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ブリティッシュロックならではの個性と拘りを見せながら、わが道を行くが如くしたたかで頑固なバンド達。 その素晴らしい感性と夢心地のサウンドは、私たちの創造力を優しく掻き立てるのです。 ここでは、どんなジャンルにも囚われる事無い、しなやかな彼らの音楽の痕跡を追って行ってみたいと思います。



1・ プリティ・シングス
2・ スティ−ラ−ズ・ホイ−ル
3・ トラフィック 

4・ キンクス 
5・ スプ−キ−・トゥ−ス 
   6・ プロコル・ハルム   
7・ ケヴィン・エア−ズ   
8・ ブ−ムタウン・ラッツ   
9・ ハットフィ−ルド&ノ−ス  
10・ ス−パ−・トランプ 
11・ ピ−ト・ブラウン&ピブロクト 以下近日登場
12・ ハンブルバムズ
13・ アトミック・ル−スタ−
14・ ボンゾ・ドッグ・バンド
15・ ナッズ


  プリティシングス

白鳥は死ぬ間際に最後の一声で泣くという。 その伝説にもとずいてレッドツェッペリンが設立したスワン・ソングより、再スタ−トを果したのがプリティシングスでした。 もともと1960年代にはビ−トグル−プとしてスタ−トしたらしいのですが、その当時のプリティシングスはまったく知らずに過していました。 やがて、1970年代に入り彼らは新しい旅立ちへと向います。 それがスワンソングとの出会いなのですね。 昔から気になっていたバンドだったのですが迂闊にも私はその素晴らしいアルバムを見過ごしてしまっていた訳なのです。 ロックファンの方でしたら、ジャケットに惹かれてその音を聴いて見たくなったことが一度や二度はあるのではないかと思います。 掻く言う私はそんな事がしょっちゅうで、実を申しますとこのプリティシングスの目玉をモチ−フにしたジャケットがとても気になっていたのですね。 そのアルバムはサヴェイジ・アイといって、スワンソングに移籍してからの2枚目の作品でした。 この前作のシルク・トウ−ピドウも話題にならなかったのが不思議なくらいの傑作だったのです。 先頃、私がホ−ムペ−ジでリンクを張らせていただいている、ロック・アベニュ−さんから彼らのアルバムを教えていただきまして、改めてその素晴らしさと豊かな才能に感嘆いたしました。 私の大好きなバッド・フィンガ−にも通じる透明感溢れる音とハ−ドでポップなサウンドの対比が絶妙で、ブリティシュロックならではのドラマチックな展開に痺れてしまいました。 英国独特な叙情性が底辺に流れているのです。 それは、彼らの思惑だったのでしょう。 また、ツボを心得たようなポップ感覚も極上でありまして、その魅力的な旋律に何時の間にか引き込まれてしまいます。 プリティシングスの才能の様々な断片をハ−ドなサウンドで見事にまとめ上げた、一言でいってしまえばそんなところでしょうか。 考えてみますと、レッドツェッペリンの新しいレ−ベルからリリ−スするということは、取りも直さず世界が狙えると言う事で、このチャンスに発奮しないはずはないですよね。 ただ、商業的な成功という事になると、そのアルバムの完成度の高さに較べれば、彼らの思惑通りには運ばなかったようでした。 プリティシングスに付いてのもっと詳しい解説はぜひともロックアベニュ−さんのペ−ジで読んで見て下さい。 すばらしい解説をなさっています。 ロックアベニュ−さんへのリンクはこちら

  スティ−ラ−ズ・ホイ−ル

夕暮れの黄昏時に家路へと向う、そんな子供の頃の想い出のように懐かしい音があります。 ジェリ−・ラファティ−とジョ−・イ−ガンの素敵なデュオ、スティ−ラ−ズ・ホイ−ルの歌がそうでありました。 ビ−トルズの、それもポ−ル・マッカ−トニ−というよりはジョン・レノンの感性に近い彼らの音楽は、英国伝統の上質で繊細な香りと霞のかかったようなポップスだったのです。 そのスティ−ラ−ズ・ホイ−ルの音楽は、淡々としてともすれば淡白なメロディ−のように感じられるのですが、聴けば聴くほど味わい深い不思議な旋律に溢れているのでした。 焦点がずれて霧がかかったような音があるでしょう。 だけど美しいという。 彼らの音楽には現実とフィクションの境界線がずれてしまったような、そんな非日常的な楽しみを共有できる空間があったのです。 随分とまわりくどいいい方になってしまいましたが、簡単に言えば幻の世界のポップスといったような。 そんなシチュエ−ションに上品でポップなメロディ−が絡んできて、心地よさを刺激してくれるのですから溜まりません。 まさにビ−トルズの偉業を受け継ぐべく類稀なき才能を開花させた彼らは、遅れてきたビ−トルズ世代にも自然に受け入れられたのだと思います。 シングルヒットしたスタック・イン・ザ・ミドル・ウィズ・ユ−は、まるでジョン・レノンが歌っているのではないのかと錯覚してしまうほど、声の質、情感、メロディ−のフレ−ズが似通っていました。 でも、だからといって彼らがジョン・レノンのマネをしていると言う訳ではなくて、琴線に触れる周波数が一致しているだけのことなのでしょう。 ジョン・レノンが2人いて素晴らしいハ−モニ−を聴かせてくれるそんな感じでしょうか。 非常にたおやかなベネディクションという3枚目のアルバムに収録されていた曲も、丁度マジカル・ミステリ−・ツア−の時のジョン・レノンの雰囲気を纏っていました。 また、アウトサイド・ルッキング・インはイギリスでないと生まれ得ない音。 異国情緒たっぶりの不思議な感覚に襲われます。 残念ながら彼らは、スティ−ラ−ズ・ホイ−ル、ファ−ガスリ−・パ−ク、ライト・オア・ウォングという3枚の優れたアルバムを残して解散してしまうのですが、ジェリ−・ラファティ−はその後も素晴らしいソロアルバムを何枚かリリ−スしてくれています。

  トラフィック

1967年、イギリスは新しい波に揺れていた。 ビ−トルズが名作サ−ジェント・ペッパ−を発表してからというもの、輝ける未来がすべて腕の中にあるような幻想に支配されていたのです。 幾つかの夢は破れ、無残にも砕け散ってしまったのですが、そんな絶望的な状況の中から、少しばかりの光明を見出す事も出来ました。 そのひとつがトラフィックだったのです。 デビュ−アルバム、ミスタ−・ファンタジ−から既に実験的かつ先進的なロックを展開し、シュ−ルな独自の世界を形作っていました。 時代が常に新しいものを求めていたのです。 そんな一連の風潮は、やがてプログレッシヴ・ロックというまったく存在していなかった、先進的なジャンルを生み出すことになるです。 その、トラフィックの核は驚くべき事に若干18歳だったスティ−ヴィ-・ウインウッドなのでした。 既に、スペンサ−・ディヴィス・グル−プにおいてその名を轟かせていたスティ−ヴィ-・ウインウッドだったのですが、このトラフィックではブル−スからの脱却を試みて新しいロックを想像しようとする意欲に溢れていました。 当時、スティ−ヴィ-と共にトラフィックの中心的だった人物がデイヴ・メイソンです。 トラフィック時代からカントリ−・ミュ−ジックへの傾倒を見せていたデイヴ・メイソンと、斬新な音楽の構築に余念が無かったスティ−ヴィ-・ウインウッド。 両雄並び立たずの言葉通りにやがてデイヴ・メイソンはトラフィックのもとを離れていく事になります。 それは1968年の事でした。 やがて彼はアメリカヘと渡り独自の視点でスワンプロックと関わっていく事になります。 思えば、ブリティシュ・ロック界に於いてもっとも早くフリ−ジャズの洗礼を受けたのがスティ−ヴィ-・ウインウッドだったのではないでしょうか。 フリ−ジャズのコンセプトとプログレッシヴ・ロックの融合、それがトラフィックだったのです。 ジャズにおけるインプロヴィゼ−ションの自由な感性を、物理的にあるいは数的に纏め上げようとしたのではないでしょうか。 計算された自由。 一見矛盾するようなことなのですが、それは表裏一体の世界でもあるのです。 そのプログレッシヴな思想を展開していったのが、ジョン・バイレイコ−ン・マスト・ダイ以降の第2期トラフィックでした。 ブラインド・フェイスにおいて初めての挫折を味わったスティ−ヴィ-・ウインウッドにとってもう失うべきものは何もなかったと思います。 その苦渋を払拭するかのように完成されたトラフィック・ワ−ルドを昇華して、まだ誰も訪れていなかった世界へと踏み込んだのです。 そして、それは次回作のロウ・スパ−ク・オブ・ザ・ハイヒ−ルド・ボ−イズにおいて最高の形で結晶化することになります。 当時、ロックに関わった全ての人に聞いても、誰一人異論を唱えずにこのアルバムの素晴らしさに共感することでしょう。 まさに時代が生み出した最高傑作なのです。 しなやかで幻想的、また伝統的なトラディショナルの香りも含めて不思議な音の世界を構築していました。 根底にはジャズの思想を内包しつつ、シュ−ルでプロク゜レッシヴなトラフィックの音を完成させたのです。 その後もシュ−ト・アウト・イン・ザ・ファンタジ−・ファクトリ−やホエン・ザ・イ−グル・フライ等の傑作を届け続けてくれながら、1974年その偉大な活動に終止符を打つことになります。 早すぎた時代の中で燃え尽きたトラフィック、その偉業は永遠に輝いているのだと思います。

  
キンクス

今日も何とか仕事をやり遂げたので、帰りにみんなで一杯やろうよ。 マンチェスタ−・ユナイテッドの試合もあるし、今夜はシェフィ−ルドにこの間の借りを返す日。 きっと最高の夜になるはずさ。 と彼らが言ったかどうかは定かではないのですが、でもレイ・デイヴィスはきっとお酒が好きだったのでしょうね。 パブの中で何の違和感も無く大衆に溶け込める、そんな素敵なおじさんの姿が目に浮かびます。 キンクスほどブリティシュ・ロックの王道を歩き続けたバンドは珍しいのではないでしょうか。 それもちょっと捻くれて。 ブリティシュ・ビ−トグル−プの先駆者としてスト−ンズやザ・フ−等と共に華麗なるデビュ−を飾りながら、一転してキンクスならではの風変わりな個性溢れる道を選択し、やがてはロック・オペラという大衆芸能もどきの異色な世界やキンクス風ロックミュ−ジカルを開拓し、そして、アリスタ・レコ−ド移籍後はハ−ド・ポップな路線に立ち返ったりと、万華鏡のように様々な姿を見せてくれたのです。 キンクスのちょっとやそっとでは理解できない音楽は、決定的に当時の商業路線からは外れておりまして、ジャ−ナリズムの評価の世界のみに生きていたような厭世的な感がありました。 まあ、よっぽど個性的な人でない限り、最初からキンクスのことを好きになったりしないような孤高のバンドでありましょう。 掻く言う私も、ロ−ラ対パワ−マン、マネ−ゴ−ランド組1回戦というなんだか訳のわかんないタイトルのアルバムが最初の出会いでありました。 そのへんてこりんな万華鏡世界を目の当りにして驚くと言うよりもあきれてしまったのが正直な気持ちです。 当時はアルバム1枚がとても高価な時代だったので、ああ失敗しちゃったなと後悔の日々でありました。 それが、不思議なもので何回と無く聞き込んでいくうちに、彼らの伸びやかで茫洋とした魅力の虜になってしまうのです。 何なんだろうねこれはと、自問自答しても答えは見つからない。 キンクスの音楽では答えなんて探さなくても良いのだと気付いたのは、ソ−プ・オペラの頃になってからのことです。 キンクス、イコ−ル、レイ・デイヴィスという図式は一般論ですが、レイ・デイヴィスの人生そのものがキンクスの思想の根幹だったのです。 ですから、酒にしても、大衆芸能的なオペラにしても、生活の悲喜こもごもの描写にしても、彼の人生そのものなんですね。 生き様そのものが音楽になるなんて何とおき楽なと思ってしまいますが、彼らの心のひだはそんな単純なものではないのです。 人間の内面を表現すると言う事は、全ての真理に精通しないといけないのですから。 それは哲学的でさえあるのです。 でもまあ、あのレイ・デイヴィスおじさんの気のいい顔からは、哲学的な香りとは無縁のように感じられてしまうから面白いですね。

  スプ−キ−・トゥ−ス

1つの香りからその背景や思想まで詮索するのは容易な事ではない。 ましてや、それがブリティッシュ・ロックとなるとなおのこと。 何時も、スプ−キ−・トゥ−スを聴く度にこの思いに駆られるのは私だけではないでしょう。 もともとは純粋なブル−ス・バンドであったはずの彼らが、華麗なる変貌を遂げてしまったのは何故なのでしょう。 もしかすると、ナッシュビル・ティ−ンズのタバコロ−ドを、最高のアレンジで黒く仕上げてしまった実績が、その素晴らしい迷走の入り口だったのかもしれません。 常にブル−スの香りを残しておきながら、それをなんの躊躇も無く解体し自らの色に染めていく。 多くのブリティシュ・ロッカ−達がブル−スの幻影に引きづられたのとは対照的に、スプ−キ−・トゥ−スはいとも容易く断ち切って新しい世界を創り上げました。 その意味でジミ−・ペイジのコンセプトと非常に似通っていたのだと思います。 ブル−スの呪縛から逃れ得た数少ないミュ−ジシャンだったのですね。 とは言えその底辺には時折ブル−スの残像を残していたのですが。 プロコル・ハルムの成功を追いかけようとしたのかは定かではないのですが、彼らスプ−キ−・トゥ−スもまたピアノとオルガンのプレ−ヤ−を其々配するという変則的なバンド構成でした。 そして、そのうちの一人が名オルガンプレ−ヤ−であった、あのゲイリ−・ライトだったのです。 彼の織り成すしなやかな音色がブル−スに囚われないスプ−キ−・トゥ−スの音楽の根幹であったのはいうまでもないでしょう。 それは、新鮮な音楽構築の為の方法論であったと思います。 その目論見が見事に成功したのが、セカンド・アルバム、スプ−キ−・トゥに納められているウェイティン・フォ−・ザ・ウィンドウという名曲でありました。 雄大な構成とプログレッシヴなこの歌は、スプ−キ−・トゥ−スの進むべき道を暗黙のうちに示していたのではないでしょうか。 その落ち着いた響きにはいかにも英国らしい荘厳さと不思議な輝きがあったのです。 風に吹かれていく想い。 そんな移ろいがこの歌のテ−マだと思います。 また、名盤と呼ばれた3枚目のラスト・パフ。 もはや、ここにはブル−スに迷う彼らの姿はなく、プログレッシヴな姿勢のみがその中枢であると思われました。 その中のテ−マ曲ラスト・パフもまた非常に情念を触発されるような歌でありました。 完璧なほどの内面思考の世界が、まるで曖昧な気持ちのようにふわふわと漂っています。 そういえばこのアルバムでは、ビ−トルズの名曲アイ・アム・ザ・ウォ−ラスをとてもシュ−ルにアレンジしていました。 この歌を取り上げること自体、彼らの音楽に対するスタンスを明確に主張しているのだと思います。 それは、先進的なステイタス・シンボルとして彼らの位置を指し示していたのでしょう。

  プロコル・ハルム

堕ちて行くものの哀しみというよりも、果かなさを背負ってしまったような遣る瀬無さ。 しかし、人生に対する美学とプライドを持ち得ていたので潔く、そして、運命を受け入れる術を心得ている。 まるで消え行く運命のロマンティシズムとリリシズム。 プロコル・ハルムの音にはそんなイマジネ−ションを駆り立てる世界が広がっていました。 ある意味ではヨ−ロッパの伝統を感じさせるその音楽は、当時の先進的な気風とも相まって一躍時代の寵児となって行くのです。 古さが新しさを生むという矛盾した感性。 おそらくは彼らの思惑がこの点にあったのではないでしょうか。 音楽との関わりをどんな形で取っていくか、それでその人の個性が表れると思うのですが、プロコル・ハルムの音楽にはそれさえも拒絶するような神聖な響きがあったのです。 クラシカルな名曲、青い影-ア・ホワイト・シェイド・オブ・ペイル-が大ヒットした為に、その幻影が先行してしまうという不幸を引き摺りながらも、決して成功に甘んじることなく確信に満ちた歩みを進めていました。 それは、同じ時期にシングルとしてリリ−スされたハンブルグを聴くと良く感じられます。 一見すると同じ曲調のように聴こえてしまいますが、歌に思想性を持たせるという点に於いて、プロコル・ハルムの壮大な音楽の原点が形作られていました。 ここから彼らの長い旅が始まったといってもいいでしょう。 それは単なるロマンティシズムから芸術的な領域へと踏み込んだことを示していました。 やがてその作風は、シャイン・オン・ブライトリ−で完成の域を見るのです。 デビュ−当時は意外なことにザ・バンドのようなア−シ−なサウンドやブル−スも聴かせたりして、彼らの多面性を誇っていたのですが、それは通過点に過ぎなかったということをこのシャイン・オン・ブライトリ−が教えてくれました。 プロコル・ハルムの初期の傑作として評判の高いア・ソルティ・ドッグやホ−ムに於いてそ全てが凝縮されていたと言えるでしょう、気品と荘厳さをたたえながら輝いて。 特に4枚目のアルバム、ホ−ムではロマンティシズムとハ−ドなサウンドの融合を試みて、見事なまでのアンサンブルを生み出しています。 しかしながらその一方でこのホ−ムは、彼らが新しい場所へと向い始めている事も示唆していたのです。 そのホ−ムに納められていた名曲バ−ナ−ド・スト−リ−では青い影のイメ−ジを払拭して、従来にない新たな作風を見せてくれました。 まるで最小限の管弦楽団のように伸びやかであったのです。 それは、やがて後期の最高傑作と言われているグランド・ホテルで花開く事になります。 

  ケヴィン・エア−ズ

昼下がりのまどろみの中で、現実とも夢ともつかない不思議な時間のささやき。 風に揺れている窓の外の風景さえも、実は虚構の世界の出来事ではないのだろうかと、訝しがってしまうことって結構あるでしょう。 少しばかりの冷ややかな刺激と気だるい感性。 人生なんて果かない夢、と突き放してしまえれば楽なのですが、様々なしがらみがそれを許してはくれないのです。 さて、このお話の主人公ケヴィン・エア−ズは、その夢とも現実とも付かない不思議な時間の中を彷徨っている人でありました。 伝説的なプログレッシヴ・バンド、ソフト・マシ−ンのオリジナルメンバ−として活躍しながらも、僅か1枚のアルバムを残してこのス−パ−バンドを脱退してしまいます。 なんでもジャズ志向を日増しに強くしていったソフト・マシ−ンに反発しての脱退であったと囁かれていますが、本当のところは定かではありません。 彼の人生と同様に全てが茫洋として謎に包まれているのです。 ソフト・マシ−ン脱退後はスペインのイビサ島に引き篭もり、ある意味で革新的かつ独創的なアルバムを発表してくれます。 極めてプログレッシヴ、極めて怠惰、そして極上のワインのように魅了する響き。 ケヴィン・エア−ズの歌には日常から遠く離れてしまった疎外感が纏わりついていました。 若い時分にドラッグでぶっ飛び過ぎたのか、少しばかり箍が緩んだような不思議な感覚はそれ故に反って新鮮に聴こえてしまうのです。 一時はプログレッシヴロックのカリスマ的な存在でもあったのですが、彼の音楽にはそんな観念的な枠の中では図れない大きさがありました。 当然ながら彼自身もそういった定義づけとは無縁な存在なのです。 だってザ・レディ・ラッチェルという、とてもシュ−ルな歌を歌ってくれたかと思うと、カリビアン・ム−ンなんていう洒落たカリプソソングも、いとも簡単に披露してくれるのですから。 また、ストレンジャ−・イン・ブル−・スウェ−ド・シュ−ズも国籍不明な感覚の漂う名曲でした。 私たちが思っている以上に多彩な彼の音楽性は、あらゆるジャンルの音に精通しているかのように感じてしまいます。 代表作はエルトン・ジョンも参加したスウィ−ト・デシ−ヴァ−でしょうか。 この作品は1971年にリリ−スされた月に撃つの頃から較べると随分と丸くなってきたなあという気がいたしますが、そこかしこに彼のシニカルな微笑が見え隠れしています。 とても好奇心の強い人なのでしょう。 そういった意味でスウィ−ト・デシ−ヴァ−とは彼自身のことなのかもしれないですね。 また、ロキシ−・ミュ−ジックの天才と言われた、ブライアン・イ−ノやル−・リ−ドとの共通点が非常に多いのも目に付きます。 声の質感もとても似ていましたよね。 内なる狂気と不思議な感性を携えながら、今もなお旅を続けるケヴィン・エア−ズ。 彼こそ真の現代音楽の探求者なのかもしれません。

  ブ−ムタウン・ラッツ

例えば十代の頃の甘酸っぱい想いと、冷ややかに卓越したような感性。 出会うはずも無いものが出会ってしまった不思議な驚き。 それは、手術台の上でのこうもりガサとミシンの不意の出会いのようにシュ−ルではないにせよ、私たちを驚愕せしめる響きに満ち溢れていました。 ロックンロ−ルの古典的な本質をニュ−ウェイブという新しいベ−ルで包んだ時に、偶然に出来上がったのがブ−ムタウン・ラッツの素敵な音でした。 ホブ・ゲドルフの少しばかりヒステリックな歌声と、タイトでキュ−トなロックンロ−ル・サウンドが見事にマッチして、彼ら独特の音楽を見せてくれたのです。 また、スピ−ド感に満ちたリズムがその根幹でありまして、並み居るニュ−ウェイブのバンドの中でも出色のアンサンブルでありました。 畳み掛けるように弾み、踊るように弾けるのです。 何と爽やかな驚き。 ホブ・ゲドルフという人はきっと何かを引き摺っているなと思うだけでも、不本意かもしれませんがもう彼らの手の中に落ちていることになるのですね。 何時の間にか虜になってしまう喜び。 それこそが彼らの狙いだったのかもしれません。 代表作はトニック・フォ−・ザ・トロップスとザ・ファイン・ア−ト・オブ・サ−ファシングでしょう。 特に後者のアルバムは哀愁のマンディ−という名曲を配しており、彼らが大ブレイクするきっかけとなった名アルバムでした。 ブ−ムタウン・ラッツの音は聞き流そうとしても魂に突き刺さって来るのですが、それがまた非常に心地よい音として認識されてしまう不思議さもありました。 また、どことなく陰りのある旋律はホブ・ゲドルフの心象風景の表われ。 それは心を刺激して、感性を揺らすのです。 ニュ−ウェイブという先進性を背負った宿命のもとにロックンロ−ルを表現しようとしたら、ブ−ムタウン・ラッツの音がもっとも的を得ていたのかもしれません。 それは時代を掴んでいたということになると思います。 時としてはっとするほどデヴッド・ボウイにそっくりなフレ−ズや、コックニ−レベルと思しき旋律、あるいはスウィ−トのような香りも見え隠れするのですが、それはご愛嬌というものでしょう。 日本でも大ヒットした哀愁のマンディのコンセプトこそがブ−ムタウン・ラッツの真髄であったと思います。

  
ハットフィ−ルド&ノ−ス
 
遠い彼方へ忘れてきてしまった想い出。 ポウル・ボウルズの小説の世界のような不思議な空間。 レコ−ド・ジャケットがとても良かったのでずっと前から気になっていた、そんなレコ−ドってあるでしょう。 ハットフィ−ルド&ノ−スの2枚目のこのアルバムがまさにそれで、いつかは手に入れたいと思っていたそんな逸品でした。 そして、もちろん音もいい。 輸入盤がCD化されるまでは隠れた名盤としてマニアの間では延髄ものの作品でした。 そういえば、ファ−スト・アルバムのジャケットもまた違った趣で素晴らしかったですよね。 あの北国を空を思わせる暗い陰鬱な風景が心を捕らえて離さなかったのです。 キャラバン、ゴング、エッグといった英国独特なプログレッシヴ・ロックの中でも、また一際異彩を放っていたカンタベリ−シ−ンの申し子達、そのアバンギャルド集団のメンバ−が集まって結成した、言わばある意味でのス−パ−グル−プがこのハットフィ−ルド&ノ−スだったのでした。 特に元エッグのデイヴ・スチュワ−トの類まれなる才能がここでも輝いており、作曲面のみならず彼らの柔軟な思想性においてもこのグル−プの中心的な存在でありました。 何の変哲もないのですが、音楽を聴きながら誘惑されているような背徳の香りが彼の特徴ではないでしょうか。 ジャズの影響を強く受けたと思われるその自由なサウンドは、ある意味ではブライアン・オ−ガ−のクロスオ−バ−コンセプトにも通じるものがあったのですが、ハットフィ−ルド&ノ−ス独自の非常に洗練された旋律とアバンギャルドな空気が絶妙であったのです。 曲によってはフュ−ジョンのように伸びやかに疾走感のある切り口や爽やかさが見えたりします。 静かな風が心の中を吹き抜けていくような感覚。 それは日常的なものからのささやかな脱却なのではないでしょうか。 また、ハットフィ−ルド&ノ−スのメンバ−はテクニックが超一流であったので、流れるような演奏の波に押し寄せられるような心地よさがありました。 ジャズに傾倒しすぎに適度な場所で踏みとどまっている彼らのスタンスがいいですよね。 昔、晴れた日に永遠が見えるというタイトルの映画があったのですが、 ハットフィ−ルド&ノ−スの音楽も、永遠の彼方へと私たちを連れ去って行ってくれるような幻想に駆られます。 まるで懐かしい夢のように。 

  
ス−パ−・トランプ

風に吹かれつづけてしまった日、手のひらで水をすくい上げても零れるばかり。 残った水よりも零れ落ちていった水に心残りを感じてしまう、そんな切なさを秘めたような世界がス−パ−・トランプの旋律には隠されていました。 この手のモダン・ミュ−ジックにしては珍しくアメリカで評価を受けて、それが本国イギリスや日本にも飛び火した所を見ても、少しばかり変わった経歴だと感じます。 確かにオ−ルドジャズやジャグバンド風のアレンジ、それに映画のサウンドトラックもどきの演劇性がアメリカで支持された所以なのでしょう。 1940年代の香りと郷愁が私達の感性を翻弄してくれます。 時折聴こえてくるクラリネットの響きが妙に切なくて、懐かしさを呼び起こしてくれました。 クラリネットの斬新な奏法はもともとジャズから生まれたもので、当然ながらアメリカにおいては極めてポピュラ−で親しみを帯びた楽器であった訳なのです。 この辺のコンセプトもいかにもアメリカ受けしそうで、掴み方が旨いのかなという気もいたしました。 古さと新しさが同居したような、まるで現実と夢幻の境界線に位置する不思議な音色が彼らの特徴だと思います。 いつか何処かで聴いたような哀愁に溢れ親しみやすいメロディ-。 それは、何年かに一度は必ず聴きたくなってしまうような過去を遡る面白さです。 また、ヴォ−カルのリチャ−ド・デイヴィスのオペラのように甲高い声質や、タイトなリズムとハイテクニックなアンサンブルがス−パ−トランプの特異な雰囲気作りに一役買っていました。 時折プログレッシヴ的な展開も見せてイギリスらしさを感じさせるのですが、それはあくまでも味付けに過ぎず彼らの本質はモダン・ポップというところに集約されています。 それも飛びっきり上質のモダン・ポップ。 ス−パ−・トランプのアルバムの中では、アメリカでビッグヒットを記録したブレックファ−スト・イン・アメリカが代表作だと思いますが、そのアメリカにおいて評価を受けるきっかけになったこの危機への招待も雰囲気のあるなかなかの名盤でありました。 過ぎ去ってしまった時代の夢のような果かなさが素晴らしかったと言っておきましょう。

 ピ−ト・ブラウン&ピブロクト

ピ−ト・ブラウン&ピブロクトはモロッコのように無国籍な気配を漂わせて私たちを混沌とした世界へと誘います。 彼らの何とも捉えずらい独特な音楽は、一世を風靡したアシッド・ロックの継承者ようでもあり、サイケデリック・ミュ−ジックの残党のようでもありました。 それは、1960年代の後半から1970年代へと繋がって行く、あの黄金の時代を象徴するようなスリリングさに満ちています。 芸術性という言葉が無意味なほど特異な感性がすべてを支配していました。 彼自身の思惑はあくまでもジャズの本流を根底に据えたようなロックを展開するということ。 あるいはア−トとロックの融合。 そういえば、あの時代にはア−ト・ロックという言葉がしきりに業界を中心として持て囃されていましたね。 このグル−プのリ−ダ−、ビ−ト・ブラウンは、私も愛読する詩人のアレン・ギンズバ−グと同じビ−トニク世代を生きてきた人で、古くからジャズやロックの実験的な表現を試みてきた人でもあります。 彼もまたこの世代の恒として、したたかな策略と思想的な背景を背負っている人なのではないでしょうか。 デビュ−当時のピンク・フロイドにも関わっていたと書けば、そのサイケデリックでシュ−ルな音の一端をおわかりいただけるでしょうか。 鬱蒼とした霧やもやの中で光り輝く音楽とでもいいますか、幻と現実の区別が曖昧になってしまうような不思議な旋律を聴かせてくれます。 時にポップで時に難解。 特にデビュ−アルバムの1曲目等は斬新なビ−とトいいメロディ-といい最高に格好いい曲でした。 そういえば、日向ぼっこミュ−ジックの元祖ケヴィン・エア−ズにも近い雰囲気をもっていますね。 一貫してジャズとロックの狭間を埋めつづけてきたピ−ト・ブラウンですが、満を持して結成したピブロクトは業界筋にはすこぶる評判のよかったものの、商業用的に成功することはありませんでした。 まっ、無理もありませんフリ−・ジャズからの脱却を試みようとしていた時期のマイルス・デイヴィスのコンセプトと非常に似通っており、商業性を無視して音を追求したような作品は大衆的な支持は受けられないでしょうから。 また、1970年代という時代にしては進みすぎていたのかもしれませんね。 いま、改めて聴き返すとその斬新な音楽に愕然とさせられてしまいます。 



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