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1・レッドツェッペリン
2・ジェフベックグル−プ
3・ディ−プパ−プル
4・ザ.フ−
5・フェイセス
6・ハンブルパイ
7・エリックバ−トン
8・テン・イヤ−ズ・アフタ−
9・フリ−
10・ブラックサバス
11・ナザレス
12・UFO
13・シン・リジ−
14・ファミリ−
私にとってのブリティッシュハ−ドロックとの出会いは、ほとんどの人がそうであるようにやはりレッドツェッペリンからです。
ファ−ストアルバムから、セカンドへと時代を切り裂いた鮮烈かつ斬新な音の洪水に参ってしまいました。これは違うぞと、同時代のどのバンドよりも数年は先を進んでいた、音作りの緻密さと先見性。どれを取っても他のバンドより遥かに抜きん出ていましたよね。当時のロック界と言うのは、凄まじいエネルギ−で細胞分裂を繰り返しているアメ−バようなもので、次から次へと新しいコンセプトのバンドや斬新なジャンルが誕生しておりました。 つまり、今までビ−トルズやスト−ンズ等によって培われてきたものが突然花開いたような、正に百花繚乱のそのものだったのです。そんな中で、大きな二つの勢力として純粋に音楽や技術を追求していく芸術派タイプと、音楽を自らの思想の表現として社会的批判やベトナム戦争等に対する批判の手段としての展開していた社会派タイプに分類されると思います。多くの場合ブリティッシュハ−ドロックの面々は圧倒的に前者に属していましたし、当然ながらアメリカのバンドの多くは後者に属していた訳です。 あの時代の置かれた立場を考えれば至極当然のことなんでしょうが、ここでのバックグラウンドの違いがその後の両者の進化に大きな影響を与えてしまったのです。ブリティッシュロッカ−達はどんと゜ん内面の世界へと突き進み始め、ハ−ドロックやプロク゜レッシヴロックにおいて独自の世界を形成し展開して行った訳です。一方アメリカにおいてはベトナム戦争の終結を迎えるまでは一部のバンド( ドア−ズ等の )を除けば音楽的に目を見張るような展開や衝撃的なものはなく、極めてシンプルな表現に終始していました。
レッドツェッペリン
そういった時代背景の影響を受けながら、レッドツェッペリンはブリティッシュハ−ドロックの王道を走り続けて行ったのです
今、彼らのファ−ストアルバムや、セカンドアルバムを聞き直してみてももなんの遜色もない完成度の高さとアイデアの凄さ、思えばここから黄金のブリティッシュハ−ドロックの夜明けが始まったと言っても過言ではないでしょう。ジミ−ペイジと言う人は非常に頭のいい人で、その時代を先取りする能力は他のついづいを許さない程のものでしたが、其れに加え商売が上手かったんだこの人。 ロッカ−やってなかったらきっと大阪商人になっていたでありましょうね。他の同世代のイギリスのバンド達がブル−スの呪縛から逃れられなかったのに対し、彼とツェッペリンの場合はいとも容易くブル−スを一度ぐちゃぐちゃに分解し、そこからまた新しいロックを構築し直すと言う離れ技をやってのけたのです。ですから、ベ−スは確かにブル−スなんだけど一体何なんだこれは、という独自の世界を作り上げる事に成功したんですね。もちろんヤ−ド・バ−ズ時代においてある程度のコンセプトは確立されており、そのアイディアをもとにツェッペリンという巨大な飛行船を離陸させたのです。かってジェフ・ベックが開発したフィ−ド・バック奏法を見事にパクッて単純ながら電気的に増幅、処理されたギタ−リフと驚異的なテクニックをいとも容易く披露してくれる姿にはゾクゾクするほど痺れてしまいました。それとジョン・ボ−ナムを始めとする個々の演奏力の高さは比類まれなきと言ったら一寸いいすぎでしょうか。でも、其れくらい凄かった。後商売上手なジミ−さんとこれだけそろえば売れるでしょう。 まっ、冗談はさておきハ−ドな曲とハ−ドな曲の合間に初めてアコ−スティクな曲を入れ込むという意外な( 当時としては
)展開を作り上げたのも彼らでしたね。ロック至上に残る大傑作 天国への階段への布石もすでにファ−ストアルバムに於いて打たれていたのです。美しすぎるという言葉では表現できないほど、審美で壮大なこの作品は時代の流れを変えてしまうほどの聖域を持ち、ロックがその世界における最高の到達点に辿り着いた証でもありました。正に彼等は天国への階段をのぼりつめてしまったのです。後年はハ−ドロックというよりもどちらかと言えばプログレッシヴ・ロックにさえ近いような独自の作品を生み出して、恒に進みつづける巨大な飛行船となってしまいました。それは、もはやロックというジャンルでは収まりきれないほど先進的であり、グル−ヴ感、アンサンブル、テクニックとどれを取っても神がかり的な作品に仕上がっておりました。そして、究極の作品プレゼンスに於いてその巨大な飛行船は飛び去ってしまいます。キング・クリムゾンがその扉を開いた新しい時代の返答がこのプレゼンスでツェッペリンによって示されたのです。その後、ロックはここまで進化しまったら何処へ行けば良いのかと試行錯誤を始めて、パンク・ロックというアンチテ−ゼを生み出すに至ります。そして、ロックのその後の不遇な時代はいまさら語ることもないでしょう。若いリスナ−の皆さんとりあえずは、レッドツェッペリンのファ−ストとセカンドをじっくり聞き込んで見て下さい。そこから、すべてが始まったときっとお分かりいただけると思います。
レッドツェッペリンのアルバム紹介はこちらへ ![]()
ジェフベックグル−プ
ジェフベックは第1期ジェフベックグル−プ解散後、当時親交の会ったヴァニラファッジのティム・ボガ−ドとカ−マイン・アピスとともにス−パ−グル−プを結成する構想をもっており、事実結成直前にまでこぎつけたのですが不幸にもジェフベックの交通事故によってお流れに成ってしまいました。大体ジェフベックという人はついてない人でヤ−ドバ−ズ時代もエリッククラプトンの脇で影が薄かったし、満を持して結成したス−パ−スタ−揃いの第1期ジェフベックグル−プも、ジミ−ペイジがヤ−ドバ−ズからそのまま結成したレッドツェッペリン等と比べると人気の面でも今ひとつといった状態だったですからね。第1期ジェフベックグル−プは、ギタ−にジェフベック、ヴォ−カルがロッドスチュワ−ト、ベ−スがロンウッド、それにキ−ボ−ドにニッキ−ホプキンスと実にそうそうたるメンバ−だった訳ですから成功しなかったのが不思議でなりません。と言う事で夢破れたジェフベックは第2期ジェフベックグル−プを結成する事になったのです。 ジェフベックにしてみれば多分ティム・ボガ−ドとカ−マイン・アピスとのグル−プを作るまでのつなぎの意味ぐらいに考えていたのかもしれませんが、どうして、どうして
無茶苦茶素晴らしい2枚のアルバムを届けてくれました。 1枚目がラフ・アンド・レディ、そして2枚目が通称オレンジアルバムと呼んでいるジェフベックグル−プ、どちらも完璧にブラックミュ−ジックを消化した名作に仕上がっていて、メンバ−相互のアンサンブルやテクニックも見事に凝縮されておりました。 そして、ドラムのコ−ジ−・パウエルもここからその輝かしい経歴をスタ−トさせたのです。 ラフ・アンド・レディとジェフベックグル−プの2枚のアルバムがこれほどまでの傑作に仕上がるとは本人も考えていなかったのではないでしょうか。と言ったら失礼になるかな。その1曲1曲が実にソウルフルであり、時に激しく、また時には洗練されたギタ−ワ−クにタイトなリズム陣が絡まって、ファンキ−でカッコイイロックが演奏されていました。考えてみるとこの当時で一番進んだロックを演っていたのかもしれませんね。 ハ−ドロック全盛のブリティシュロック界に於いて、まったく違った大人のロックを粋に展開してくれたのです。この時のコンセプトが後にソロとなってからのクロスオ−バ−音楽のヒントになったのでしょう皮肉な事に本人が結成を待望していたベック・ボガ−ド・アンド・アピスが、その後発表したアルバムよりもこちらの方がはるかにレベルが高かったと私には思えるのですが。
ディ−プパ−プル
ツェッペリンと双璧をなしたのがディ−プパ−プルでしょうか。 私自身はインロックは非常に好きだったのですが、マシ−ンヘッドの頃から微妙なズレを感じていましたので、マシ−ンヘッド以降の日本での爆発的な人気は驚きでした。もちろん、その後もライヴ・イン・ジャパンなどの傑作アルバムを発表してくれたのですが。インロックでハ−ドロックの世界にドラマティックなアンサンブルを取り入れて1つの頂点を極めた後、なぜかファイヤ−ボ−ルでは考え過ぎたのではと思わせるほど行き詰まった感を受けました。もちろん、ストレンジウ−マン等のディ−プパ−プルの曲の中では3本の指に入ると思われる名曲もあるにはあったのですが、で、この辺の曖昧な迷いがその後のマシ−ンヘッドへと続いたのではないでしょうか。彼らがイン・ロックにおいて築き上げた世界は当時のハ−ドロックが進むべき方向性を見事に示してくれて、なおかつ凄まじいばかりのテクニック至上主義の時代の到来さえも告げていました。そのキ−ポイントとなっていたのがキ−ボ−ドのジョン・ロ−ドだったのではないでしょうか。クラクックとロックの接点を彼が担いディ−プパ−プルの独自性を構築して展開していたのです。何を言うかと、マシ−ンヘッドこそディ−プパ−プルの最高傑作、ハイウェイスタ−やスモ−ク・オン・ザ・ウォ−タ−など代表曲も目白押し、これこそディ−プパ−プルじゃないかとお思いの方も多いことでしょう。確かに、このアルバムで商業的にも大成功を納め、その後の人気たるや凄まじいものがあったのも事実です。しかしながら、インロックで登りつめた後、試行錯誤しながらもただ安易にハ−ドな方向へと走ったのではないのかなと、穿った見方をしてしまうんですね。どちらかと言えば私、天邪鬼な方なのでそんな風に思ってしまうのかもしれません。もちろん、彼らが水準を遥かに越えた能力のバンドであったための、贅沢な思い入れなのですが。其れは多分ジミ−ペイジとリッチ−ブラックモアというギタリストの根本的な音楽との接点の相違の反映だと思われます。上昇志向が強く時代の読み方の上手かった天才ジミ−・ペイジに対しリッチ−ブラックモアは作品の質そのものよりもライヴやギタ−プレイにおける完成度に拘っていたのではないでしょうか。イギリスのバンドというのは不思議なもので、同じブル−スに根ざしていてもアメリカのバンドとはまったく異質ですよね。土壌の違いといってしまえばそれまでですけど、根底に流れるクラシックな環境と歴史の違いなんでしょうか。そういえば、ディ−プパ−プルにしても初期の頃は非常にクラシックの影響を受けてましたっけ。
ザ.フ−
それと、忘れてならないのがザ.フ−ですね。 ツェッペリンと同時期にやはりツェッペリンと同じような進歩的かつ斬新なコンセプトを持ち合わせ、それをツェッペリンとは違った形で見事に表現しきっていたと思います。もともとは、モッズバンドだった彼らはライブパフォ−マンスでも名をはせ、ワイルドな演奏とク−ルな先見性を持ちあわせた正にブリティッシュハ−ドロックらしいバンドだったですね。特にライヴにおいては数々の伝説を創り上げ、そのワイルドな演奏は当時のロックシ−ンの代名詞でもあり、ある意味ではモッズの若者達に一番持て囃されたバンドであったと思います。スト−ンズにも通じるストレ−トでハ−ドなロックンロ−ルはフ−の真骨頂であり、そこがフ−の原点でもあった訳ですが、それのみならずトミ−で展開していった斬新なアイデアとト−タル性を重視したアルバム構成が示すように、俺たちはただのロックバンドとはちょっと違うよと言ってるようですね。思えばこのトミ−は当時はロック・オペラと呼ばれて、フラワ−ム−ブメントやサイケデリックの持て囃されていたシ−ンの中でも一際輝いておりました。アルバム一枚をト−タルに表現するという点においてはすでにビ−トルズに先を越されていましたが、よりドラマチックにまるでミュ−ジカルの如く構成を創り上げる技術は、右に出るものがいないくらいに彼らの真骨頂でありましたね。このコンセプトはその後四重人格において見事に実を結ぶことになります。彼らもまた、ツェッペリン同様ブル−スやビ−トに拘ることなく恒に進歩的で柔軟な姿勢を持ち合わせておりました。特に、フ−ズネクストにおけるシンセサイザ−の導入と斬新な使い方は見事の一言です。 ババオライリ−の一度聴いたら忘れられないリズムを刻んでいくシンセサイザ−のイントロにはぶっ飛んだものです。私などはフ−ズネクストこそザ・フ−の最高傑作だと言ってはばからないのですが、そうお思いの方も沢山いらっしゃると自負しております。このアルバムにはザ・フ−のワイルドなロック魂や、緻密で優れた作曲能力や、先進的な姿勢などのすべてが凝縮されているといえるでしょうね。その後四重人格のような大作を発表したかと思うと、バイナンバ−ズみたいなア−シ−で小粋なアルバムを発表したりと少々これまたフ−らしいといえばフ−らしい移り気で好奇心旺盛なところを見せまくっていました。そして、晩年はというと職人気質を地でいくような佳作を次々と送り出してくれて、古くからのファンを喜ばせてくれましたよねですから、ツェッペリンを長男だとすると、ザ・フ−はきかんぼうで自由奔放な三男のような気がしますね。惜しむらくはスト−ンズと同じように息の長い活動を期待していたのですが、キ−ス・ム−ンの他界により叶わぬ夢となってしまいました。キ−ス・ム−ンよ安らかに。
フェイセス
ロッドスチュワ−トが在籍していたフェイセスも泥臭くてその上ロックンロ−ルしたカッコいいバンドでしたね。スモ−ル・フェセスからのブリティシュ・ブル−スの伝統を受け継いだサウンドにロッド・スチュワ−トのハスキ−な声が見事にはまって当代きってのロックン・ロ−ルバンドが誕生した訳です。そういえばブリティッシュハ−ドロックのバンドの中では一番泥臭くかつ洒落ていて粋なカッコイイロックンロ−ルを聞かせてくれましたね。 どちらかと言えばロッドスチュワ−トとギタ−のロンウッドが目立っていましたが、実質はロニ−レインの渋い感性や土に根ざした旋律の影響が音楽性に反映されていたと思います。彼の好みはアメリカのブル−スを基調にしたア−シ−なサウンドにも通じていたし、また一方ではイギリス伝統のトラディショナルな音楽も追求してましたっけ。その基盤が結実したウ−・ラ・ラは落ち着いたロックン・ロ−ルと土っぽいブル−スを融合させた雰囲気のある世界になっておりましたよね。フロントマンはロッドとロンに任せて後ろの方でしっかりとフェイセスのサウンドをコントロ−ルしていたのではないでしょうか。 そういった泥臭いくらいにル−ズなブル−スをロックンロ−ルに味付けして粋なくらいに楽しく表現していたと思います。まあ、理屈抜きにして心底楽しめるロックン・ロ−ルが一番カッコイイという事を本人達がわかっていただろうし、人が何と言おうと俺達は演り続けるんだよという姿勢が気持ちよかったですね。 この感覚と言うのは意識して作れるものでは決してなくて、イギリスのビ−トグル−プに共通して言える事なのですが、生まれながらにして体に染み付いたロック魂と言うべきセンスなのでしょう。また、キ−ボ−ドのイアン・マクレガンの跳ねるようにロ−ルしたプレイもフェイセスの音作りの一役を担っておりました。全員が酒好きのドリンカ−で日本公演の時は随分と良くも悪くも物議をかもしましたっけ。そういえば、その後当時フリ−に在籍していたヤマウチ・テツを引き抜いてベ−スに据えたのですが、あのフェイセスに日本人プレ−ヤ−が在籍していたなんて同じ日本人として一寸した自慢ではありますね。今は叶わぬ事となってしまいましたが、スト−ンズと並び賞されるほどのパワ−溢れるライヴ・パフォ−マンスを一度だけでも目にしてみたかったですね。もしも、ロン・ウッドがスト−ンズに引き抜かれていなかったら、今ごろもきっとカッコイイロックンロ−ルを聞かせてくれている筈です。
ハンブルパイ
フェイセスはハンブルパイと並んでブル−スとR&Bを上手にブリティシュ風に消化しきった人達だと思います。 どちらかと言えばフェイセスのほうがカントリ−色とロックンロ−ル色が強くて、ハンブルパイはこてこてのR&Bで非常に重かったですね。
また、彼らは1960年代から活躍していた息の長いバンドでもありました。 その独特なブル−スフィ−リングは重厚でありまして、特に、ピ−タ−フランプトンが抜けた後のパイはスティ−ヴマリオットの独壇場でとてもソウルフルでヘヴィ−で黒かったなあ。 その黒さ加減がとてもかっこよくて通好みのするバンドでした。 私なんかは最初は黒人のメンバ−がかなり居ると思ってましたし、ほとんどの曲がR&Bのカバ−じゃないのかと思っていたくらいです。 名曲ブラックコ−ヒ−の黒さ加減といったらもうため息が出ちゃいます。 マイ・フィバリットアルバムはスモ−キンですね。 また、ライヴでも真価を発揮したバンドでありましてフィルモアでのライヴアルバム、ロッキン・ザ・フィルモアは、数多いライヴアルバムの中でも名盤中の名盤でしょう。 名作アルバム、スモ−キンに於いてはコマ−シャリズムを多少意識したのかハ−ドで聞き易い曲やかなりポップでブル−ジィな曲も多くて完成度の非常に高い1枚だったと思います。 1曲目のホット・アンド・ナ−スティのイントロのドラムのカッコよさと言ったらもうフリ−のオ−ル・ライト・ナウに匹敵するほどです。 晩年はビ−トルズのカバ−曲を彼らなりのアレンジでカッコよく演奏していましたっけ。 そして、同じ黒さを追求してもブリティシュブル−スの大御所エリックバ−トンがかなり異なっているのは双方のリズム感の違いからでしょう。 エリックの場合はあくまでも黒人音楽の中でもパ−カッションに非常にこだわり続けた人で、やがてはそれがウォ−へと結実して行く事になります。 ブル−スを題材にしていても彼の世界には卓越した存在感がありました。 ビ−トを強調する事によって違った観点からのブル−スを表現し様としたのでしょう。 またこの人、アニマルズ時代の晩年には非常にソウルフルでポップな作品を立て続けに発表してくれて、ブラックミュ−ジックに新しいジャンルを開拓してくれたかのような気がしたのですが、それ以降尻すぼみになってしまって残念でした。 私としてはあの名作スカイ・パイロットの世界を広げて欲しかったですね。 エリック・バ−トンに関する詳しい解説はこちらへ
また、同じ系統のサヴォイブラウンやチッキンシャンクとも重さが違っていましたね。 そして、このハンブルパイはなぜかビ−トルズの曲を多数カバ−しておりまして、その真相は定かでありませんが私などはそのカバ−曲は大変渋くて好きでした。
テン・イヤ−ズ・アフタ−
徹底的にブル−スに拘ったテン・イヤ−ズ・アフタ−、超人的な名ギタリスト アルヴィン・リ−を配して、あくまでも正統派のブル−スロック後継者として、ブル−スに拘りつづけたバンドでありました。 ツェッペリンのように一度ブル−スを分解してそれから思うままに構築していくのではなく、原曲のイメ−ジを大切にしてテン・イヤ−ズ・アフタ−なりの解釈を付け加えていったのです。 それは、アルヴィン・リ−のブル−スに対する彼なりの敬意のあらわれだったのかもしれません。 それにしても、アルヴィン・リ−の早弾きは凄まじいばかりのテクニックでありました。 多分当時のブル−スギタリストの中でももっとも早かったのではないでしょうか。 エリック・スロ−ハンド・クラプトンの右に出る資格のあるギタリストといえば彼を置いて居なかったでありましょう。 特にアイム・ゴ−イング・ホ−ムのライヴバ−ジョンにおける彼のギタ−は鳥肌がたつほどでありましたね。そのアルヴィン・リ−は後年ブル−ス好きが高じて、様々なアメリカ南部の音楽への傾倒を強めていきます。 ブル−スと南部のア−シ−な音に惹かれ続けてその天才的な才能を開花させたアルヴィン・リ−でしたが、テン・イヤ−ズ・アフタ−解散後の動向が殆ど伝わってこなかったのは、ことブル−スに関しては凄いテクニックの持ち主だっただけに何とも寂しい限りでしたよね。 また、アルバム スペ−ス・イン・タイムからはアコ−スティックな面も見せてくれましたし、少しづつブル−スの呪縛から逃れていこうとするような姿勢も見え隠れしていたのですが、やはり、ブル−スの申し子そう簡単には吹っ切れなかったはずです。 時代はロックが巨大な産業へと登りつめて行っていた時であり、商業的な成功を手に入れることと自分の好きな音楽を貫く事へのジレンマが彼を苦しめたのではないのかなと思ってしまいます。 21世紀に入った今、もう一度あの凄いブル−スギタ−を聴いてみたいと思うのは私だけでしょうか。 アルヴィン・リ−、カムバック。
フリ−
フリ−もハンブル・パイに似たようなブル−ジ−でソウルフルな雰囲気を持つバンドでしたね。 確か70年代の初頭にもっとも早く来日してくれたブリティシュバンドじゃなかったかな。 まだ、ロックという言葉さえ一般的でなかった時代のことです。 こちらも全員が若いわりには非常にブル−ス・フィ−リングを持っていて、とてもテクニックもあり上手い人達でした。 フリ−ライブというライブアルバムはロックファンにとって今でも伝説のアルバムです。 ドラムの無造作とも思えるあのドッタン、バッタンといったリズムが、一度はまってしまうと何ともカッコよく、それに絡むベ−スも渋くぶっ飛んでいてまるでジャズに通じるようなテクニックを持っておりました。 若い割には驚くほど高水準な演奏をこなしていたと思います。 代表作はハイウェイとファイヤ−・アンド・ウォ−タ−、それにこのライヴアルバムでしょう。 また、オ−ルライトナウのあのイントロは数あるロックミュ−ジックの中でも最高のイントロではないかと思いますし、今でもこの部分を聞くとゾクゾクしてしまいますね。 フリ−の醸し出すあのブル−スの独特の間は何とも言えないほどかっこよかったですよね。 間と間のあいだに彼らの魂が炸裂していました。 その上ドラムとベ−スがとてもタイトで、非常に正確なリズムを刻むので演奏が締まっていたのです。 もちろん、ポ−ルロジャ−スの歌唱力も郡を抜いていて、まるで何10年もブル−スを歌い続けてきたかのような豊かな表現力とソウルフルなハ−ト。 私などは若いのに良くもまあんなに渋く歌えるもんだと感心しておりました。 彼のポリシ−そのものがフリ−であったと言っても過言ではないでしょう。 後年は日本が誇るベ−シスト山内テツも加入しました。 その後、彼はフェイセスへとランクアップして行くことになります。 ヴォ−カルのポ−ルロジャ−スが後にバッドカンパニ−を結成したのは皆さんご存知のところですね。 また、後年ソロヴォ−カリストとして大成するロバ−トパ−マ−はヴィネガ−ジョ−というバンドに在籍していました。
ブラックサバス
違った意味で黒かったブラックサバス、シングルヒットしたパラノイドは今でも歴史に残る名曲ですよね。 デビュ−当初は単純なハ−ドロックバンドだったと思ってましたが、何時の間にか黒魔術のイメ−ジを前面に打ち出すようになった頃からへヴィ-な音へと転換していき、ある意味ではもっともイギリス的なグル−プであったのかもしれません。 しかしながら、多くのブリティッシュバンドがブル−スの影響を少なからず受けていたのに対し、ブラックサバスの場合は当初から違ったスタンスを持っていました。 また、デビュ−アルバムのジャケットをあのキ−フが担当しており、ヴァ−ティゴ・レ−ベルもかなり力を入れていたことが伺えます。 まさに彼らの音にピッタリのア−ティストではないでしょうか。その戦略的なイメ−ジとは裏腹に音作りはヘヴィ−ながらも非常にタイトであり、アコ−スティクな部分との対比もよく考えられていましたっけ。 また時として見せる静寂な世界は、彼らの独特なコンセプトを際立たせるのに充分でした。 私は英語の歌詞がよく解からなかったので、音のイメ−ジが先行してしまいただ単純にカッコイイなと思っておりましたね。ヴォ−カルのオジ−オズボ−ンとトニ−アイオミの独特なギタ−リフは後続のバンドにも多大な影響を与えたといえるのではないでしょうか。
ナザレス ・ UFO ・ シン・リジ−
さっそうと登場して話題になった軽快でドライブ感のあるナザレス、哀愁のあるギタ−とそのメロディ−ラインは日本でも多くのファンを生みました。また、新人バンドらしい初々しさが妙に印象に残っていますね。ブロ−クン・タ゜ウン・エンジェルでの泣きのギタ−イントロは彼らを象徴していました。 この辺の哀愁感というのはブリティッシュロック独自のものですね。 また、マイケルシェンカ−の在籍していた生きのいいUFO、日本での最初のヒットとなったカモン・エブリバディはツェッペリン張りのカッコイイロックンロ−ルでありまして彼らの正当な継承者になり得るのかなと思ってましたが、それから暫くは泣かず飛ばずの状態が続きファンをやきもきさせました。 しかし、名作アルバム 現象 で見事復活してからは正統派ブリティシュロックの旗手としてがんばってくれましたっけ。 ヒプノシスのジャケットも見事にマッチしてました。 やはり、イメ−ジというのは大事ですよね。 マイケル・シェンカ−の実力がいかんなく発揮されたドクタ−ドクタ−やロックボトムはカッコイイの一言。 彼の天才的なギタ−リフは何度聞いてもゾクゾクします。 ブリティシュロックギタリストの御三家を引き継ぐのはまさに彼を置いて他ならないでしょう。 また、タイトな演奏ということで言えばアイルランド出身ではありますが、シン・リジ−もいいバンドでした。シンプルなサウンドと見事なアンサンブル、それに疾走感。 ギタ−のリフもカッコイイ。 それは技術的な水準の高さを物語るものであり、イギリスでの人気の高さを裏付けるものでしょう。 アルバムブラックロ−ズからシングルカットされたアリバイは日本でも大ヒットしました。
ファミリ−
最後になりますが、30年の時を経て今年になって始めて聞いたファミリ−。 当時、日本ではほとんど話題にも上らず忘れ去られていましたが、こんなにカッコイイ人達がいたなんて。 日本でのプロモ−ションの仕方にも問題があったのでしょう。
本国イギリスに於いてはアルバムもかなりの枚数をリリ−スしていました。 正に、ブリティシュなロックバンドでありまして、雰囲気としてはデビュ−当時のツェッペリンとジェスロタルを併せたような特徴があり、複雑かつ重厚な音をスピ−ディ−に展開していきます。 まさにジェントルなハ−ドロックとはこういう音のことを指すのでしょう。 静寂の中に燃えるような感性があります。 また、アコ−スティックなサウンドの中に無限大の音の広がりを感じさせてくれました。 この感じの音というのは決してイギリス意外では生まれ得ない音ですよね。 なんで、日本で人気が出なかったんでしょうね。 英国の奥行きの深さをづくづく感じ得ずにはいられません。 後年、日本でも立て続けにアルバムが発売されたようですが、その時にはピ−クを過ぎており残念な気がいたします。 大きなレコ−ド店に行くと輸入盤が揃っていると思います。 ぜひ、ご一聴を。
今後の紹介予定 ロリ−・ギャラガ−、ユ−ライア・ヒ−プ、パリス、バッドカンパニ−、等
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