


夢はけっして過ぎ去った時代のものでもなければ、遥かな未来のものでもない。
私たちが息づいているこの現実の中でこそ優しいささやかな希望を持たせてくれるものなのだ
と映画 ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブの老人達が教えてくれた。

100歳に手が届こうかとしている老人達が奏でてくれたキュ−バンミュ−ジックのなんと優しく切ないことか。それは、多分人生の荒波と幾多の苦難を乗り越えてきた彼らの想いが反映されているからでしょう。
ここには音楽を愛し、夢を忘れることなく生きて、演奏し続けてきた、ただそれだけの男たちの生き様がある。
しかしなんと彼らの豊かな表情の優しくそして穏やかであることか。顔に刻まれた年輪にはその苦労を感じさせないほど明るさに満ち溢れ、音楽に身を委ねて体を揺らす様にはまるで子供か天使のような無邪気さが漂っていました。
彼らの音楽を演奏できる喜びそのものはおそらく何物にも変えがたいものなのでしょう。
私たちが感じている豊かさとは一体何なのでしょうか、そして、物質的な喜びとは決して永遠のものとは成り得ないのではないでしょうか。決して豊かとは言えないキュ−バの老人達の無邪気な笑顔には誰も勝てはしないのですから。
このデジタルの氾濫する現代において、彼らの音楽のアナログであることの何と素晴らしく心を打つことことなのでしょう。それは我々が遠い過去としてほおむり去ってきた懐かしい何かを思い起こさせてくれるのです。
ここに音楽の原点を見たと言っても差し支えないでしょう。
そもそも、音楽とはそういうものであったはずなのに何時の間にか私たちはテクノロジ−の進歩によって大切なものを忘れ去っていたのです。
進化することが全てではない、時によっては進化することによって一番大切な原点を無くしてしまうということを、我々は彼ら老人達から教えられたような気がしました。
おそらくは、まだキュ−バが自由主義の時代であった頃に一世を風靡したであろうブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブにおいて
毎晩のように、アメリカや、ヨ−ロッパの人々が集ってパ−ティが開かれていたのでしょう。
そして、時代は移り、自由主義から社会主義へと国家体制が変わってブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブは歴史のペ−ジから消え去ってしまったのです。 しかし、彼らの体に熱く流れ続けている音楽家としての魂は時代と共に残り続け、やがてはライ・ク−ダ−との素晴らしい出会いを果たすことになるのです。
古きよき時代の郷愁、そして想い出。それらすべてを音楽に込めて彼らは至福の時を与えてくれました。

ライ・ク−ダ−は1960年代の後半から活躍している私の好きなミュ−ジシャンの一人です。
古くはロ−リンク゜スト−ンズとの名セッションで名を馳せ、1970年代には 紫の峡谷、パラダイス・アンド・ランチ、チキン・スキン・ミュ−ジック等の傑作を次々とリリ−スしてくれました。
特に、スライドギタ−に於いては右に出るものが居ないとさえ言われ、当時、スト−ンズのギタリストであったミックティラ−やキ−スリチャ−ドも彼に刺激を受けて、その後のスト−ンズのサウンドにも多大な影響を与えたと言われています。
また、好奇心も非常に強い人らしく、アルバム毎にまったく違ったタイプの音楽を自分なりに消化して発表し続けていました。
想えば、キュ−バンミュ−ジックとの接点はその頃から生まれていたと言えるでしょう。なぜなら、パラダイス・アンド・ランチ、チキン・スキン・ミュ−ジックの中にはブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブで聞かれる沢山の素晴らしい音楽の切れ端が散りばめられているからです。映画の中でも彼自身が語っているように、当時彼はキュ−バを訪れてその音楽たちに触れて感性を触発されているのですが、その時はキュ−バの素朴な音楽に深い感動と新鮮な驚きを覚えながらも彼自身の中では上手く消化することができなかったと言ってましたっけ。
それから、20数年後奇跡的な出会いが世界中の人々を感動の渦に巻き込んでしまうとは当時誰が想像したでしょう。
しかし、其れは現実となって私たちに感銘と素朴な喜びを届けてくれました。
2000年の初夏、幸運にも彼らの日本でのライヴがスタ−トしようとしています。
あの感動のステ−ジをが目の前で観られるとは何と素晴らしいことでしょう。そして、それは今世紀を100年近く生き抜いてきた彼ら老人たちからの20世紀最後の素敵なプレゼントなのかもしれません。