
1・ ウェット・ドリ−ム / リチャ−ド・ライト
2・ ロッタ−ス・クラブ / ハット・フィ−ルド&ノ−ス
3・ そっくりモグラ / マッチング・モウル
4・ ア−ク・オブ・ア・ダイバ− / スティ−ヴィ−・ウインウッド
5・ カニング・スタンツ / キャラバン
6・ モダン・ワ−ルド / ジョナサン・リッチマン&モダン・ラヴァ−ズ
7・ ザ・ピ−スフル・ワ−ルド / ザ・ラスカルズ
8・ アフロ・ディテスチャイルドの不思議な世界
/ アフロ・ディテスチャイルド
9・ ヒッチハイクの賛否両論 / ロジャ−・ウォ−タ−ス
10・ ヴァレンタイン組曲 / コロシアム
11・ スタンドアップ / ジェスロ・タル
12・ アフィニティ− / アフィニティ−
ウェット・ドリ−ム / リチャ−ド・ライト
静かに流れ行く時を忘れさせるような旋律。 まるで、遠い昔からの存在した時間を閉じ込めてしまったみたいに、たおやかな想いを抱かせてくれます。 この、リチャ−ド・ライトの初めてのソロ・アルバム、ウェット・ドリ−ムの中では、その詩情豊かで気品のあるメロディ−の如く全てが緩やかに過ぎていくのでした。 心洗われる音楽とはこういう音楽のことを指すのでしょう。 しかし、それにしてもロジャ−・ウォ−タ−スよりも先に、リチャ−ド・ライトがソロアルバムをリリ−スするなんて考えてもみませんでしたね。 1曲目のメディタレニアン・シ−からラストのファンキ−・ドゥ−まで、其々がまるで映画のワンシ−ンのように輝いており、いつまでも余韻の中で心地よくなってしまいます。 スノウ・ホワイトのギタ−やメル・コリンズのサックスも趣を醸し出しており、このアルバムを引き立てています。 その名の通りに心を潤してくれるような叙情性。 そして、夢か現実か区別のつかない世界。 いつか見た幻が蘇って来るかのようです。 人間は心の時間を止めてしまうと感覚が鋭くなり、様々想いを巡らすようになるのでしょうか。 そんな、素敵な出会いがウェット・ドリ−ムだったのです。 そして、ここでは私たちが微かに期待したピンク・フロイドの幻影はひとかけらも見られませんでした。 リチャ−ド・ライトの場合には、あくまでも自分のスタンスを守ろうとする意思が感じられます。 巨大な音楽集団と化したピンク・フロイドから離れて、自分自身を見つめたかったのかもしれませんね。 静かだけれども確実に想いを掴んでくれます。 ですから、緩やかな時間の断片を切り取って音楽に変えてしまうこと、それがこのアルバムのコンセプトだったのではないのかと思ってしまうのです。 ヒプノシスの手による鮮やかなジャケットがこのウェット・ドリ−ムのすべてを物語っているのではないでしょうか。 シュ−ルであることは何も仰々しい事ではなくて、日常から少しだけ外れて視点を変えればよいのです。 それは多分に感性の問題。 私たちはその素晴らしい夢の中で佇んでいれば良いのだと思います。 私にとっては別のペ−ジでも書いているのですが、雨の日になるといつも聴きたくなってしまう大切なアルバムなのです。
ロッタ−ス・クラブ / ハット・フィ−ルド&ノ−ス
カンタベリ−シ−ンからの素敵な贈り物。 それがこのハット・フィ−ルド&ノ−スが届けてくれたロッタ−ス・クラブというアルバムでした。 ジャズからフュ−ジョンまで楽しませてくれる爽やかなメロディ−と、聴き終わった後の爽快感は格別でデイヴ・スチュワ−トの才能が一気に開花した感があります。 あなたのずっと探し続けていた歓喜にきっと出会えると思いますよ。
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そっくりモグラ / マッチング・モウル
カンタベリ−シ−ンの中心的なバンドであったソフト・マシ−ンから脱退したロバ−ト・ワイアットが、フィル・ミラ−やキャラバンのデヴッド・シンクレアらと結成したバンドがこのマッチング・モウルでありました。 ロバ−ト・ワイアットは次第にジャズに傾倒していったヒュ−・ホッパ−の姿勢に同調できなかったのか、 このマッチング・モウルでは初期のソフト・マシ−ンに立ち返ったようなシュ−ルな演奏を展開しています。 彼は多分、あのケヴィン・エア−ズが在籍した頃のソフト・マシ−ンを再現したかったのではないでしょうか。 このアルバムのハイライトは、マッチング・モウルのというよりも、この時代のカンタベリ−シ−ンの名曲オ−・キャロラインは、そんなケヴィン・エア−ズに捧げた歌だったのかもしれません。 現実と幻想の境目が見えなくなるような浮遊感と、心地よく優しい旋律。 まるで霞をかけたようなその世界は、素晴らしいメロディ−と相まっていつまでも心に残り続ける名曲でした。 優しいポップ色に包まれていたオ−・キャロラインを筆頭に、後続の作品もポップフレ−バ−を内包しながら、シュ−ルでアヴァンギャルドな傑作に仕上がっていました。 所々にジャズの面影を覗かせながら。 考えてみますと、当時のカンタベリ−・シ−ンのミュ−ジシャンに対する日本での評価というのは極めて低いものがありまして、後年になってやっとその正当な評価を受けるという憂き目に遭っていたのです。 それは、契約レ−ベルの関係やリリ−スの時期の問題、それに日本に於けるプロモ−ション等いろいろな原因が考えられます。 こんなにも素晴らしい人達が忘れ去られ様としていたなんて今となっては信じられない事ですね。 ロバ−ト・ワイアットは、マッチング・モウルのセカンドアルバム発表後に事故に見舞われ、暫らくの間活動を休止していました。 その後見事に復帰してくれたのは嬉しい限りなのですが、今では叶わぬ事と知りながら、あのケヴィン・エア−ズとロバ−ト・ワイアットが、再び組んでもらえればと思っているのは私だけではないでしょう。
ア−ク・オブ・ア・ダイバ− / スティ−ヴィ−・ウインウッド
スティ−ヴィ−・ウインウッドという人は、恒に知性を感じさせる音作りに長けている人だと思います。 受けて側のプライドを擽るのがうまいのです。 彼の音楽を感じられる自分に満足してしまうような、ナルシズムも秘めていました。 確かにトラフィック時代から箔ぐまれた独特の旋律は、一度虜になってしまうと離れられなくなってしまうものです。 ロウ・スパ−ク・オブ・・やシュ−ト・アウト・イン・・ではジャズへのアプロ−チも盛んに行われていたのですが、このア−ク・オブ・ア・ダイバ−ではポップな姿勢に終始しています。 その潔さがこれほどまでの傑作に仕上がった一番の理由ではないでしょうか。 まるで風に吹かれているような爽やかさ。 1曲目のシンセサイザ−を巧みに操ったユ−・シ−・ア・チャンスからもう決まりといった感がありまして、後は押し寄せるような素晴らしい世界に圧倒されるばかりですね。 特に、アルバム・タイトルにもなっているア−ク・オブ・ア・ダイバ−等は見事としかいいようのない名曲です。 シンセサイザ−の刻み行く浮遊感溢れるリズムと爽やかなメロディ−が、気持ちをとてもハイにしてくれるのでした。 また、アコ−スティックなスロ−ダウン・サンダウンも涙が出そうになる位の名曲で、何処となく盟友でありライバルでもあったデイヴ・メイソンの面影を感じてしまうのは私だけではないでしょう。 ちゃきちゃきのブル−ス・ボ−イがここまで辿り着く道のりは、決して平坦なものではなかったのですが、こんな名作を届けてくれたのですから進むべき道が間違っていなかったということでしょう。 もちろん、そのポップな傾向はトラフィック名義のラスト・アルバム、ホエン・ジ・イ−グル・フライでも見られていたのですが、ここに来てより一層の完成と輝きを見たといえます。 人間ここまで余裕を持って音楽に取り組めたり、華々しいキャリアが充実期に差し掛かっていたりすると、当然これくらいの傑作は創ってしまえるものだなと思わせる作品です。 全世界で1000万枚近くの売上を記録し、おそらく彼のソロアルバムの中でも最高の売上を記録したのではないでしょうか。 遠くへ旅立つ時にはぜひとも持っていきたいアルバムです。
カニング・スタンツ / キャラバン
60年代のビ−トルズに匹敵するような類まれないメロディ−ラインとピンク・フロイドのシュ−ルな思想を持っていながら、当時は一部の熱狂的なファンにしか支持されていなかったキャラバン。 こんなに素晴らしいバンドはもっと日本でも再評価されなければいけないと思います。 もともと、カンタベリ−系のミュ−ジシャンは優れたメロディ−ラインを創作していますが、これほどまでに美しくポップな感覚は他のカンタベリ−のバンドでは見ることが出来ないくらい素晴らしく頭抜けていたと思います。 特にこのアルバムのスタック・イン・ア・ホ−ルはマッチング・モ−ルのオ−・キャロラインと並んで歴史的な名曲といっても過言ではないでしょう。 この至玉の旋律に触れるにつけ、正直言って1970年代当時の日本でのプロモ−ションは、その実力のわりには充分なものではなかったと思いますね。 ところで、一貫して彼らの底辺に流れているのは、ポップ感溢れる旋律を基調にしてブログレッシヴロックを構築しているということ。 優しく、ふわふわとした感覚と軽快な疾走感、それに気品のある音は彼ら独自のものです。 その点でジャズに傾倒した先進的でアヴァンギャルドなソフト・マシ−ンやヘンリ−・カウとは対極的なところに位置していたと思います。 しかしながらポップと芸術性は決して相反するものではなく、お互いに相乗効果を及ぼすものではないでしょうか。 また、優劣性も両者間では関係ないと思います。 成熟した意識のもとでは同じ事なのです。 要するに選択と表現の問題なのではないのかと感じますから。 かつて美しすぎる事こそがもっともシュ−ルなことだといった人も居るくらいですから。 そういえば、ヘンリ−・カウのフレッド・フリスがある雑誌のインタビュ−で、彼ら自身のことを必要以上に意識集団と思ってはいけないと言っていましたっけ。 さて、そのキャラバンの歴史はというとソフト・マシ−ンを遥かに遡って、ロバ−ト・ワイアットやケヴィン・エア−ズも在籍していたワイルド・フラワ−ズというバンドが母体となって、このキャラバンというバンドが誕生します。 しかし、この時点では彼ら2人とキャラバンのフロントマン、リチャ−ド・シンクレアやデヴッド・シンクレアとはリンクしてなかったようです。 それは、カンタベリ−シ−ンの黎明期の出来事。 また、キャラバンもカンタベリ−シ−ンのバンドのご多分にもれずメンバ−の変換が激しかったバンドですね。 私にはそこから生まれた其々のバンドに捕らわれず、カンタベリ−シ−ン全体がひとつの複合ユニットのような気さえいたします。 それも、類まれなく優雅で美しい。
モダン・ワ−ルド / ジョナサン・リッチマン&モダン・ラヴァ−ズ
パンクやニュ−・ウェ−ブが台頭し吹き荒れていた頃、ジョナサン・リッチマン&モダンラヴァ−ズも同じような範疇に入れられある意味では脚光を浴びていたのです。 確かにデビュ−・アルバムに於いては、パンク・ロッカ−にとっての神以上の存在であったヴェルヴェット・アンダ−グラウンドに共通するような音作りもしており、カリスマ性も充分に持ち合わせていました。 しかしながらジョナサン・リッチマンが目指していたのは、決して第2のヴェルヴェット・アンダ−グラウンドではなく、あくまでもジョナサン・リッチマン&モダンラヴァ−ズの音楽です。 ですから、セカンド・アルバム以降のサウンドが彼らが目指していたものなのだと考えてよいでしょう。 ジョナサン・リッチマン&モダンラヴァ−ズの奏でるアコ−スティックなロックン・ロ−ルは、何気なく聴いてしまうと単純なポップスとして終わってしまうのですが、何度か聴き返すうちに心に引っ掛かって来るものに気が付く筈です。 昔、プリズナ−NO・6という超名作SFドラマがありましたが、そんな超現実的で不思議な世界を感じてしまう魅力がありました。 本来ロックン・ロ−ルという音楽は、恋とか、青春とか、挫折とかいった、もっとも身近で切実なテ−マを扱っているので、親近感と現実感のあるものなのです。 しかしながら、彼らのロックン・ロ−ルの場合はそのリアリティが希薄であり、非日常的な戸惑いと夢のような感覚を感じてしまうのですね。 ジョナサンの霧のかかったようなヴォ−カル。 明るく歌えば歌うほどシュ−ルになってしまう不思議なパラドックス。 全てがフィクションではないのかと感じてしまう旋律。 そして、音と音の間に隠された秘密。 一体それらが何に起因するのか解かりにくいところもあるのですが、実はBeserkleyというレ−ベル自体がそんな曖昧な音を得意とするレ−ベルでもあるのです。 ア−ス・シェイカ−にしてもルビナ−スにしても実に一癖も二癖もあるでしょう。 ですから、現実と夢幻が表裏一体であるようにジョナサン・リッチマン&モダンラヴァ−ズも、危うい境界線の上で揺れ続けていたのではないでしょうか。
ザ・ピ−スフル・ワ−ルド / ザ・ラスカルズ
ブル−・アイド・ソウルの旗手としてグル−ヴィン、ア・ガ−ル・ライク・ユ−等のヒット曲を生み出したヤング・ラスカルズ。 そして1968年からはその名もラスカルズと改名して、非常にタイトでソリッドなソウル・ミュ−ジックとジャズへのアプロ−チを強めていく事になります。 そこにはアイドル・グル−プとしてのイメ−ジを払拭して創造的な音楽を追求する姿があったのです。 彼らが見据えていたのはもしかしたらシュ−ルな世界だったのかもしれないですね。 あの軽快で爽やかなグル−ヴィンはブル−・アイド・ソウル史上に燦然と輝く素晴らしい名曲だったのですが、アルバム、シ−以降のラスカルズのストイックなまでの姿勢も、また違った意味でソウル・ミュ−ジックを感じさせてくれました。 時によっては、まだ生まれていなかったクロス・オ−バ−やフュ−ジョンに通じるような展開も見せ、1971年という時代の中で極めて早熟な作品を残しています。 その先進的な代表作が本作であるザ・ピ−スフル・ワ−ルドなのでした。 デビュ−当時からの中心的なメンバ−であった、ディノ・ダネリとフェリックス・キャバリエが固定観念に捕らわれず思うがままにソウル・ミュ−ジックを構築していると思います。 曲によっては極めて宗教色の強いナンバ−も目に付くのですが、本質的に底辺を流れているのは、ニュ−ヨ−クらしいシティ感覚のソウルとマイルス・デイヴィスに触発されたジャズだといえるでしょう。 特に9曲目のリトル・ドゥ−ブ等はまるでウェザ−・リポ−トのように美しいナンバ−です。 それも極めて先進的な。 また、チック・コリアの影もちらほらと見え隠れして、あのラインナップのファンとしては思わず嬉しくなってしまいます。 しかし、圧巻はなんといっても21分にも及ぶ大作ピ−スフル・ワ−ルドでしょう。 この時代で創造し得るすべての感性を結集したような名作で、軽快なリズムとシュ−ルなフル−ト、そして絡みつくような不思議な旋律が生み出す世界は衝撃的でさえありました。 その感覚は大きなうねりとして私たちを包み込んでしまうのです。 まるで認識されていない現実のように。
アフロ・ディテスチャイルドの不思議な世界
/ アフロディテス・チャイルド
新しい文化の風はエ−ゲ海から吹いてくる。 古代ギリシャの幻想を現代に受け継いだ奇跡それがアフロディテス・チャイルドでした。 今を時めくバンゲリス・パパナサシュ−が在籍した事でつとに有名なバンドであったのですが、その独特な思想と幻想的音楽はイギリスのプログレッシヴ・バンドとはあきらかに一線を課しています。 全ての文化の発祥の地ギリシャらしく、思想性とナルシズムと美意識が微妙なバランスを保っているのです。 その点では、イギリスとギリシャという遠い距離感と培われた伝統文化の違いが如実に現れていて面白いですよね。 ある意味では古代の思想を現代へと伝えようとする、壮大な歴史に裏打ちされた彼らなりのプライドなのかもしれません。 アフロディテス・チャイルドが奏でる音楽は、まるでギリシャ神話の世界さながらに幽玄の響きと不思議な旋律が織り成して、暫し夢の中へと誘ってくれるような気がいたします。 単純でありながら美しいメロディ−、それは深い眠りついていた謎を解くかのように私達の感性を刺激してくれるのです。 おそらくは誰もが感じるであろう、まだ見ぬ世界の新鮮さ。 それこそがアフロディテス・チャイルドの幻想的な魅力なのです。 異質な文化というのは衝撃を生み出します。 初めてのものに対する憧れと畏敬。 そんな時私たちが認知しようとするのは、自分自身の感覚に適合するものではないでしょうか。 そういった意味でアフロ・ディテスチャイルドの潤沢な思想は、私達の間に浸透していったのです。 彼らの音は静かな時間の中でゆっくりとくつろぐ時、最高の友達となり得ます。 まるで、私たちに対してそんなに急ぐ必要はないのだと、語ってくれているように。
ヒッチハイクの賛否両論 / ロジャ−・ウォ−タ−ス
かつてビ−ト詩人アレン・ギンズバ−クは言った、知識過剰に苦しまずに未来を予見すべき時代が来たと。 名作アニマルズ以降のピンクフロイドは正に思想の壁を突き抜けてしまったと思います。 音で装飾するコンセプトからコンセプトを音で構築する。 それは無の境地を悟ったかのような達観した姿勢だったのではないでしょうか。 何度も言うようですがピンクフロイドは日常性の中の狂気を突き詰めてしまった。 それは天文学的な大成功と名声と、そして辿り着いてしまった困惑をもたらしたのです。 その結果あまりにも巨大化し過ぎた彼ら自身をコントロ−ル出来ずに空中分解するしかなかったのでしょう。 少なくともロジャ−・ウォ−タ−スはそう考えたのだと思います。 ピンクフロイドの終焉は彼の思想の終焉だったのですね。 そう、誰が何といってもピンクフロイドはロジャ−・ウォ−タ−スだったのです。 さて、このアルバムなのですが、あちらこちらにピンクフロイドの幻影が感じられるものの、彼らが構築してきたものをまたここで復活させようとはしていません。 思想とか目的意識に拘らずに、純粋に音楽に関わろうとする、素朴なロジャ−・ウォ−タ−スがこのアルバムの中では際立っています。 それは、バックミュ−ジシャンにエリック・クラプトンやデヴィッド・サンボ−ンを起用した事でも解かるのではないでしょうか。 ロジャ−・ウォ−タ−スとエリック・クラプトンとはどう考えても同じ系統だとは考えにくいのですがそれも一つの方法論でしょう。 ですから、曲によっては非常にソウルフルなナンバ−やフュ−ジョンと見紛うばかりの名曲もあります。 それも驚くほど軽やかな雰囲気に彩られているのです。 それは、聴衆が彼ら自身の頭の中からもピンクフロイドを消し去る事を望んでいたのかもしれません。 時には美しく、時にはヘヴィ−に奏でられるシュ−ルな旋律は、私達の心の中へと旅立たせてくれます。 極めて日常的なもののもう1つの観点。 そのことはロジャ−・ウォ−タ−スがピンク・フロイドを、客観的に見れる場所に立ったことの証明だったのではないでしょうか。
ヴァレンタイン組曲 / コロシアム
1つの時代が成熟していく過程はその現象の真っ只中に位置していると見えにくいもの。 1960年代の後半はまさにそんな不条理な魅力に満ち溢れていました。 1970年代へと繋がる優れた思想が湯水のように生まれてきたのです。 このコロシアムもそんなたぐい稀ないシュ−ルなバンドのひとつ。 まるで、クリ−ムを連想させるようなサイケデリックな演奏から、良く冷えたワインのように切れ味のあるジャズにまで、鬼気迫るほどのテクニックはすば抜けていました。 全体のアンサンブルも流れるように進んでいきます。 蛇足ですが、ヴァ−ジンの専属デザイナ−、キ−フの手によるジャケットもとてもシュ−ルでしたね。 ジョン・ハイズマンがブル−スの果てに辿り着いた世界がここだとすれば、それは余りにも素晴らしすぎた約束の地。 また、キ−ボ−ドのデイヴ・グリ−ンスレイドの迸るプレイも衝撃的でした。 彼はこの後、自らのバンド、グリ−ンスレイドを結成し一世を風靡します。 既に完成された世界を展開していたこのヴァレンタイン組曲などは、どの曲を拾い上げても素晴らしいのひとこと。 同じジャズとの関わりを持っていたソフト・マシ−ンがその思想性を重要視していたことに較べ、彼らの場合は曲のグレ−ドアップに比重を置いていたのではないでしょうか。 それほどひとつひとつの歌が完成されていたのです。 ただ、ジャズにせよロックにせよどちらつもつかない中性の曖昧さが彼らの足かせになっていた事も事実。 こと商業的に考えるとこの部分が決定的なマイナス面であったのかもしれません。 ご多分に漏れず日本では殆ど売れなかったのですが、ヨ−ロッパにおいては今でも熱狂的なファンが多いとのこと。 芸術を正当に評価する土壌があるからなのでしょう。 彼らは名作ライヴをリリ−スし解散してしまうのですが、コロシアムの残した遺産はその後のロック界で輝き続けるのです。
スタンドアップ / ジェスロ・タル
いつも言っていることなのですが、ブリティッシュ・ロックというものは奈落の底のように実に奥深く、また天上の世界のように止まるところを知らないものなのでしょう。 この果てしない迷宮に捕らわれてしまうとあてどなく彷徨うばかり。 およそ1つのカテゴリ−では集約できない様々なバンドが点在しておりました。 例えばあるバンドがハ−ドロックバンドとしてデビュ−したとしても、何時の間にかプログレッシヴバンドに変身していたり、また次にはトラディショナルな音楽を届けてくれたりとまったく油断も隙もありゃあしない状態なのです。 そして、このジェスロ・タルもそんな複雑怪奇なバンドの最たるものでした。 特に初期の4作目辺りまでははっきりとしたプログレッシヴ志向に包まれており、芸術性と前衛性の高い音楽を展開していました。 彼らの幻想的な世界はまるで奥深い森のように私たちを誘うのです。 それは白昼夢のように心地よく、暗い雲に覆われた荒野のように戦慄を覚える音でした。 プログレッシヴロックとはかくあるべきと無意識のうちに洗脳されてしまうのですね。 また演奏面に目を映すと、驚くべきことに各演奏パ−トのモティべ−ションの凄まじさは特筆すべきものがありまして、技術力や基本的な音楽理論に裏打ちされた演奏能力と相まって、他のバンドを凌駕するような勢いがあったのです。 並の演奏力ではないと素人ながらに見て取れました。 それは彼らの潤沢なキャリアに裏打ちされたものなのでしょう。 そして、アンサンブルにおいても寸分狂わぬ正確さと驚異的なスピ−ドを展開し、私たちはただ驚愕するばかりだったのです。 自分達のスタンスをはっきりと認識した上でステップアップしていく、それはとても簡単なことのようなのですが、ことロックの世界に関しては実は困難な作業なのです。 彼らの場合イアン・アンダ−ソンという確固たる思想的なリ−ダ−がいて、しなやかな感性を持ち得ていたのでそういった作業も可能だったのだろうと思いますが。 ジェスロ・タルの歴史的な名曲ブ−レを含むこのセカンドアルバムは、そんな彼らの代表作の1つに数えられています。 当時のブリティッシュ・プログレッシヴロックの斬新な息吹を伝えてくれる実にピュア−で素晴らしい作品でした。
アフニティ− / アフニティ−
昨今の名盤、貴重盤のシリ−ズ化や復興の状況は凄まじく、一昔前なら諦めていたようなアルバムも簡単に手に入るようになりましたね。 これは非常に喜ぶべき事なのですが、先見の明あって初版リリ−スのときに手に入れていた御仁や、苦労に苦労を重ね大枚はたいて入手したお方にとっては正直なところ複雑な想いも残ることでしょう。 マニアであればそっと自分だけの物にしておきたい、そんな気持ちも充分理解できますから。 このアフニティ−の最初にして最後のアルバム、アフニティ−もそんな羨望の眼差しを受け続けていたアルバムでした。 キ−フのジャケットデザインの中でもおそらく最高の部類に属していると思われるその美しさは、一度目にすると虜になってしまうほどの素晴らしい魅力があったのです。 レコ−ドなのだから音楽そのものの完成度が本質なのですが、あの時代のジャケットデザインには音を視覚的に表現する優れた感性がありました。 まるで、印象派の絵画やシュ−ル・レアリストの絵のように私たちを未知なる世界へと誘ってくれます。 そして、そういったアルバムというのは当然ながら音も感嘆するほど素晴らしい。 私はこのレコ−ドを始めて聴いた時に、ジュリ−ドリスコ−ルとブライアン・オ−ガ−&トリニティ−のストリ−ト・ノイズを思い浮かべてしまいました。 基本的にはジャズのコンセプトをプログレッシヴロックに取り入れた音楽がアフニティ−の根幹を成しているのだと思います。 それはブライアン・オ−ガ−だとて同じこと。 そのジャズのフレ−バ−を巧みに取り入れた演奏力の高さや、流れるようなテクニックとインプロヴィゼ−ションの妙。 また、シュ−ルな感性を感じさせてくれる旋律に真摯なまでの美しさ等、両者にとっては驚くほどの共通点があったのです。 プログレッシヴロックには珍しく程よいくらいのブリティッシュ的ポップな感覚と親しみやすさも魅力の一つでした。 美しいという唯それだけで充分にシュ−ルなのです。 それはルネ・マグリッドが既に証明しておりました。 そういえば、ヴォ−カルのリンダ・フォイルのハスキ−がかった声も不思議なほどジュリ−ドリスコ−ルに酷似していましたね。 この2人の素敵な歌姫は当時のロックの質の高さを物語っていると思います。 そして、何と言ってもそのアルバムが極めて入手困難という事でもジュリ−ドリスコ−ルとブライアン・オ−ガ−&トリニティ−のストリ−ト・ノイズと共通いたしておりました。 マニアにとってそれは溜息のでるような状況だったのです。 あまりにも美しすぎる旋律のアフニティ−のこのアルバムは、あの時代の先見的な息吹や音に対する感性の充実振りを示す絶好の見本と言えるでしょう。