A・O・Rのささやき

1・ ニック・デ・カロ
2・ マイケル・フランクス
3・ ネッド・ドヒニ−
4・ ボズ・スキャッグス
5・ ホ−ル&オ−ツ
6・ フォト・メ−カ−
7・ ウィルソン・ブラザ−ス
8・ レオ・セイヤ−
9・ アンドリュ−・ゴ−ルド 
以下近日登場
10・ アレッシ−
11・ ランディ・ヴァンウォ−マ−
12・ プレイヤ−
13・ サンフォ−ド・タウンジェントバンド
14・ コリン・ブラッドスト−ン
15・ サッド・カフェ
16・ クリス・レア


 イタリアン・グラフィティ /  ニック・デ・カロ

言わずと知れたAORを世に知らしめるきっかけとなった超名盤。 このアルバムがヒットした頃にはまだAORという言葉は生まれていなかったのですが、AORの発祥はこのアルバムからというのが定説です。 ここからスタ−トしたAORは、その後ボズ・スキャッグスやマイケル・フランクス、それにネッド・ドヒニ−等に受け継がれ一大ジャンルを形成するに至ります。 その意味でニック・デ・カロの果した役割は極めて絶大なものであったといわざるを得ないでしょう。 また、下積みの仕事が多かったスタジオ・ミュ−ジシャンにも、スポットライトが当てられたという意味でも評価されるべきでしょう。 ジャマイカの月の下でを聴き返すといつも甘く切ない気持ちにさせられます。 ニック・デ・カロに関する詳しい解説はこちらへ

  スリ−ピング・ジプシ− /  マイケル・フランクス

こちらもニック・デ・カロのジャマイカの月の下でに負けぬ名曲、アントニオの歌で華々しく登場したマイケル・フランクス。 メロウな旋律とジャ−ジ−な雰囲気は、当時の都会的なサウンドの代表格でありました。 ジャズのエッセンスがこんなにも心地よいとは知らなかった人々に新たな世界を教えてくれたのです。 まあ、大人になったらこんな音楽に囲まれて暮らしてみたいと、夢を見せてくれた功績は大きいでしょう。 AORを語るときに無くてはならないアルバムだと思います。 その後の活躍が尻すぼみになってしまったことが聊か残念ですね。   マイケル・フランクスに関する詳しい解説はこちらへ

 ハ−ドキャンディ− /  ネッド・ドヒニ−

カリフォルニアの蒼い空、弾ける水しぶき、そして屈託の無い明るい笑顔。 当時の限りなく夢に満ちた幻想の時代を象徴するようなモシャ・ブラカの素晴らしいジャケットです。 このジャケット写真はホズ・スキャッグスのシルク・ディグリ−ズとん並んで、おそらくはモシャ・ブラカの最高傑作に数えられるでしょう。 AORシ−ンを語るときには彼の写真を無視して通る訳には行かないと思います。 肝心の音の方はというと、これまたジャケット写真に負けないくらいの素晴らしいものでした。 全曲捨て曲なしの完成度の高さ、そして、カリフォルニアの明るさを全て閉じ込めたような爽やかさ。 2曲目の恋におちたら等はその典型でしょう。 ただ、随所に感じられるのはジャズフレイバ−にしても、ク−ルなポッブスにしてもキチッとしたグル−ヴ感とアコ−スティックな落着きを持たせていることです。 このことが、単なるAORで終わらせない独特な質感を感じてしまいます。 幻想とは知りつつも、優雅な旋律に誘われて暫しの夢に溺れてしまいそうなのです。 彼の歌は多くの人の優越感と憧れを擽ってくれました。 感性の時代とか呼ばれもしましたが、それはそれで良かったのだと思います。 こうなってくると、ネッド・ドヒニ−の甘すぎるヴォ−カルも見事に嵌ってしまうから不思議なものですね。 いかにも育ちのよさそうなおぼっちゃまといった感が否めないネッド・ドヒニ−なのですが、事実大富豪の息子であるらしく、その事が彼の作風に微妙な影響を及ぼしたことも確かでしょう。 当時、流行の兆しを見せ始めていたAORの波に乗って、イメ−ジ先行のプロモ−ションを展開されたわけですが、その事自体は彼にとってかなり不本意であったようです。 彼としてはちゃんと音楽で勝負がしたいという気持ちだったのですね。 イ−グルスのグレン・フライ、ドン・ヘンリ−、ソロとして活躍を始めたリンダ・ロンシュタット等の、アサイラムの仲間達も応援に駆けつけているのですから当然のことだったと思われます。 また、私の大好きなアヴェレ−ジ・ホワイト・バンドのハミッシュ・スチュワ−トとの親交も深く、アルバムきっての名曲ア・ラヴ・オブ・ユア・オウンはそんな2人の共作でした。

 シルク・ディグリ−ズ /  ボズ・スキャッグス

時は流れても鮮烈に焼き付けられた想い出は決して風化しないもの。 人によってはそれが放浪の旅であったり、若き日の恋であったり、友と過した日々であったりする訳ですが、私にとってはボズ・スキャッグスとの出会いもそのようなものでした。 1976年という年は、ロックが成熟しきってしまって目標を失ったような状況の年だったのです。 ロックミュ−ジックがついに行き着くところまで行き着いてしまった。 そう、まだあの天才プリンスも登場していなかったし。 客観的に考察すると決してそうではなかっのですが、当時はそういった風潮に支配されていたのです。 そんな中で大人のロックとして、良しにつけ悪しきにつけAORというジャンルが脚光を浴びるようになります。 その先駆者はニック・デ・カロなのですが、一躍ポピュラ−なものにまで高めた功績はボズ・スキャッグスでしょうね。 そして、そんなボズ・スキャッグスこのアルバム、シルク・ディグリ−ズは、AORの中でも名盤中の名盤として永きに人々に渡り愛され続けています。 元々彼はスティ−ヴ・ミラ−・バンドの出身なのでリズム・アンド・ブル−スの感覚にも定評がありました。 そのスティ−ヴ・ミラ−・バンドから脱退して数年後、彼は鮮烈な印象を振りまいて人々の心を捕らえてしまったのです。 それは1976年の事。 やはり、これなくしてAORは語れないといったように誰もが認める名作ですよね。 ソウルティスト満点の洒落た音楽と限りなくソフィティケ−トされた旋律に、ホズの実に個性的なヴォ−カルが見事に溶け合って贅沢な時間を演出してくれます。 少しだけ落ち着いて時間を過す時に無くてはならない音楽ですね。 1曲目の何て言えばいいんだろう、からしなやかなソウルミュ−ジックとポップスの世界にグイグイと引き込まれて、実に心地よい瞬間の連続でした。 そういえば、1960年代にモ−タウンミュ−ジックが一世を風靡したような状況と似ているのかもしれません。 続くジョ−ジアの軽快なグル−ヴ感の素晴らしい事。 また、レス・デュ−クのスライドギタ−が輝いているジャンプストリ−トに、7曲目のすべては終わりの爽やかさといったらもう凄い。 極めつけは、港の灯りとウィ・ア−・オ−ル・アロ−ンの溜息の出るようなバラ−ドの素晴らしさ。 涙が出そうな音楽とはこういう音楽の事を言うのです。 残念ながらボズ・スキャッグスはこの作品以降は尻すぼみ状態に陥ってしまうのですが、そんな状況が気にならないほどの名作でした。 音楽が好きな人であれば是非とも一度は耳にして欲しい作品ですね。

  アバンダント・ランチョネット /  ダリル・ホ−ル&ジョン・オ−ツ

白人とは思えないような実に腰のあるヴォ−カルと洗練されたソウル・ミュ−ジック。 そんな素晴らしい贈り物を届けてくれたのがダリル・ホ−ル&ジョン・オ−ツでした。 彼らは、フィラデルフィア・ソウルのように都会的過ぎず、それでいて爽やかなハ−トはあるといったようないい事尽くめのお二人さんなのです。 私の1番のお気に入りはこのアバンダンド・ランチョネット。 初めて出会ったときに、白人のデュオがここまで感性豊かなソウル・ミュ−ジックを演奏できるんだって随分と感心したものです。 一般的に彼らの黄金時代と呼ばれているのは、アトランティック時代とRCA前期と中期くらいまででしょう。 特にアトランティック時代とRCA前期には数々の名作を残してくれています。 勿論、ご存知のようにヒット曲を連発し大ブレイクするのはRCA中期なのですが、私は人に聞かれたらアバンダンド・ランチョネット時代が最高だと応えます。 特にラスヴェガス・タ−ンアラウンドの素晴らしさは特筆もの。 この頃のダリル・ホ−ル&ジョン・オ−ツは、ソウルミュ−ジックにアコ-スティックな香りを持ち込んで、新しい感覚のソウルを創り出していました。 そんな新感覚ソウルの魅力が満載されていたのがラスヴェガス・タ−ンアラウンドだったのです。 ぞくぞくするようなハ−モニ−と軽快な旋律。 こんなにも洗練された感性はそうザラには見当たりません。 演奏はカチッとしたソウル・ミュ−ジックなのに、その爽やかさは静かな朝の緩やかな光のようでした。 やはり朝早く起きて聞いて欲しい1曲ですね。 また、ハド・アイ・ノウ・ユ−・ベタ−・ザンもグル−ヴ感溢れる名曲。 コ−ラスの掛け合いが何ともカッコヨイなあ。 同じアトランティック時代の、トッド・ラングレンがプロデュ−スしたウォ−・ベィビ−ズも傑作と呼ばれていますが、やはりこちらの方が最高でしょう。 また、デビュ−・アルバムはあのアリフ・マ−ディンがプロデュ−スしておりました。 RCA前期と中期はもう皆さんご存知だと思うのでここでは省略させていただきます。

 フォトメ−カ−

饒舌なポップミュ−ジックとはフォトメ−カ−の創り出す音楽のことを指すのかもしれません。 ラスカルズで都会的なセンス溢れるロックを奏でていたジ−ン・コ−ニッシュとジノ・ヴァネリが中心となって結成したグル−プで、ラズベリ−ズのウォ−リ−・ブライソンも参加していました。 しなやかで大人びた感覚と爽やかなポップさが程よくブレンドされて、最高のAORミュ−ジックを聴かせてくれていたと思います。 それも特別に仕立て上げられたように光沢があったのです。 ラスカルズやフィフィス・アヴェニュ−・バンドのようなジャズのフレ−バ−と、東海岸の一連の音に包まれてニュ−ヨ−クの街に良く似合っていた旋律だったのではないでしょうか。  フォトメ−カ−に関する詳しい解説はこちらへ

  ウィルソン・ブラザ−ス

レコ−ドの音というのはCDに較べて遥かに情感に溢れているし優れていると、21世紀になった今でも真面目に思っているのですが、ただひとつ欠点があるとすれば寄る年波には勝てないということ。 なんせレコ−ドの場合物理的に磨り減っていくのが目に見えているので何とも切ないですね。 傷にも弱いし。 というわけで大事なアルバムはCDとレコ−ド双方で持つようにしております。 ところが、まだCD化されていない名盤が数多くあるんですよね。 そして、巷では長い間CDを待望されながら、なかなか実現しなかったのがこのウィルソン・ブラザ−スの最初にして最後のアルバム、アナザ−ナイトでした。 なんとも哀願に近いほどの熱意に絆されて、レコ−ド会社が重い腰を上げたのがやっと21世紀になってから。 何とも永かった春ですよね。 しかしながら、めでたしめでたしという訳で、このスティ−ヴとケリ−の2人からなるウィルソン・ブラザ−スは、実に完璧に近いほどの内容でアルバムを創り上げていました。 クロスオ−バ−のツボを心得た上品な旋律、ゲストで参加したスティ−ヴ・ルカサ−のしなやかで情熱的なギタ−、そしてダイナミックなリズムと爽快な音が見事に調和された曲。 どれをとっても一級品の大名盤でした。 AORというジャンルを抜きにしても、ロックファンであるならばぜひとも聴いて欲しい1枚ですね。 私の古くからの友人でAOR等には見向きもしなかった大ブル−ス狂の彼が、一発で気に入ってしまったのですから押して図るべしといったところでしょうか。 スティ−ヴ・ルカサ−もTOTOでプレイする時とは打って変わって、実に押さえ気味のいい味を出しているのです。 時として官能的過ぎるほど大人のギタ−フレ−ズは、久しぶりにゾクゾクさせられました。 彼の場合、このように何のギミックもなく落ち着いてプレイした時の方がいいのではないでしょうか。 ホリ−ズのアナザ−ナイトやトット゜・ラングレンの名曲、キャン・ウィ・スティル・ビ−・フレンド等の選曲も実によかったですね。 時は流れても色褪せる事無く輝いている稀代の名盤といっても良いでしょう。

 レオ・セイヤ−

日本でも大ヒット星影のバラ−ドやAORの名曲はるかなる想い等の印象が強いのですが、もともとはスリ−ドッグナイトも取り上げたワン・マン・バンドやショ−・マスト・ゴ−・オンのように、哀愁を帯びながら心の内部を切り取っていくシンガ−ソングライタ−としての姿が彼の原点でしょう。 また、彼の生み出すメロディ−はどの歌を取り上げても流れるように素晴らしく、ポ−ルマッカ−トニ−に匹敵するくらいの才能を持っていたと思います。 歌声は顔に似合わずハスキ−でしたね。 レオ・セイヤ−の場合人間の哀しさや運命を客観的に淡々と歌うことにより、より一層その切なさを募らせていました。 また彼の歌には独特な個性があり、他のシンガ−・ソング・ライタ−と較べても独自な世界を築いていたと思います。 英国風な拘りがあったとでもいいましょうか。 シニカルに人間と対峙する面もあって、アメリカのシンガ−・ソング・ライタ−達とは決定的に違っていました。 デビュ−当時は殆どがマイナ−な曲調であった彼も、グラミ−賞に輝いたファンキ−な恋の魔法使い辺りから、AORのミュ−ジシャンと捕らえられる事が多くなったと思います。 何処となくフィラディルフィア・ソウルに共通するようなメロディ−ラインもそう感じさせたのでしょう。 確かに一時の暗さや悪戯な眼差しは陰を潜めたのですが、歌詞の中には彼らしいシニカルさが息づいていましたね。 孤独というテ−マが彼のフィ−ルドだったのです。 ですから、甲斐バンドも好んで取り上げていたワン・マン・バンド( 吟遊詩人の歌 )のような世界が彼の真実の姿だと思います。







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