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プログレッシヴロツクについて語ろうとすると、ついつい永い話になってしまいます。
現実が夢なのか、それとも夢が現実に変わって行くのでしょうか。
夢をどういった現象として、あるいは、どういった深層心理として捕らえるかはその人次第なのですが、
少なくともこのプログレッシヴロツクという素晴らしい音楽に隠されているのは、
そういった夏への扉を開く鍵なのだと思います。
オン・ザ・ショア− / トゥリ−ズ
クォ−タ−マス / クォ−タ−マス
オクトパス / ジェントル・ジャイアント
ウマグマ / ピンクフロイド
アトム・ハ−ト・マザ− / ピンクフロイド
おせっかい / ピンクフロイド
狂気 / ピンクフロイド
気違い帽子が笑っている / シド・バレット
ギズモ・ファンタジア / ゴ−ドレィ&クレ−ム
アランパ−ソンズ・プロジェクト
アイ・スタンド・アロ−ン / アル・ク−パ−
恐竜の棲む沼 / ザ・フロック
巡礼の旅 / ウイッシュボ−ン・アッシュ
ア−ガス / ウィッシュボ−ン・アッシュ
オン・ザ・ショア− / トゥリ−ズ
1970年に発売されたトゥリ−ズの名盤中の名盤なのですが、現在では絶望的にも入手困難だと思います。 このプログレッシヴ・ロックとトラディショナル・ミュ−ジックを融合したような旋律は当時としてもかなり斬新なもので、それ故に大衆的な支持は受けられなかったのですが、いま聴き返してみても本当に素晴らしい音の世界です。 清楚で幻想的なメロディ−と透明感溢れる不思議な空気に支配されたこの名盤はヒプノシスのデザインでした。 彼らの音楽は心の深遠へ語りかけてくると思います。 現実からかけ離れていながら現実の裏側を見ているような。 このオン・ザ・ショア−を聴いていると言い知れぬ不安感と爽やかな爽快感、そして情緒が安らぐような錯綜した困惑を伴ってしまいます。 考えてみますとアコ−スティック・プログレの元祖と言えるかもしれませんね。 多分版権はソニ−ミュ−ジックさんにあると思うので何とか再発をお願いしたいですね。 トゥリ−ズに関する詳しい解説はこちらへ
クォ−タ−マス
私達の深層心理には自分で意識できない部分が隠されていると思います。 クォ−タ−マスの斬新な感覚はまさにそんな部分を目覚めさせてくれるような特徴がありました。 彼らの流れるようなアンサンブルが意識の扉を開いてくれるのです。 例えば、キング・クリムゾンのようにデビュ−当時からして自らの意識を明確化できる才能と感性を持ち合わせていればいいのでしょうが、多くの場合試行錯誤を繰り返しながらその到達点を目指しているのではないのでしょうか。 このクォ−タ−マスもデビュ−当時はプログレッシヴロックという看板を背負いながら、自身の位置付けが不安定であり音楽的な方向性で混迷している姿が見て取れました。 但し、テクニックは素晴らしいのひとこと。 1970年という時期は全てのものを成熟させるには早すぎたのでしょう。 ですから、まだ音楽的にもプログレッシヴ黎明期の初々しさを纏っています。 彼らの場合思想の表現というよりもテクニック至上主義に重点を置いて音の世界を創造していたのではないでしょうか。 それを裏付けるように3人のアンサンブルは衝撃的かつ絶妙に絡み合っていました。 また、キ−ボ−ドのピ−タ−・ロビンソンのテクニックと感性は特筆すべきで、シュ−ルな音を発散する彼らのベ−スとなるべきものだと思われます。 基本的にはジャズのインプロヴィゼ−ションに触発されたような曲の展開とイギリスらしい幻想性を織り込んでいて、ブリティッシュ・プログレの王道を行くようなバンドなのですが、まだ方向性の見えない分物足りなさを感じてしまいます。 同じ3人編成ということでEL&Pとよく比較されましたが、クォ−タ−マスの作品は技術の裏付けより感性を刺激するような音になっていました。 それは、まさにジャズのインプロヴィゼ−ションや自由な思想と一致するものなのです。
オクトパス / ジェントル・ジャイアント
深遠の淵から先は二度と戻れない世界。 プログレッシヴ・ロックと関わる事も程ほどにしておかないと、あなた自身帰ることが不可能になってしまうような危険性を孕んでいます。 なんて、一寸驚かすような前振りになっちゃいましたが、実際プログレッシヴ・ロックという世界に入り込んでしまうと、戻りたくないほど魅力的なジャンルであったのも事実です。 変拍子のリズムを見事に融合しかつてなかったような高貴な幻想をみせてくれたのが、このジェントル・ジャイアントでした。 感性を刺激してくれる豊かなハ−モニ−。 そして、意外性の妙味。 驚くほどのテクニックと自由な演奏形態は数あるプログレッシヴ・ロック・バンドの中でもひときわ際立っておりました。 旧態依然とした日常性の打破こそ彼らの思想。 同じような高度な演奏能力を持っていたイエスやEL&Pと較べてもなんら遜色なく、むしろ彼らの饒舌な思想を充分に上まっている感さえあったのです。 ただひとつ彼らより劣っていたことがあるとすれば、それは大衆的なアプロ−チを意識的に行わなかったという点。 確かに一般受けするような旋律とは無縁な存在でしたね。 プログレッシヴ・ロックと大衆への迎合は相反する事なのですが、多くの人に自身の本質を見抜いてもらうには、まずは受け入れられてもらわないといけないからです。 その点に於いてのみ消極的であったということでしょうか。 ジェントル・ジャイアントのわが道を行くが如き音楽活動は、その研ぎ澄まされた世界ゆえに不幸にも商業的な成功からかけ離れていたのです。 彼らジェントル・ジャイアントは表裏一体でありながら、ある意味ではもっとも大衆的なアプロ−チに成功したピンク・フロイドとの対極的な次元に位置していたのかもしれないですね。
ウマグマ / ピンクフロイド
何時か見た風景が白日の下に曝される。 それはもしかすると幻想であったのかもしれないし、夢であったのかもしれない。
遥かなる時の流れにしてもすべての人がリアルタイムを共有出来ているとは限らないのです。 何故なら自分自身の感性がそう感じているだけなのだから。 プログレッシヴ・ロックに求められているのは、そういった曖昧な現実を認識するための魂の触発なのではないでしょうか。 現実感の再認識と夢の探訪。 でも、この世の中全てが夢なのだと思ってしまえば随分と楽になってしまいますよね。 私たちが認識している現実と実際に存在する現実は別のものなのだという、そんな不安を掻き立てる素敵なジャケットはかのヒプノシスのデザインでした。 そもそもヒプノシスが始めてデザインしたロックアルバムがピンクフロイドの神秘でありまして、それ以来ピンクフロイドとア−ト集団ヒプノシスの関係は、思想性のビジュアル化という面に於いて極めて重要な関わりがありました。 大袈裟に言ってしまえばヒプノシスのシュ−ルな感性がピンクフロイドの成功を決定付けたともとれるのです。 1970年代はジャケットの主張ということもかなり重要なコンセプトでしたからね。 さて、まだピンクフロイドの過渡期に於いて創作されたこのウマグマは、彼らの純粋な感性が芽生え、そして感じ取れる極めて初々しいアルバムです。 神秘において彼らの思惑を充分に音の中に構築できなかった焦燥と、神秘を完成させたからこそ見えてきた世界が凝縮されていたと思います。 ピンクフロイド初の2枚組みで当時としては珍しいライヴ録音とスタジオ録音の組み合わせでした。 ライヴ演奏は不可能ではないかと思われていた神秘を見事に演ってのけ、彼らのサウンドワ−クの高度さを世界に見せ付けています。 また、スタジオ録音の方もアヴァンギャルドからシュ−ルレアリスムへと変貌する、ピンクフロイドの静かなる狂気が息づいています。 特にグランチェスタ−の牧場は俊逸でしたね。 考えてみますとある意味ではこの頃のピンクフロイドが一番難解であったのかもしれません。 この後ピンクフロイドは、初めて彼らの進路を決定付けることになる原子・心・母へと向う旅を始める事になります。
アトム・ハ−ト・マザ− / ピンクフロイド
アトム・ハ−ト・マザ−何とも美しくそれでいて心にインパクトを与えるタイトルだったと思います。 原子・心・母とはすべての根源的なものの象徴であるのですが、思考経路を混乱させるようなプログレッシヴロックから、音による思想の構築を目指し始めたピンクフロイドの新しいスタ−トをきる記念碑的な傑作でした。 動から静への移行。 それまでの彼らといえば、ひたすら外的要因に左右されたアヴァンギャルドな音作りだったのですが、このアトム・ハ−ト・マザ−は実にしなやかな旋律に包まれていました。 そう、何度も言うように彼等はついに内面へと向い始めたのです。 そして、ある一線を確実に越えてしまった解放感に満ち溢れていました。 オ−ケストラをバックにして日常的な音を積み重ねる事により、真のシュ−ルレアリズムを形成しようとしたのではないでしょうか。 また、アルバム半分をト−タルな形で創造するという画期的な試みもついに姿を現して、良くも悪くも大作主義と呼ばれたプログレッシヴロックの長大な曲を創る走りのアルバムとなりました。 ピンクフロイドは確実に次なる一歩を踏み出したのです。 ム−グシンセサイザ−やメロトロン等プログレッシヴロックの代名詞となる楽器を世間広めたのも彼らなのですが、ここではエレクトロニクスを駆使した驚愕するような音作りはまったく行われていません。 むしろ非常に贅肉を殺ぎ落としたようなタイトな旋律とごく普通の音響に覆われていました。 もともと彼らの場合はパイプオルガンを始めとする古典的な楽器と、現代楽器との融和とバランスをとる術を心得ていたのですが、その基本的なコンセプトを始めて完成させたのがこのアトム・ハ−ト・マザ−だったと思います。 いわゆる荘厳なオルガンの響き、美しくシュ−ルなスキャット、メロウで淑やかなトレモロを利かせたギタ−とあのスライドギタ−、それにパ−カッションの強調といったその後のピンクフロイド重要なアイテムがこのアトム・ハ−ト・マザ−で完成されたのです。 多分彼らはプログレッシヴロックの創造などはまったく意識していなかったと思います。 彼らが目指していたのは、彼らのコンセプトによって構築した現代音楽だったのではないでしょうか。
おせっかい / ピンクフロイド
ピンクフロイドの数ある名作の中でもマイ・フェイバリット・アルバムはこのおせっかいでした。 プログレッシヴロックファンの殆どの人はアトム・ハ−ト・マザ−や狂気を ピンクフロイドのベストアルバムとして上げるだろうと思いますが、その2つの偉大な作品の谷間に当たる本作こそ、もっともピンクフロイドの本質が現れていたシュ−ルなアルバムだったと思います。
おせっかいに関する詳しい解説はこちらへ
狂気 / ピンクフロイド
アラン・パ−ソンズのプロデュ−スによる狂気は従来のピンクフロイドのコンセプトから踏み出した作品となりました。 いい意味での大衆化を目指したと思われる彼らの意図と、アラン・パ−ソンズの研ぎ澄まされた思惑が一致した結果、当時のロックジャ−ナリズムやロックファンから爆発的な支持を受け、ピンクフロイド史上最大の売上を記録する大ヒットとなったのです。
売れる事がすべてではないのですが、少なくともまだ世界的には認知されていなかったプログレッシヴロックというジャンルを一般大衆に知らしめる事になったのでした。 最初にピンクフロイドのコンセプトから踏み出したという風に書きましたが、それは方法論の問題であって決してコマ−シャリズムに迎合したという事ではありません。 むしろ、一見解かり易く思えることが実は難解で合ったりする事も多いのです。 ウマグマ以降のピンクフロイドはより理論を簡略化して、簡潔に表現する方法をとってきました。 それは、日常性の中にこそ狂気は潜んでいるのだという従来からの彼らなりの主張を裏付けるものであったのです。 ヨ−ロッパで生まれた神秘主義というものは元々は非常に宗教色の強い思想であったのですが、文学や芸術の中にファンタジ−やシュ−ルレアリズム、ダダイズムという特異な分野が派生してからというもの、より大衆化していく過程を取ってきました。 ピンクフロイドも同じような思想的経過を辿りながら彼らなりのプログレッシヴロックを構築し、その表現方法としてもっとも合致していたのが、より普遍的な中での不条理の表現という事になるのではないでしょうか。 言葉を変えれば身近な中での狂気と言う事にもなると思います。 ピンクフロイドが恒に背負ってきた狂気という命題は、天才が故に発狂してしまった初代のリ−ダ−、シド・バレットの存在とけっして無縁ではないでしょう。 それは彼らの次回作、あなたがここにいてほしいで狂気からの束縛に終止符を打ち彼らの思想を完結するまで続くことになります。 私たちがプログレッシヴロックに求めていたのは先進的なものでありながら、実は安定した思想であったのかもしれません。 ピンクフロイドはその矛盾したカタルシスに気が付いていたのでしょう。 何故ならこの名作狂気はそういった状況を表したものだったからです。
気違い帽子が笑っている / シド・バレット
果たして芸術には人生を台無ししてしまうほどの価値があるのでしょうか。 古来より多くの芸術家達はそのジレンマに苦しみながら答えを見出せなかったのです。 ピンク・フロイドの初期のリ−ダ−シド・バレットもまた芸術と自己の欲求との狭間で苦しんだ一人でした。 自らの意識の内側へ入り込んでしまい、ついには戻れなくなってしまった人、それがシド・バレットだったのです。 狂ったダイアモンド、シド・バレットが発狂した原因は未だに謎とされていますが少なくともピンクフロイドの活動がその発端となったことは事実だと思います。 一説にはLSDの服用過多がその原因とも言われていますが、それはきっかけにせよ全てではないでしょう。 現実から逃避。 逃避せざるを得ないほど当時の状況は逼迫していたのでしょうか。 確かにピンク・フロイドがトップバンドへと登りつめる瀬戸際ではあったでしょう。 ア−ノルド・レ−ン、エミリ−はブレイガ−ルとヒットを飛ばしたもののアップルズ・アンド・オレンジズの失敗。 彼の過敏すぎるほどの繊細な神経は、外圧に対応する術も知らず、気が付けば修復できないほど破壊されていたのでしょう。 彼はピンク・フロイドを脱退して2枚のソロ・アルバムを発表します。 この気違い帽子が笑っているはそんな彼のセカンドアルバムでした。 初めて、聴いた時にはあのピンクフロイドのシド・バレットが帰ってきてくれたと思い嬉しくなってしまったのですが、曲が進むにつれ暗雲が立ち込めます。 倒錯したような感覚。 シュ−ルでたおやかで、まるでエミリ−はブレイガ−ルのような歌から、突如として歌がぐちゃぐちゃになってしまうのです。 まるで自らが壊れ行く姿を現したような緊迫感。 最後まで聴きとおす事が切ないほどの不安感に苛まれてしまいます。 彼は、このセカンドアルバムを最後に音楽の現場からは姿を消してしまい、そして伝説だけが残ってしまいました。 暫らくは伝説だけが一人歩きをしたような感もありますが、それだけショッキングであったということでしょう。 しかしながらその幻影は、名作あなたがここにいてほしいまでピンクフロイドの中で生き続けることになります。
ギズモ・ファンタジア / ゴ−ドレィ&クレ−ム
10CCから袂を分かちゴ−ドレィ&クレ−ムとして新たな旅立ちをした彼らの記念すべきデビュ−アルバム、それがこのギズモ・ファンタジアでした。 オリジナル・サウンドトラックやハゥ・ディア・ユ−に於いて斬新な音作りを担当していたのがこのゴ−ドレィ&クレ−ムの御仁で、ポップな役割を担当していたスチュワ−ト&グ−ルドマンと対を成す存在だったと思います。 斬新と探究心と遊び心と心地よさ、それが10CCフレ−バ−でした。 そんな10CCの中のゴ−ドレィ&クレ−ムはビ−トルズにおけるジェフ・エメリックのような存在ではなかったのでしょうか。 この2人は恒に音に対する拘りを感じさせるア−ティストなんです。 ここで展開されているのは、極めて機械的に処理された音の中からメロディ−を構築するという実験的な試みです。 およそ相反するようなロジックを彼らは見事にやってのけたのです。 アナログ盤では3枚組みの大作であったこのギズモ・ファンタジアは、難解でシュ−ルであり、またある意味では非常にポップな作品でもありました。 10CC脱退後にいきなりこんな大作を発表してしまうのですから、当時はかなり驚いた記憶があります。 しかも当時でも稀な3枚組みとして。 しかしながらそれにはちゃんとした訳があって、実はこのアルバム彼ら自身が開発したギズモというマシ−ンを駆使して何処まで音楽として構築できるかを試したかったのだと思います。 それには、大容量の媒体が必要であったと、よって3枚組という枚数が必要であった、と思うのです。 そして、結論から言いますとそれは大成功だったのではないでしょうか。 先程も申しましたように実験的でありながら極めてポップな感覚や旋律を見せています。 10CCの最高傑作であるハゥ・ディア・ユ−辺りの音が好きな人には絶対お薦めのアルバムですね。 緩やかな心地よさと適度な難解さが聴衆のプライドを擽ってくれると思います。 その微妙な部分のツボを心得ているんですよ彼らは。 ここで音作りの成功を納めたゴ−ドレィ&クレ−ムは、その後立て続けに傑作を発表していく事になります。
アランパ−ソンズ・プロジェクト
過去から未来へと続く永劫の時、私たちが感知できるのはほんの一瞬なのではないでしょうか。 アランパ−ソンズ・プロジェクトの音楽に接する時いつも感じてしまうのは、そんな時の流れの切なさです。 どちらかといえば、その職人気質を感じさせるパ−フェクトな音作りと、繊細な部分までの拘りが見え過ぎて近寄りがたかったのですが、テレビのCMで有名になったアイ・イン・ザ・スカイ辺りから一般的になってきたと思います。 もともとはプロデュ−サ−出身なので仕方のない事なのでしょうが、いかにも英国的ではあります。 そんな、プロデュ−サ−としての出世作となったピンク・フロイドの狂気は、ピンクフロイド自身が予想も出来なかったようなメガヒットとなり、アランパ−ソンズがプロジェクトを結成するきっかけになったとさえ言われています。 そういえば計算され尽くした緻密な音作りは狂気に通じるものがありますね。 そんなこともあってか歴代のジャケットデザインはヒプノシスが担当していました。 彼は、音楽の分野に初めて工学という言葉を認識させた人ではないでしょうか。 また、コマ−シャル過ぎるきらいも日本での人気が今ひとつであった所以でしょう。 日本のプログレッシヴ・ファンというのはおそらく世界一のレベルであると思いますし、それだけに思想的な背景とか感性の鋭さについては極めてシビアであるのです。 たんにプログレッシヴ的であるだけでは納得させられないでしょうね。 ポップスとして捕らえればELOに通じるように超一流なのですが、その辺りの曖昧さがアランパ−ソンズ・プロジェクトのジレンマなのだと思います。
アイ・スタンド・アロ−ン / アル・ク−パ−
多分、別のプログレッシヴロックのペ−ジで述べた事があると思うのですが、プログレッシヴロックとは思想の問題なのですね。 言い換えればその人の感性の問題でもあるのです。 これがプログレッシヴロックなんだという明確な定義は何処にも存在していません。 頭脳を素通りできなくて感性に引っ掛かってしまう、そんな存在。 情念のみが先行して情熱が蔑ろにされている存在といったような誤解も生んできたのですが、それは、プログレッシヴロックのある部分を表現してはいても、その膨大な世界の一端でしかないのです。 あなた、もしくは私が自分自身の感性というフィルタ−によって選別するしかないのだと思います。 もちろん、そういったことはプログレッシヴロックの観念の前には無意味な事なのかもしれませんが。 と言う訳で、ロック界の素晴らしき問題児、アル・ク−パ−の初のソロアルバム-アイ・スタンド・アロ−ンはそんなプログレッシヴロックへのアプロ−チを彼なりのスタンスで試みた名作でした。 唯、当時はプログレッシヴロックという言葉自体が一般的ではなかったので先進的なものと理解した方が良いのかもしれませんが。 このアルバムで彼が表現しようしているのは既成観念の破壊です。 それは音楽理論への挑戦だともとれます。 勿論、彼の音楽人生そのものが既成観念の破壊であったのですが、オ−ケストラという極めて古典的な手法を取り入れて、もっとも斬新な音楽理論を展開しているのです。 其々の楽器特性を無視して、言葉を変えれば楽器の本質に捕らわれないで別の魅力を引き出しています。 それは1つの楽器の音に始まり、1つの不思議なメロディ−になり、やがては1つのフレ−ズとなって、最後には様々な音が融合した斬新な音楽として完成しているのです。 分解、展開、構築といったおよそ芸術的であり得ないこれらの作業によって、まったく新しい音を創造する、これをプログレッシヴロックと呼ばずしてなんと呼んだらよいのでしょう。 しかも、そこから生まれて来たのはこのうえもなく美しい音楽だったのです。 彼の傲慢とも思える自信と、明晰な頭脳と、妥協を許さない性格と、優れた感性が素晴らしい名作を生んだのだといってよいでしょう。 本当に新しいものが好きなんだ、このアルク−パ−って人は。 そこが彼のいいとこなんですけどね。
恐竜の棲む沼 / ザ・フロック
アメリカ初のプログレッシヴロック・バンドというよりも、ジャズのインプロヴィゼ−ションをロックに取り入れるという斬新なコンセプトを発見し展開したバンドと言った方が良いのかもしれません。 ザ・フロックはそんな不思議な音楽を届けてくれました。 この恐竜の棲む沼というアルバムは彼らのセカンドアルバムなのですが、ファ−ストアルバムの方がより感性に優れプログレッシヴロックの色彩が強いものでした。 彼らの場合は何といってもヴァイオリンをフュ−チャ−するという、イギリスでさえ特異であったクォ−タ−マスやガ−ヴド・エア−のようなことを、アメリカというかの地で平然として行っているのですから驚きでしたね。 もっとも、ヴァイオリンという楽器自体はカントリ−でお馴染みだったので、私たちが考えている以上に違和感は無かったのかもしれませんが。 極めて情感溢れる音楽だったですね。 しかしそこはそれ、やはりアメリカのバンドらしく時折カントリ−やブル−スのフレ−ズが、顔を覗かせるのはご愛嬌というものでしょう。 ただフロックが、ブリティッシュ・プログレバンドと決定的に違っていたのは、その思想性の認識の問題です。 多くのイギリス産のプログレッシヴロック・バンドはその内証的な思想の表現にもっとも重要な比重を置いているのに対し、ザ・フロックは自らのアンサンブルと即興演奏の妙味に主眼を置いていたのです。 何をどんな形で創作するのかというよりも、瞬間的な魂の情熱を表現するのが彼らのプログレッシヴロックだったのだと思います。 その意味では端的過ぎますがイエスやEL&Pに共通する部分が多かったのではないでしょうか。 いずれにせよ、当時は殆ど話題にもならなかったザ・フロックなのですが、こうやって聴き直してみると随分と新鮮な音楽を演奏していたのだと改めて驚かされました。
巡礼の旅 / ウイッシュボ−ン・アッシュ
あてども無く彷徨って巡礼の旅を終えよう、そこは約束の地。 ウィッシュボ−ン・アッシュの永い旅はまだ始まったばかりだったのですが、彼らの視線は1つの方向へと向けられていました。 英国産フリ−ジャズの波は一連のカンタベリ−派のミュ−ジシャン達に代表されるのですが、彼らとは別のスタンスをもってフリ−ジャズを消化したグル−プもいたのです。 そう、初期のウイッシュボ−ン・アッシュもまたそういったフリ−ジャズの洗礼を受けたロックバンドの1つだったと言えるでしょう。 例えば初期のキング・クリムゾンに代表されるように、この時代においてはジャズとプログレッシヴロックの境界線が非常に曖昧で、両者のあらゆる思想が混在していたのです。 プログレッシヴロックの黎明期であればこそのことですが、それはやがて黄金期を迎えるほんの序章に過ぎなかったのですね。 そして、彼らの素晴らしきセカンドアルバム、巡礼の旅はフリ−ジャズのコンセプトとプログレッシヴロックの情念を内包した歴史的名作だったのです。 澄み切った空気のように神聖な旋律。 それはある種の爽やかさとも違う感覚を携えていました。 名曲巡礼はそんな彼らの代表作と言っても良いでしょう。 スリリングな展開と臨場感、そしてシュ−ルな旋律に彩られた傑作でした。 しかしながら残念な事にこの作品と次なる名盤ア−ガスで彼らの創造性のピ−クは終焉を迎えます。 それは余りにも短かすぎた旅。 彼らはア−ガス以降はまったく違ったコンセプトのバンドとして機能を始めることになるのです。 彼らの場合不思議な事に年を重ねる毎にノ−マルなロックへと変貌を遂げていくのですが、この辺りの理由についてはまったくの謎としか言いようがありません。 初期のピュア−な感性とプログレッシヴな情感を推し進めていけば、きっと最高のプログレッシヴロック・バンドになっていたでありましょうに。 ところで、この巡礼の旅において展開されるジャズのインプロヴィゼ−ションは、テクニックは勿論のことその表現の豊かさにおいて同世代のバンドとは比較にならないほど飛び抜けていたと思います。 確か彼らの場合はブライテスト・ホ−プにも選ばれていたと記憶していますが、成る程イギリス辺りでトップにまで登りつめるバンドは流石に違うなと思わずにはおれません。 巡礼の旅は終わっても彼ら自身の旅は更なる方向へと進路を向けるのです。
ウィッシュボ−ン・アッシュの最高傑作−ア−ガスに関する解説はこちらへ