スライ&ファミリ−スト−ン
プリンス
アヴェレ−ジ・ホワイト・バンド
ウォ−
ヘッズ、ハンズ&フィ−ト
アイザック・ヘイズ
ク−ル&ギャング 
スティ−ヴィ−・ワンダ−
カ−ティス・メイフィ−ルド
オシビサ
グラハム・セントラル・スティション以下近日登場
ア−ス・ウィンド&ファイヤ−
エリック・バ−トン&ウォ−
タワ−・オブ・パワ−
エドガ−・ウィンタ−&ホワイトトラッシュ
マイケル・ジャクソン
ジョ−ジクリントン&ファンカデリック

 フレッシュ /  スライ&ファミリ−スト−ン

全ての発端はマイルス・デイヴィスのロックへのアプロ−チから始まったと思います。 彼のもとを巣立ったハ−ビ−・ハンコック等の卒業生達が既成のジャズに捕らわれない新しい概念の音楽に取り組み、クロスオ−バ−やファンクというまったく新しい形の音楽を創り上げ世に広めていったのです。 もちろんマイルス・デイヴィス自身も問題作ビッチェズ・ブリュ−で、来るべきファンクの時代を予感させるような音を創造していました。 こういったジャズ側からのアプロ−チに対してロックの現場が何もしなかったのかというと実はそうではなくて、このスライ&ファミリ−スト−ンが先鋒となりロックミュ−ジックからの返答を示していました。 複合的なリズムと飛び跳ねるビ−ト。 ジャズのインプロヴィゼ−ションとロックの感性が融合した音楽。 それがこれ以降一連のファンキ−ミュ−ジックと呼ばれる音楽の誕生だったのです。 時は1969年の事でした。 このとき彼らは既に名作アルバム、スタンドを発表していましたが、まだ先進的なブラックミュ−ジックの域を脱しきれておらず、ファンキ−ミュ−ジックというスタイルを確立させるのは1971年の暴動になってからなのです。 未だかつてロックが成しえていなかった新しい複合的なリズムで彩られたこの暴動は、当時のロックシ−ンに大変な衝撃を与えその後のジョ−ジクリントンやファンカデリック一派にも影響を与えたました。 やがてはそれがバディ・マイルス、メイシオ・パ−カ−へと波及し、そして天才プリンスへと到達するのです。 全てはここから始まったのだといっても良いでしょう。 また、レッド・ツェッペリンなどの先進的なブリティッシュ・ロックバンドもいち早くこのリズムの複合体に着目し、聖なる館で実験的なリズムを取り入れていましたね。 また、従来からのブラックミュ−ジックの世界では、スティ−ヴィ−・ワンダ−やク−ル&ギャングがこの暴動をヒントにして新たな音楽の構築に取りかかっていました。 こうやって考えてみますとマイルス・デイヴィスとスライ&ファミリ−スト−ンがロックに及ぼした功績というのは、私が言うまでもなく多大なものだったのです。 ところで、この暴動や次回作フレッシュなのですがスライ&ファミリ−スト−ンが意図したのは、ロックにおけるビッチェズ・ブリュ−ということになると思います。 躍動感溢れるリズムの中で様々な楽器が歌い踊り跳ね回っていました。 メロディ-は極限に縮小されてリズムのみで曲調を形作る。 名曲スタンドを髣髴とさせるラニング・アウェイでさえも後半は複合リズムに主役の座を奪われていたのです。 これを心地よいと感じるか否かは感性次第なのですが、少なくとも理屈抜きで楽しめるという点ではジャズから派生したファンクともっとも違っていた点でしょう。 つまりヒット曲になり得るということです。 そういった意味でスライ&ファミリ−スト−ンのファンキ−ミュ−ジックは、ジャズ的な思想のもっとも大衆的なアプロ−チであったのかもしれないですね。

 1999 /  プリンス

栄枯盛衰、歴史は繰り返されるといいますが、栄えたものは必ず滅びるという宿命のようにロックミュ−ジックも輝かしい歴史の終焉を迎えようとしていました。 音楽にとっての1970年代の終わりはまるで世紀末のような哀しさがあったのです。 確かに、多くの人が主張してきたようにロックミュ−ジックは1970年代で思想的にも技術的にも臨界点に達してしまいました。 歴史上類を見ない程の急激な進化ももはや飽和状態となり迷路に迷い込んだように燃え尽きてしまったのです。 もっとも前衛的でありその進化の最たるものの象徴であったプログレッシヴロックも、自らが構築した思想の中に迷い込んでしまうという墓穴を掘り、レッド・ツェッペリンのようなインテリジェンス溢れるロックバンドさえ陰りをみせていたのです。 土壷にはまったというところでしょうか。 しかし、すべてが悪い事ばかりではなくそういった混迷した状況の中から、まるで花が開くように新たな希望が湧いた来ました。 それがプリンス。 全ての希望を引き継いだ天才。 つまりスライ&ファミリ−スト−ンやマイルス・デイヴィスが覚醒したファンク・ミュ−ジックを、様々なミュ−ジシャンが変遷しながらプリンスのもとへと届けたのだとしか思いようがないほどなのです。 とまあ少々大袈裟になってしまいましたが、確かに行き詰まりを見せていた当時のロックの状況の中でプリンスの登場は衝撃的でありました。 初めて耳にしたのはスト−ンズのミックジャガ−が天才が現れたといって騒いでいたというニュ−ス。 眉唾じゃないの、だいたいプリンスなんてなんとセンスの悪いネ−ミング。 おまけに写真は変体風。 何なんだこいつはという否定的な印象しかなかったのです。 しかしタブルアルバム、1999を聴いてぶっ飛びました。 それはキングクリムゾンやレッド・ツェッペリンやピンクフロイドを聴いた時のように言葉にならない何かを感じてしまったのです。 もしロックミュ−ジックに未来があるとすればこういったアプロ−チしかないのではないかと思いました。 仮に彼の音楽をファンキ−ミュ−ジックの進化した形としても、それだけでは決して納得できない素晴らしいオ−ラが感じられたのです。 もしかしたら神なのではないのかというような。 その結果の結論としてはブリンスは天才としか言い様がないのでした。

アルバムをスタ−トするのはファンキ−でなおかつメロディアスという相反する不思議な特性を有していた名曲1999。 もしビ−トルズがこの時代にいたならば、きっとこういう歌を作っていたのではないかと思えるような未来感覚に溢れた旋律。 極限にまで簡素化されてその饒舌なエキスだけ抽出したようなリズム。 プリンスの躍動感はまるでク−ルなマシ−ンのようでした。 聴いているうちに湧き上がる爽やかさと言い知れぬ不安感。 この1曲にしてファンク、ポップ、ハ−ドロック、プログレ、グラムのすべての未来を内包していましたね。 この時私たちがプリンスから感じたのは機械的に処理された音が何故かしら生々しいとう事実と、まるでアンドロイドに血が通ったような暖かさだったのです。 まったく初めての不思議な感覚でした。 そして天使が舞い降りたようなリトル・レッド・コルベット。 それは溜息が出るほど美しくてスリリングな歌。 私たちが1980年代に始めて出会った幸運なのではないでしょうか。 また、フリ−で見せてくれた甘く優しいセクシャリズムの極地はその後の彼の重要なコンセプトとなりました。 七色に変化するプリンスの歌は妖艶でさえあったのです。 レディ・キャブ・ドライバ−もそういった思想の歌。 セックスは彼の重要な命題の1つだったのです。 そしてアルバムはデリリアス、夜のプリテンダ−、オ−トマティックと先進的なアイディアと未来に彩られた驚異的な名曲を続けながら、最後の歌未来型ラヴソングのインタ−ナショナル・ラヴァ−に至るまでこの人は才能の枯渇という事を知らないのかと思える程の名曲揃いだったのです。 プリンスの凄いところは過去の音楽への決別などでは決してなくて、その素晴らしい部分のエッセッスをプリンスというフィルタ−を通して輝かしている点ではないでしょうか。 ですから、ジャズもロックもファンクもすべて彼が新しい音楽に変えていったのです。 まるで神からその称号を与えられたようなプリンス、21世紀になった今も彼からは目が離せないですね。

  アヴェレ−ジ・ホワイト・バンド

平均的な白人バンドと自らが名乗っているように、ロビ−マッキントッシュとハミッシュ・スチュワ−ト率いるアヴェレ−ジ・ホワイト・バンドはメンバ−の殆どが白人で占められていましたが、その音楽は決して平均的なものではなく極めて艶やかなファンキ−ミュ−ジックでした。 それはそれは、とても卓越したテクニックとフィ−リングだったので全員が黒人バンドだと勘違いされたほど。 ダウンタウンファンクの帝王ク−ル&ギャングのエグイ、ファンキ−ミュ−ジックに、都会的なセンスを注ぎ込むとアヴェレ−ジ・ホワイト・バンドのク−ルな音楽になります。 余裕があるなといったところでしょうか。 また何処となくフュ−ジョンの香りも漂わせていました。 大ヒットしたピッキン・アップ・ザ・ピ−セスやカット・ザ・ケ−クの渋さと美しさを織り交ぜたカッコよさは上等なワインのように秀逸だったのです。 本来、ファンキ−ミュ−ジックの原点は頭や耳で聴くのではなく、音楽をボディで体感するものなですが、彼らの場合は頭の中で体感するようなしなやかさがあったと思います。 その分何処となく素っ気無く感じるところもあるのですが。 また、贅肉を極端にまで殺ぎ落としたようなタイトなリズムとグル−ヴ感は、並み居るファンク・バンドの中でも飛び抜けてセンスの良さが輝いていましたね。 この辺りの感覚というのはハミッシュ・スチュワ−トの天性のものなのでしょう。 不幸にもフロントマン、ロビ−マッキントッシュが亡くなってしまうのですが、その後に発表された追悼作カット・ザ・ケ−クが彼らのベストでしょう。 1975年にリリ−スされたこの名盤はファンキ−ミュ−ジックの1つの方向性を示唆していたと思います。 

  ウォ−

燃え滾る灼熱の太陽のような情熱の迸りが聴く者を圧倒したウォ−。 それは、凄まじいエネルギ−がうごめいていたゲット−の証として私たちを震撼させました。 いつだって大衆に支持されるのは天上の音楽ではなくて、生活の中から沸きあがってきた音楽だったのです。 ウォ−はストリ−トのパワ−をリズムにして、生活感溢れる感覚と人間の本能を刺激する猥雑さを表現してくれました。 鋭く刻まれる激しいリズムは彼らの情熱の賜物なのでしょう。 私達の感性をたちまちスパ−クさせてくれました。 淑やかな女性もイチコロで口説かれそうな艶やかさでしたね。 もともとファンキ−ミュ−ジックとはそういった音楽だったのですから。 しかしながらウォ−は当然ながら黒人としての鋭いメッセ−ジ性や社会性も有していたのです。 この時代の彼ら黒人の不安定な状況を象徴するものでしょう。 ただ、彼らの場合ホ−ムグラウンドがベイエリアという事もあってか、ニュ−ヨ−ク辺りのファンクバンドと違ってカラッとした爽やかさとラテン系の粘り腰が目だっておりましたね。 猥褻でエロチックなロウライダ−、彼らがアメリカを制覇したシスコキッド、軽やかだけれどもファンキ−なタッチのオ−ル・ディ・ミュ−ジック、まるでウェストコ−ストソングのようなホワイ・キャント・ウィ・ビ−・フレンド等この時代の彼らのファンキ−ミュ−ジックの質の高さを見せてくれています。 また、意外にもセンチメンタリズムを理解する気骨感でもありました。 この後アニマルズのエリックバ−トンと組んでファンキ−ミュ−ジックとブル−スの融合を試みて成功も手にするのですが、それは黒さだけでは言い表せない独特な彼らの世界だったと思います。 

 ヘッズ、ハンズ&フィ−ト

忘れ去っていたことを何かの拍子に思い出す。 そんな時って懐かしさに包まれて妙に嬉しくなったりしませんか。 私達の日常はそんな事の繰り返し。 例えば枯野にも雨の降る日があるように、ファンキ−ミュ−ジックにだって叙情性を感じさせてくれるバンドが居たっていい筈ですよね。 ブリティッシュ発のファンキ−バンド、ヘッズ、ハンズ&フィ−トは淑やかなブリティッシュの香りを放っていた特異なバンドだったと思います。 ああ、そういえばそんなファンキ−バンドがいましたねと思い出していらっしゃる方も多いでしょう。? 俊腕ギタリスト、アルバ−ト・リ−を配して既成のファンキ−ミュ−ジックを越えたしなやかな音を創造していました。 彼は後にナッシュビルに渡り一世を風靡する事になります。 ところで、彼らの場合まるでイギリス原野のトラディショナルな雰囲気を見せてくれたかと思えば、アメリカ南部の粘っこいスワンプミュ−ジックを披露して、また、ロックンロ−ルもありといったしたたかな音楽人気質を見せてくれています。 彼らの魅力はそんな多彩な切り口でファンキ−ミュ−ジックを表現しているところ。 ヘッズ、ハンズ&フィ−トは自らのコンセプトを限定していなかったのだと思いますね。 一般的にこのファ−ストアルバム、ヘッズ、ハンズ&フィ−トの評価が高いのですが、私は3枚目のアルバムであり、またラストアルバムでもあった、オ−ルド・ソルジャ−ズ・ネバ−・ダイも万華鏡のようなヘッズ、ハンズ&フィ−トの音楽が詰まっていて大好きな1枚です。 

  アイザック・ヘイズ

フィラディルフィアソウルとファンキ−ミュ−ジックが融合したようなアイザック・ヘイズのシャフトは、本人の予想を遥かに越えてしまうような大ヒットを記録します。 多分に映画の影響が大きかったとは言え彼自身この成功を戸惑っていたのかもしれません。 勿論、本来泥臭い筈のファンキ−ミュ−ジックを洗練されたストリングスで包み込むという画期的な方法論の勝利とも言えます。 そして、まるで映画の中の悪役のようなこのスキンヘッドの御仁は、平気で18分という長大なファンキ−・ミュ−ジックを奏でてしまうのですからまったく油断できません。 私たちはその長い曲の中で感覚が徐々に麻痺していく恍惚に出会えるのです。 ただ長ければ良いという訳ではないのですが、このお方にとってはそれも1つのステイタス。 彼のコンセプトを伝えるにはこんな長さが必要だったのかもしれないですね。 また、私の記憶が確かなら、初めてオ−ケトレ−ションをファンクに起用した御仁ではなかったかなと思います。 先程も言いましたようにストリングスからフル−トまで実に味わいのある使い方でした。 その意味でも単なるファンキ−ミュ−ジックに留まらない先見性や前衛的な感覚があり、ただのスキンヘッドのおっさんではなかったという事になります。 それでも流石はソウルミュ−ジシヤン、中にはアイ・スタンド・アキュ−ズドのような甘い名曲も披露してくれているのですが、冷静に考えてみるとこのお方の場合遊び心を発揮したのかもしりません。 また、ウォ−ク・オン・バイいう佳曲ではプログレッシヴ・ロックの領域に侵入するようなスタンスも見せ始めていました。 恒に前向きというかアクティブな姿勢が彼の持ち味であり、ファンキ−・ミュ−ジックはそんな彼の絶好の表現媒体だつたのかもしれないですね。

 ク−ル&ギャング

元祖ファンキ−ミュ−ジックの帝王として一世を風靡したク−ル&ギャング。 何といっても名曲ジャングルブギ−に代表されるようなソリッド・アンド・タイトに集約された音の構築こそ彼らの身上。 これ以上に殺ぎ落とせないほど究極的に凝縮されたリズム、情熱的な唸りを上げる熱いホ−ンセクション、情感を極力押さえたようなギタ−カッティング。 そして、圧倒的なパワ−。 それら全てのものが見事に融合してク−ル&ギャングのファンキ−ミュ−ジックを形成しているのです。 バックストリ−トの熱い蠢きと、大衆性の誇示が彼らの主張。 彼らの場合意識的に大衆音楽を追求しようとした思惑が見て取れるのです。 ただ、私としてはその余りにも無機質過ぎるギタ−ワ−クが好きになれずに、当時はかなり敬遠していました。 黒人音楽としては珍しいほど心底のめり込めない疎外感を恒に感じていたいたのです。 それは感性の問題だったのでしょうが、あの粋なアンサンブルを理解するには少々若すぎたのかもしれません。 数十年の時を隔てた今、こうして聴き返してみると実に味わいのあるファンキ−・ミュ−ジックであったことが解かります。 ク−ル&ギャングとはやはり大人のファンキ−・ミュ−ジックだったのですね。 晩年は、ただのソウルミュ−ジックを演奏するのみとなってしまい、聊か残念では在りましたが、それも時代の趨勢というものなのでしょうか。

     スティ−ヴィ−・ワンダ−

モ−タウンのソウルミュ−ジャンから何時の間にかファンキ−・ミュ−ジックの教祖的な存在になり、そしてついには神格化されてしまった盲目のスティ−ヴィ−・ワンダ−。 そんな彼のもっともスリリングで官能的な作品は、ト−キング・ブックからインナ−ヴィジョズを経てファ−スト・フィナ−レへと続く1970年代前半の3部作でしょう。 ト−キングブックの中の名曲、迷信で一躍ロック界でもブレイクし、マイケル・ジャクソンを始めとする後進の多くのミュ−ジシャンに影響を与えたのです。 迷信はス−パ−ギタリスト、ジェフ・ペックやその他の多くのミュ−ジシャンにもカバ−され、ジャズの流れを汲むファンクとも合流していきます。 シンセサイザ−を見事に操ってスティ−ヴィ−・ワンダ−独特の世界を築き上げていました。 当時、シンセサイザ−というとプログレッシヴロックの専売特許だったのですが、マイルス・デイヴィス一派のミュ−ジシャン達とスライ&ファミリ−スト−ンらが意欲的にファンキ−ミュ−ジックにも導入し、それを歌というレベルにまで昇華させたのがスティ−ヴィ−・ワンダ−だったのではないでしょうか。 モ−タウンで培われたソウルのハ−トとファンキ−ミュ−ジックの融合、それがこの時代のスティ−ヴィ−・ワンダ−だったのです。 また、その他に特筆すべきことは彼の音に対するバランス感覚の素晴らしさと驚異的なまでの繊細さ。 彼の歌の中で、ひとつひとつの楽器やその奏でる音色の立体的な配置が限りなく恩深い音楽を創造しているのです。 まるで生きているような音の躍動感。 様々な音たちが彼の一部のように彼の意のままに飛び跳ねていのでした。 そして、この3部作から生まれた名曲は前述の迷信を始め、ユ−・ア−・ザ・サンシャイン・オブ・マイライフ、ハイヤ−・グラウンド、汚れた街、1000億光年の彼方、レゲエ・ウ−マン等全盛時のビ−トルズを髣髴とさせるものがあり、尚それに新しい感覚が加味されていました。 スティ−ヴィ−・ワンダ−の場合は、ファンキ−・ミュ−ジックというよりもその神がかり的な思想の背景まで注目を浴び、単なるミュ−ジシャンという存在だけではなかったような気がします。 何かしら、音楽を使って人々を導いてくれるような崇高な佇まいが感じられました。 音楽の世界の名でも特にこのロックの世界に於いては、神の子などという表現はあまり使われたりはしないのですが、彼スティ−ヴィ−・ワンダ−こそはその言葉が似合う数少ないミュ−ジシャンのひとりでありましょう。 特に私は1970年代の最高傑作という評価をしているシ−クレット・ライフやキ−・オブ・ライフなどは、音楽性というよりもその思想的なコンセプトが重要視されていたと思います。 一時は近寄りがたいような面持ちがあったので、最近のラヴソング路線にはファンならずともホッとしているのではないでしょうか。

 カ−ティス・メイフィ−ルド

少しばかり控え目で大人の落着きがある世界。 カ−ティス・メイフィ−ルドとはそんな優しいイメ−ジを感じさせてくれる数少ないファンキ−ミュ−ジックとソウルのア−ティストなのではないでしょうか。 私は少しばかりくつろぎたい時や疲れたとき等は彼の数枚のアルバムを聴くことにしています。 これが実に良く感性に馴染んで心を活性化してくれるんですね。 プリンスやスライ&ファミリ−スト−ン程の激しい刺激はないにしても、スティ−ヴィ−ワンダ−ほど神々しくもないので、さあ今から聴くぞと妙に構える必要がないのですね。 また、カ−ティス・メイフィ−ルドはTPOを考えずに聴ける数少ないア−ティストの一人でもあるのです。 もともとソウルミュ−ジックやブル−スというのは黒人の魂の叫びとして生み出された音楽なのですが、黒人社会の地位が向上していく歴史的な変遷の中で本来の目的から時代に即した音楽へと進化をしていったのでした。 そんな中でモ−タウンの一連の素晴らしいア−ティスト達によるヒット曲やフィラディルフィア・ミュ−ジックの台頭はファンクミュ−ジックやソウルの新しい夜明けを告げることになったのです。 さて、前置きが随分と長くなってしまいましたが、カ−ティス・メイフィ−ルドは本来のファンキ−ミュ−ジックの持つ躍動感や情熱を内包しながら、その一方で優しきソウルミュ−ジックを聴かせてくれるという芸当を披露してくれました。 程よいといったような曖昧な表現も彼には許されるのではないでしょうか。 アイザック・ヘイズと較べても明らかに洗練されすぎている感は否めないのですが、それ自体は彼の音楽の質を損なうものではないのです。 一般的に彼の最高傑作は1973年のバック・トゥ・ザ・ワ−ルドやス−パ−フライだと言われていますが、私は1976年作のギブ、ゲット、テイク・アンド・ハヴも枯れた佇まいと淑やかな雰囲気があって非常に良いと思います。 求めに応じてくれる優しさはやはり大人にならないと解からないでしょうね。





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