21・ キャプテン・アンド・ミ−/ドゥ−ビ−・ブラザ−ス
22・ ウォ−・チャイルド/ジェスロ・タル
23・ プレッツェル・ロジック/スティ−リ−・ダン
24・ ラム / ポ−ル・マッカ−トニ−
25・ 馬の耳に念仏 / フェイセス
26・ ジェシ・ウィンチェスタ− / ジェシ・ウィンチェスタ−
27・ イン・ロック / ディ−プ・パ−プル
28・ ハロ− / ステイタス・クォ−
29・ ハ−トに火をつけて / ドア−ズ

  21・ キャプテン・アンド・ミ−/ドゥ−ビ−・ブラザ−ス

ドゥ−ビ−・ブラザ−ス、まるで悪仲間が集まったような微笑ましいネ−ミングに思わずわくわくしてしまいますね。 サザンロックのような野性味溢れる演奏と、ウェスト・コ−スト独特の爽やかなハ−モニ−の融合。 彼らは透き通るようなカリフォルニアの空の下で、ファンキ−なリズムにブル−スフィ−リングを絡ませて小気味良く疾走していました。 ドゥ−ビ−・ブラザ−スを語る上で欠かせないのが俊腕プロデュ−サ−、テッド・テンプルマンの存在です。 彼なくしてドゥ−ビ−・ブラザ−スの個性的な西海岸サウンドは生まれ得なかったし、また、逆説ながらドゥ−ビ−・ブラザ−スの存在なくしてテッド・テンプルマンのプロデュ−サ−としての資質も注目されなかったかもしれません。 彼の初めてのプロデュ−スが幸運にも彼らをウェスト・コ−ストを代表するバンドヘと導いていく事になります。 テッド・テンプルマンはハ−パ−ス・ピザ−ル時代からその才能の評価を受けてはいたものの、プロデュ−サ−としては未知数であったのでワ−ナ−・ブラザ−スとしても一寸した冒険だったかもしれませんね。 しかしながらそれは見事に実を結び、その後暫くはウェスト・コ−ストを代表するロックバンドの座に君臨する事になるのです。 彼らの最高傑作はやはりこのキャプテン・アンド・ミ−でしょう。 アルバムはのっけからファンキ−なギタ−とホ−ンが絡み合うナチュラル・シングからスタ−トします。 ヴォ−カルやリズム・セクションを意図的に押さえ気味にして、余裕を持ちながら焦らせていく静かなる幕開けといったところでしょうか。 その名の通り自然に心和ませてくれます。 そして、もっとも特筆すべきは続くロング・トレイン・ランニングにおけるトム・ジョンストンのギタ−カッティングのカッコよさでしょう。 当時このフレ−ズは日本のロックシ−ンでもプロ、アマを問わずに羨望の的でありました。 多くのギタリストがそのフレ−ズをコピ−してその後のロックギタ−に多大なる影響を与えたのです。 ことギタ−にだけ関して言えば、それはジミ・ヘンドリックスの偉業に匹敵するような仕事だったかもしれませんね。 3曲目のチャイナ・グロ−ブドゥ−ビ−・ブラザ−スらしいファンキ−かつワイルドなのりでぐいぐいと引っ張ってくれます。 でも、それはあくまでも爽やかでウェスト・コ−ストの風と太陽の出会いのようでした。 トム・ジョンストンのギタ−がここぞとばかりに気持ちよく踊っていますよね。 ドゥ−ビ−・ブラザ−スの音楽には旅心を擽るような哀愁と、ブル−スを礎にした何ともいえない味わいのある渋さがありました。 それは、皆で苦楽を共にした生活の中から生まれ出て、彼らの身に自然に染み付いた感性なのでしょう。 土と埃とミュ−ジック。 ウェスト・コ−ストから国境へ向けていく道路にはドゥ−ビ−・ブラザ−スの素晴らしい音楽にマッチする風景が点在していることでしょう。 丁度、サウス・シティ・ミッドナイト・レディの美しさのように、それは私たちを異国の世界へと誘ってくれます。   

 22・ ウォ−・チャイルド/ジェスロ・タル

前作パッション・プレイはバレ−音楽に挑戦した意欲作であったのですが、その評判が芳しくなかったためにこのウォ−・チャイルドは何時になく聴き易い展開の音になっていました。 彼らにしては珍しいほど近年になくロック的であったと言えます。 ハ−ドでヘヴィ−なギタ−を前面に押し出して、従来のアコ−スティックで叙情性のあった旋律を払拭するように、圧倒的にたたみ掛ける音は今までにない力強さと明るさに溢れていました。 それは計算した事ではなかったにせよ、意外なほどにジェスロ・タルのシュ−ルな特性を強調する効果があったのです。 ともすれば単調に成りがちだった気風を緊迫感のある音に変えて、最後まで飽きることなく聴かせてくれます。 こんなにもハ−ドなギタ−と幻想的なフル−トが、絶妙なアンサンブルを形作るとは当のイアン・アンダ−ソンも考えていなかったかもしれないですね。 静と動のメリハリを際立たせたそれが成功の最大の要因でありましょう。 早くからこの方法論を取り入れていたら、プログレッシヴ四天王の一角にさえ入り込めたかもしれません。 それ程、このウォ−・チャイルドは小気味よいアルバムに仕上がっていました。 そして、これまた意外にもこのアルバムには、バングル・イン・ザ・ジャングルというシングルヒットのおまけまで付いていたのです。 およそジェスロ・タルとシングルヒットは関連付けできないのですが、それも1つの試みとして彼らのキャリアを傷つけるものではありません。 イアン・アンダ−ソンは、そのバロック王朝の貴族のような風貌からは想像も出来ないのですが、思ったよりも洒落の解かる人でその辺の妙味がジェスロ・タルの個性なのかもしれませんね。 ということは、ウォ−・チャイルドも単なる気まぐれの産物だったかなと懐疑的になってしまいますが、その後の作品でもこのコンセプトが使われているので新しい道を開拓したと考える方が妥当でありましょう。 確かにシリアスな思想だけではこの手の奥行きは創造出来ないという事実を証明して見せ、その後のジェスロ・タルの方向性を決定付けた快作だったのです。

  23・ プレッツェル・ロジック/スティ−リ−・ダン

いつもながら洒落たタイトルをつけてくれるスティ−リ−・ダンのサ−ドアルバムがプレッツェル・ロジックでした。 邦題は確かさわやか革命となっていたと思います。 数ある彼らの作品の中でもおそらく先進性とコマ−シャリズムが良い形で飽和した最高傑作でありましょう。 まだ、ドナルド・フェイゲンの影響力がほどほどだったことが、独特なポップな側面を残したまま良い結果となって結実したのです。 それに、ジェフ・スカンク・バクスタ−もドゥ−ビ−・ブラザ−スへ移籍してなかったしね。 次回作のケイティ・リ−ドからはドナルド・フェイゲン好みのジャズ色を強めていったので、この作品がスティ−リ−・ダンの分岐点であったのかもしれません。 スタ−トナンバ−のリキの電話番号は、霧のかかったような不思議なリズムとタイトなビ−トに導かれて擬似空間を体験させてくれます。 すべてが溶け出してしまうような超現実的でフワフワとした感覚。 多分、その茫洋として、たおやかな感覚はドナルド・フェイゲンの卓越したキ−ボ−ドから生み出されていたのでしょう。 何ともいえず印象に残ってしまう名曲ですね。 スティ−リ−・ダンの一貫してその底辺に流れているのは都会的に洗練された感性で、当時のロックの状況を考えると極めて異色な存在だったのかもしれません。 そんな彼らですが、ビ−トルズに通じるような最高のポップセンスも時折見せてくれてことも忘れてなかったのです。 バリ−タウンから来た男などはその最たるものでしょう。 ある意味ではそれがスティ−リ−・ダンの伝統であったのですが、その後の彼らはストイックなまでの音との格闘の道を選んでしまう事になります。 私としてはプレッツェル・ロジックで完成されたスティ−リ−・ダンのコンセプトと揺れるような旋律を、ずっと追求して欲しかったなという気持ちが強いのですが。 ファ−ストアルバムのドゥ−・イット・アゲインや輝く季節の目くるめくような感覚に痺れてしまっていましたので。 まっ、何はともあれその後のスティ−リ−・ダンの大成功はご存知の通りなのですが、まだ、爽やかさを残したままのこの時期の最高傑作でありましょう。 

  24・ ラム / ポ−ル・マッカ−トニ−

ポ−ル・マッカ−トニ−の玉手箱、それがこのラムです。 メロディメ−カ−としては世界一の才能を持ちながらその天才ゆえなのか、ポ−ルさんは時として気を抜いてアルバム1枚適当に作ってしまうことがあるのです。 しかしながら、本気を出して真っ当に取り組めば傑作をいとも簡単に創作してしまう。 そんな1枚がこのアルバムなんですね。 当時のポ−ル・マッカ−トニ−には本気を出さざるを得ない諸々の事情が山積していました。 いわゆるジョン・レノンとの確執。 また、アップルを巡る裁判沙汰。 そして、ファ−スト・ソロ・アルバム対する酷評の数々など、天才ポ−ル・マッカ−トニ−のプライドを傷つけるような事柄ばかりだっのですね。 そんなら、やってやろうじゃあないのと言ったかどうかは定かではありませんが、聴いての通りのポ−ル・マッカ−トニ−を代表するアルバムになってしまいました。 しかし、発売された当初はこの作品も好意的な評価は受けておらず、1回聴いただけで大絶賛して回った私としては不本意だったことを憶えています。 こんなに最高なのになんでなのという気がありましたね。 幕開けのトゥ・メニ−・ピ−プルからして圧巻で、シンプルな構成ながらも後にウィングスの最高傑作たるバンド・オン・ザ・ランへと受け継がれていく、素朴で軽快なメロディ−ラインがわくわくさせてくれます。 続く3レッグスはブル−スを基調にした快作、それにしてもポ−ル・マッカ−トニ−にブル−スとは意外なマッチングだと思いました。 ラム・オンの切なさ遣る瀬無さは彼の当時の状況を代弁しているのか、哀愁を帯びた旋律に引き込まれてしまいます。さあ、4曲目のディア・ボ−イからはもう誰にも止められないポ−ル・マッカ−トニ−の独壇場。 ビ−トルズ時代に見せてくれた素晴らしいメロディ−が続々と出て来るのです。 アンクル・アルバ−ト/マルセイ提督、スマイル・アウェイ、故郷のこころ、モンク・ベリ−・ム−ンディライト、と流れるように続いて、最後のザ・バック・シ−ト・オブ・マイ・カ−に至るまであの名作アヴィ・ロ−ドを髣髴とさせる名曲のオン・パレ−ドでありました。 そういえば、アルバムの構成も妙にアヴィ・ロ−ドに似ていたなあ。 また、このラムは録音の殆どをニュ−ヨ−クのスタジオでしているらしく、大都会の慌しさに塗れる事もなく実に仄々とした朴訥さがあって、それがまた今までのポ−ル・マッカ−トニ−にないよい味を出していますね。 都会の喧騒の中で真剣に音楽に対峙した、そんな心情が見て取れます。 たとえ何人といえどもこの傑作アルバムを越えること出来ないのだと、つくづく思い知らされてしまう1枚でありました。 

  25・ 馬の耳に念仏 / フェイセス

ロックンロ−ルの全てを知り尽くしたような子供たちが、そのまま大人になってロックンロ−ルを演奏し始めた。 そんな、ダウンタウンのサクセススト−リ−を想像してしまう、粋なロックンロ−ルバンドがフェイセスでした。 このアルバム馬の耳に念仏がリリ−スされた頃の彼らは、その長いロック人生の中でも絶頂期でありまして、まさに油の乗った演奏を聴かせてくれますが、それは当時のブリティシュロックシ−ンの成熟した姿でもあったのです。 名プロデュ−サ−、グリン・ジョ−ンズを迎えて彼らのエネルギ−を爆発させたのですね。 ブリティシュロックの種は1960年代にザ・フ−やロ−リング・スト−ンズ、そして、スモ−ル・フェイセス、ヤ−ド・バ−ズ等により、数あるクラプシ−ンのライヴの中で培われました。 それが一気に巨大なエネルギ−として噴出したのが1970年代だったのです。 リズム・アンド・ブル−スやブル−ス、それにブリティシュ・トラッドを見事に消化したそのサウンドは、ロックンロ−ルとして華麗に花開いていたのですね。 ロッド・スチュワ−トもまたソロ・ヴォ−カリストとしての地位を確立していた時であり、こちらもかなり油が乗ってまして、フェイセスとの掛け持ち的な関係も卒なくこなしておりました。 さて、フェイセスの3枚目となるこのアルバムなのですが、先程も述べた通り1970年代のブリティシュロックシ−ンを代表するような、当時の爆発的なエネルギ−を凝縮した名盤だったのです。 前作のロンク゜・プレイヤ−から引き継いだ、土の香りのするかっこいいロックンロ−ルと粋で洒落たサウンド、それらの全てがフェイセスの魅力として輝いていました。 全編を通して、本当にかっこいい音楽とはこんなものさと教えてくれているようなフェイセスの面々。 メンバ-のほとんどがお酒好きの愛すべきロックンロ−ラ−たち。 パブで一杯やりながら聴いてみたい気もいたします。 さて、のっけからジュディズ・ファ−ムの乗りの良いロックンロ−ルに煽られて、ギタ−、キ−ボ−ド、ヴォ−カルの絡み合う様は圧巻でありました。 何も考えないでじっと浸っていたいような素敵な音なのです。 続くユ−・ア−・ソ−・ル−ドもブギウギ調のロックンロ−ル。 兎に角ロックンロ−ル、それでもロックンロ−ル、されどロックンロ−ルといったような徹底した姿は、裏づけとなる土壌がしっかりしているだけに見事な味わいを出してくれるのです。 圧巻はシングルでも大ヒットした、フェイセスのというよりもブリティシュロックシ−ンを代表する名曲スティ・ウィズ・ミ−でしょう。 イアン・マクレガンのキ−ホ−ドが縦横無尽に暴れて彩りを添えれば、ロン・ウッドのギタ−も踊りまくっていました。 これが俺たちの音楽なのさというかっこよさ、それがフェイセスなんですね。

  26・ ジェシ・ウィンチェスタ− / ジェシ・ウィンチェスタ−

通り過ぎてきた街並みを懐かしみ、それでも歩みを止めないで立ち去っていく。 常に進んでいかなければいけないという宿命の元に生まれてしまったかのように。 ジェシ・ウィンチェスタ−はその優しく繊細でいてなお朴訥とした歌声とは裏腹に、過酷な人生を生きた人でもあったのです。 そう思いながらジャケットの写真を眺めてみると、やはり何処となく哀しげな表情に写ってしまうのは気のせいではないでしょう。 彼の何かを訴えかけるような瞳に圧倒されてしまいます。 1970年当時のアメリカはあのヴェトナム戦争の真っ只中でありまして、彼はその戦争への徴兵を拒否してカナダへと逃亡してしまいます。 それがどれほどの罪になるのか遠い日本に居ては知る由もないのですが、軽く見ても国籍剥奪くらいのことにはなっていたのではないでしょうか。 どうしてこういうことを書いたのかと言いますと、彼のデビュ−アルバムにして最高傑作といわれたジェシ・ウィンチェスタ−というアルバムの根底には、故国アメリカに対する切実なまでの郷愁が流れていたからです。 故郷はいつでも帰ることができると思っていると大したことはないのですが、いざ帰りたくても帰れないとなってしまったら、それはそれは切実なものだと思います。 そういえば、石川啄木や室生犀星の哀しい郷愁にも似た想いであったのかなと考えてしまいました。 ですから先程のジャケットの写真のような哀しげな瞳になってしまうのですね。 名盤復活シリ−ズの目玉のひとつであったこのアルバムは、フィフス・アベニュ−バンドのアルバムとと並んで名盤中の名盤であったというのは誰もが認めるところでしょうね。 そのジェシ・ウィンチェスタ−の滾るような想いを凝縮させた名曲がこのアルバムの2曲目のビロクシという歌でした。 切々と感情を押し殺すように静かに歌うその歌が、かえってジェシ・ウィンチェスタ−の高ぶる気持ちを表しているのだと思います。 遠いカナダの地において夢は故郷を駆け巡るといったところでしょうか。 その切ない歌詞をウッドストック・サウンドで見事に装飾したのは、あのザ・バンドのロビ−・ロバ−トソンでした。 もともとは、カナダで知り合った彼をアンペックスという小さなレコ−ド会社に紹介したのもロビ−・ロバ−トソンだったのです。 ですから、一連のウッドストックサウンドとは趣の違った空気が流れているのは、やはりカナダで録音されたせいなのでしょう。 また、ブランド・ニュ−・テネシ−ワルツやヤンキ−レディといったピロクシに匹敵するような名曲も納められており、1970年に発売された当時から静かなブ−ムを呼んでいたことも肯けます。 誰もが抱いている郷愁を優しく確認させてくれる、ジェシ・ウィンチェスタ−のこのレコ−ドはそんな名アルバムであったと思います。

  27・ イン・ロック / ディ−プ・パ−プル

時代がそれを求め、ア−ティストが答え得るべき才能をもち、運命がそれを許してくれる、そんな幸運の女神の祝福を受けたようなことが重ならないと、最高の芸術とは生まれて来ないのかもしれません。 歴史は繰り返されるという格言がありますが、ディ−プ・パ−プルの最高傑作イン・ロックの素晴らしさは再び再現される事は無いでしょう。 ディ−プ・パ−プル史上最強のメンバ−によってもたらされたこの作品を、我々はどう祝福すればその正当な評価と受け取ってもらえるのでしょう。 もはや、言葉さえ空しくなってしまうほどの傑作だったのです。 このアルバムにおいてはリッチ−・ブラックモアとジョン・ロ−ドの力関係が極めて対等であり、それがクラシックの叙情性とハ−ドロックの激情が旨くバランスされている理由でしょう。 それは脱皮する前の蝶の瑞々しさにも似て、我々に新鮮な衝撃を与えてくれたのです。 次第に台頭し始めたリッチ−・ブラックモアのギタ−と、それまでディ−プ・パ−プルを支えつづけてきたジョン・ロ−ドのキ−ボ−ドのバトルは凄まじい火花を散らしています。 それが見事に結実したのが世紀の傑作、チャイルド・イン・タイムでしょう。 初めてこの曲を聴いた時の驚きと感動を今でも忘れることはできないし、この曲はディ−プ・パ−プルにしか作りえなかったという事実を確信したのです。 静と動の対比の見事さやクラシックをロックとして位置付けることが成功した数少ない例だと思います。 おそらくは彼らの最高のパフォ−マンスとして世々に語られることでありましょう。 静寂の中の迸る情熱。 そして、一糸乱れぬアンサンブルの素晴らしさ。 どれをとっても最高とはこういう事なのだと教えてくれましたね。 彼らが新たな世界へと、羽ばたく前の瞬間だったからこそ輝いた希少な作品だったのかもしれません。 果たして、時代がそうさせたのでしょうか。 また、ハ−ド・ラヴィン・マンにおけるリッチ−・ブラックモアのギタ−は、まるで封印を解かれたかのように、縦横無尽に暴れ、風のように飛び、そして、狂おしく泣いています。 それは、念願の自由をやっと手に入れた鳥のようでもありました。 ディ−プ・パ−プルは、この名作イン・ロックを境にして、リッチ−・ブラックモア主導のハ−ドロック路線を継承していくことになるのですが、不幸にもこの作品を越えるアルバムを作ることはできませんでした。 もちろん、商業的には大ヒットしたマシ−ン・ヘッドが数段上を行っているのでしょうが、完成度の高さや情念においてはこのイン・ロックを越えることはできなかったのです。 そう、時と運命を味方につけたイン・ロックに及ばないのは当然のことだったのですね。 

 28・ ハロ− /  ステイタス・クォ−  ジャケット写真はパイルドライバ−

理屈抜きでカッコよくて単純だけど心地よい。 ステイタス・クォ−はそんなブギ−の楽しさを追求してくれたロックバンドだったと思います。 元々はブル−スから派生したブギウギのリズムは人間にとってもっとも波長の合う音楽なのではないでしょうか。 体が自然にリズムを刻むあの立て乗りの気持ちよさは、これが音楽の原点なんだなと感じてしまいます。 時は1973年、イギリスのヒットチャ−トのNO・1を独走していたハロ−というアルバムがありました。 ハロ−?ステイタス・クォ−いったい誰なの?といった感じが正直なところだったでしょうか。 当時は日本のラジオでもオン・エア−された事が無く、彼らの情報は皆無と言ってよかったのですね。 イギリスの人が聞いたら怒られそうですが本当なんです。 しかしながら、日本では殆ど馴染みがなかったにも関わらず、ステイタス・クォ−というバンドのこのアルバムが妙に気になっていた私は、ある日レコ−ド店でこのハロ−を試聴させてもらいまして、そのブギ−のカッコよさにすっかり虜になってしまったことを憶えています。 こんな凄いバンドがまだ居たんだなあと、あらためてブリティシュ・ロックの奥の深さを垣間見たような気がいたしました。 そういえば、日本でもキャロルやファニ−・カンパニ−が注目され始めていた時期でもあった訳です。 ステイタス・クォ−は難しいことは少しもやって無い、しかしそのブギ−のリズムが創り出すは心地よさは一度聴いてしまうと忘れられないくらいの魅力がありました。 口が悪い人はワン・パタ−ンだとか進歩がないとか言うかもしれませんが、そんなことは何処吹く風、音楽の真の楽しさを教えてくれる素晴らしいお兄さん達なのです。 何度も言いますが、ブギ−は人間の生態系にアピ−ルするのですね。 そんな彼らの最高傑作となると、何と言ってもこのハロ−を挙げないといけないでしょう。 ジャケットをお見せできなくて残念なのですが、ダ−クグレ−地のバックに黒抜きの4人が手を挙げて観客の盛大な歓声に応えている。 まるで、ステイタス・クォ−のイギリスでの人気を象徴するような、そんなイメ−ジが膨らんでしまうデザインになっていました。 1曲目のロ−ル・オ−バ−・レイダウンから最後の曲4500回まで、出色のカッコよいブギ−で彩られていたのです。 う-ん、何か人間国宝にさえしたいような気になってしまいます。 事実、イギリスでは王室御用達バンドとも言われていましたっけ。 マイ・フェバリットは2曲目のクラウディ。 軽やかなハ−モニ−とブギ−のリズムが交錯した素晴らしい名曲でした。

  ハ−トに火をつけて / ドア−ズ

僕は見た、狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを・・・ビ−ト世代の代表的な詩人であり当時の怒れる若者達の代表者、アレン・ギンズバ−グの名作詩集吠えるはこの一節から始まります。 その美しすぎる一節が、私にはまるでドア−ズの為に用意されたフレ−ズのように思えてしまうのです。 彼らが突き詰めていかなければならなかった狂気とは、閉塞的な時代の中でのささやかな抵抗であったのかもしれません。 何故ならアメリカはヴェトナム戦争という建国以来の狂騒と危機に直面していたのですから。 当時、若者達には現実からの逃避こそが自らの存在証明と理解しているかのように、サイケデリック・ミュ−ジックやドラッグへと救いを求めていたのです。 なんとも切ない状況だったと思います。 しかし、そういう泥沼の状況からも希望は生まれてくる。 混沌とした中からこそ素晴らしい傑作が誕生していきました。 ドア−ズのデビュ−作にして最高傑作、そして当時の閉鎖的な状況を打破しようとした名作、それがこのハ−トに火をつけてだったと思います。
天才ジム・モリソンの淡々として静かな感性と冷たく沈み込んだ思想。 それは不思議な世界を現実の元に曝してしまう魅力があったのです。 彼の秀逸なヴォ−カルは時には情熱的に、また時には狂気さえ感じさせるように揺れていました。 シングルでも大ヒットしたハ−トに火をつけてはそんな彼のク−ルな感性と情熱的な演奏が見事に結実した名曲でした。 なんと7分にも及ぶ大作だったのですが、息をつく間もないほどの圧倒的なエネルギ−に魅せられてしまいます。 キ−ボ−ドがジム・モリソンのシュ−ルなヴォ−カルに絡みつく様はまさに圧巻でした。 かつて私はジム・モリソンの内証的な表現こそがドア−ズだと言った事がありますが、ドア−ズ自身の内証的な表現こそがハ−トに火をつけてだったのではないでしょうか。 美しき友よこれで終わりだと歌われるジ・エンドにしても、静かにしかしながら確実に終末へと近付きつつある運命を感じさせます。 悲劇的な運命を冷ややかに捉えなくてはならない過酷な現実こそが、彼らにそうさせたのでしょうか。 一般的にはセカンドアルバムの評価が高いのですが、私にとってはこのハ−トに火をつけてこそが彼らの最高傑作だと思います。 閉塞的な時代を見事に凝縮した美意識に溢れています。 運命を享受する美しさ。 それこそがドア−ズとジム・モリソンの美学であったのではないでしょうか。