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8. コニ−アイランド・ベイビ− ![]()
放蕩の果てにやっとたどり着いた安息の地、そんな切ない思いが伺えるル−・リ−ドの1枚ですね。この人昔から、恋をしている時にはいいアルバムを作ると定評のあった人だけに、本作もまたご多分に漏れずに最高の仕上がりとなっております。 その歩んできた錯綜した人生とは裏腹にわりと純情な人なんではないでしょうか。しかし、よくもまあ現在まで生き残っていてくれました。 私不謹慎ながらジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックスの次はこの人だなと真剣に思っておりましたので。 1970年代のミュ−ジシャンは当然のように酒、女、麻薬にどっぷりと漬かりきっておりまして、まっ、それが1つのステイタスシンボルみたいな物だったのですが、それにしても、ル−さんは半端じゃなかったと聞いております。 遠い日本に住む、まだ当時十代の純情な高校生だった私はこんな人たちのロックを聞いちゃって本当にいいのだろうかと真剣に考えていたわけです。
しかしながら、混沌とし、錯綜として激しく歌いながらも、なおかつその澄み切った透明感のある作品を目の当りにすると、落差の大きさゆえの美しさを感じてしまうのは私だけではないでしょう。美しさと言う言葉が一番似合わない人のような気がするのですがねル−さんは。まっ、しかし、何を作らせても平均点以上の作品は簡単に作ってしまう人だけに、やはり天才と呼ばねばなりますまい。ル−・リ−ドならトランスフォ−マ−やベルリンを代表作として上げるひとも多いでしょうが、私もそれには依存はないのですが、先ほども言いましたように放蕩の果ての安住といいますか、やっと、真っ当な人生を生きてみようかなとそういう意欲の見えるこの作品が大好きなんですね。表題作の切々と歌われるコニ−アイランドベイビ−の美しさと言ったらもう。 ちょっと触ると壊れてしまいそうなガラスの美しさとでも表現したらいいのでしょうか。彼の心情が痛ましいほど伝わってくるようです。これだけは何としても、1度は聞いてもらわねばなりますまい。 それだけの価値は十分にあります。
人間の狂気とカオスを知り尽くしている彼だけに、コニ−アイランドベイビ−の淡々とした歌い口はとても衝撃的でしたね。
あと、クレイジ−フィ−リングや、シ−ズ・マイ・ベスト・フレンド等といった狂気の名曲も目白押しです。不条理に埋め尽くされた日常からの回帰、その出発点となった本作を私としてはやはりお薦めしたいですね。おそらく、ジャケットの顔を帽子で半分隠した写真は、彼の生きてきた人生の裏と表を表現しているのだと思いますが。何故にここまで来てしまったのかという、戸惑いが現れていると思いませんか。

9 ・ ストランド
ロキシ−ミュ−ジック何と言う洒落たバンドネ−ムなんでしょう。 まるでヨ−ロッパ貴族の没落を一身に引き受けたかのような最後のダンディ、ブライアン・フェリ−の悲哀が漂っています。 数々の名作を届けてくれたロキシ−ミュ−ジック、その中でもこのストランドは カントリ−ライフ、サイレン、また奇才ボブ・クリアマウンテンがプロデュ−スしたアヴァロン、と並んで私達の心に鮮烈な衝撃を与えてくれました。2人のブライアンと呼ばれたうちのもう一人はブライアンイ−ノ。 デビュ−当時に於いては彼こそロキシ−ミュ−ジックのリ−ダ−と言われ、その存在感と影響力はブライアン・フェリ−をも圧倒しておりました。当然のこととして両雄並び立つはずもなくブライアン・イ−ノは追われるように脱退していく事になるのです。このアルバムを発表する前のことでした。そして、イ−ノの脱退によりそれまでのアヴァンギャルド性の強かった音楽性から、より親しみやすいコマ−シャルな方へと方向転換していく事になるのですが、このストランドはロキシ−ミュ−ジックの丁度その分岐点に位置するアルバムといえるでしょう。確かにファ−スト、セカンドと退廃的でモダンなロックンロ−ルと近未来を予感させるプログレッシヴなリズムにより新しいロックの夜明けを告げていたのですが、一方では、難解であるとか、自己満足の塊のような評価も受け、感覚の鋭い一部のファンを除けば、大衆から支持されたとは決して言えなかったのです。正に、そこにこそブライアン・フェリ−のジレンマがあったのではないでしょうか。まずは名声を手に入れ、それから本来のロキシ−ミュ−ジックを見せればよいのだと思慮したのでしょう、余分な装飾を殺ぎ落としたこのストランドは、ボッブでシュ−ルなモダンミュ−ジックの玉手箱のように、いい意味でのコマ−シャリズムに満ちていました。 もちろん3曲目のアマゾナのようにアバンギャルドもここに極まれリといった感の、超現実的なロマン溢れた名曲も散りばめられています。 また、従来からのロキシ−ミュ−ジックの路線を継承している1曲目のストリ−トライフは、ファ−ストアルバム、セカンドアルバムで試行錯誤した迷いも吹っ切れたように見事なロキシ−ポップに仕上がっており、シングルヒットとしてチャ−トを駆け上がったのも頷ける出来栄えになっています。
メロトロン若しくはム−グと思しきシュ−ルなイントロから始まって、やがてはロックンロ−ルの古典的なパタ−ンに欠かせないアンディマッケイのサックスが絡み合う様は、まさに摩訶不思議な空間であり、未来と過去が同居したロキシ−ミュ−ジック独特の世界と言えるでしょう。ここに来て確立された音楽性が次回作のカントリ−ライフ以降見事に花開くことになるのですが、その道標となったこのストリ−トライフはロキシ−ミュ−ジックの代表曲のひつとして数えられてしかるべき作品でしょう。また、ブライアン・フェリ−のロマンティシズムとダンディズムが見事に結実した切ないヨ−ロッパ哀歌は、その後のバラ−ドのフェリ−と呼ばれたもう一人のブライアンフェリ−の魁となった作品でしたね。こうやって考えるとこのストランドがロキシ−ミュ−ジックにとって、そのキャリアをかたる上で極めて重要な位置をしめるアルバムであり、グル−プとソロとのその後の方向性を見事に予感させた傑作であったと言えるでしょう。 まずは素晴らしきロキシ−ミュ−ジックに乾杯。
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10. クロ−ジングタイム ![]()
薄暗い酒場の片隅でずっと佇んでいる男、静かに流れるジャズの音、まるで人生の終わりのような錯覚に切なくなってしまう
トムウェイツはそんな映画の一場面ような移ろいを歌にして届けてくれました。決して太陽の当たる場所に現れることなく、酒に溺れ、ダミ声を振り絞るように歌を歌いながら、それでいて淡々と生きていくそんな彼の姿と歌には、人間の心の底の本音を暴いてくれる魅力があり、だからこそ聞く人の心を揺さぶるのです。商業的にもまったく成功しなかったのに、ファンの人々には長い間愛され続けて今もなおそのシンパは多いことでしょう。それにしても、トムウェイツにしろル−・リ−ドにしろ、何であの時代の人達はこんなにまで自分を追い詰め、そして堕ちていったのでしょうか。 しかし、そんな生様が共感を呼び、人はどうしようもない寂しさに苛まれる時に、彼の歌を聞いてほっと救われる気がするんですね。 一時はアルコ−ル中毒で再起不能かと思われていましたが、見事に復帰して今でも元気に歌ってくれていますが、健全な生活に戻った時に皮肉にも音楽が魅力的でなくなったと感じているのは私だけではないでしょう。だからといって、放蕩な生活に戻れとは言いませんが、アサイラムに残した名作の数々に匹敵するような作品をいまもなお皆待ち望んで居る人も多いのです。私とトムウェイツとの最初の出会いは、イ−グルスがオン・ザ・ボ−ダ−の中で歌っていたオ−ル'55という曲を聞いたときです。 この一抹のロ−ドム−ビ−を思わせる名曲に心奪われた人も多かったことでしょう。そして、この歌の作者がトムウェイツという人だと知ったのは暫く時が経ってからのことでした。ピアノの静かなイントロで始まるトムウェイツバ−ジョンは哀愁のあるメロディにのって、遠い彼方へと向かうハイウェイの向こう側に、待っているであろう夢と挫折を歌いきった俊作ですね。彼の音楽はジャンルから言えばロックと言うよりも、明らかにジャズの影響が強く、そのダミ声と相まって渋い作品に独特のフレ−バ−を漂わせ、静かな大人の世界を垣間見させてくれた訳です。サックスやアコ−スティックピアノの音色にブル−スを感じ、ひと時の安らぎさえも無縁のような人生。ほとんどの人は憧れはしても決して、そのような道を歩きはしないのですが、心の何処かに彼の生き方を残し続けているんですね。 何時までたっても陽のあたる場所から遠ざかっているトムウェイツ。多くの人達はそんな彼の後ろ姿に男の哀愁とロマンを見ているのです。
11. アット・フィルモア・イ−スト
デュアンオ−ルマンの不幸な事故死により伝説のバンドと化したオ−ルマンブラザ−スバンド。 今でも、彼が生き続けていてくれたならばと多くの人がそう思うに違いありません。何と言っても、エリッククラプトンの傑作アルバム レイラ の中の名曲愛しのレイラのあのギタ−フレ−ズは一体どっちが弾いているのかと当時、ロックファンの間ではかなり話題となりました。それほど素晴らしいフレ−ズであり、歴史に残るセッションだった訳ですが、私は、やはりデュアンオ−ルマンの方だと思ってます。 もちろん、エリッククラプトンにしても難なく弾けるフレ−ズなんですが、彼の方ではないのではないでしょうか。 ただ、私などはエリッククラプトンが弾いている方の別テイクが存在すると今でも思っているんですがね。当時、無名に近かったデュアンオ−ルマンですが、このセッションを機に彼とオ−ルマンブラザ−スバンドはまるで天国へ登りつめるような勢いでトップバンドへと成功していきました。それはレイラセッションから僅か1年後のことでした。 1971年、今でも語り継がれている伝説のフィルモア・イ−ストでの熱狂的なライヴに酔いしれた人達も多かったはず。このレコ−ドは当時、日本のブル−スミュ−ジシャンの間でもバイブルのような存在であったと聞いています。 近年、その時のライヴの完全版がリリ−スされ、もう一方の名作であるマウンテンジャムとの関係が明らかにされた訳ですが、当時の何百回というギグで磨き上げられたデュアンのテクニックと、熱い燃え滾るよえなバンドのアンサンブルは今もなお生き続け、私たちをアメリカ南部の伝説と幻想へと掻き立ててやまないのです。オ−ルマンブラザ−スバンドと言うとどうしてもブル−スバンドというイメ−ジが当然のように付きまとうのですが、どうして、どうしてエリザベスリ−ドの追憶に見られる不思議な叙情性や、アトランタの暑い日の単なるブル−スのインプロヴィゼ−ションと言ってしまうには余りにも卓越した感性の素晴らしさ、ブル−スカイのコンポ−ザ−としての質の高さ等と、およそブル−スバンドのイメ−ジとはかけ離れた側面も見せてくれました。それは、多分にセカンドギタリスト ディッキ−ベッツの趣味と存在が大きく影響していると思われていますが、デュアンオ−ルマンにしても見掛けに寄らずナイ−ブでシリアスな一面を持っていたと聞いた事があります。ですから、持ち前の生まれついて備わった南部のホットなブル−ス魂に、ウェストコ−ストに通じるカントリ−センスのよさが加わればまさに向かうところ敵なしと言った、史上最強のブル−スバンドと相成った訳ですね。オ−ルマンブラザ−スバンドから始まったサザンロックの大きなうねりは、数々の南部のバンドヘと引き継がれていくわけですが、オ−ルマンブラザ−スバンドの名は今でも金字塔のように輝き続け、サザンロックの代名詞となっているのです。