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12 ・ 電気の武者

Tレックスグラムロックの代名詞とも称されたマ−クボラン率いるこのバンドは、正に時代の谷間に咲き誇ったのでした。アコ−スティック主体のティラノサウルス・レックスの頃からその特異な音楽性と芸術的な詩によって一部のファンからは注目を受けていたのですが、1つの転機と言われている ライド・ア・ホワイト・スワンのヒットよってエレクトリックミュ−ジックへと進化したTレックスはまるで仇花のように咲き誇り、そして散って行ったのです。もちろん、転機の前兆として エレメンタル・チャイルドキング・オブ・ザ・ランブリングスパィア−等の作品が登場していた訳ですが、それまではアンダ−グラウンドの旗手であったはずの彼らがいきなりヒットチャ−トのNO・1にまで登りつめたライド・ア・ホワイト・スワンをフュ−チャ−したアルバムTレックスの発表は当時としてはとても衝撃的なことでした。そして、続いて1971年にリリ−スされたのがこの 電気の武者 だったのです。 Tレックスのすべてが凝縮されていると言えるこの名作アルバムによってグラムロックの夜明けが始まったと言えるでしょう。不思議なリズムのマンボ・サンでこのアルバムは幕をあけます。決して上手いとは言えないパ−カッションやシンプルなドラムにマ−クボランの妖しげなヴォ−カルとペラペラのエレクトリックギタ−が絡んでくると何とも言えない魅力的な曲に仕上がってしまうのですね。 Tレックスはテクニック優先の当時のロック界において、そのまったく新しい方法論によってグラムロックと言う新しい世界を構築していったと言えるでしょう。プログレッシヴロックのように芸術の領域にまで入り込もうとするかのような斬新なアイデアとテクニックはなかったし、ハ−ドロックのように時代を変えようとする衝撃的な思想とドライヴ感溢れるパワ−は見当たりません。しかし、グラムロックは極めてふつうのロックやブル−スに一寸だけ味付けをしただけなのに何とも虜になるほど不思議な魅力があるのです。電気的な処理によって人工的に増幅され歪められたTレックスのフレ−ズはとても魅惑的で忘れがたいもの。我々はきっと、グラムロックの向こう側に21世紀を感じていたのかもしれません。退廃と先進、そして混沌。まだ1970年代であったにも関わらずすでに世紀末の切ない予感がそこにはあったのかもしれませんね。このアルバムに話を移しますが、まずグラムロックのペ−ジでも触れたス−パ−・エレクトリック・グラム・ブル−スと私は呼んでいる名曲モノリス。甘く切なく心地よいこの人工的なバラ−ドは、まるでアンドロイドが人間そっくりに歌っているような近未来の感覚にあふれています。そういえば狂信的に語られる名作SF映画の2001年宇宙の旅に登場してきて、キ−ポイントとなるあのオブジェもモノリスと呼ばれていましたよね。そして、世界中で大ヒットしたゲット・イット・オンジ−プスタ−Tレックスアコ−スティック路線の最高傑作であり、バラ−ドとしても出色の名作ガ−ルなどTレックスの名を知らしめた作品郡が並んでいます。ロックがあらゆる可能性を秘め、そして、大きく波打つ予感を感じさせていた1970年代の初頭にあって、すでに、時代を切り裂きポップスタ−の頂点に立とうかとしていたマ−クボランが、絶対の自信と恍惚に溢れて我々の前に送り出したのがこのTレックスの最高傑作電気の武者だったのです。



13 ・ ジョンの魂

静かに流れる教会の鐘の音、その静寂な世界をジョンレノンの悲痛な歌声が突き破る。マザ−と題されたその歌はビ−トルズ時代のジョンレノンでもなかったし、ビ−トルズ解散直前の反戦運動を中心としたアナ−キ−なジョンでもなかった。ビ−トルズという巨大化した怪物のイメ−ジを払拭するかのかのように、切々と歌うその姿は胸に迫りくる迫力に満ちていました。何が彼にそうさせたのか、ある人は彼の人生にとって無くては成らない存在であったオノ・ヨ−コの影響だといい、また、ある人はビ−トルズへの決別の証だというかもしれません。 しかし、真実はそんなことよりも一人の人間として自分自身に向き合った時に、素直に感じたままを歌に変えただけなのかもしれません。 マザ−のピアノとドラムだけのシンプルな演奏にのって複雑であった家庭環境と母や父への想いを過去への決別として力強く語りかけるジョンは、今までに見たことの無いほど人間的で朴訥としてそして素直でした。かなり重苦しいテ−マにも関わらず、決して恨み言で終わっていないのはオノ・ヨ−コという安らぎを手に入れていたせいなのかもしれません。 そんな彼の姿を見るにつけ人は何故にこんなにも優しく慣れるのかと驚愕してしまいます。ジョンを語る上で喪失と哀惜の2つのテ−マは重要なポイントになっており、それは幼年時代の悲劇的な現実を受け入れる事により初めて自由への旅立ちを許された切なさに起因するのではないでしょうか。まさにジョンのその空白を埋めてくれる存在がオノ・ヨ−コであったと言えるでしょう。全編を通じてこのアルバムの背後には彼女の姿が見え隠れするのを感じるのは私だけではないはずです。 ジャケットの写真も其れを裏づけるようなデザインになっていましたよね。
既成の体制的なものに対し拳を振り上げ、愛と平和と音楽により若者やヒッピ−たちを扇動し続けた彼も、やっと自分の辿り付ける場所を発見したかのように爽やかにさえ見えるのです。自己がが存在することの意味を恒に外敵に向けていたかつてのジョンレノンから、自分の内面を鋭く掘り下げて再確認することにより、己の進むべき新たな道を発見するきっかけになったアルバムといえるでしょう。その心境の変化は如実に、かつてのジョンレノンからは生まれ得なかったであろう美しいラブバラ−ドの名曲 ラブ に象徴されています。哲学的であろうとすることは決して哲学的で有り得ず、自然な営みの中にこそ哲学は存在し得るのですから。ジョンが求めてやまなかった安息の地は、自己を総括することによって見出され、そして、オノ・ヨ−コとのしばしの決別の時までの暫くの間手中することになりますが、しかしながらジョンレノンの宿命は恒に悲劇と隣り合わせであったことで、安穏とした人生とはいつも無縁の人であったのですね。映画 ア・ハ−ド・デイズ・ナイトで時折見せた子供のように無邪気な人でありながら、反面シニカルな側面もずっと携えていたジョンレノン。 ビ−トルズの4人の中では一番の正直者だったような気がします。歴史に残るべき傑作となったこのジョンの魂は30年近くたった今も色あせることなく輝き続けています。



14 ・ フ−ズ・ネクスト

名実ともにザ・フ−の最高傑作といわれているフ−ズ・ネクスト。ジャケットは聊か品の無いものでありましたがまるで2001年宇宙の旅に登場する、聳え立つモノリスと思しきコンクリ−トの向こう側の、空の色が何とも美しかったですよね。まずは、ババ・オライリィのドラマチックなシンセサイザ−の音に導かれてこのアルバムは幕を開けていきます。 当時ロックオペラと呼ばれ、これまたザ・フ−の傑作である トミ−に於いて既に確立されていた、この種の叙情性を更に飛躍させて、見事なまでの名曲ババ・オライリィを完成させたのです。 このアルバムが発売された1971年になると、既に多くのロックバンドがシンセサイザ−を取り入れて斬新な味付けを行っていましたが、それはまだ、曲全体を装飾するような2次的な段階を脱しきれておらず、あくまでも、その曲の雰囲気を醸し出したり、色彩を変えていくという程度のものであったのです。しかしながら、ザ・フ−はこのババ・オライリィにおいて、まるで昔から使いこなして来た楽器の如くビ−トを形成し、まったく新しい感覚を披露してくれたのでした。 このコンセプトはその後EL&Pを始めとして多くのプログレ・バンド等に受け継がれて行く訳ですが、この点だけを揚げても、いかにザ・フ−がセンスに溢れる優れたバンドであったかを物語っていまよね。そのかっこいいシンセに誘導されるようにビアノ、ドラムが力強く絡みだして、ピ−ト・タウンジェントの例のギタ−でスタ−トをきっていきます。いや-兎に角かっこいいとはこういう事なのさと言っているピ−トの姿が目に浮かぶようですね。60年代からずっと第一線で活躍し続けているザ・フ−のようなビ−ト・バンドは、流石に掴みが上手いなとすっかり感心してしまいます。続くバ−ゲンでもぐいぐいと引き込まれるのですが、一転ラヴ・エィント・フォ−・キ−ピングでは静かにしっとりと聞かせてくれたりと実に良く構成されてますね。このアルバム中ただ1つピ−トではなく、ジョン・エントウィッスルが作曲したマイ・ワイフも乗りの良いナンバ−で圧倒されます。つまり、捨て曲が1曲もないんですね。正にピ−ト・タウンジェントの自身に溢れた姿が立ちはだかっているかのようで嬉しくなってしまいます。俺達はただのモッズ・バンドとは一味違うよと、これくらいのセンスはいつでも見せてあげるよと言っているですね。このアルバムに限らず前面に押し出したピ−トを後ろからしっかりとサポ−トしてのいるのがドラムのキ−ス・ム−ン。彼の存在なくしてザ・フ−は語れないほどそのしっかりと安定したドラミングには定評があり、レッド・ツェッペリンのジョン・ボ−ナムと並び称されるほどでした。ですから、このフ−ズ・ネクストはそのキ−スの実力も十分に発揮された、実にワイルドで体中の細胞にまで浸透してくるようなカッコヨサに溢れているのです。1970年代のロックに興味のある人ならば絶対に聞いて欲しい1枚ですね。そして、締めは無法の世界。このカッコヨサといったらもう、どうだいと大見得を切ってしまいたいほどで、おそらくザ・フ−のNO.1ソングといってもよいでしょう。当時、街角のいなせなお兄さん達がジュ−クボックスでこの歌を聞きながら腰をふりふりリズムを取っいた光景を思い出し、流石はモッズ・バンド日本のお兄さんたちにも受け入れられていたんだなと妙に感心してしまいました。まっ、何はともあれこのフ−ズ・ネクストは私が多くを語るまでもなく、この時代のハ−ド・ロックの金字塔として末永く後世まで語り継がれる事でありましょう。




15 ・ バンド・オン・ザ・ラン

このバンド・オン・ザ・ランを発表した1973年当時のポ−ル・マッカ−トニ−は、おそらくビ−トルズ解散以後人生の中でも最悪の日々を送っていたと思われます。 相次いでリリ−スした、マッカ−トニ−とラムの2枚のソロアルバムの評判はまったく芳しくなく、それではと満を持して結成したグル−プ ウィングス の ワイルドライフとレッド・ロ−ズ・スピ−ドウェイの2枚のアルバムも散々な評価を受ける始末だったからです。 特に、2枚目のソロアルバム ラム に至っては、私などはポ−ルの最高傑作と言い切ってもいいほどのアルバムだったと思うのですが、正当な評価は受けずじまいで、それよりもむしろ批判の対象となっていた位なのですから。 もちろんビ−トルズという余りにも大き過ぎた存在とその実績に対するファンの期待が並みのできでは決して許してくれなかったということもあるのですが。そして、解散のコダゴタによる他の3人メンバ-との確執、特にジョン・レノンとの中傷合戦はドロドロとしてましたよね。というわけで、当時彼の置かれた状況というのは最悪であったわけなんです。普通だっら音楽やるのもいやでしょう、また、何にもしなくても何百年も生きて行けるだけのお金も稼いでいたんでしすね。ところが、ポ−ルという人は本当に心底音楽好きなんですね。そういった状況の中なにくそと自分のプライドと全勢力をかけて発奮した快作がこの バンド・オン・ザ・ランになるわけです。もともと大天才のポ−ルのことですから平均点以上の曲なら簡単にかけてしまう人なのですが、裏を返せばそれだけに手を抜き易い人でもあるわけなんです。ただ、このバンド・オン・ザ・ランの時ばかりはちょっと違ってましたね。上記の状況に加え、このアルバムの録音直前に2人のメンバ−がポ−ルとのいざこざで相次いで脱退するという事件まで起きてしまうのでした。これでポ−ルが燃えないわけは無い、でロック史上最高傑作の部類に入ると言っても過言ではないアルバムが誕生したのです。 1曲目の バンド・オン・ザ・ランの哀愁たっぷりのギタ−で始まるイントロの素晴らしさは言うまでも無く、その後のポ−ル・マッカ−トニ−ここにありと言えるほどのダイナミックな展開と琴線に触れる素敵なメロディ−ライン、もうこのアルバムはこの1曲で勝負ありと言っていいでしょう。続く ジェットがまた素晴らしい。 ハ−ドな演奏にポップなヴォ−カルとハ−モニ−が弾けるように絡み合ってグイグイと聞く者を引き込んでしまいます。 また、アレンジが実に素晴らしい。私などはジェットを聞きながら、今までポ−ルは何をやっていたんだこんなに傑作が書けるじゃないかと思わず興奮してGパンにコ−ヒ−を零してしまったのを憶えています。30年くらい前のことです。 続くアコ−スティクな作品 ブル−バ−ドからラストの 西暦1985年まで実にバランスと構成の考えられた配置で並べられており、正にポ−ルの面目躍如といった感がありました。その上1曲1曲がのできが最高に素晴らしいときたらもう言う事は無いでしょう。天才が本気出すと本当に凄いですね。特にラストの西暦1985年は息もつかせぬほどのも劇的な曲の展開とその美しさに思わず アビイロ−ドを思い浮かべてしまったのは私だけではありますまい。いいアルバムはジャケットもいいと言う定説通り、ジェ−ムス・コバ−ン等の英国の有名な俳優を動員した、このバンド・オン・ザ・ランのジャケットも実に味があっていいですよねぇ。


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