
1・ウォ−レン・ゼボン
2・ニ−ル・ヤング
3・ジム・クロウチ
4・ポ−ル・ウィリアムス
5・ハリ−・ニルソン
6・グラム・パ−ソンズ
7・ニック・デ・カロ
8・ロッド・ティラ−
9・トム・ジャンス
10・エリック・アンダ−セン 以下近日登場
11・ジェリ−・ジェフ・ウォ−カ−
12・ピ−タ−・ゴ−ルウェイ
13・ジョン・セバスチャン
14・ヴァン・ダイク・パ−クス
15・フレッド・ニ−ル
16・ジョン・スチュワ−ト
17・スティ−ヴン・スティルス
18・ジェシ・コリン・ヤング
19・ア−ロ・ガスリ−
20・ティム・ハ−ディン
ウォ−レン・ゼボン
1970年代にウェストコ−ストの夢を届け続けてくれたアサイラム期待の新人がこの人ウォ−レン・ゼボンでした。 当時のウェストコ−スト・サウンド・フリ−クには憧れの的であったアサイラム、今でもその懐かしい響きには胸が熱くなってしまいます。 かのジャクソン・ブラウンを初めとして、リンダ・ロンシュタット、イ−グルス、トム・ウェイツ、ジョン・デヴィッド・サウザ−、サウザ−・ヒルマン・ヒュ−レイバンド、ジョ−・ウォルシュ、ジョジョ・ガン、クリス・ヒルマン等の優れたア−ティストを輩出し、あの青空のレコ−ドレ−ベルのデザインが、何処までも続くカリフォルニアの夢を象徴しておりました。 私などはレコ−ドジャケットにアサイラムのロゴ・マ−クが付いてさえ入れば、どのア−ティストにせよそれだけで名作なのだと思い込んでいた時期もあったくらいです。 また、ミュ−ジシャンの信頼も厚く多くのウェストコ−ストのア−ティストの登竜門でもありました。 そんなアサイラムの期待を受けてデビュ−したウォ−レン・ゼボンなのですが、何とデビュ−アルバムはあのジャクソン・ブラウンがプロデュ−スを担当しておりましたので、その力の入れようが解かろうかというものです。 男だねぇ-と声を掛けたい位の気骨な彼の歌は、繊細でナイ−ブなジャクソン・ブラウンの歌とは正反対のように感じますが、お互いの音楽の根底に流れている現実を直視する魂は、合い通じるものがあったと思います。 そんなウォ−レン・ゼボンは、一見するとハンサムな優男に見えます。 しかし、どうして、どうしてそのサウンドは極めて骨太であり、よく響き渡る重厚な声が男っぽいロックを聴かせてくれるのです。 典型的なウェストコ−スト・サウンドの洗礼を受けながらその作り出す音楽は、私たちが連想するカリフォルニアの青い空と爽やかさからは程遠く、いい意味で男臭さを前面に押し出したアサイラムにしては異色な存在でありました。 しかしながら現実をしっかりと見据えて唄う彼の姿には多くの人が共感を覚え、商業的には成功した人ではないのですが熱狂的なファンも多かったですね。 ミディアムテンポで切々と哀愁を込めて時には激しく唄うウォ−レン・ゼボン、私は彼の事を遅れてきた革命家と呼びました。 彼がデビュ−した1976年はすでにカリフォルニアの夢が色あせ始め、ひとつの伝説に終止符が打たれようとしていたのです。 しかし、そんな過酷な現実を背負いながら自分の道を歩きつづけたウォ−レン・ゼボンに心から拍手を送り、敬意を表したいと思います。 脈々と流れている血が男気そのものなのですね。 彼は嬉しい事に21世紀になった今も地道な活動を行っているとのこと。 カリフォルニアの夢はあの時代を生きたぞれぞれの心の中にいつまでも生き続けていることを忘れないでおきましょう。
流離いの旅人 ・ ニ−ル・ヤングについての詳しい解説はこちらへ 
ジム・クロウチ
リロイ・ブラウンは悪い奴とコミカルに唄っていたジム・クロウチは自分自身も本当に運の悪い人でした。 リロイ・ブラウンは悪い奴が大ヒットしてさあこれからという時に、不幸にも飛行機事故で亡くなってしまったのです。 その悲劇的な事故は全米中の涙を誘い、親しみやすく愛くるしいジム・クロウチの風貌も手伝って、瞬く間に、ジムに手を出すな、ライフ・アンド・タイムス、アイ・ゴット・ア・ネ−ム等の数枚のアルバムがヒットチャ−トを駆け上がっていきました。 そして、全米中の悲しみが薄らいでしまってもトップ10を降りていくことはなかったのです。 私の記憶が確かなら2年間くらいはどれかのアルバムがヒットチャ−トの上位にランクされていたと思います。 ヒットすることがすべてだとはいいませんが、ジム・クロウチの歌には支持されるべくして支持される素晴らしさと優しさがありました。 決して綺麗な声ではなくどちらかといえばダミ声の部類に入る朴訥さ。それと対照的に美しすぎてため息が出るほどの旋律。 そして、忘れてはならないコミカルさ。 考えてみますとアメリカで国民的な英雄になるだけの素質を充分に持ち合わせていましたよね。 難しいことは何も無く、自然に唄いつづける彼の姿はずっと私たちの心の中に残っていくことでしょう。 リロイ・ブラウンは悪い奴、タイム・イン・ア・ボトル、ジムに手を出すな、オペレ−タ−、アイ・ゴット・ア・ネ−ム、朝の足音、スピ−ド・ボ−ル・タッカ−、歌にたくして、ロ−ラ−・ダ−ビ−・クィ−ン、アラバマ・レイン、数え上げたらもうきりが無いくらいの名曲たち。 3枚のアルバムに納められている全ての歌がヒットしても可笑しくないほどのクオリティの高さ。 本当に素晴らしかったですね。 どんなに言葉をつくしても、もうジム・クロウチは帰ってこないのですが、せめて1970年代という音楽が一番輝いていた時に、リアルタイムで彼の歌と過せた事を救いとしなければいけないのでしょう。 ジム・クロウチははな髭とギョロッとした大きな目玉の優しそうなおじさんで、誰からでも愛された数少ないミュ−ジャンの一人ではないでしょうか。 人の感動を誘う余りにも美しすぎる旋律と人懐っこくて優しさの溢れたメロディは、さあこれからと言う時だっただけに残念でならないのですが、時代は変わり、時は過ぎ去っても心の中から彼と彼の歌が消えることは永遠にないでしょう。
ポ−ル・ウィリアムス
その優しさに溢れたメロディがポ−ル・ウィリアムスの持ち味だったのですが、それは軽快に弾むというよりも憂いを帯びて何処となく切なくもありました。静かな雨の日に窓の外を眺めながら、佇むような風景が似合っていたと思います。心の中を誰にも見せないでピアノに向かうポ−ル・ウィリアムス。ジャケットの写真からはそんな勝手な想像さえ生まれてきそうです。そんな哀愁を帯びた歌の数々が、静粛な気持ちを呼び覚ましてくれて真摯な時を共有できるのだと思います。また、ポ−ル・ウィリアムスは彼自身のヒット曲よりも他のア−ティストが取り上げてビッグヒットとなった歌が多いのも彼の特徴でしょう。その代表格がスリ−・ドッグ・ナイトが歌って全米NO.1を独走し続けた、アン・オ−ルド・ファションド・ラブソングです。その旋律はおよそラブソングのイメ−ジからかけ離れていましたが、何度となく聴いていくうちに悲しく切なくもある独特な曲調の虜になってしまい、ポ−ル・ウィリアムスの不思議な世界に引き込まれてしまいます。また、カ−ペンタ−ズが歌ってヒットした愛のブレリュ−ドも絶品で、ポ−ル・ウィリアムスのオリジナルの方がカ−ペンタ−ズのそれよりも数段素晴らしい出来栄えでした。彼の、小柄でミュ−ジシャンらしくない風貌も相まって、異才の人との感も大変強かったのですが、それ故にその聡美な響きがいっそう美しさを引き立たせて降りました。私はポ−ル・ウィリアムスとミュ−ジカルの大天才、アンドリュ−・ロイド・ウェ−バ−との共通点の多いことを感じてしまいます。どちらも、大変綺麗な旋律と哀しげな情感を持ち合わせていて、聴き終った後の爽やかさは格別のものがあります。また、ご両人とも陽の当たる華やかな世界と、その裏側に潜んでいる人の哀しみを知り尽くしているような気がするのです。ポ−ル・ウィリアムスその人は、現代の吟遊詩人という形容がぴったりとする孤高の品位を漂わせて、時の旅人となるのでしょう。
ハリ−・ニルソン
映画真夜中のカウボ−イで唄われていたハリ−・ニルソンのうわさの男が耳から離れずにその歌の入ったレコ−ドを探し回った事がありました。30年程前のことです。そのフレッド・ニ−ル作の名曲うわさの男と対をなす、こちらも名曲の孤独のニュ−ヨ−クの存在を知り、ハリ−・ニルソンの不思議な魅力の虜になっていきました。当初は孤独のニュ−ヨ−クの方が真夜中のカウボ−イの主題歌になる予定だったらしくて、何かしら因縁めいたものを感じてしまいます。ハリ−・ニルソンがもと銀行員だったということは後で知ったのですが、その柔軟で多才な音楽性と繊細かつ風変わりな感覚からは前職のことが想像もつきませんでした。それまでは、アル・ク−パ−が唄っていた哀愁と孤独の佳曲ワンの作者であるという事ぐらいしか知らなかったのです。まっそれは兎も角としてハリ−・ニルソンはぐっと落ち着いた大人の雰囲気と粋で洒落た音楽を奏でながら、ファンタジ−の世界に迷い込んだような子供のように不思議な感覚も持ち合わせていました。この人本当にマジで音楽やっているのかなと思わせるほど、砕けすぎてまるで酔っ払いのような歌を作ったかと思うと、素晴らしい旋律でため息の出るような名曲も簡単に披露してくれるのです。孤独のニュ−ヨ−クやワンなんかはその典型ですよね。大都会で育ってきた人達の性なのでしょうが、このハリ−さんはひと所で落ち着いてじっとしているというようなタイプの人間ではなくて、つねに動き回っていないと気の済まない流離いのジプシ−のような人なんでしょう。血液型でいえば絶対B型ですよね。また、大酒飲みでつとに有名でありまして、そういえば、ニルソンとジョンレノンとキ−スム−ンの3人によって毎日のように繰り広げられた、1970年代の伝説、酒池肉林と思しき大酒宴はロック界の語り草になったほどです。でも何の因果なのか解かりませんが、残念なことにこの3人が3人とも今となっては帰らぬ人となってしまいましたね。風船のようにフワフワと浮遊してつかみ所の無い、変なおっさんだったのです。そんな、ハリ−・ニルソンの数多いアルバムの中でも最高傑作はと言うと、ニルソン・シュミルソンとジョンレノンがプロデュ−スしたプシ−・キャッツにつきるでしょう。前者は20世紀の名曲とまで言われ、大ヒットを記録したバッド・フィンガ−のウィズアウト・ユ−を収録していました。また、プシ−・キャッツの方はジョンレノンのプロデュ−スというよりも、共同作品の感があるアルバムでハリ−・ニルソンの声がジョンレノンそっくりに聞こえたのには驚かされましたね。このプシ−・キャッツはアルバムとしてもっとも纏まりのあった作品でしょう。1曲目の遥かなる河も旅心を誘う屈指の名曲でありました。
グラム・パ−ソンズ-早すぎた天使
イギリスの伊達男エルヴィス・コステロさえも一目置いていたグラム・パ−ソンズ。彼の透き通った青い瞳の彼方にはいったい何があったのでしょう。映画付いた話題で申し訳ないのですがノッチング・ヒルの恋人という一寸洒落た映画が昨年封切られまして、その中にエルヴィス・コステロが歌って大ヒットしたシ−という名曲がありました。何とも切なく歌い上げられたバラ−ドは心を揺さぶる響きに満ちていまして、聴き終わった後に心洗われる気持ちを抱かせてくれます。エルヴィス・コステロにしては珍しく思い入れが強かったらしくて、原曲の雰囲気を損なうことなく丁寧に歌っていました。その名曲シ−の作者こそが伝説のグラム・パ−ソンズなのですね。早すぎた天使。人は彼のことをそう呼んで敬意を表しました。まだカントリ−・ロックという言葉が生まれる遥か以前よりその音楽に目覚め、先駆者としてカントリ−・ミュ−ジックとロックの融合に大きな功績と実績を残してくれたその人なのです。グラム・パ−ソンズが音楽関係者の注目を浴びるようになったのは、ウェスト・コ−ストのフォ−ク・ロックを恒にリ−ドしてきた大御所ザ・バ−ズに参加してからです。ザ・バ−ズの中に於いては新人でありながら早くも頭角を表し、ロデオの恋人という傑作カントリ−アルバムを発表してしまいます。それまでのザ・バ−ズのイメ−ジを根底から覆すようなそのカントリ−アルバムは当時のロック界では賛否両論でありましたが、少なくともグラム・パ−ソンズの実力を世の中に知らしめるには充分だったのです。その後に、こちらもカントリ−ロックバンド、フライング・バリト−・ブラザ−スを結成し一世を風靡した後は、一番充実していたソロ活動へと移るわけですね。少し鼻にかかったような優しい声とハンサムな顔立ちで思い入れたっぷりにカントリ−・ロックを歌い、私たちを古きよき時代の想い出に浸らせてくれました。まるで何かに憑かれれたように、自分の帰るべき場所を求めて彷徨いながら、こころの音を探していたのです。アメリカの人達にとってのカントリ−・ミュ−ジックは我々が想像する以上に絶対的なものであり、人と人を結ぶ絆なのではないのでしょうか。エミル−・ハリスというよき理解者を従えてバスで流離いながら、まるで流れ者のように風を追いかけて数々の傑作を残してくれました。残念ながらわずか26歳という若さで亡くなってしまい、その短かった自らの音楽史に幕を閉じたのです。しかし、グラム・パ−ソンズの人生は、ロ−リング・スト−ンズが彼に捧げたワイルド・ホ−スという歌のように自由に生きて、私たちの心に息づいています。いつまでも。
ニック・デ・カロ
ジャマイカの月の下で今宵あなたと踊り明かそう。そんな粋なフレ−ズがよく似合うニック・デ・カロ。一時はAORの代名詞とまで言われたそのアルバム、イタリアン・グラフィティは隠れた名盤としてアダルトなロックファンにもて囃されていました。遥かな昔1974年のことです。ちょび髭をたたえた人の良さそうなおっさんからは、想像も出来ないようなロマンチックなメロディと甘く優しい歌声は、当時エキサイティングなロックファンであった私でさえも魅了されてしまいました。こういう世界もたまにはいいものだと何となく納得してしまえる潔さ。例えば彼女でも家へ招待した日の夕暮れ時には、ぜひともタ−ン・テ−プルにかけて欲しい一枚ですね、と決めゼリフもポンポンと飛び出してきそうな趣です。まっ、冗談はさておいて単なるAORやシティ・ミュ−ジックとして片付けてしまうには勿体無いほど素晴らしい旋律に彩られ、心を沈静化させてくれる不思議な魔力がありました。時にカリブソ、あるいはジャズにとニック・デ・カロの繰り出す手品のように、変幻自在に手玉にとられてしまいます。しかし、その手管の何と心地よいことでしょう。もしかすると1940年代、あるいはもっと遡って古きよき時代のミュ−ジカルの場面に流れてくるようなストリングスの響きは、ちゃきちゃきのロック世代からすると物凄く新鮮に聴こえてしまうから面白いものです。遠い昔に埋め込まれた遺伝子が懐かしさに踊りだしてしまうからかもしれません。当然ながら音楽に上下はありませんので、こういったロックと比べると異質な文化と受け取られるジャンルからも、学ぶべき点は数多いものだと思います。何故ならコ−ラス1つをとってみても、ビ−チボ−イズでも真っ青になりそうなほど調和していて驚かせられるし、タイトなリズムと簡潔に決めてくれるアレンジは超一流のスタジオ・ミュ−ジシャンが居てこそなせる技なのですから。実はこのバックにはデヴィット・T・ウォ−カ−を初めとする当時のクロスオ−バ−界のそうそうたるミュ−ジシャンがそろっておりました。やはり、名盤としてのプライドを持ちながら生まれてきたのですね。想い出したように突然聴きたくなってしまうアルバムです。
ロッド・ティラ−
たった1枚の素晴らしいアルバムを残して歴史の彼方に消えてしまった人ロッド・ティラ−。この人もアサイラム期待の新人だったのですが、カリフォルニア特有の明るさとア−シ−で癖になりそうなル−ツ・ミュ−ジックに通じる名作を届けてくれながら、この作品だけで彼の活動が終わってしまったとは何とも惜しい。そんな気にさせる人でありました。けっして派手なタイプの歌ではありませんが、誠実そうな人柄が偲ばれる、心にじっと染みてくる魅力に溢れています。ジャケットを見れば何処となく世捨て人の風貌も見せておりますが、潤沢な瞳はしっかりと前を見据えていますのでしっかりとしたポリシ−を持っているのでしょう。少し鼻にかかったような骨太でクリア−な声は、カントリ−・アンド・ウェスタンの流れを汲む歌い手のような気がします。また、スワンキ−な味のある渋い低音も中々のもので良いですね。そして、タイトでかつしっかりとしたバックの演奏にサポ−ト陣はは誰なのか思い見て驚きです。なんと、そのバックを努めるのはジム・ケルトナ−を初めとして、ライ・ク−ダ−、リ−・スクラ−、ビル・ペイン、ジム・ホ−ン、ジョニ・ミッチェル、ジェシ・ディヴィス、ボニ−・ブラムレット等の当時カリフォルニアにおける最高の、実に総々たるメンバ−であったのです。よくもまあこれだけの人を集めたものだと感心しますが、逆を返せばそれだけアサイラムの期待の大きかった事が伺えます。普通の新人であったならば、この面子に入ってしまうと萎縮して実力の半分も出せないような気がするのですが、どうして、どうして堂々たる歌いっぷりは大したものでした。ときおり聞かれるカッコイイスライド・ギタ−はライ・ク−ダ−なのか、それともジェシ・ディヴィスなのかと嬉しい疑問さえも湧き出てきますね。そして、そんな風に出来上がった作品は数あるシンガ−・ソングライタ−のアルバムの中でも、水準を遥かに越える名盤であったのです。それだけに、このアルバムだけでロッド・ティラ−の経歴が終わってしまった事がどうしても腑に落ちません。会社側のサポ−トの問題というよりも、本人の意欲の問題であったのでしょうか。それとも余りにも素晴らしい作品だったのでこの1作で満足してしまったとも考えられますが。彼の人生には放浪とか流離いとかいった言葉がキ−パ−ソンになっているような気がするのですが、その辺りにこの謎を解く鍵があるのかもしれません。レコ−ド屋さんで出合ったら絶対買いの一枚です。
トム・ジャンス
日本のフォ−ク・ソングの名曲に真夜中のギタ-という歌があります。 知っている人は知っているが、知らない人はまったく知らないという( 当たり前だね )懐かしい歌なのですが、思春期の琴線を微妙に擽ってくれる旅心溢れた名曲でした。 誰が歌っていたのか忘れてしまいましたが、深夜放送でよくかかっていたなあ。( 確か加賀ちはるだったと思いますが ) 私はこのトム・ジャンスの名曲ゴッタ・ム−ヴを聴く度に、何故か真夜中のギタ−を想い出して切なくなってしまいます。 それは、あの時代の懐かしさに通じるのからなのでしょう。 ゴッタ・ム−ヴは哀愁のあるメロディ−に男らしい骨太なロマンの香りを秘めて、爽やかな旅心を誘ってくれました。 いつかどこかで見たことのある街角の残像が私たちを素晴らしい世界へと呼んでいるのです。 彼の歌には、いつだってそんなロマンと想い出が凝縮されていました。 ワンス・ビフォ−・アイ・ダイも人生は短いのだから出ておいでよと誘いかけてくれる名曲。 アルバ−ト・ハモンドの大傑作、カリフォルニアの青い空に引けを取らないような爽やかさが秀逸でした。 もう、この2曲を聴いただけで私たちは涙が出てきそう。 また、ラストを飾るジ・アイズ・オブ・アン・オンリ−チャイルドもウエスト・コ−ストの夢を詰め込んだような名曲。 ジャクソン・ブラウンと双璧をなすような美しさにと詩情に私たちはただ溜息をもらすだけでした。 そんな、トム・ジャンスは感性を揺り動かされる実にいい声をしています。 この歌が収められたアルバム、ジ・アイズ・オブ・アン・オンリ−チャイルドは、隠れた名盤としてとしてシンガ−・ソングライタ−通の間では密かな支持を集めておりました。 1975年のことですね。 バックを固めるミュ−ジャンも、あのリトル・フィ−トのロ−ウェル・ジョ−ジを筆頭にデヴイド・リンドレイ、ビル・ペイン、ジェフ・ポ−カロ、チャック・レイニ−、等実にそうそうたる面々なのです。 アルバムの音が悪かろう筈がありませんね。 懐かしい響きに包まれたトム・ジャンスの声は、私達の内面を見据えているように時に力強く、また時には優しく聞こえました。 そして、それは心の奥底の悲しみとか、寂しさをひとつひとつ拾い上げて包み込んでくれるのです。 生まれついての旅人のように、あるいは天性の子供のように純粋な彼の歌は、一度でも耳にすると忘れられなくなってしまうほど魅力的でした。 まだ聴いた事がない人には何としてでも聴いて欲しい逸品だと思います。 そう、遠い異国へと旅立つ朝には、是非とも一緒に連れて行きたい音楽なのです。
エリック・アンダ−セン
長い間語り継がれてきた伝説を目の当りにして、新鮮な感動を味わい、改めて音楽の深遠な魅力を感じてしまいました。 その張本人エリック・アンダ−センは、孤高や伝説の人という表現よりも、素朴でナイ−ヴな感性を持ちながらな力強い男のバックボ−ンを兼ね備えている、イ−スト・コ−ストらしいシンガ−・ソングライタ−だと思います。 名作、ブル−・リバ−によってやっと日本でも脚光を浴びるようになりましたが、彼のキャリアは相当なもので、このブル−・リバ−にしても通算8枚目のアルバムになるとのこと。 余りにも美しく、そして、詩情と哀愁と男のロマンを感じさせてくれるこの作品は、音楽を愛する人であるならば避けて通れない免罪符のようなものだと思います。 ブル−・リバ−というその名の通りに、深く永い川の流れのような壮大な素晴らしさしさと、神聖な言葉や愛情に溢れた優しさに彩られていました。 訳もなく泣けてしまうような優しさなのです。 私は何故ここにいるのだろうという根源的な運命さえ感じてしまいました。 エリック・アンダ−センの力強いけれども人としての暖かさに満ちた歌声は、疲れきった心を優しく労わってくれるのではないだしょうか。 このまま何処かへ旅立ってしまいたい、そんな感傷的な浪漫に溢れています。 実を申しますと、こと1970年代のロックや音楽に関しては、少しばかり精通しその時代と共に歩いてきた自信のある私ですが、迂闊にもこの名作を見過ごしていました。 というよりも、当時聴いた時にはこの作品の魅力を感じられないでいたのです。 無理もない、いたいけな十代には、この荘厳な佇まいを見せながら、人の悲しみの底に流れる優しさを感じ取れといっても無理なことでしょう。 当時は、もろブリティッシュ系、それもプログレやグラムやツェッペリン一辺倒だったのですもんね。 アメリカのシンガ−ソングライタ−にしてもおもにウェストコ−スト系だけが主流のように思っていた年頃のことですから。 イ−スト・コ−ストの素朴な歌人の詩情を理解しろといっても解かろう筈もない。 そんな私でも、40代も半ば差し掛かり、少しは人生の本質や愛とかいったものの輪郭が解かって来るようになってやっと、この素晴らしい作品を少しは理解できるようになったのだと思います。 そう晩秋の頃に、一人して、お気に入りのお酒でも傾けながら、人生を振り返る時には彼に付き合ってもらいたい、そんな素晴らしい作品なのです。