

ニュ−ヨ−ク郊外のウッドストックに集った幾つかの夢がありました。
ホビ−チャ−ルズ
ザ・バンド
ザ・バンドと仲間達-ラストワルツの情景
追悼−リック・ダンコ
ジョンサイモン
ハングリ−チャック
エリック・ジャスティン・カズ
アメリカン・フライヤ−
オ−リアンズ
トッド・ラングレン
ジョン&ビバリ−・マ−ティン
ア−ニ−・グラハム
ポ−ル・バタ−フィ−ルズ・ペタ−・ディズ
ホビ−チャ−ルズ・ホビ−チャ−ルズアルバム
ホビ−チャ−ルズのしわがれていて、だけど暖かい声が今も響いてくるかのようなウッドストックの森。そんな彼の名作ボビ−チャ−ルズアルバムがウッドストックで生まれたのは1972年のことでした。私は休日の昼下がりになるとこのアルバムを好んでかけていた時期がありました。 ほっと安らぐような暖かさに包まれて少しばかりの幸せな時間が過せたからです。ですから、私と同じような気持ちで聞いていた人達もきっと多かったのだろうと思います。このアルバムに出会えたという幸せがウッドストックヘと私たちを誘います。遥かニュ−オルリンズからたどり着いたかの地こそ彼が求めていた安息の場所だったのかもしれません。 旅路のはての安息の地において、ザ・バンドの面々やエイモスギャレット等の名だたるミュ−ジシャンにサポ−トされ決して気負うことなく、ほのぼのと作り上げられていったのでしょうこのアルバムは、通の人々の間では静かな評判になっていたとのことですが、私がその存在を知ったのは例の名盤復活シリ−ズのリリ−スによってでした。良くも悪くも話題を呼んだ名盤復活シリ−ズでしたが、少なくとも私にとっては知り得ることのなかったであろう幾つかの素晴らしいアルバムに出会えたことだけでも、十分評価に値する企画であったと思います。今や、ウッドストックミュ−ジックの代表的な1枚に数えられるまでになった本作も、その素晴らしさが永遠に語り継がれていくだろうと信じています。 それにしてもスモ−ル・タウン・ト−クの口笛と仄々とした優しさが忘れられないですね。 私たちと音楽とのスタンスは日常的な関わりを断ちたい場合と、想い出を手繰り寄せたい場合とに分かれると思うのですが、少なくともボビ−・チャ−ルズやザ・バンドの音楽に触れる時類稀まれない優しさに包まれてしまうのはどうしてなのでしょう。 それは感傷とも少し違うのですが、
ザ・バンド・ステ−ジ・フライト
ザ・バンドがミュ−ジック・フロム・ビッグ・ピンクをリリ−スしてからウッドストックの伝説が始まったと言っても過言ではないでしょう。ザ・バンドの面々が表の立役者と言えるなら、この余りに有名なアルバムをプロデュ−スしその後もウッドストックミュ−ジックを影で支え続けたジョンサイモンこそ裏の仕掛け人であったと思います。ジョンとザ・バンドの素敵な出会いから1つの音楽の歴史がスタ−トしようとは誰も考えていなかったでしょうが、幸運にもそれは始まり1970年代の半ばにいたるまで独特のウッドストックミュ−ジックシ−ンを創り上げていきました。それは、決して商業的な成功を治めたとは言えないかもしれませんが、素朴な音楽好きの人々には忘れえぬ想い出を残していってくれたのて゜す。わが道をゆくが如く、自分の信念に基ずいて好きな音楽を創り上げていく。 今でこそ当たり前の話に聞こえるでしょうが、ザ・バンドがデビュ−した当時、ロックビジネスの環境はそこまで成熟していなかつたので、よくもまあ、どらかと言えば地味なこのアルバムが発売されたものだと思いますねえ。 正にアメリカならではの成功と言えるでしょう。 でも、夢が生み出されて行く時はそういうものなのかもしれませんね。その後もセカンドアルバム、ステ−ジフライト、カフ−ツと着実に地味でいて心に残る傑作を届け続けてくれた彼らもラストアルバムアイランドを発表後私たちの前から消えて行ってしまいました。ザ・バンドの魅力とは一体何なのだろうと考えてみても、明確な答えが見つかりません。土に根ざした、仄々とした、あるいは、牧歌的なと色々な表現は思い浮かぶのですが、彼らの音楽性を的確には言い表せない気がするのです。何かの拍子にふっと一息つきたいなと思うとき、なぜかしら聞きたくなってしまう、そんな理屈抜きの包容力のある音楽なんですね。それは、ある意味で音楽の原点なのかもしれません。
ザ・バンド − カフ−ツ
素敵な楽隊のおじさんたちザ・バンドにとって、4枚目のアルバムになるのがこのカフ−ツです。 例によっていつもの素朴で心温まる音で綴られているのですが、異国情緒溢れるホ−ン・セクションを意識させるなど少しばかり冒険もしていました。 そして、リズムやアンサンブルも随分とタイトになった気がしますね。 もちろん、あのノスタルジックな世界も相変わらずです。 土の匂いのする想い出と素朴で美しい感性。 何度も言うようにそれが、ザ・バンドの原点なんではないでしょうか。 そしてこのカフ−ツでは、いよいよ円熟の極地に差し掛かったような風格も見え初めています。 ちょっとシュ−ルな香りのするジャケットも実にいい。 彼等の音楽をとてもよく表していると思います。 また、ザ・バンド史上でも最大の名曲といってもいいのかもしれない、ホエン・アイ・ペイント・マイ・マスタ−ピ−セスを納めていることでも、このアルバムの素晴らしさが解かろうというもの。 アコ−ディオンと思しきたおやかな音色に誘われて、旅情溢れる歌が緩やかに展開します。 ザ・バンドにとっても故郷のようなウッドストックの香りが満載で、私ならずとも思わずうっとりといったところでしょうか。 彼等の歌は何でこんなにも心の琴線に触れるのでしょう。 私たちは、風に誘われて遠い彼方へと旅立ってしまいそうですね。 続く、ラスト・オブ・ブラックスミスは一転してファンキ−なホ−ンが活躍し、今までとは違うザ・バンドの新たな局面を感じさせました。 それは火山という特異な題材を扱ったヴォルケ−ノも同じこと。 ここでは、極めてハ−ドなホ−ンセクションがここぞとばかりに躍動していました。 もしかしたら彼等も、シカゴやドリ-ムス等のブラスロックの台頭なんかを意識していたんでしょうかね。 でも、ご安心下さいあくまでもザ・バンドらしいホ−ン・セクションの使い方になっていますよ。 ザ・ム−ン・ストラック・ワンも不透明というか、何というか茫洋としていて実にいいなあ。 ザ・バンドの場合はこの名曲に限らず、午後の暖かな陽射しに照らされながら耳にすると至福の時が過せそうですね。 最大の友はやっぱりバ−ボンかな。
ザ・バンド - サザンクロス
考えてみますと人生とはひと時の旅のようなもので、風に吹かれて気ままに歩くのもいいし、透き通るように澄み切った青空の下で感慨に耽るのもいい。 また、雨の日には居酒屋へ入ってお酒でも飲みながら辿ってきた道を語り合うのもいいですね。 そんな感傷的な心情にピッタリの音楽が欲しくなると思うのですが、私だったら躊躇いも無くこのバンドの音楽をお薦めいたします。 少しばかり傷ついた心を優しく労わったくれる事請け合いです。 この楽隊の茫洋としたおじさんたちは実に味のある顔をなさっていますが、音楽の方も飛びっきりの饒舌な味わいに溢れていました。 私たちが忘れ去ってしまったものを思い起こさせる不思議な魔力があるのです。 彼らの作品は僅か8枚のアルバムでしか触れる事が出来ないのですが、短かったキャリアの割に永遠に愛されつづける年月の長さは特筆すべきでしょう。 多くの人が一度でも虜になってしまうと生涯付き合えるような優しき音楽なのです。 バンドの歌の中で流れ行く時間というのは、人それぞれの人生のたおやかな速さとなって、まったく相関性のない流れとなっております。 つまり彼らの歌には、その人が置かれた状況次第で様々な感じ方ができるという人間味があるのですね。 まあ、人生の味わいとでも申しますか、肩肘張らずにいい関係が保てる親友みたいなものです。 ビ−トルズの名曲にホエン・アイム・シックスティ−フォ−という歌があります。 私にしても64歳になった時にイエスやクリムゾンやツェッペリンはちょっとしんどいのかなあという気がいたしますが、ザ・バンドの心温まる歌であればきっとロッキングチェア−にでも揺られながら聴いていけると思います。 ですからザ・バンドの素晴らしい作品は、極論ですが生涯の伴侶のような音楽なのかもしれませんね。
ラストワルツ
ザ・バンドの音楽は何故に多くの人の心を捕らえてしまうのでしょう。 それは激しい欲求を満たしてくれるものでもなければ、感情を高揚させてくれるものでもないのにです。 それでも私たちは彼らの音楽から安らぐ事の素晴らしさと自然であることの大切さを学ばされます。 それは他愛の無い事だけれども大切なこと。 心の中を癒してくれる彼らの旋律はひと時の清涼感溢れる風のように思えます。 早いものですね、ザ・バンドが解散してからもう20年以上の月日が過ぎ去ってしまいました。 ザ・バンドの短くも荘厳な活動に終止符が打たれたのは1976年11月のこと。 そしてその最後のコンサ−トはラストワルツと銘打たれてサンフランシスコのウィンタ−ランドで閉幕しました。 カナダ出身でありながらもっともアメリカらしい音楽とアメリカらしい人々の1つの時代の終焉だったのです。 そしてその華麗なる活動を物語るように、ラストワルツにはロック界のそうそうたるメンバ−が駆けつけて花を添えました。 ポ−ル・バタ−フィ−ルド、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、ニ−ル・ダイアモンド、ヴァン・モリソン、ニ−ル・ヤング、リンゴ・スタ−、ロン・ウッド、マディ−・ウォ−タ−ズ、ドクタ−・ジョンなどの重鎮がザ・バンドの最後を惜しむかのように素晴らしい歌を披露したのです。 ご覧の通り旧友、知友を含め彼らの人望の厚さが窺い知れるというメンバ−でありましたね。 このコンサ−トの模様は映画にも納められ私たちも遅ればせながらその輝けるライヴの雰囲気を知ることができたのですが、何といっても日本では絶対に見ることの出来なかったヴァン・モリソンの姿を堪能できたことは最大の収穫であったのかもしれません。 もちろん、ザ・バンドの演奏も最後に相応しい熱演でありました。 暫らくの間流浪の旅に出ることになったこの素晴らしき楽隊のおじさんたちは、数十年後にまた素敵なプレゼントを届けてくれる事になるのですが、その時にはリチャ−ド・マニュエルを失うという悲劇に見舞われます。 残念な事にもうあのオリジナルメンバ−は揃う事が無いのです。 リチャ−ド・マニュエルの冥福を祈りましょう。
リック・ダンコ - タイム・ライク・ディ−ズ
何という哀しみ。 リチャ−ド・マニュエルが天国へ行ってしまったと思ったら、ザ・バンドそのものと言われていたリック・ダンコまでもが亡くなってしまうなんて。 1999年12月、余りにも素晴らしすぎる遺作タイム・ライク・ディ-ズを残して彼は永遠に帰らぬ人となってしまったのです。 彼の永いキャリアの中に於いても僅か2作目の作品であり、そして最後の作品となってしまったこのアルバムは、羨望の溜息さえ漏れてしまいそうな名作となりました。 もともと、ザ・バンドの音楽はリック・ダンコその人そのものと言われていただけに、ザ・バンドのニュ−アルバムなのではないのかと錯覚してしまうほど。 この素晴らしい作品には、心洗われる仄々とした感性と切なく胸を揺らすメロディ−に溢れていたのです。 一人の人間として生きてきた彼の優しさや思いやりが息づいていて、近来稀に見る名盤を携えて戻ってきてくれたのに、返す返すも残念極まりないとしか言い様がありません。 聞くところによるとアメリカツア−を終えウッドストックの自宅に戻って静かに息をひきとったとのことです。 まるで、神様から天国に呼ばれてしまったような安らかな死は、彼の人生を象徴しているような気がいたします。 彼の死後多くの友人達の手によって本作が完成され、こうして私達の目の前に現れたことだけでも幸運だったと思わないといけないのかもしれません。 表題作、タイム・ライク・ディ−ズは涙なくしては聴けないほどの名曲。 私もこの歳になるまで数多くの名曲という作品を聴き続けてきましたが、こんな切ない気持ちにさせられたのは始めてのことでした。 哀愁をそそるピアノの音、まるでボビ−・チャ−ルズが歌いそうな旋律、そして、切々と歌われる人生。 このアルバムを聴いていると、どんな運命が待っていようとも生きていくことは素晴らしいことなのだと思わずにはいられません。 こんなにも人の心を洗い流してくれる音楽があることこそ幸せなのだと思います。 ありがとう、リック・ダンコ。 そして安らかに。
ウッドストックコレクションアルバム-ハ−ト・オブ・ウッドストック1994
私たちが心のどこかで憧れている、さすらうの旅人のような生活と放浪の果てを垣間見させてくれ、朴訥とした人生もそれなりに素晴らしいものだと教えてくれて、何もそんなに急ぐ必要はないのだと言ってくれてるような気がしますよね。 アメリカだからこそ受け入れられたのでしょうが、まるで、最先端の音楽の対極に位置するのも悪くはないぞといってるようです。 ジョンサイモンの最初のソロアルバム、ジョン・サイモンズ・アルバムもそう歌ってくれていましたね。 この幻の名盤として長い間語られてきたジョン・サイモンズ・アルバムは、どことなく牧歌的な鷹揚さと都会的な香りを漂わせて、ジャズやブル−スにさえも通じていくようなフレ−ズも時折見受けられます。 それもその筈、正確にはウッドストックで創られたアルバムではないのでした。 聞くところによりますと、ニュ−ヨ−クとその周辺のミュ−ジシャンを集めて創られたと聞いてますが、時代の流れの中でのウッドストック・ミュ−ジックの範疇に入れても決して構わないでしょう。 何故ならその後の、ウッドストックミュ−ジックシ−ンは彼と彼の俊逸なプロデュ−スなしでは語れないのですから。 多分、一連のザ・バンドとのアルバムの制作課程において、あの独特の何ともいえないウッドストックフレ−パ−と彼自身のたおやかなコンセプトが脈々として生み出されていったのではないでしょうか。 篭ったような音の中に感じる暖かさ。 言葉では上手く言えないのですが、ウッドストックから届けられるアルバムってどのアルバムにしてもピアノとベ−スを上手く使ってますよね。 時にアコ−ディオンやシンプルなパ−カッションなどの素朴な楽器をも上手くからませていきます。 ピアノはキ−、ベ−スはまさしく曲の根底ですからウッドストックフレ−パ−の秘密を解く鍵が、この辺に隠されて居ると思うのですが如何なものでしょう。 ウッドストックの夢、それは、人間らしい生き方をもう一度見つめ直した人々によって送り届けられた、私たちへの至玉のプレゼントのなのかもしれません。 ですから、そこに集った様々な出来事を織り成す人生が私たちの胸を打つのです。
ハングリ−チャック
古き良きアメリカの心優しきミュ−ジックと男達の生き様が人生を語る。 ハングリ−チャックの最初で最後のアルバムにはそんな感傷じみた切なさがありました。 ブル−スギタ−の名手エイモス・ギャレットとベ−スのベン・キ−スが中心となって結成されたこのグル−プの作品には、ジェフ・マルダ−、ポ−ル・バタ−フィ−ルド、ガ−ス・ハドソン等のウッドストックの名だたるミュ−ジシャンが手伝いに訪れています。 ジェフ・マルダ−とポ−ル・バタ−フィ−ルドはブル−スバンドの関係、そしてガ−ス・バドソンは親しかったザ・バンドとの関係からでしょう。 それにしても凄い面子。 素晴らしさを通り越して何とも感慨深い驚きに襲われてしまいますね。 このバンド自体、非常にセッション性の高い香りがしていまして、この1枚だけで終わりにしようという意図も少なからず感じられてしまいます。 当時のウッドストックシ−ンは様々な交流が持たれ、自らが築き上げたキャリアをさらに触発させるような積極性が見受けられました。 そんな素敵な仲間達が至玉の名作を生んだのです。 ウッドストックを中心とするこの手の音楽に目の無い人にとってはまさに宝物のような1枚でありまして、名盤復活シリ−ズで再発されるまではマニア延髄の的でありました。 確かに中々手にはいらなかっんですよね。 ザ・バンドの暖かい音楽にエイモス・ギャレットのブル−ス心と少しばかりの都会的な洒落てスパイスを利かせるとハングリ−チャックの味わいのある音楽になると思います。 心の中を洗われるような旋律、アルバム中の傑作プレイ・ザット・カントリ−・ミュ−ジックはそんな彼らの魅力が凝縮されていました。 このような優しき名曲に触れてしますと世の中の殺伐としたことも忘れてしまいそうです。 まるでひと時の夢のように。
エリック・ジャスティン・カズ
優しげなピアノのイントロに力強いドラムが絡んでエリック・ジャスティン・カズの名作、イフ・ユ−・ア−・ロンリ−の最初を飾る名曲クル−エルウィンドが、静かにしかし圧倒されるような力強さで始まる。 ヴォ−カルはどことなく頼りなげ、しかし、それだからこそ逆に聞く人の胸を打つ、そんな彼の魅力に多くの人が引かれてしまいます。この歌の内容はかなりハ−ドなんですが、メロディが美し過ぎるのでまるでラブソングのように聞こえてしまうのでしょう。全編を通してナイ−ブで優しくありながら、単なるラブソングメ−カ−で終わっていないのは彼の気骨というか、人間性の誠実さ故なのでしょうか。 この時代のアメリカにはヴェトナム戦争という大きな暗雲が垂れこめていたのです。 アメリカの若者の誰もが避けて通れない宿命に、ある人は拳を振り上げ叫び、ある人は平和を歌に託して戦う事の無意味さを説き、またある人は自分自身から逃げるように国外へ逃亡しと、悲惨な青春を余儀なくされていました。そんな時代を多くのミュ−ジシャンとともに生き抜いてきたエリック・ジャスティン・カズだからこそ、優しさだけでは終わらない信念が音楽の中を貫いています。バックの音作りはウッドストック独特の雰囲気で覆われているのですが、参加したミュ−ジシャンはお馴染みのウッドストックメンバ−はギタ−のボニ−レイット以外は見当たらず、一寸意外な気がしました。こちらも、ジョンサイモンのファ−スト同様ニュ−ヨ−ク周辺のミュ−ジシャンを集めて創られているようです。 広いアメリカ大陸の中で見ればニュ−ヨ−クとウッドストックは目と鼻の先ですから、シティやダニ−ク−チマ−、キャロルキング、それにフィフスアベニュ−バンドやピ−タ−ゴ−ルウェイ、ジョンセバスチャン等の一派、更にはアルク−パ−やブル−スブロジェクト辺りまでリンクしていくのですが、ニュ−ヨ−ク周辺の都会的な音作りに対して、ウッドストックはあくまでも土の香りや素朴な人間性、悪く言ってしまえば田舎くさいようなこだわりが恒に心配られているわけですから、どう見ても相反すると思われます。 しかしながら、私などは何処を聞いてもウッドストックの森から届けられた音楽に思えてしまうのですね。そんな訳でこのアルバムを一連のウッドストックの範疇にいれていいのかどうか迷ってしまいますが、まっ、そんなことは抜きにしても歴史の中に語り継がれていく名盤であることは誰も依存はないでしょう。
アメリカン・フライヤ−
エリック・ジャスティン・カズは繊細な天使。 いつだって、人の心の哀しみをいたわってくれる。 しかし、ウッドストックとニュ−ヨークの日々の中で、彼自身を労わってくれるものはいったい何だったのでしょうか。 厳しい冬の日でも、人は暖かな春が来る事を知っているから耐えられる。 こんな想いに彼を駆り立てたものはなんだったのでしょう。 傷ついた心を癒すように西海岸への憧れを乗せてアメリカン・フライヤ−は旅立ちました。 失われた夢を探そうとして。 アメリカン・フライヤ−に関する詳しい解説はこちらへ
オ−リアンズ・ダンス・ウィズ・ミ−
ウッドストックから生まれた数多くの名曲の中でも、名曲中の名曲として誰もがその素晴らしさを認めてやまないのがオ−リアンズのダンス・ウィズ・ミ−でしょう。 それは、ウッドストック・シ−ンの生み出した傑作のみならずカントリ−ロック史上にも燦然と輝く名曲で在ったからです。 爽やかさもこれに尽きるといった透明な清涼感に包まれて、風のような素晴らしきハ−モニ−と軽快な旋律の創り出す至玉の名演でありました。 また、ダンス・ウィズ・ミ−の中でのあの有名なジョン・ホ−ルの華麗なギタ−フレ−ズは、プロのテクニックの凄さをまざまざと見せ付けてくれ、私たちを打ちのめしそして魅了してくれたのです。 暖かな陽射しに包まれた春先に、ドライヴでもしながらこの名曲を聴いていくと溜まらなく気持ちよくなってしまいます。 まるで静かなウッドストックの森の中を散歩しているかのようですね。 その比類なき名曲ダンス・ウィズ・ミ−は、いつまでも、いつまでもあのコ−ラスが頭の中を駆け巡り、私たちを誘いながら歴史の扉を開け放ってくれます。 まるで旅心を刺激して郷愁の念を呼び覚ますようなひと時なのでした。 彼らオ−リアンズは、素朴さと土臭さの香ってくる純朴なウッドストックの気質の中でも、その爽やか過ぎる音楽性によってある意味では異色の存在だったかもしれません。 それは軽すぎるといった通俗的な感覚で捕らえられるものではなくて、魂の根源の部分を軽やかに優しく包み込んでくれるといったら
当たっているでしょうか。 風は恒に去っていくのです。 やがてオ−リアンズが活動の場を東海岸からウェストコ−ストへと移して行ったのも、その音楽性を考えると当然のことであったのかもしれません。 また、ジョン・ホ−ルのクラシックに傾倒しているのではないかと思わせるような繊細な感覚も、オ−リアンズの音楽性の構築において新鮮な彩りを添えているのではないかと思われます。 そして、かの地に於いて果てしのない夢というダンス・ウィズ・ミ−に続く名曲を届けてくれたオ−リアンズ。 もう、ウッドストックには戻ってこないのかと思っていましたが、最近ではジョン・ホ−ルのソロアルバム、オ−リアンズの再結成アルバムといったウッドストック発の素晴らしい贈り物を届けてくれました。
トッド・ラングレン
およそウッドストックの音楽には似合わないような鬼才トッド・ラングレンなのですが、ナッズを脱退した後の数年間はウッドストック関係のミュ−ジシャンのプロデュ−スやエンジニアとして影ながら活躍していた時期があったのです。 それは、トッド・ラングレンにとって彼の人生の中でももっとも穏やかなひと時であったのではないかと思います。 その後のシュ−ルでアバンギャルド、そしてワイルドかつエキセントリックな彼の音楽歴から推察すると信じられないような気もいたしますが、感性が揺らぐようなトッド・ラングレンの美しいメロディ−ラインはおそらくこの時期に形作られたのですね。 事実、ジェシ・ウィンチェスタ−のプロデュ−スを行い、ザ・バンドやポ−ル・バタ−フィ−ルドのエンジニアを務めながらウッドストックのミュ−ジシャンとの親交を深め、彼らの真髄を理解していったのではないでしょうか。 そして、トッド・ラングレンはこの時期にウッドストックの優しさに囲まれながら2枚の重要なアルバムをリリ−スしています。 1枚はラントと題されたソロデビュ−作、そしてもう1枚はラント・ザ・バラ−ド・オブ・トッド・ラングレンという名作です。 中でも、このラント・ザ・バラ−ド・オブ・トッド・ラングレンは純粋に音楽と対峙しているトッド・ラングレンの初々しい姿が浮き彫りにされていて非常に興味深いものがあります。 彼はこの作品の中でその天性の才能の一端を早くも開花させようとしていました。 美しい旋律のトッド・ラングレンとウッドストックの優しさの出会いは奇跡的な傑作を残してくれたのですね。 このアルバムの10曲目に収められているホ−プ・アイム・アラウンドなどはザ・バンドやジョン・サイモンが歌っても可笑しくないほどのウッドストックフレ−バ−に満ち満ちていました。 ふっと安らいで心が落ち着くような音の世界なのです。 このホ−プ・アイム・アラウンドに限らず、ラント・ザ・バラ−ド・オブ・トッド・ラングレンの中にはロング・フロ−イング・ロ−ブやザ・バラッドを初めとするまさに絶品のオン・パレ−ドでありました。 荘厳な気品さえ感じてしまいます。 トッド・ラングレンの全ての才能が凝縮されていると言ってもよいでしょう。 それ故に、このアルバムがCD化されるまでは幻の名盤として長い間ロック・ファンの熱望を受け続けていたのですね。
ジョン&ビバリ−・マ−ティン
ウッドストックの森を流れてくるような、ジョン&ビバリ−・マ−ティンの爽やかで土の香りのする音楽たち。 粛々として、静かに漂う川のように揺らめいている。 それは彼等の人としての優しさと感性の煌めき。 ウッドストッの森の中でこんな贅沢な時間に囲まれて暮らすのも決して悪くはないでしょうね。 はるか彼方の母国、イギリスより赴いたジョン&ビバリ−・マ−ティンのアルバムには、そんなひと時の夢を見させてくれる情感がありました。 そして、この素晴らしいアルバムをサポ−トしたのは、何を隠そうウッドストックの素敵な面々たちなのです。 それは、時代の中でひとつの夢が結晶した瞬間なのでしょう。
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ア−ニ−・グラハム
もし世の中に、このアルバムだけは揃えておかなければロックの本質や素晴らしさは語れないという逸品があるのだとすれば、このア−ニ−・グラハムの作品は間違いなくその1枚に数えられて然るべき内容でありました。 時に語ることさえ無力に感じてしまうことがありますが、まさにこのアルバムを前にしてしまうとそんな気持ちにさせられてしまうのです。 このコ−ナ−のウッドストック一派とはまったく関係ないア−ニ−・グラハムなのですが、大きくうねりながら流れて行く川のように秀逸な音楽はウッドストックと共通する部分を沢山持っていました。 情感を揺らしてくれる素晴らしい旋律。 そして滲み出るような暖かさ。 彼の歌は心の穢れをひとつひとつ洗い流してくれるように包んでくれます。 それは、もう至福の時以外の何者でもありません。 人生の中で出会った幸福とはきっとこういうことを言うのではないでしょうか。 ア−ニ−・グラハムに関する詳しい解説はこちらへ
ポ−ル・バタ−フィ−ルズ・ペタ−・ディズ
都を離れて流れ着いた街には想い出を揺り動かす優しさが溢れていた。 そう、シカゴ・ブル−スの雄ポ−ル・バタ−フィ−ルドが、遥かなウッドストックの地に赴き完成させた名作、それがポ−ル・バタ−フィ−ルズ・ペタ−・ディズのペタ−・ディズというアルバムでした。 1973年にベアズヴィルレ−ベルからリリ−スされたこのアルバムには、当時の彼の様々な思いが凝縮されています。 それは、シカゴとは切っても切り離せない位の関係だと思っていた私たちにも、意外なことというよりも新鮮な驚きとして写りました。 彼をかの地へと導いたのは、ベアズヴィルの創始者アルバ−ト・グロスマンではないのでしょうか。 ボブ・ディランとアルバ−ト・グロスマンとの関係、そして、ボブとマイケル・ブル−ムフィ−ルドとの関係などから想像できると思います。 そういえば、ボブ・ディランもオ−トバイ事故の後、暫らくの間ウッド・ストックで静養していましたっけ。 ここには、ポ−ル・バタ−フィ−ルド・ブル−スバンド時代のような研ぎ澄まされた緊張感は見当たりませんが、茫洋とした空気と暖かな感性、そして、ゆったりと過ぎ行く時間の流れがあります。 実は、それこそポ−ル・バタ−フィ−ルドが長年求め続けていたものなのかもしれません。 シカゴでの火花散るようなブル−ス・バトルも確かに良いのですが、ウッドストックにおけるレイド・バックしたポ−ルのブル−ス・ハ−プも、何というか実に味わい深く心地よいですね。 その優しさは決して気のせいではなく、ウッドストックの優しさに包まれて彼の内面から醸しだされるものなのです。 安らぎの時と人生に彩られているように。 マイケル・ブル−ムフィ−ルドやエルヴィン・ビショップたちと築きあげてきた、あの燃え滾る秀逸なシカゴ・ブル−スから脱却し、新たな一歩を踏み出した彼の姿にはある種の潔ささえ感じてしまいます。 ジェフ・マルダ−やエイモス・ギャレットを始めとするウッド・ストックの面々たちもそんな彼を見事にサポ−トし、ウッド・ストック発の柔らかなブル−スを創り上げていました。 なかでも、ジャニス・ジョップリンの名演で有名な、生きながらブル−スに葬られては素晴らし過ぎて涙もの逸品でありす。 タバコの煙と素敵なお酒に囲まれて遠い昔を想い出す、そんなひと時の安らぎに包まれていますね。 そう、確かにベタ−・ディズなのでした。 ウッド・ストックって如何してこんなにも素晴らしいんでしょう。