

泡沫の夢という言葉が余りにも似合いすぎていたロキシ−ミュ−ジック。 グラムロックという一世を風靡した妖艶な世界の中でも彼らは一際妖しく煌めいていたと思います。 それはブライアン・フェリ−のダンディズムに起因していたのですが、ヨ−ロッパの没落した貴族の哀しみを背負ったような切なさが魅力でした。 まるでルキノ・ヴィスコンティ-の世界そのままに。
ロキシ−・ミュ−ジック
成熟する前の爽やかな輝き。 それは初々しくも魅惑的な誘惑に満ちていました。 ファッション雑誌から飛び出したような美しく画期的なジャケットと素晴らしい音楽を携えて彼らはやって来たのです。 その名はロキシ−・ミュ−ジック。 グラムロックが華麗なる1970年代に咲いた1つの仇花であるとしたら、ロキシ−・ミュ−ジックはそのグラムロックに華々しく咲いた仇花だったのではないでしょうか。 近未来の夢と共に私たちを幻想へと駆り立ててくれた彼らこそ、まさにグラムロックそのものだったのです。 アルバムの中の1曲リ・メイク・リ・モデルが織り成す世界は眩いばかりに輝いていました。 ただし、余りにも進みすぎていたデビュ−アルバムは他のグラムロックのアルバムとは明らかに相違しており、グラムロックのコマ−シャリズムからは遠く離れたところに位置していました。 決してポップではないポップさ。 ロックン・ロ−ルにアンニュイを注入するとロキシ−・ミュ−ジックの不思議な世界になると思います。 まだぎこちなさを携えて。 グラムロックとシュ−ルの遭遇、それがロキシ−・ミュ−ジックの意図したところなのかもしれませんね。 一度彼らの音楽に捕らわれてしまうと何ともいえぬ快感に登りつめてしまうのですが、まだそこまでは世間の感性が成熟していなかったのです。 そんな、少々悲劇的な状況はブライアン・フェリ−自身の退廃的な生き様と重なってしまい、没落したヨ−ロッパの貴族主義そのままのような悲しさがありました。 ロキシ−・ミュ−ジックという稀代のグラムロック・バンドもかつて、T・レックスやデヴィド・ボウイが衝撃的なデビュ−を果した舞台の上ではまだ脇役でしかなかったのですね。 しかし、それは華麗なる幕開けのほんの序章。 彼らの時代は間もなくやって来るのです。
フォ−・ユア・プレジャ−
あなたの喜びの為に今宵は何を送りましょう。 ロキシ−・ミュ−ジックはそんな煌めく想いを届けてくれました。 彼らにとってはジャケットも重要なコンセプトだったのですが、未来の夜景の下でこんな美女と過せたらきっと最高でしょうね。 エスコ−トはもちろんブライアン・フェリ−。 近未来の夢の中で暫しまどろむことも良いのではないしょうか。 このアルバムの2曲目ビュ−ティ−・クィ−ンが語っているように、彼らが共有しようとしたのは果たして理想的な美だったのでしょうか。 ブライアン・フェリ−お得意のこのシュ−ルなラヴ・バラ−ドは、このアルバムの中でも真っ当な意味での異彩を放っていました。 ファ−ストアルバムの戸惑いから解放されて、このセカンドアルバム、フォ−・ユア・プレジャ−は自信に満ちた感覚に溢れていました。 もはや、グラムロックのひとつのバンドではなくなっていたのです。 ブライアン・イ−ノのシンセサイザ−も百花繚乱の如く輝きを増し、ロキシ−・ミュ−ジックの華麗な音楽をサポ−トしておりました。 まどろむような茫洋とした旋律にヒステリックな刺激を与えるのがブライアン・イ−ノのプレイなのですが、それはロキシ−・ミュ−ジックの核となるものなのです。 ダンディズムを含めた粋な世界と、近未来的なロックンロ−ルという思想的を構築するのがブライアン・フェリ−の役目ならば、差し詰めブライアン・イ−ノの役目はその背景を創造する芸術家のような感がありました。 まるで強迫観念に追い立てられるようなドゥ・ザ・ストランドこそロキシ−・ミュ−ジックの思惑。 この素晴らしいアルバムをスタ−トするのにこれほど相応しい歌はなかったでしょう。 そう、私たちはその罠にかかってしまうと2度と戻れなくなってしまうのです。 アンディ・マッケイのサックスがそんな風に誘ってくれるようですね。
ストランド
ロキシ−・ミュ−ジックの最高傑作にして、グラムロックの数ある名作の中でも燦然と輝いている大傑作アルバムといっても差し支えないでしょう。 ただ、余りにも時代を先取りしすぎていたシュ−ルな作品の為に私達の感覚が付いていけなかった、そんな懐疑的な想いさえ抱いてしまいます。 斬新かつ前衛的なコンセプトとグラムロックのキッチュでポップな旋律ががぎりぎりのところで鬩ぎ合っている、そんなところがこの傑作を生み出した所以なのではないでしょうか。 ブライアン・フェリ−快心の一作と呼んでよいでしょう。 ストランドに関する詳しい解説はこちらへ
カントリ−・ライフ
ロキシ−・ミュ−ジックのアルバム・ジャケットの人気投票をしたら文句無く第1位に輝くのがこのカントリ−・ライフでありましょう。 当時はいたいけな若者にとってこんなにセクシ−で素晴らしいジャケットを提供してくれたブライアン・フェリ−が神様のように思えたものでした。 それにしても日本の税関がよく許可してくれたものですね。 そういえば、右の方のお姉さんは元々はお兄さんであったとの噂も飛び交っておりましたっけ。 ところで、このロキシ−・ミュ−ジックの4枚目のアルバムカントリ−ライフは、前作までのシュ−ルな路線を軌道修正しよりコマ−シャルな展開を計った意欲作だったと思います。 イギリスにおいてはトップバンドの仲間入りを果していたとはいえ、世界的に見るとまだまだ成功したとはいえなかったロキシ−・ミュ−ジックが世界を目指した転機になるアルバムだったとも言えるでしょう。 やはり売れないと勝負にならない、聡明なブライアン・フェリ−であればこそそのことを熟知していた筈です。 1曲目のスリル・オブ・イット・オ−ルからラストのプレ−リ−・ロ−ズに至るまで、まるで万華鏡のように煌びやかなロキシ−・ロックンロ−ルが展開されていました。 端々にはちゃんとシュ−ルな味付けも成されていたのですが、一挙にポップスの次元へと飛来したロキシ−・ミュ−ジックについては批判的な意見が続出したのも事実でありまして、やはりブライアン・イ−ノがいなければ価値が無いといった事も取り沙汰されています。 しかしながら、ロキシ−・ミュ−ジックとしての未来派ロックの思想は脈々と息づいており、彼らのダンディズムはなんら損なわれていなかったのです。 何故なら、感覚的な主眼を何処に持ってくるかでこのアルバムの印象が違ってくる筈ですから。 そのポップさ故にロキシ−・ミュ−ジック入門編としては最適なアルバムですが、それだけでは終わらない奥深さが波打っているのです。 最大の聞き物は8曲目のカサノヴァでしょう。 この歌こそストランドの中の名曲、アマゾナに対する現在のスタンスからのアンサ−ソングだったからです。 ここにはロキシ−・ミュ−ジックの刹那的な感性が凝縮されていました。
サイレン
絶頂の先には奈落しかない。 それは悲しいけれども天地創造以来の定めなのかもしれません。 彼ら自身の暗鬱な未来を知ってか知らずかロキシ−・ミュ−ジックの活動にはこの頃より少しばかりの暗雲が垂れ込めてきます。 しかし、それこそブライアン・フェリ−の計算ずくのことだったのかもしれませんが。 音楽の方に目を移しますと、前作の勢いもそのままにロキシ−・ミュ−ジックのアヴァンギャルドなポップスには益々磨きがかかり華やかさを増してきました。 何といってもカントリ−ライフから引き継がれた華やかさが際立っていたのがこのサイレン。 感性豊かなメロディ−が甘く切なく囁いていました。 もはやグラムロックの時代も終焉を迎えロキシ−・ミュ−ジックの一人旅の感がありましたが、彼ら自身来るところまで来てしまったのかと思えるほど、人魚のように妖しげな歌声は人の心を捕らえて離しません。 近未来のパノラマこそ彼らの終着点だったのでしょう。 このサイレンには、これがロキシ−、これがフェリ−なんだと思わず有頂天になってしまいそうな情念があります。 それこそシュ−ルレアリズムと美の融合。 彼らの何ともキッチュで魅惑的な旋律はここに極まれりといった感がありました。 しかしながら、シングルカットされたラヴ・イズ・ドラッグに象徴されているようにファンキ−でディスコティックな味付けが顔を出し始めたのもこの頃からなのです。 その単一的なビ−トは、後年ブライアン・フェリ−の重要なアイテムとなるのですが、まだこの時には完成の域に達していなかったので、少々の危惧やマンネリ感も抱いておりました。 そして、その危惧は悲しいかな、次回作で見事に的中することになるのです。 人の内面や芸術性、それに感性に訴えるタイプの音楽には無機質なビ−トほど似つかわしくないものはありません。 その危険性は彼らが一番解かっていた事なのでしょうが、何時の間にかその迷宮に入り込んでしまったのでしょう。 でも、それも、名作アヴァロンへと続く長い道のりの出発点だと言えなくも無いのですが。
マニュフェスト
1975年ロキシ−・ミュ−ジックは名作サイレン発表後永い間その活動を休止してしまいました。 この時期のブライアン・フェリ−にとってロキシ−・ミュ−ジックよりも自らのソロ活動に重点が置かれていたのです。 もはや彼らは自然消滅してしまったのではないかとの危惧をよそに、およそ3年間の沈黙を破ってリリ−スされたのがこのマニュフェストでした。 ついに第3期ロキシ−・ミュ−ジックが始動をはじめたのです。 しかし、率直なところエンジェル・アイズ、ダンス・アウェイなどの秀作はあったものの、3年間の空白は余りにも大きすぎたと言わざるを得ません。 当時、時代の最先端を進んでいた彼らの衝撃的な音楽は、ディスコビ−トを多用するこのアルバムで普通の次元まで戻ってしまったような感がありました。 ロキシ−・ミュ−ジックのスリルに満ちた旋律や煌めきが感じられないのです。 長い間の沈黙のためにブライアン・フェリ−の研ぎ澄まされた感覚さえ失われてしまったのではないのかと思えるくらいで、今度こそ本当に空中分解してしまうのではないかと感じました。 もしかしたら、このマニュフェストはロキシ−・ミュ−ジックとしての機能を正常化するための準備運動であったのかもしれないですね。 そう考えるといくらか気分が安らぐのですが、当時はロキシ−・ミュ−ジックもついにだめになってしまったなあという落胆の気持ちが強かったですね。 折りしもイギリスではパンクの嵐が吹き荒れていて、そんな荒野に佇むロキシ−・ミュ−ジックが切なくもありました。
フレッシュ・アンド・ブラッド
華麗なる時は来た。 フレッシュ・アンド・ブラッドと題された7枚目のスタジオアルバムにおいて、彼らロキシ−・ミュ−ジックはまた再び煌びやかな輝きを取り戻したのです。 鬼才、ボブ・クリアマウンテンの手によって。 前作マニュフェストの惨憺たる結果も、この名作を生み出すための序章に過ぎなかったと考えれば納得できるというもの。 そうですよね、プロ野球の名選手だってケガで復帰していきなりホ−ムランとはいかないわけですから。 勘が戻るまでには暫らくの時間が必要でありましょう。 彼らとボブ・クリアマウンテンとの幸運な出会いは、アバンギャルドな方向性から円熟味を増したアダルトなロックへと変貌していく音楽性を確立させてくれました。 この、当代きってのミキサ−はロキシ−・ミュ−ジックとブライアン・フェリ−の魅力を最大限に引き出してくれたのです。
オ−・イエ−に息づいている高貴なまでの神聖さと美しさは、それまでのロキシ−・ミュ−ジックには見られなかった旋律であり、彼らの新しい地平線が姿を現したような感がありました。 あくなきまでの美への追求がロキシ−・ミュ−ジックをまた再び蘇らせたのです。 それは彼らなりのダンディズム。 優しく包み込むようなストリングスも狂おしいほど切なく聴こえてきます。 表題作フレッシュ・アンド・ブラッドでも広がりと幻想的な空間を構築し、軽快なオ−バ−・ユ−では久々に煌めくポップスを披露してくれました。 また、前作では単調すぎて無機質であったたリズムもボブの手によって命となるべき躍動感が刻み込まれています。 この時代に再び飛び立ち始めたロキシ−・ミュ−ジックは過去の栄光と幻影を捨て去って、彼らが求める真摯な姿へと回帰して行くことを想っていたのではないでしょうか。 そして、それは余りにも美しすぎるラスト・アルバム、アヴァロンで結実することになります。
アヴァロン
-その瞬間には感じられたとしても、全てが理解できたとは限らない。 夜に落ちるひとひらの葉っぱが何処へ舞うかだなんていったい誰に答えられると言うのだろう。 風のように自由に生き、あらゆることを学んでみたい、ただ、それだけ。 -こう歌われるロキシ−・ミュ−ジックの世紀の名曲モア・ザン・ディスでは、彼らの華麗なる思想の集大成ような哲学と運命を素直に受け入れる切なさが交錯していました。 余りも美しすぎるこの名曲は古くからのファンとってはあのヨ−ロッパ哀歌の再演かとも思われまして、胸が熱くなった人もきっと多かったことでしょう。 掻く言う私もその一人、華麗なるメロディ−は涙を誘われるほど美しすぎました。 おそらくはロキシ−・ミュ−ジック史上不朽の名曲といっても差し支えないと思います。 最近またテレビのCMでも盛んに使われだして私たちを喜ばせてくれましたね。 美とは内証的な心の表現。 してみると彼らの状態は最高の領域に達していたのでしょう。 また、アヴァロンのあの時間さえも止めてしまうような清らかさは何なのでしょうか。 およそ世の中に美しいものは数あれど、こと1980年代初頭のロック・ミュ−ジックの世界に於いては、ロキシ−・ミュ−ジックのアヴァロンほど美しいものは存在しなかったと断言できます。 それも、ボブ・クリアマウンテンとの素晴らしい出会いがあったればこそ。 彼をもう一人のロキシ−・ミュ−ジックと呼んでも差し支えないでしょう。 そして1980年を超えた時、グラムロックの爆発的なエネルギ−とともに産声を上げた彼らも、歴史の中で彷徨いながら自らの終焉の時を予見していたのでしょうか。 アヴァンギャルドでシュ−ルなロックン・ロ−ルの未来派音楽も、何時の間にか静寂に佇む安息を感じさせてくれる淑やかな音へと変貌を遂げていました。 あの磨き抜かれたようなサウンドの波は優雅な香りさえ漂わせていたのです。 物語の終わりを静かに閉じる、それはブライアン・フェリ−なりのダンディズムだったのです。 それと同時に私自身のロキシ−・ミュ−ジックへの永い旅も終わりを告げないといけないでしょう。 もし、これから彼らの音楽に興味を持ち始めた方がおられましたら、まずはカントリ−・ライフかサイレンをお薦めいたします。 煌めくポップさが不思議な世界へと誘ってくれる筈です。 それで虜になった人はストランドからアヴァロンへと進んでください。 そのシュ−ルで美しい音楽はあなたが初めて体験するものであるに違いありません。 きっと彼らの魅力の一端を感じ取れることだと思います。 そう、まるで永遠の美しさのように。