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1・JOHN COLTRANE
2・MILES DAVIS
3・ブライアン・オ−ガ−・アンド・オビリオンエクスプレス
4・トム・ウェイツ
5・
ハ−ビ−ハンコック
6・マイケル・フランクス
7・スタイル・カウンシル
8・スティ−リ−・ダン
9・ WEATHER REPORT
      10・ デュ−ク・ジョ−ダン  以下近日登場
11・ ウェス・モンゴメリ−
12・ ビル・エヴァンス



慌しく喧騒とした日々を懐かしむくらいの余裕を持って一寸一休みいたしましょう。 小粋なジャズでも聞きながら。 思い起こせば1960年代から1970年代へかけてジャズ喫茶の全盛時代がありました。
300円のコ−ヒ−代と引き換えに自分だけの時間と安らぎを求めてジャズ喫茶へと通いつめていた人も多かったはず。もちろん、このペ−ジはロックに関するペ−ジなので純粋なジャズを取り上げるのではなく、ジャズとロックの掛け橋となり当時クロスオ−バ−と呼ばれたジャンルの中から、落ち着いた音を育んでくれた人々を紹介し、あの頃の雰囲気に浸ったみたいと私も考えています。



JOHN COLTRANE - BALLADS 1961

ジャズではなくロックをと言っておきながら、いきなりの大御所ジョン・コルトレ−ンの登場となってしまいましたが、1970年代当時ジャズに関してはまったくの素人だった私が、何気なく入ったジャズ喫茶で耳にしたこのアルバム バラ−ド。ジャズでありながら極めて親しみやすく、何の抵抗もなく心の中にすっと入り込んで和ませてくれるジョン・コルトレ−ンのテナ−サックスに驚いたものでした。 素人であった私でもジョン・コルトレ−ンの名前と幾つかのアルバムはくらいは聞いたことがあったので、あまりにもかけ離れたイメ−ジに同姓同名の違う人ではないのだろうかと思ったくらいです。ジョン・コルトレ−ンというとどうしても、我が至上の愛の難解なイメ−ジが付き纏い、プロク゜レッシヴ・ロックである程度の難解さには慣れっこになっていた私でさえも、ジャズのその世界にはついて行けずに辟易としていましたので。それまでは、ジャズに嵌っている人って、ちょっとねぇと敬遠し自らの至らなさを正当化していたのですが、このアルバムを聞いてからというもの、ああ、これくらいの音を容易く作ってしまわれるのだなあと感心を通り越して、畏敬の念さえ抱かせるほどでありました。この バラ−ドは素人の耳には非常に馴染みやすく、ともすればイ−ジ−・リスニングにさえなってしまいそうなアルバムなのですが、そうなってないと感じるのはジョン・コルトレ−ンの情念と感覚と才能のなせる技なのでしょう。情感を心地よく刺激してくれる音と、止め処なく安らぐ世界、そして、優しさ。私にとって何とも素敵な出会いでありました。ジョン・コルトレ−ンの脇を固める面々も、ピアノのマッコイ・タ−ナ−、ベ−スのジミ−・ガリソン、ドラムのエルヴィン・ジョ−ンズと当代きっての名プレ−ヤ−ばかりらしく、そうそうたるス−パ−クァルテットだったのではないでしょうか。だったのではないでしょうかと歯切れが悪いのは、生粋のジャズファンから怒られてしまいそうですが、悲しいかなジャズに関しては素人同然なのでその凄さが全然理解出来ていないのです。どうか、お許し下さい。ただ、長崎育ちの私としましてはエルヴィン・ジョ−ンズだけは古くから良く知っておりました。何故かといいますと私の高校の美術の先生が、退職後経営されていたジャズ喫茶にBUNBUNというお店がありまして、そこにエルヴィン・ジョ−ンズの大きな写真が飾ってあったのです。そして、その写真には私の美術の先生も一緒に写っているではないですか。どうしてって聞いてみたところ、どうやらエルヴィン・ジョ−ンズの奥さんが長崎の人で良く里帰りしていらっしゃるとの事でした。2,3日前にもエルヴィン・ジョ−ンズが来たよいわれたので私は思わずおお-っと唸ってしまいました。何時の間にか脱線してしまいましたが、脱線ついでにもう1つ長崎は極めて夜景の素晴らしい街でありまして、ちょっと高台に車で登って夜景を眺めながらこのジョン・コルトレ−ンの バラ−ドを聞くともう最高でありました。兎に角ロック小僧であった私でさえジャズの虜にしてしまったこのアルバムは、まさに私にとってのクロス・オ−バ−の原点だったと思います。

 マイルス・デイヴィス ROUND ABOUT MIDNIGHT-1956

1956年に録音されたと思われないほどジャケットも格好よくとてもファンキ−ではないですか。ジャズのレコ−ドジャケットのデザインは昔から素晴らしく定評があり、一種の芸術の域にまで昇華していたほどでしたからね。名は体を表すの言葉通りに良いジャケットは中の音も良かったものです。私も正直申しますとこのアルバムは最初はジャケ買いでありました。マイルス・デイヴィスとジャズとくればちょっと高尚な雰囲気も在りましたので、ちょっとばかり格好をつけて買ってしまったのですね。想えばこの時代のマイルス・デイヴィスも若かった、そして当然のことながらジャズのスウィングと熱い熱気を充分に堪能させてくれたのです。バンドの面子も凄くてトランペットがマイルス・デイヴィス、テナ−・サックスが前述のジョン・コルトレ−ン、ベ−スにポ−ル・チェンバ−ス、ピアノがレッド・ガ−ランド、そして、フィリ−・ジョ−・ジョ−ンズと感嘆に等しいメンバ−ですもんね。この凄いメンバ−で私たちがもつともジャズらしいと思えるスウィング感溢れるジャズを軽快に演奏してくれます。やはり、マイルス・デイヴィスは1950年代が一番でしょう。ジャズの世界はその感性の鋭さ、創造力の広大さに於いてロックが足元にも及ばない領域を有しておりますが、もともは同じ音楽難しく考えたり、遠慮して敬遠していく必要もないのです。ジャズにおけるバップ、スウィングは充分にロックの感性とも共通していますから。音楽に国境はないとよく言いますが、音楽のジャンルにも国境はないのです。心と頭を空っぽにして耳を澄ませば、自然に体が動いてくる、それがジャズの魅力ですね。ですから、この遠い時代の奇跡的な名演を、ぜひロック世代の人達にも聴いて欲しくてこのペ−ジで取り上げた訳なのです。1960年代前半からのフリ−ジャズの時代には難解な演奏も多かったのですが、彼自信フリ−ジャズの流れには抵抗を感じていたらしく、アバンギャルドな方向を進みつつも新たな道を模索していたのでしょう。その後、ウェイン・ショ−タ−、ハ−ビ−・ハンコック、シニ−・ウィリアムスらと名作マイルス・スマイルスを完成させてフリ−ジャズに対する返答を示します。やがてそれはイン・ア・サイレント・ウェイへと繋がっていきます。1970年代になってからもマイルス・デイヴィスは積極的にロック関係のミュ−ジシャンとも交流を持つようになり、ビリ−・コブハム、ジョン・マクラクリンらともジャック・ジョンソンという名アルバムをリリ−スしています。この時代がもっともビ−ト感溢れるファンキ−なマイルス・デイヴィスでありました。但し世間の評価はあまり芳しくなかったのですが。その彼も今は遠い天国で彼の愛したトランペットを自由気ままに吹いていることでしょうね。

 ブライアン・オ−ガ−・アンド・オビリオンエクスプレス

ジュリ−・ドリスコ−ルとの競演で素晴らしいアルバムをリリ−スしてくれたブライアン・オ−ガ−。その彼が新たに結成したブライアン・オ−ガ−・アンド・オビリオンエクスプレスはジャズとロックを融合させて燃えるような臨界点へと導いてくれました。ジャズにかなり近いということで日本では殆どなじみのないア−ティストなのですが、それでも、ジュリ−・ドリスコ−ルに比べるとCD・中古レコ−ド共に手に入りやすい状況にはあります。ブライアン・オ−ガ−・アンド・オビリオンエクスプレスのCDは、輸入盤屋さんに行けば必ず何枚かのアルバムを手にする事ができるでしょう。何でジュリ−・ドリスコ−ルのあの名作ストリ−ト・ノイズは今だにCD化されないのでしょうか。1960年代後半の、輝きながら変わり行く時代の瞬間を、見事に凝縮して届けてくれた傑作だけに、何時の日にかリリ−スされることを祈りたいと思います。さて、このブライアン・オ−ガ−・アンド・オビリオンエクスプレス、ジュリ−とのストリ−ト・ノイズ( プログレッシヴロックの項参照 )が余りにも素晴らし過ぎたので、ともすれば、地味な印象を受けがちですが、どうして、どうしてその白熱したオルガンのプレイは比類まれなきテクニックでありまして、熟練された感性を余すことなく披露してくれます。その点でジャズにかなり近いといえますが、これもハ−トは紛れもなくロックです。彼の場合は目一杯力を出し尽くすという野暮なことは当然やっておりませんし、余裕を持ちながらとにかく凄いなあと感心させられるいぶし銀の味わいがあります。ちょっと薄暗い部屋などでこのアルバムを聴きながら、シニカルに思索するのもまた一興かもしれません。できればアルベ−ル・カミュの本でも携えながら。バックをサポ−トするオビリオンエクスプレスも充分過ぎるほど素晴らしく、とてもライヴアルバムとは思えないほどの質の高さを見せてくれています。この時代の感性や技術のレベルがいかに高かったのかを証明してくれる一枚ともいえますね。交差し、重なり、離れあいながら、また、融合していく音の凄さは言葉では言い表せないほどです。感性を奮い立たせてくれて、いつまでもその余韻に浸っていたいカッコイイアルバムだと思います。



やはりこのペ−ジを飾るのにもっとも相応しいのがトム・ウェイツでしょう。彼に関してはアルバムTOP100のコ−ナ−で語り尽くしたような気がするのですが、一番居心地のいい場所がここなのかなという気がしますので再登場願いました。静かに流れるピアノの音、哀愁を帯びた振り絞るような声、そして、切ないメロディ。私たちが心のどこかで求め続けているような人生のひとコマを凝縮して届けてくれたトム・ウェイツ。彼は、商業的にはまったく成功しなかったにも関わらず、語り継がれてみんなの心に今でも残りつづけています。 アルバム一枚聞き終えると、その優しさに包まれて旅立ちの朝のような爽やかさと、希望が湧いてくるのは何故なのでしょう。 まるで、こんな俺だって頑張っているんだぜ、あんたももう少し頑張りなよって励ましてくれているような気にさえなってしまいます。一説には酒の飲みすぎで声を潰してしまったので、あの独特の哀愁のあるダミ声になってしまったと聞いたことがあります。人間って不思議なもので、ロックを聞いていても一寸した心の隙間みたいなものができてしまい、何か違う音を聞いてみたいなと思ってしまいますよね。それは、クラシックでもいいし、ジャズでもいい、浮気心というわけではないけれど、私にとってそんな時に何時も聞きたくなるのがトム・ウェイツです。特に上記のアサイラム時代に発表した3枚のアルバムは今でも名作の誉れ高い作品としてファンの間で語り継がれています。薄暗い酒場の片隅でずっと佇んでいる男、静かに流れるジャズの音、まるで人生の終わりのような錯覚に切なくなってしまうトムウェイツはそんな映画の一場面ような移ろいを歌にして届けてくれました。これは、アルバムTOP100のコ−ナ−での書き出しなのですが、私の思いはこの言葉の中に凝縮されていますので再度引用してしまいました。彼の人生はブル−スのように切なく悲哀に満ちて、ひと時の安らぎさえも抱けないほどの過酷なものであったと聞いています。彼が一番愛したのは酒だけだったのでしょうか。心の奥にまで入り込むことは許されないのですが、そこまで追い詰められていたのは何故なのか、彼の歌が悲しいほどに心を揺さぶるのでその訳を知りたくなってしまいます。放浪と放蕩の果てにたどり着いた先はいったい何処だったのでしょう。 男だったら誰もが一度は憧れるような流離いの人生を歌とその生き様で届けてくれたトム・ウェイツ。それでも、晩年は幾ばくかの幸せを手にしたようですが、皮肉な事にその時代の音楽は余りにもアサイラム時代の名作とはかけ離れていました。ですから、リアルタイムで彼の音に触れて純粋に感動し共感できたことは何という幸運であったのかと思ってしまいます。私たちは彼が届けてくれた、オ−ル'55を始めとして、サンディエゴ・セレナ−デ、ハ−ト・オブ・サタディナイト、マ−サ、グレイプフル−ツ・ム−ン、トム・トラバ−ス・ブル−ス、ケンタッキ−・アベニュ−、サム・ホウェヤ−、ルビ−ズ・ア−ム、等の数々の名曲を決して忘れることなく携えて生き続けていきたいと思います。

 ハ−ビ−ハンコック-HEAD・HUNTERS 1973年

その後のフュ−ジョンやクロスオ−バ−ブ−ム立役者となったハ−ビ−ハンコックのヘッドハンタ−ズは、今聴いても色褪せることなく非常にフアンキ−でエキサイティングな音を構築しています。1970年代のマイルス・デイヴィスの新たなスタ−トと目されるイン・ア・サイレント・ウェイ。その名アルバムには、マイルス・デイヴィスを初めジョ−・ザヴィヌル、チック・コリア、ウェイン・ショ−タ−、そして、ハ−ビ−・ハンコックとそうそうたるメンバ−が名を連ねていました。そこで創り上げられた斬新な感覚と先進的なリズムやビ−トがその後のジャズ界を新たな流れとして席巻していくことになるのです。チック・コリアのリタ−ン・トゥ・フォ−エバ−もハ−ビ−ハンコックのヘッドハンタ−ズもここが原点といって良いでしょう。タイトなドラムの刻む熱気あるビ−ト、そして、臨場感のある新鮮なリズムに軽快に飛び跳ねるベ−スが絡んで、これぞほんまもんのファンキ−といった味わいでぐいぐいと引き込んでくれます。当時FMラジオから流れてきたヘッドハンタ−ズのカメレオンを聴いた時に、そのリズムのかっこよさに痺れてしまいました。ハ−ビ−ハンコックのキ−ボ−ドも派手なプレイはないのですが、実に味わいのある音を展開してくれます。おそらくは、リズムとビ−トが繰り出すまったく斬新な感覚と音を大切にしようとしたのでしょう。もともとはこの人1960年代からマイルス・デイヴィスと活動を共にして来た実力とキャリアの持ち主なのです。一時のフュ−ジョンブ−ムに関しては賛否両論あるところでしょうが、少なくとも既成の概念から脱却し新たな方向を指し示したという点に於いては充分に評価されてしかるべきでしょう。それまでの頭だけで聴いていたジャズから、体も動かしなさいと言っているようでした。もともとジャズとはそういう音楽だったのですから。それは、1960年代前半の一連のフリ−ジャズに対するアンチテ−ゼだったのかもしれません。そういえば、ハ−ビ−ハンコックのヘッドハンタ−ズはジャズ世代のみならずロック世代からも相当な評価を受けていましたので、当時はクロスオ−バ−というよりもプログレッシヴに近い感覚で接していた人も多かったのです。新しい息吹に燃えていたロックの時代に対するジャズからの返答だったのかもしれません。



マイケル・フランクスのどことなく頼りなさそうな声が、ボサノバタッチの軽快なメロディに乗って飛び跳ねていたのが1970年代中盤を過ぎて77年も間もなく終わりに近づこうとしていた頃のことでした。マイケル・フランクスという人は私にとっては軽すぎるといったイメ−ジが恒に付き纏い、好んで聴くタイプのミュ−ジシャンではなかったですね。
なんか、風にそよぐ柳のようにふらふらとした掴み所の無い存在感がどうも好きになれなかったのです。例えば、丁度午後のティ−タイムにでもBGMとして聴くには最適だけど、それ以上の存在にはなり得なかったといえばいささか失礼でしょうか。
そういえば、デビュ−アルバムのタイトルは私の記憶が確かなら アート・オブ・ティ− じゃなかったかなあ。
軽い、重いという感覚は極めて主観的なものですけれども、ソロになってからのポ−ル・サイモンのように軽快なメロディに包まれながらズシッと心に響いてくる音もあるのですから、そういう例にに比べたらやはり物足りないものがありました。
しかし、ある時耳にしたアントニオの歌という曲の作者がマイケル・フランクスと知り、少しばかり認識が変わってしまいました。
スリ−ピング・ジプシ−と題されたこのアルバムの中で一際輝いているアントニオの歌。 その歌詞の下りにこんな一節があります。・・・But Sing the SONG. Forgotten the Song. And let the music flow like light into the rainbow.・・・これはボサノバの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンに捧げられたと言われていますが、なんと心をそそるフレ−ズなんでしょう。その哀愁を帯びたメロディにのって切々と唄われていくこの歌を聴いてからというもの、少しづつ彼に対する印象が変わっていくのを感じました。この歌に関しては非常にメッセ−ジ性も強く、単なるアントニオ・カルロス・ジョビンに捧げるだけの歌とはとても思えないほど強烈なフレ−ズも出てきます。メッセ−ジの裏側に込められている情念を掴みきれるほどマイケル・フランクスに心酔していなかったので聊か残念な気もしております。

 

春風に吹かれる心地よさのように軽快なピアノに誘われて
スタイル・カウンシルの シャウト・トゥ・ザ・トップが唄われていきます。 一世を風靡したパンクロックバンド ジャムのリ−ダ−であったポ−ル・ウェラ−は突然バンドを解散し、それまでとは180度回転したようなお洒落な音作りを始めてしまいました。 しかし、どちらが真実のポ−ル・ウェラ−であるのかここで議論するのはまったく無意味なことでしょう。何故なら、私はどちらもポ−ル・ウェラ−の演りたい音であったのだと確信するからです。もちろん、カオスの香りを纏いながら衝撃的な音をマシンガンのように叩きつける従来のパンクバンドに比べたら、何処かしら都会的な洗練されたイメ−ジの恒に強かったジャムですが、それでも、パンクの心意気は十分に伝わってきましたので。まあしかし、この変化は当時のロック・ジャ−ナリズムには極めてセンセ−ショナルに受け取られましたね。しかしながら、ポ−ル・ウェラ−はもともと、センスが良くて頭のいい人だったので、この程度の転進はいとも容易い事だったのではないでしょうか。 何時も思うのですが送り手側のセンスを何処まで理解し受け止める事ができるのか、非常に抽象的ではありますがその部分が重要な要素として恒にミュ−ジシャンとリスナ−の間に横たわっているのです。ですから、マイケル・フランクスとポ−ル・ウェラ−の好き嫌いは自分の感覚が決定し判断していくのですね。何ともシビアな話だとは思いますが、それは芸術家としての恒に負わなければいけない宿命でしょう。ポ−ル・ウェラ−の紡ぎ出す音は軽快で心地よいという言葉では簡単に表せないほど切り裂くような鋭さを秘めています。もちろん、BGMとしてだけ単純に聴いていくのも、それはそれとして良いでしょう。音楽の楽しみ方は人それぞれで自由なのですから。 ただ、折角だったらもう少し踏み込んでミュ−ジシャンの真意を少しなりとも感じれるようになった方がもっと音に関わる楽しみが増えてくると思います。ポ−ル・ウェラ−とは究極的に言ってしまえばそういう想いを抱かせるミュ−ジシャンですね。

  

音作りは上手いしテクニックもある、そしてまた、メロディが抜群とくればもう言う事はないでしょう。
スティ−リ−・ダンとはそういう凄いバンドです。本国アメリカではデビュ−アルバムのキャント・バイ・ア・スリルから大ブレイクして一躍トッブバンドに踊り出てしまいましたが、日本ではブレッツェル・ロジックあたりからじわじわと人気が出てきました。当時はドゥビ−ブラザ−スと並び賞されるほどの人気がありセ−ルスもかなりものであったと記憶しています。 スティ−リ−・ダンの場合はデビュ−アルバムから3枚目のブレッツェル・ロジックまでと、それ以降の4枚目のケイティ・リ−ドからでは大きな変貌を遂げてしまいました。スティ−リ−・ダンの代表作と言ってもいいほどのブレッツェル・ロジックはそれまでの音を継承するようなポップさとジャズに通じるような洗練された音とが上手く融合されて、ロック入門者にも受け入れられ、また、ベテランのリスナ−のプライドさえも擽ってくれる理想的なバンドであったといえます。 ジャズのエッセンスをふんだんに盛り込んでポッブで味付けしたら スティ−リ−・ダンになりましたといったようなところでしょうか。先端的な意図と大衆的なニ−ズが見事に融合したとでもいえそうな名作 リキの電話番号を始めとして、ミッドナイト・クル−ザ−、バリ−タウンから来た男など至玉のポップで洒落た作品が並んだこのアルバムにおいて、スティ−リ−・ダンは1つの完成点に到達したと言っても良いでしょう。ですから、ケイティ・リ−ドからは明らかに魂をインスパィア−するジャ−ジ−な音が目立つようになっていったのですね。それは、取りも直さずドナルド・フェイゲンのジャズ趣向の強さによるところが大きかったのかもしれません。私としましてはホントのところは、スティ−リ−・ダンのブレッツェル・ロジックで見せてくれた、あのポップな路線をもっと進めてほしかったので、その後の展開は少しばかり残念ではありました。何故なら、ケイティ・リ−ド、幻想の摩天楼、エイジャ、ガウチョと続く作品群はかなりの秀作で商業的にもビッグセ−ルスを記録し成功を治めたものの、先駆的なジャズとクロスオ−バ−した人達の作り出す音楽との共通点も非常に多くなってきて、スティ−リ−・ダンのオリジナリティが失われてしまったような気がしたからです。
あのブレッツェル・ロジックまでのわくわくするような音作りは決して他の人達には真似る事ができなかったと今でも思っていますから。そういえば、アルバムタイトルのネ−ミングも3枚目までは良かったんだ。まずファ−ストがキャント・バイ・ア・スリル、そしてセカンドが、カウント・ダウン・トウ・ザ・エクスタシ−最後に
ブレッツェル・ロジックと想わずニヤリとさせられますよね。センスが良かったんだなやっぱ。

  ウェザ−・リポ−ト

マイルス・デイヴィスと共にイン・ア・サイレント・ウェイという傑作を創作したジョ−・ザヴィヌルとウェイン・ショ−タ−は、そのコンセプトを彼らなりに発展させたウェザ−・リポ−トを1971年にスタ−トさせます。 同朋だったチック・コリアがよりロマンティシズムを追求した音楽に傾倒し始めたのを尻目に、ウェザ−・リポ−トは師匠であるマイルス・デイヴィスの意図を継承しつつも彼らなりのジャズを展開しようと試みました。 デビュ−当時はあまりにもマイルス・デイヴィスの影を引きずっていたので批判的なことを言われたりもしたのですが、新しいジャズを開拓しようとした連帯意識が同じ方向へと進んでいただけのことなのです。 時代を切り開く時にはそれだけの労力を伴うものであり、お互いの力強い結束力も必要なのですから。 彼らはマイルスの魂を抱きつつウェザ−・リポ−トの音楽を創生しようとしたのだと思います。 その、ウェザ−・リポ−トのサウンドに変化が生じてきたのは天才ベ−シスト、ジャコ・パストリアスが参加したブラック・マ−ケット辺りからではないでしょうか。 当然ながらこの天才ベ−シストの与えた影響は少なからずといったところでしょう。 ベ−スというグル−プの核がしっかりすることは、とりもなおさず自由自在なアンサンブルを駆使できます。 ジャズという感性勝負の音楽に於いてはそのことがもっとも大切な必要条件でありますし、生きてゆく糧のようなものなのです。 ジャコ・パストリアスにはそれを補ってあまりある才能がありました。 前任のミロスラフ・ビトウスが劣っていたと言う訳ではないのです、ジャコ・パストリアスの感性がウェザ−・リポ−トの目指した音に合っていた、それだけのことだと思いますね。 そのあたりは、ジャコのウェザ−・リポ−トにおける記念すべきデビュ−アルバムの中の、ブラック・マ−ケットやジブラルタルを聴けば一目瞭然でした。 時にはファンキ−にまた、ある時にはジャ−ジ−に歌っています。 しかしながら、何と言ってもそのウェザ−・リポ−トの中心となっていたのは、ジョ−・ザヴィヌルその人でありました。 彼の叙情性豊かなキ−ボ−ドがウェザ−・リポ−トの生命線であり、シュ−ルで幻想的な音の質を形作っています。 こちら側が、あるいは受けて側が何かを感じ取ろうとするとウェザ−・リポ−トの音楽は心の隙間から逃げて行ってしまいます。 音の中で同化しようとする意識がなければ掴み取る事ができないのですね。 平たくいえば無の境地といったところでしょうか。 この点でキングクリムゾンと非常に近いものがあったと思います。 





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