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PERT-2


1・ キ−ス・ジャレット
2・ ストロウブス   
3・ ウィッシュボ−ン・アッシュ
 4・ ピンクフロイド   
5・ ロ−チェス
6・ ム−ディ・ブル−ス
7・ イエス
8・ ソフト・マシ−ン 

9・ ルネッサンス
10・ パプリック・イメ−ジ・リミテッド
11・ ヘンリ−・カウ  
近日登場





  キ−ス・ジャレット

ジャズ界の大御所憧れのキ−ス・ジャレットの登場とはまたまたの掟破りのようですが、しかし、プログレッシヴ・ロックの紹介の時に何度も書いているように、プログレッシヴ・ロックとは始めに思想ありきだと思うのです。私たちが何を感じ、何を思い、何を肯定するのかは、その時の置かれた状況や時代感覚やセンスによって左右されるのではないでしょうか。ですから、プログレッシヴ・ロックの定義ほど幅広く、また、深遠なものはないのですね。彼の代表作であるこのピアノソロだけの ケルン・コンサ−トは1975年当時のジャズ界に於いても充分にプログレッシヴでありましたし、見方を変えればクラシックのアルバムと捕らえられないこともないのです。あの時代はそういった自由な気質とジャンルを越えて領域を広めていく意欲に溢れていた思います。音楽に接する私の一番大切にしているポリシ−は先入観を持たずにまずは聴くという事、音楽に関しても様々な情報が瞬時にして入ってくる現代では、先入観を持つなという事は難しい事でもあるのですが、それでも、聴く前に心の中を一度リセットする。そしてただ聴く。後は自分が判断をすればいいのです。 私が始めて彼を聴いたも、やはりジャズ喫茶でありまして、確かフェイシング・ユ−という代表作の1つだったと記憶しています。フェイシング・ユ−もこのアルバムと同様にピアノソロの演奏だけの静寂と気品と情熱に溢れた、素晴らしい傑作でありました。そして、当時ちゃきちゃきのロック小僧だった私の固定観念を見事に砕いてくれたのです。ですから、私にとってはプログレッシヴ・ロック以上にプログレッシヴな存在でありましたし、ロック意外にも素晴らしい音楽が数多く存在すると言う事を改めて認識させてくれた一枚でもあるのです。キ−ス・ジャレットの繊細な感覚から送り出されてくる、まさに至上の芸術と呼ぶに相応しい旋律は、私たちの魂を揺らし根源的な本能を呼び覚まし、優しく癒してくれます。 彼のピアノソロを聴き終わった後にくる爽快感は、何ともいえないほど心地よく音楽の持つ意義の奥の深ささえ感じさせてくれました。 ただひとつ、彼の音楽がロックと決定的に違うことがあるとすれば、それは、殆どの演奏に於いて即興が主体であると言う事。キ−ス・ジャレットはその神がかりな感性によって、その時その時に、彼の心の中に沸いてくる波動を音に変え私たちに届けてくれるのです。ですから、大袈裟に言ってしまえば同じ演奏は二度と聴く事が出来ないという刹那的な美しさに溢れ、その瞬間を共有できた喜びを与えてくれるのですね。もともとジャズとはそういう音楽なので当然と言えば当然なのですが、キ−ス・ジャレットの場合はさらに魂にまでも届くようなインプロヴィゼ−ションを展開してくれました。そう、私たちの心が参っている時に自然と聴きたくなってしまう素敵なアルバムなのです。

   ストロ-ブス

イエスによってその名を世界中に轟かせたかのリック・ウェイクマンが在籍した事でも有名なストロ−ブス。イギリス独特のトラディショナル音楽やケルティク音楽の流れを汲み、その伝統をアコ−スティックなプログレッシヴ・ロックに乗せて荘厳な作品を生み出しました。さりげなく聴いてしまうと静寂で美しいトラディショナルに聞こえてしまうかもしれないのですが、耳を済ませばストロ−ブスの紡ぎ出す幻想的な音の織り目を探し出せる事でしょう。それは、アイルランドやスコットランドの荒野を想像させて、殺伐とした風景の中ででも人の心に生まれ来る希望のような気持ちさえ抱かせるのです。魔女の森から、骨董品、グレイヴ・ニュ−・ワ−ルドという優れた作品を発表し、そのプログレッシヴ色の濃い活動も次第に活発になっていきます。ですから、初期のストロ−ブスにおけるリック・ウェイクマンの役割と影響は極めて大きかったと言わざるを得ません。当時のリ−ダ−はデイヴ・カズンズであったのですが、おそらく音楽的な主導権はリック・ウェイクマンが掌握していたのではないのかと思われます。両雄並び立たずの言葉どうりにやがて彼はストロ−ブスを去っていくことになるのですね。そのリック・ウェイクマンが脱退した後のストロ−ブスはプログレッシヴ色が次第に薄れて、トラディショナルな色彩の強い作品を送り出すようになりました。そして、パ−ト・オブ・ユニオンというビッグヒットを飛ばす頃になると、既に昔の面影はなくなってしまったのかと思うほどで、それも時代の流れなのかなと少し残念でありました。まさか、ストロ−ブスのシングルが全英NO・1を記録するとは考えてもいなかったので、その意外な事実が嬉しいような、寂しいような複雑な気持ちだった事を憶えています。ただ、誤解のないように言っておきますとパ−ト・オブ・ユニオンは非常に良く出来たシングルであり、そのポップなメロディにトラディショナルな味付けをして、思わず口ずさみたくなるような軽快な作品に仕上げられており、名曲のひとつに数えられてしかるべきでしょう。ただ、ストロ−ブスの独自なプログレッシヴ・ロックを確立しようとしていた矢先のことだったので、今までの世界を構築していってほしかったという気持が強かったですね。しかしストロ−ブスは、もとを正せばイギリスのトラディショナル音楽にその土壌を持ち、そこから派生した様々な音をフォ−ク・ロックやプログレッシヴ・ロックに投影したバンドであった訳ですからトラディショナル音楽に回帰しても何ら不思議な事ではなく、原点に戻ることにより新しい道筋をつけようとしていたのかもしれないですね。彼らの8枚目の作品となった幻影を聴くとその辺のこだわりが窺い知れるようです。

  ウィッシュボ−ン・アッシュ

朝もやの澄み切った空気の中に燐として佇む巨人ア−ガス。 その視線の先は遥か彼方のU・F・Oに向けられていました。そんな映画でも観ているかのようなシチュエ−ションだけで、もう充分にこのアルバムの素晴らしさを感じてしまいます。 しかし、残念な事にCDのジャケットでは肝心なU・F・O部分が完全に消えてしまっており、LPのジャケットだけでしか確認できなくなっているんですね。 惜しいなあ。 まっ、それはさておきプログレッシヴロックの最高傑作というよりも、数あるロックのアルバムの中でも後世にまで語り継がれるべき名作といえるウィッシュボ−ン・アッシュのア−ガス。 こんな凄いレベルのアルバムまで生み出すほど当時のロックは成熟しており、その証として色あせることなく21世紀になった今も輝いているのですね。ロックファンを自認する人ならこのアルバムだけは何としても聴き逃してはいけない。 そんな名盤中の名盤でありました。その清清しくて透明感のある爽やかな音は、重く圧し掛かるようにインテリジェンスや感性を刺激して来るプログレッシヴロックの中でも異色な存在だったかもしれません。 もちろん、彼らをプログレッシヴロックに類する事自体に異論を唱える人も多いと思います。売り物の1つであるツインリ−ドギタ−の絡みも圧倒的な迫力で迫ってきますし、その流れるようなギタ−テクニックも超一流だったので、ハ−ドロックを飛び越えてジャズの一流ミュ−ジシャンとも対等に渡り合えるほどの力量を持ち合わせておりました。 ですから、疾走感あるハ−ドロックともとれるし、クロスオ−バ−と取れない事もない。 しかしながら、その根底に流れているのウィッシュボ−ン・アッシュのはあくまでもプログレッシヴな感性だと思うのです。 もともとはジャズへのアプロ−チを強く意識していた彼らが、試行錯誤の上やっと辿り着いたのがこのプログレッシヴなア−ガスではなかったのでしょうか。 ただ、その思想的な輝きもこのアルバムを最後に消えてしまい、その後のウィッシュボ−ン・アッシュ4からはよりハ−ドなロックへと傾倒を深めていったのは残念でなりませんでした。 しかし、それにしてもこのア−ガスはため息が出るほどの美しさと鋭さを秘め、アコ−スティックからハ−ドな曲に至るまで、一貫してウィッシュボ−ン・アッシュのト−ンで包まれており、鮮やかな絵画でも見ているかのようです。 アンサンブルの中心であるツインリ−ドギタ−も電気的に増幅してハ−ドに鳴らすのではなく、アコ−スティックな音を意識した透明なツインリ−ドギタ−でありました。 いかにも日本では受けるだろうなと思わせる哀愁感たっぷりのフレ−ズは、聴き終わった後に心洗われるような気持ちにさせてくれます。 それは、美し過ぎることはそれだけで充分にシュ−ルリアリスティックであるという、私が何度となく主張してきたことと合致しているのですね。 また、楽曲の素晴らしさもさることながら、そのハ−モニ−の柔らかさ美しさも特筆すべきで、同じようなハ−モニ−を持合わせているイエスと比べても、ウィッシュボ−ン・アッシュのハ−モニ−は引けをとらないというよりか、それ以上であったと思います。 いつまでも、夢を観させてくれる、そんな素敵なバンドでありました。


    ピンクフロイド

ピンクフロイドは不思議だ。もっともプログレッシヴロックらしいバンドなのにプログレッシヴロックらしくないアプロ−チも得意なんですね。原子心母とアニマルズは典型的なそんなもう1つのピンクフロイドが過去と未来を行き来しておりました。プログレッシヴロック初心者にとってもっとも取っ付き易いバンドであるといえるし、また、奈落の底のように奥の深いバンドで在るともいえます。人がシュ−ルな気分に浸りたい時は、ピンクフロイドをお薦めします。静かに過ぎてゆく何気ない日常の中にこそ、神秘的で超現実的な世界が存在し、ふとしたきっかけで両者が交錯し見えないものが見えてくる。まるでウマグマのジャケットのようにひとつひとつの断片は普通の光景であっても、重なり合えば不思議な世界を演出してしまう。そんな夢を散りばめて異国の旅へと誘ってくれます。ピンクフロイドは初期の傑作である神秘においてすでにその事実を認識し、実践していたのですね。シングルレコ−ドのみで発売され、後にピンクフロイドの道というベストアルバムに収録されていた、夢に消えるジュリアという曲の中にこそ、ピンクフロイドが目指そうとしていたコンセプトが凝縮されていると思えてなりません。発狂してしまった伝説の天才シド・バレットのもとに産声を上げ、人間の心に潜む狂気とその美しさを描き続けたのはシド・バレットに敬意を表してのことだったのでしょうか。彼の狂気を背負う事がピンクフロイドの命題であったのならば、それは過酷な運命といわざるを得ません。そして、シド・バレットと肩を並べたもう一人の知性ロジャ−・ウォ−タ−スと、シドと入れ替わりにピンクフロイドの搭乗員となったデイヴ・ギルモアの操縦により、やがて彼等は大きな飛躍を遂げる事になるのです。夜中に一人してピンクフロイドを聴いていると、静寂の彼方へと堕ち込んで行くような錯覚に囚われてしまいます。見えるはずのないものが見え、聴こえる筈のない音が聴こえるピンクフロイドは狂気から現実へまたは現実から狂気への橋渡しを努め、終わりのない不安を心休まる希望へと導いてくれるのです。ビ−トルズのアルバムに匹敵するほどの爆発的なセ−ルスを記録したダ−ク・サイド・オブ・ザ・ム−ンも、発売された当時はほとんど話題にもならなかったモアも、おそらくはピンクフロイドの最高傑作であると思われるおせっかいもと、其々に切り裂いた現実の向こう側を描き出しながら、異質なアプロ−チによって其々が違った世界を演出して見せました。一度でもピンクフロイドの虜になってしまったら、空を行く雲でさえ、あるいは静かに通り過ぎる風でさえ何かの兆候と思ってしまうかもしれません。そうなってしまうとあなたはもう離れられなくなってしまうのです。ただでさえ透明なピンクフロイドの音が、段々と透け始めてきますから音の向こう側にあるもう1つの真実を掴み取ってください。それは、すば抜けた天才でありそのために発狂してしまったシド・バレットの望むところなのですから。

  ロ−チェス

鬼才ロバ−ト・フィリップのプロデュ−スにより一躍脚光を浴びたロ−チェス。その澄み渡る歌声は天使の響きにも似て聴くもの達を魅了してやみません。まるで、草原を吹く風のように。アコ−スティックなギタ−と聖歌隊のような美しいコ−ラスだけの極めてシンプルな音。かすか遠くに聞こえるシンセサイザ−らしきサウンドはロバ−ト・フィリップ自身が関わっているのでしょう。プログレッシヴロック界に君臨する怪物キング・クリムゾン時代には考えられもしなかった静粛な一面も感じられて微笑ましくも在ります。この素晴らしき三人姉妹ロ−チェスの作り出す素朴な音意外は何もない空間が、果てしなく無限大にも思えるのは彼女らの素敵なマジックなのです。空前絶後とまで言ってしまいたいほど融合した風のようなハ−モニ−。かってこれほどまでに幻想的で清純な歌声を耳にしたことはありません。それは、偏執狂的インテリジェンスに凝り固まったロバ−ト・フィリップの心さえも解き放つほどだったのでしょう。しかし、彼なくしてこれだけのシュ−ルな音を創造できなかっことも事実で、両者の思惑が理想的な形として結晶化されたのですね。これも方法論の問題、プログレッシヴロックと感じるか感じないかはあなた次第ですから、自分の感性に従ってください。ロ−チェスの生み出しているサウンドはただ美しいだけでなく、心にダイレクトに飛び込んできて私たちの感性を洗いなおしてくれるのです。遠い昔に忘れ去ってしまった大切なもの、それは生まれる前の思い出かもしれません。私たちは何処から来て何処へ行こうとしているのか、それはプログレッシヴロックが抱える永遠のテ−マなのです。

  ム−ディ・ブル−ス

一般的にポップであることとプログレッシヴであることは相反するように思われがちですが、それはコンセプトの問題であって同一性を内包することは充分に可能なのです。プログレッシヴロックが新しいロックのジャンルとして確立される遥か以前にム−ディ・ブル−スがそのことを立証して見せてくれました。彼等は既に1967年にリリ−スされたディズ・オブ・フュ−チャ−・パストにおいて、アルバム全をト−タル性を持たせて表現するという離れ業をやってのけ、当時のロック業界やア−ティストやロックファン達の度肝を抜きました。そのアイディアや先進性において、恒に時代の最先端を走っていたビ−トルズでさえも一歩先んじられていたのですから驚いてしまいます。そして、彼らのアルバムの作成おいては地図を使っていくということも伝説として語られておりました。ム−ディ・ブル−スはその余りにも上品で耳に馴染みやすいポップな旋律のために、そのプログレッシヴな本質を理解されなかったことも多かったのですが、実に高度な芸術感覚を持っていたのです。確かにシングルとしてヒットした歌もプログレッシヴロックのバンドしては多すぎるほどありましたし、アルバムから切り離してしまえばバブルガムポップと方を並べても引けを取らないくらいの美しさがありました。しかしながら、それはコマ−シャリズムに迎合しているわけではなくて、ム−ディ・ブル−スとしての表現の1つだったのですね。暗く重く難解なことが先進的なのではなくて美しくてもその思想性こそが重要視されるべきなのです。プログレッシヴロックの第一の命題は既成概念の破壊にあったのですから。カテゴリ−においてのみその音楽の評価を行うと本質的なものを見失ってしまうでしょう。もしかしたら、ム−ディ・ブル−スが訴えたかったのはその点だったのかもしれないですね。進歩したと認識した時から既に退化が始まっていくのです。やがて彼等はビ−トルズと同じように自らのレコ−ドレ−ベル、スレッショルドを設立します。1969年のことですね。その後発表された子供たちの子供たちの子供たちへでは、来るべき新世界に対する希望と幻想が渦巻いていてとても素晴らしい作品に仕上がっておりました。自らの表現方法としてのプログレッシヴロックに自信を深めたム−ディ・ブル−スは、彼らの最高傑作であり、ロック史上にも残るとさえ言われた童夢へと到達する訳です。その旅立ちを開始した時からすでに、ここへ辿り着く事を目的として彷徨っていたような気がいたしますが、それが彼らの運命だったのかもしれません。いずれにしても、プログレッシヴロックの夢先案内人として私たちに夢幻を見させてくれたム−ディ・ブル−スに敬意を表したいと思います。

  イエス

イエスの系譜はプログレッシヴロック以上に複雑でありまして、バンドという形態に収まりきれない複合ユニットのような存在であったと思います。 流れ行く時の中で数々のメンバ−チェンジを行いながら、それぞれがイエスとしてその時代を飾る音を残してくれました。その点に於いては同じプログレッシヴロックの大御所キング・クリムゾンと随分似通ったところがあります。その圧倒的な演奏力とアンサンブルの高さは並み居るプログレッシヴロックのバンドの中にあっても、他の追随を許さないほどでありました。風に例えるならば烈風の如き素早さ。 彼らの演奏は瞬間の魔法であり、アルバムに対峙する時は1つの音も漏らさぬように追いかけていかないと、全体像が掴めないというブレッシャ−がありました。 とても片手間に聞くと言う訳にはいかなかったのです。時にはもうちょっと力を抜いてもいいんじゃないと思いますが、ひとつ弛緩してしまうとガラスにひびが入るように修復不可能になってしまうのでしょう。 また、プログレッシヴロックという特殊な環境に於いてクラシックの技法を因襲しながらも、緊迫感のある音や斬新な展開を生み出せたのはその技術力の高さに由来します。イエスが最高だったのはやはりアルバムこわれもの、危機のころです。 なんといっても最強のラインアップはイエス史上でも類を見なかったほどなのですから。イエスの顔とも言えるクリスタルヴォイスのジョン・アンダ−ソン、ジャズのテクニックを軽くマスタ−していたドラムスのビル・ブラッドフォ−ド、キ−ボ−ドにはストロ−ブスよりやってきた天才リック・ウェイクマン、比類まれなきテクニックを持つ脅威のギタリストのスティ−ブ・ハウ、旋律まで奏でてしまう変幻自在なベ−ス・プレイヤ−クリス・スクワイアとまさに向かうところ敵なしのメンバ−でありました。 綿密に計算し尽くされたアンサンブルは技術の裏づけがあってこそ可能であり、その意味においてもこの時代のイエスを越えうるユニットは存在しなかったと断言できます。 形而上学の世界を音によって構築し、その思想を旋律に表しました。 何度も言っているのですが、できればイエスの音は透き通るくらいの朝の光の中で聴き込んでほしいのです。 極めて観念的過ぎるかもしれませんがそれが重要なポイントであり、彼らを理解する上でのもっとも有効な手段ではないでしょうか。最高傑作、危機でピ−クを迎えてしまったイエスは、その後の海洋地形学の物語では大作主義に陥ってしまったと批判を受けたりもしたのですが、アルバムのコンセプトは従来からのイエスそのものであり、なんら楽曲の質や完成度の高さにおいて問題はなかったと思っています。 ただ、2枚組にする必要があったのかは確かに疑問ですが。 あのアルバムを1枚にまとめて凝縮しておけばもっと緊迫感のあるセンセ−ショナルな印象を残せたのではないでしょうか。 時の旅人イエス。彼等は遥かなる神秘の使者でもあったのです。

  ソフト・マシ−ン

カンタベリ−・シ−ンの中心人物、ロバ−ト・ワイアットがケヴィン・エア−ズ、マイク・ラトリッジ、デヴィド・アレン、ラリ−・ノ−ランらのそうそうたるメンバ−とと結成したのがこのソフト・マシ−ンでした。 かなり息の長いグル−プであったのですが、残念ながら私の大好きなケヴィン・エア−ズはファ−ストアルバムをリリ−スすると脱退してしまいました。 ケヴィン・エア−ズに限らずメンバ−の殆どは脱退、結成を繰り返しながら、後に独特なカンタベリ−・シ−ンの伝説を創って行くことになります。 また、ケヴィン・エア−ズの代わりにソフト・マシ−ンに加入したヒュ−・ホッパ−が、その後のグル−プのジャズ志向の方向性に大きな影響を与えたと言われています。 ソフト・マシ−ンの演奏におけるインプロヴィゼ−ションはまさにジャズの古典的な技法そのものであり、プログレッシヴロックのコンセプトからは少しばかり距離をおいた所に存在していました。 しかしながら、彼らの音を聴く度にプログレッシヴロックに接した時の新鮮な香りを感じてしまうのは私だけではない筈です。 それはソフト・マシ−ンの生み出す音楽がジャズの世界に立ちながら、その矛先をロックの聴衆に向けていたからに他なりません。 ソフト・マシ−ンのロックにおける数々の実験的な試みは既にフリ−・ジャズにおいて多くのジャズメン達が確立していたコンセプトなのですが、彼らはそれをエッセンスにして新たな情感を創りだすことに成功したと思います。 ジャズの先進的なグル−プはプログレッシヴロックが登場する10年以上も前に、斬新で抽象的な分野を開拓していました。 でもそれは、決して大衆に向けられた音楽的な展開ではなく、自らの内面や自己満足の思想へと向けられていたので、万人から支持されたとはいえなかったでしょう。 ジャズが陥ったその矛盾点を覆す事がソフト・マシ−ンの命題であったのです。 あきらかにマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレ−ンらのフリ−ジャズの洗礼を受けたと思われるフレ−ズは、音の質感が極めて観念的に形作られています。 そして、ソフト・マシ−ンが目指しているのはジャズとプログレッシヴロックの融合なのだと示唆している点は、その変拍子のフリ−キ−なリズム郡や、およそ耳に馴染みやすい音からはかけ離れている自由な旋律なのです。 それはソフト・マシ−ンの頭脳であるロバ−ト・ワイアットとヒュ−・ホッパ−の建設的な思想とテクニックなのでしょう。 あくまでもジャズの下地を折り重ねながらもプログレッシヴロックを反芻して奏でられているので、耳や頭脳を通過した後にはプログレッシヴな境地へと導いてくれるのですね。 原点はジャズながら、到達点はプログレッシヴロック、そしてまたより難解なジャズへといったところでしょうか。 ジャズ色を強くすることに耐えられなかったロバ−ト・ワイアットは4枚目のアルバムを最後に脱退してしまいます。 彼らの音は難解であると突き放してしまえば楽なのですが、心の何処かに纏わりついてしまう不思議な情念が同居していました。 一度でもその間合いに嵌ってしまうとなかなか逃れられなくて、何度となく訪れては困惑しながら自らの感性の中に浮遊してしまうのです。  

  ルネッサンス

何かしら不完全燃焼に陥ってしまいそうな曖昧さが漂っています。 プログレッシヴロックと呼んでしまうにはあまりにも早急過ぎるようで、それでいて、体験したことのないような不思議な感覚に戸惑ってしまいました。 少し辛辣な言い方をすれば何をやりたかったのか見えてこないところもあります。 美しさの中の困惑。 多分、目指す方向は解かるのですが、道を間違えているような迷いが感じられます。 それに、技術的な未熟さも多少目に付いてしまいました。 それは、好意的に見ればキ−ス・レルフの人柄の良さが滲み出ているということなのでしょうが、生存競争の激しかったあの時代においてはただの鎮魂歌として終わってしまう危険もあります。 ルネッサンスのように音の隙間を際立たせる事は、プログレッシヴロックのひとつのテクニックであるのですが、彼らの場合は功を奏して無いように思えますね。 ですから、クラシックという素材はもっともプログレッシヴロックに合致してはいるのですが、思想無き物はただの流麗な旋律として終わってしまう危険性があります。 キ−ス・レルフの声もなんかしっくり来ないしなあ。 ヤ−ドバ−ズ時代のブル−スには似つかわしくない声であった事を自覚していたのか、今度はプログレッシヴロックへと挑戦したのでしょうがキャリアが浅すぎることを露呈してしまいました。 何度もいうように、プログレッシヴロックとは初めに思想ありきなので、音を構築した後で思想を植え付けようとしても無理があるのですね。 同じ素材であっても何処に視点を置くかで180度違う料理になってしまうのですから。 そこの落とし穴を認識していないとずっと先へは進めないと思います。 ただ、時折見せるハッとするようなピアノの旋律が斬新で希望を抱かせてくれるのですが、まだ夏への扉を開けるまでには至っていませんでした。 しかしながら、あと少しずつ創造していけば自分達の音楽を確立できるような気がしますね。 事実、その後においては評価の高い作品もリリ−スしています。 ヤ−ドバ−ズのラストアルバムとなったリトル・ゲ−ムでも、このルネッサンスに至るまでのコンセプトを実験的に試みていたのですが、どうもジミ−・ペイジの存在が強すぎたので印象に残るまでの事はありませんでしたし。 ジャケットは最高なのになあ。 

  パプリック・イメ−ジ・リミテッド

焦燥感を更に刺激するように、延々と繰り返される音の波。 まるで全盛時代のヴェルヴェット・アンダ−・グラウンドを髣髴とさせるような、永遠とも思えるアンサンブルの物凄さ。 それは人間の内面をどんどん掘り下げていくような不安感を募らせるのです。 しかしながら一度でもその波長に符合してしまうと、何ともいえない心地よさがあなたを包んでくれる事に気が付くことでしょう。 抵抗を許さないほど静かな侵略。 何時の間にか知らない間にあなたの側に押し寄せているのです。 多分ドラッグなしでトリップしている気分になれるもっとも近い音楽なのではないでしょうか。 それがパプリック・イメ−ジ・リミテッドなのです。 パンクロックの帝王、セックスピストルズのジョニ−・ロットンが、名前もジョニ−・ライドンと改名して満を持して結成したのがパプリック・イメ−ジ・リミテッドでした。 彼がどうして改名しなければいけなかったのかよく解からないのですが、好きか嫌いかもっともはっきりと選びやすいタイプの音に、過去の幻影に囚われる事無く挑戦している姿は中々いさぎの良いものでした。 この音を極めて斬新だと感じる人もいるでしょう、しかしながら単調だと理解する人もいるのです。 どういった切り口を持って対処するかによって、まったく違った感慨が生まれてくるのだと思います。 言葉を変えて言えば、その時の精神状態によっても印象が違ってくるような質の音楽なのです。 こちら側の体制が整っていないと苦痛のみが残ってしまうこともあり得るのですね。 バンクロックからの転進組みとしては、ジャムのポ−ル・ウェラ−もまったく違ったコンセプトの音楽を確立するのに成功しておりますが、 意外性の面では確かに華麗なる音楽の彼に軍配が上がるとしても、こと思想性という意味に於いてはジョニ−・ライドンの方がより斬新な感覚を持ち得ていたと思います。 かつて、ル−・リ−ドが大失敗したメタル・マシ−ン・ミュ−ジックの哲を踏む事無く、見事に新しい感覚の音楽として昇華させることに成功していたのです。 何処にも出かけていきたくないような雨の日に、パプリック・イメ−ジ・リミテッドの音楽に静かに浸っていくと、きっと虜になってしまうと思いますよ。 1970年代の大傑作ですねやっばり。

 


続   く



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