはり只者ではないぞと思わせるしたたかさがあります。 1960年代のサイケデリックブ−ムや革新的なム−ブメントの中ではいくつかのキラ星のようなバンドが誕生しました。 あの時代の芸術は凄まじいほどの増殖を繰り返し混沌としていたのですね。 このスピリットもそんな先進的なバンドの一つに数えられるでしょう。 いい意味で60年代の幻影を引きづり続けている人達だといえるかもしれません。 このバンドの基本的なコンセプトはジャズやサイケデリックミュ−ジックとの関わりをいかにロックとして表現するかにあると思うのですが、それは下手をすれば芸術思考の塊のようになってしまう危険性もあります。 しかしながら、彼らの場合は斬新な感覚と感性でジャズや先進的な音楽を上手に融合させていました。 その意味で方法論は違うとは言えドア−ズの思想に近いものがあると言えるのかもしれません。 もちろん、ジム・モリソンほど詩に拘っていはいなかったのですが、その分音楽性を追求するという本来の目的を達成していたのではないでしょうか。 最高傑作は60年代の魂の融合と70年に入ってからリリ−スされたクリア−でしょう。 ジャズのみに拘らない姿勢と兎に角新しい音楽を創造するのだという意識が初々しくもあり、それに伴う感性の鋭さが独り善がりにならない歯止めになっていました。 このスピリット残念ながら70年代前半で姿を消してしまうのですが、あと数年バンドを維持していたら彼らの時代が訪れていたかもしれません。

        ジェ−ムス・ギャング&バ−ン・スト−ム

アメリカンロックの職人芸、そんな言葉が彼ほどよく似合う人も少ないことでしょう。 その人の名はジョ−・ウォルシュ、おそらくは殆どの人がイ−グルスのメンバ−としての彼を記憶に留めているのでしょうが、彼がロック・ミュ−ジシャンとしてのスタ−トを切ったのがこのジェ−ムス・ギャングという素敵なバンドだったのです。 彼らの荒削りながらなんとも豪快で味のある音楽性は、3人編成というロックバンドとしての最小ユニットであったのにも関わらずハ−ドでソリッドなアメリカンロックを届けてくれました。 そのバンドの核を成していたのはもちろんジョ−・ウォルシュであり、既にジェ−ムス・ギャング時代から彼独特の鼻にかかった歌声が個性を際立たせていました。 まるで、カウボ−イがロックバンドで歌っている、そんな感じさえしてしまうのです。 ジェ−ムス・ギャングはいかにもアメリカ的な大らかさと、時として朴訥なほどの不器用さが同居していたのですが、そんなマイナス面でさえ彼らの人間らしい魅力として映ってしまうのですから不思議なものです。 彼らの最高傑作ミッドナイト・マンはそんなジョ−・ウォルシュの優しさが溢れた名曲でした。 後年、・ウォルシュ節と呼ばれるギタ−のピッキングはこの名曲に於いて完成されたといっても過言ではないでしょう。 叙情性と豪放さを兼ね備えたこの名曲はおそらく彼の永いロック人生の中でも3本の指に入るほどの名曲であったと思います。 その素晴らしい旋律は流れるような情感をたたえていました。 嵐が突然収まってしまうような不思議なメロディ−の静寂性もジョ−・ウォルシュの魅力の1つ。 彼ジョ−・ウォルシュは結局のところ3枚のアルバムを残してジェ−ムス・ギャングを去ってしまいますが、その後を引き継いだのがドメニク・トロイア−ノ、ジョ−・ウォルシュにはとても及ばないものの中々格好いいギタリストでした。 さて、ジェ−ムス・ギャングを脱退して念願だった自身のバンド、バ−ンスト−ムを結成したジョ−・ウォルシュは、ロッキ−・マウンテン・ウェイに代表されるような豪快なアメリカンロックとカリフォルニアサウンドに磨きがかけられていきます。 贅肉を殺ぎ落としたようなタイトでソリッドなロックは、アメリカらしい乾いた明るさに彩られていました。 勿論、単純なウェストコ−ストロックだけには留まらず、渋さの極みといえるグル−ヴ感と美しい旋律が同居している不思議な音楽性が構築されたのもこの時代でした。 何か一筋縄では行かないような職人芸を持ち合わせたミュ−ジシャンだったのです。 その味わい深い世界は一度嵌ってしまうと抜け出せ無いものがありますね。 そんな彼の世界が結実したのが名作ソ−・ホワットということになるでしょう。 個人的にはバ−ンスト−ム時代で一番好きな彼のアルバムです。 その後の彼の活躍についてはもう改めて言うまでも無いでしょう。 結果論になりますが、もし彼がイ−グルスに加入していなかったとすれば、まったく新しい形のアメリカンロックを創り上げていたかもしれませんね。

 フリジド・ピンク

嬉しい知らせは何時だって唐突に訪れます。 そう、21世紀になった今、フリジド・ピンクのことを振り返るなんて私自身思いもしませんでした。 このフリジド・ピンクは1960年代から1970年代へとロックとともに生きてきた人達には非常に郷愁を誘うバンドネ−ムではないでしょうか。 彼らがアメリカンロックの形成において多大なる影響を与えたという訳では決してありません。 それよりもむしろ歴史の片隅にひっそりと佇んでいたそんな気さえいたします。 あのファズト−ンを存分に利かせたギタ−とサイケデリックな感覚の朝日の当たる家は彼らの代表作でありまして、今思い出しても当時の先進的な感性を表現していた個性的な名曲でした。 サイケデリックとアヴァンギャルドが程よく凝縮されたとでもいいましょうか、当時の前衛的な息吹が万面無く凝縮された歌とポップな旋律、それがフリジド・ピンクの基本的なコンセプトだったと思います。 言葉を変えればロックと芸術性とが絡み合った混沌とした音。 そして破壊的なサウンド。 そんな、フリジド・ピンクの隠れたファンは意外と多かった筈ですね。 ともすればサイケデリックム−ブメントの中のトリップ系音楽のバンドとの見方もされていましたが、決して時代に流されるだけの音楽ではなかったと、ちょっとした感傷もあるかもしれませんが断言できます。 そういえば、私が唯一所有していた彼らのコンパクトアルバムも( 4曲入りのミニアルバム )何処へいってしまったのやら私のレコ−ド棚から消えてしまってから、長い年月が過ぎ去ったしまいました。 しかしだからといって、フリジド・ピンクの名は何時までも忘れることはないでしょう。 どうやら、ベスト盤のCDもリリ−スされているようなので今度探し回ってみようかなと思います。 ちょうど想い出を繰り寄せるように。 

  ステッペン・ウルフ

確か高校時代のことだったと思いますが、アメリカやイギリスのバンドネ−ムを日本語訳したときに一番カッコイイバンドネ−ムは何だろうという話になり、色々と考えた末に満場一致で決定したのがこのステッペン・ウルフというバンドネ−ムでした。 草原の狼、なんて格好良いネ−ミングなんだと高校生ながらに感心した記憶があります。 私達の世代でステッペン・ウルフというと決まって映画イ−ジ−・ライダ−のワイルドで行こうになってしまうのではないでしょうか。 当時台頭していたニュ−シネマの走りとして、このイ−ジ−・ライダ−が果した役割は多大なものがありまして、希望や夢が崩れかけていくあの時代を象徴していたように思ってしまいます。 ピ−タ−・フォンダとデニス・ホッパ−がチョッパ−ハンドルのあのバイクに乗って旅立つ時に、このワイルドで行こうが流れてくるんですね。 その格好良さといったらもう。 ジョン・ケイの軽快なギタ−リフや疾走感溢れるリズム。 間奏における溜めの見事さ。 急き立てるように流れていく旋律。 どれをとってもあの時代を代表するロックの名曲と呼んでいいでしょう。 ところで、このステッペン・ウルフはニュ−ヨ−クから西海岸へと移って来たジョン・ケイが再起を期して1967年に結成したバンドでした。 デビュ−して間もなく前記のワイルドで行こうの大ヒットに巡り合うという幸運な滑り出しで、その後もマジック・カ−ペット・ライドやスキ・スキ・ス−等のコンスタントなヒットを飛ばし西海岸の代表的なロックバンドへと登りつめます。 彼らの場合何といってもジョン・ケイのギタ−とバック陣のタイトなリズム。 ジョンの粘っこいギタ−とうねるように絡み合うリズムはステッペン・ウルフの真骨頂であり、圧倒的な臨場感といったらまさに圧巻でした。 それともう1つ忘れてはならないのが、西海岸をフランチャイズにしたステッペン・ウルフらしく、カリフォルニアの空のようにあくまでも爽やかに、そして乾いてサラッとした旋律。 それはまるで草原を疾走するような爽快感に溢れていました。

 ジプシ−

西海岸の爽やかな風とラテン系の燃え滾る感性、そしていかにもアメリカらしいハ−ドなサウンドを程よくミックスさせた幻のグル−プ、それがこのジプシ−でした。 日本でも当時ジプシ−クイ−ンという名曲がスマッシュヒットしていたので憶えていらっしゃる方も割と多いと思いますが、その後は鳴かず飛ばずのうちに歴史の彼方へと消え去ってしまったのです。 当時、高校生だった私はオ−ルナイト・ニッポンという深夜放送の走りの番組を良く聴いておりまして、その合間のコマ−シャルの時にこの歌がレコ−ド会社の一押しとして流れていましたっけ。 そんな彼らの名作アルバム、ジプシ−は2枚組みの大作にもかかわらず内容の充実した素晴らしい作品でしたが、残念な事に商業的な成功は納めないままほどなく廃盤となってしまいました。 こんな最高傑作は絶対に埋もれてしまってはいけないと思っていましたので、このペ−ジで取り上げなくてはいけないという使命感と、自分だけの大切な貴重盤をそっと秘密にしておきたいという葛藤に戸惑ったのも事実です。 廃盤や貴重盤というと圧倒的にイギリスのアルバムに多いのですが、アメリカにもこんな究極の貴重盤があったのです。 さて、このジプシ−ですがカリフォルニアの蒼い空のように何処までも透き通った爽やかなハ−モニ−が身上で、その乾いた感覚と当時台頭していたラテンミュ−ジックを融合させて、まったく新しい西海岸の音楽を創り上げていたと思います。 ちょっと独断的な言い方をすればドゥ−ビ−ブラザ−スとサンタナとイ−グルスが一緒になったような音楽とでもいいましょうか。 いかにもといった西海岸のアメリカのバンドの香りを漂わせています。 どの歌を聴いてもメロディ−が程よくポップでハ−ドであり風のように爽やか、そしてドラマチックな曲の構成や展開も実に良く考えられていました。 そういえば、この新鮮で大人びた感覚というのは、本当に良質の早すぎたAORと言えなくもありません。 また、時として圧倒的に押し寄せる情熱的なサウンドももう一つのジプシ−の魅力なのではないでしょうか。 確か当時はサンタナやマロ等と同じ範疇のバンドだと考えられていましたが、彼らの基本的な姿勢はやはり何と言ってもカリフォルニアミュ−ジックなのです。 確か輸入盤ではCDも再発されていると思いますので見つけたら絶対に買っておくべき名作だと思います。



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